ところ変われば

Sbsh00461そろそろ移住して二年になる北関東というところは、小麦の生産がさかんなところである。

以前の記事でも紹介したように、冷たい麺をねぎやしいたけや豚肉を入れて煮込んだめんつゆでいただく、この地方独特のスタイルの武蔵野うどん、という料理があって、それはそれで、関西人の思い描くうどんとはかなり違うけれども、けっこういける。

スーパーにならぶ製品のレヴェルでも、気に入っている銘柄の、地元の粉(地粉という)を使ったうどんがあって、やや浅黒いけれどもコシが非常にしっかりして気に入っている。

ということで、大阪に十余年住んだ似非大阪人にとっても、「こなもん」文化全般に対する飢餓を覚えるということはない。

が、その北関東「こなもん」文化の中でも、大阪人(似非を含む)には受け入れがたいものがある。

それは「ふらい」である。詳しくはリンク先のウィキペディアを参照してもらうといいのだが、「ふらい」とは何か?と聞かれれば、似非大阪人に言わせれば「キャベツの入っていないやっすいお好み焼き」「お好み焼き味のチヂミ」「壱銭洋食の上等なやつ(奥さん談)」としか言いようがない、主に埼玉県行田市~熊谷市地域のみで食べられているという、独特のB級グルメである。

この文章を読んだ大方の大阪人(一部広島人を含む)の皆様が即座に同意してくださるように、我々夫婦も初めてその存在を知ったときは「そんなものはもんじゃ焼きと一緒で関東のゲテモノに違いあるまい」と一笑に付して顧みなかった。そこには異文化に対する恐怖の念も少し含まれていたと思う。

しかしながら、この「ふらい」を拒絶したために、我々夫婦はしばしば、関西人特有の「お好み焼き食べたい」という「特殊飢餓状態」の回避策に悩まされることになった。「こなもん」自体に飢えることはないが、「お好み焼き」となるとこの地方は極度に手薄なのだ。

では具体的にどうして凌いでいたかというと、あまりに流行っているのでもう名前は出さないが、丸の内の某名店まで足を伸ばしていたのである。しかもそこで一時間以上行列に並んで食べてきたのである。

ここで小さな声で言いたいが、あの某名店に三人ぐらいで訪れて、お酒を飲みながらなんやかんや頼んで、結局食べ切れなくて残して出て行くOLさんたちには、あの味が我々にとってのコーシャーなのだということをどうか分かってもらいたい。あなたたちは興味本位で食べているかもしれないが、我々には死活問題なのだ。

閑話休題。ともかくそのように厳格なこなもん教徒である我々であるが、この日曜日、不信心の罰当たりとは思いつつも、ふらい屋さんに入ってみた。

そのお店は「慈げん」。熊谷市の地方ローカル百貨店「八木橋」の裏手にあるお店である。たまたま「八木橋」のデパ地下グルメに用があったので、そのついでの訪問である。

結論から言えば、この「慈げん」の「ふらい」が、美味しかったのである。食べたのは「野菜紅生姜ふらい」だったが、味は先ほども述べたように、たこ焼きがそのまま薄くなって、チヂミになったようなものを想像してもらうと分かりやすい。

生地がくちくち、もちもちとしていて、ソースもしつこくなくて食べやすい。異教徒の食べ物とはいえ、我々こなもん教徒にもこれなら食べられる。ということで、我々は即座にこれまでの「ふらい」に対する非礼を詫びたのであった。

Sbsh00471 ちなみにこのお店、15時までは出汁と粉にこだわった手打ちうどんが食べられるというので、そちらも頼んでみた。

頼んだのは「ねぎ醤油の和えうどん」。これが、メニューに謳ってあるとおり、もちもちとした焼きうどんのような、醤油ベースのカルボナーラのような絶品であった。聖地讃岐巡礼も果たした人間が言うのだから間違いない。あくまで「ふらい」がメインで、サイドメニュー的な意識で頼んだうどんであったが、実はこっちのほうが瞠目するくらい美味しかった。

メニューを見るとこのお店、他にも「クリームチーズうどん」「うどんの豆乳鍋味噌風味」「ミルクカレーうどん」「トマトスープうどん」など野心的なメニューがならんでいる(以上うろ覚えですので、正確な名称は細部違うかもしれません)。

これはぜひとも再来して試してみたい、と奥さんと意思を確認しあったのであった。

熊谷市の「慈げん」、おいしいです。興味のある人はぜひ(丸の内の某店はこれ以上流行るといやなので名前を伏せるけれど、この地方のお店は、国道沿いでも流行らないとすぐつぶれてしまう苛烈な環境にあるので、ぜひとも繁盛していただきたいと思います)。

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トマトが赤くなるとセレブがやってくる

Sbsh00211週末にかけて突然信じられないほど暖かくなったので、都並と奥さんも北関東の巣穴からのそのそと這い出てきて、いつものように東京へと買い物に出かけた。

いつものように、というのは、いつものように強行軍である、ということである。この日は代官山と表参道(どうして電車一本ですっといけないのか)と新宿伊勢丹とを半日で駆けずり回ってきた。

その強行軍の途中で昼食を採ったのは、代官山の「Celeb de Tomato」※。今話題の(?)徹底的にトマトにこだわって、トマトをフィーチャーしたお店である。

※青山と表参道にもお店があって、青山が本店らしいのだが、スケジュールの都合で代官山店さんにおじゃました。それにしても三十路のおじさんには気恥ずかしくなるネーミングだけど、なんだかここまで直球勝負で来られると逆にポップですがすがしい気もする。少なくともちっちゃいチョコレートのことを「ボンボン・ショコラ」と呼ぶほど恥ずかしくはない。

トマトといえば、僕の十年来の悪友のひとりはトマトがだいきらいで、「トマトなんて悪魔教の食べ物だ」と言い放ったことがあるけれど、その彼にとってみればここはきっと悪魔教の教会ということになるだろう。

しかし都並にしても奥さんにしてもトマトはむしろ好物だから、こういうこだわったお店はぜひとも詣でてみたいと思っていた。そう思いつつ、今までチャンスがなかったのだけれど、今回タイミングよく代官山でお昼になったので、ここを先途と(いや、それほどのことじゃないけど)いそいそとおじゃましたのだった。

Sbsh0023 いただいたのは1500円のランチのメニュー。前菜としてトマトのサラダが出てきて、その後にトマトソースのパスタ、デザートにもトマトのスイーツ、食後にコーヒーか紅茶というメニューである。コーヒー/紅茶には別にトマトは入っていない。

これはいちばんお値打ちのメニューで、このほか、メインディッシュが魚のコースとお肉のコースがあったけれど、そんなに食べれないのと、パスタが食べたかったのでこのメニューにした。けちったわけじゃありません。

サラダのトマトだけれど、なるほど、完熟で甘くておいしい。いやな青臭さはちっとも感じられない。けれども、これは奥さんと意見の一致を見たところだけど、今まであったトマト観を覆してくれる、というものではなかった気がする。

例えば、素人の僕が登山をしていたら、後ろからやってきたベテランらしき人物が「そっちじゃない!そっちに行くと滑落するぞ!」と言ってくれるような、コペルニクス的転回を期待していたのだけれども、そういうものではない、ということである。

といって美味しくない、というわけではない。

もう一度登山の喩えを使うと、ルートは間違っていないんだけど、後ろから来たベテラン登山家のおじさんが「俺は荷物要らないぞ!あ、それと靴も要らないの。じゃ、お先にー!」といって物凄いスピードで追い越していくような、そういう美味しさである。

わかりにくいか。

Sbsh0024 ともかく、そういう正統路線のトマトだから、パスタとなるとそのオーソドックスさがますます際立ってくる。「なるほど。こういう味になるだろうな」という味ではある。

けれども味付けがしつこくなく、いたずらににんにく臭くも塩辛くもないので、舌が喜ぶというより、胃袋が癒される感じがする。

僕の胃の中で誰かが「おっ、今来たコレいいぞ!もっとカモンカモン」と呼んでいるような気がする。そんな味である。

わかりにくいか。

Sbsh0025 期待を裏切るという意味では、もっとも意外性があったのがデザートで、この日はトマトのブリュレだった。

もっとも、隣で同じコースを食べていたお客さんのデザートはトマトのティラミスだったから、それが売り切れになってこれに変更になったのかもしれない。

いずれにせよ、クレーム・ブリュレのまろやかさとトマトの酸味がうまく調和して、これは新しい味だった。

ただ、トマトの味とブリュレの味が同時に舌の上にあることに対して、ちょっと脳が認知的混乱を覚えている気はしないでもなかった。

でもおいしい。これはおいしかった。

Sbsh00221 この店のもうひとつの売りは、トマトジュースである。全国津々浦々から集められた、一本1000円から5000円もするようなトマトジュースがずらりと並んでいて、店内でも飲むことができる。

しかしこんなにいたずらにセレブ価格なジュースが並んでいても、どれが美味しいのかわからない、という人のために、店内ではテイスティングもできるようになっている。四種類の、それぞれ糖度が違うトマトジュース(糖度6~12くらい)がショットグラスでテイスティングできて、1200円。

これは正しい趣向だと思う。トマトジュースが積極的に好きな人以外は、やはりどんなに美味しくても、料理を食べながら一緒にグラス一杯飲むのはちょっと大変じゃないかなあ、と思うからだ。

Sbsh00261 テイスティング4種が運ばれてくるときはこんな状態。順番にお店の人が説明してくれる。この写真では右上の黄色っぽいのが「太陽の王様(オレンジキャロル)」といって、黄色いプチトマトのジュースで、この中では最も糖度が低い。

そこから時計回りに「千歳の雫」「薫寿~KOTOBUKI~」「あいこ」という名称で、順に糖度があがっていく。いちばん甘いものが「あいこ」。

これを糖度の低いものからテイスティングする。「順番を逆にすると、糖度の低いものがただのすっぱいジュースになってしまうのでお気をつけください」とお店の人。丁寧なインストラクションでありがたい。

まとめて言うと、都並の舌にとっては、この写真の右半分と左半分で分水嶺があるような気がする。「千歳の雫」(右下)までが、もちろん香りがさわやかで飲みやすいけれども、我々の知っている「トマトジュース」の概念に当てはまるといえば当てはまるもので、一方「薫寿」「あいこ」になると、もう「トマトジュース」ではない気がする。

言い換えると、左半分のふたつ(「薫寿」「あいこ」)は、甘さも充分であると同時に、独特の芳香というか醗酵した香りみたいなものがあって、ワインを連想させるというか、「これ、あなたの知らない南国のフルーツです」といわれれば、「そうなんだ」と思ってしまうような味である。おいしいけれど、そのぶんなんだか戸惑ってしまう。

しかしながらこれは、「トマトジュース」観を刷新してくれる、という意味ではいい「アトラクション」じゃないかと思う。でも、例えば「薫寿」は大瓶で5000円もするので、ここから自宅に発送して飲むか、と言われると、そこまでしなくてもよいような気がする。

まあ、なんだ。「Celeb de Tomato」、とってもおいしいです。トマトの好きな人はぜひ。

なんか無難なまとめ方だな。

追記:我が家では毎朝トマトを食べる。今朝、セレブでもなんでもないトマトを食べたら、代官山のアレが立派にセレブであるということがよくわかりました。

この店の真価は、次にふつうのトマトを食べたときに現れるのかもしれません。

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皆様よいお年を/2008年のベスト○○

今日は仕事納めですね。

都並は例によって年末年始モードに入ると電脳空間から遠ざかるため、今年は今日が最後の更新となります。次回は1月の…8日とか9日になるんじゃないでしょうか。

ということで、皆様(という名の仮想読者の方々)にはここでご挨拶を申し上げておきます。

今年一年間はまことにありがとうございました。大変に忙しい1年でしたが、なんとか乗り切れたのはひとえに皆様のおかげです。

また、2009年も何卒お引き立てのほどをお願い申し上げます。2009年は都並も、さらなる補強を行って、一回り大きな人材になりたいと思います。よろしくお願いいたします。

しかし今年はいろいろあったなあ…。学会の主催校・実行委員をやったり、名古屋では憧れのDB先生に会えたりスターウォーズの公開30周年記念イベントがあったり…なんとなくはじめたミニカーのコレクションもあっという間に増えたし…。

ということで、今までやったことがないのだけれど、極私的「2008年のベスト○○」をここに書きつけておこうと思う。もし来年も、それ以降もこの気まぐれが持続したら、それなりの備忘録にはなるだろう。

1)2008年のベスト・ムーヴィー

第1位 『イントゥ・ザ・ワイルド』

第2位 『潜水服は蝶の夢を見る』

第3位 『ノー・カントリー』

寸評)今年は結局忙しくて、『TOKYO』も『トウキョウソナタ』も未見、『アイアンマン』もこれから…という体たらくなんだけど、観たものの中で言うと、なんといっても『イントゥ…』の鋭利な仕上がりと、その製作姿勢の気迫が凄かった。かつてないほどインヴォルヴされた映画だった。第2位も詩的で美しく、人生の美しさを謳い上げた傑作だと思うけれど、『イントゥ…』が真正面から見据えたネガティヴィティのインパクトには勝てなかった。第3位は職人技の凄さを見せ付けられた。

2)2008年のベスト・ミュージック

第1位 リトル・ジャッキー『ザ・ストゥープ』

第2位 R.E.M.『アクセラレイト』

第3位 ローリング・ストーンズ『ラヴ・ユー・ライヴ』ほか

寸評)今年はあんまりポップ・ミュージックを積極的に消費しなかった。オアシスもコールドプレイも新譜を買わなかった。その中でも第1位のリトル・ジャッキーは、キャッチーさといなたさとが絶妙にミックスされて、ドライヴのBGMとしても最適。いいセンスしていると思う。

第2位は『モンスター』以来のピーター・バックのギターばりばり弾きまくりがうれしいR.E.M。でもこの人たちの場合、反対にスロウな曲はそろそろマンネリしてきた。

第3位は、恥ずかしながら(いや別に何も恥ずかしくないけど)職場のイギリス人の先生に勧められて初めて聞いたのだけれど、いや、凄い。特に「イッツ・オンリー・ロックン・ロール」「ブラウン・シュガー」「悪魔を哀れむ歌」の流れが最高。そのほかはGラヴ、ベイカーズ・ブラザーズあたりが次点かな。

3)2008年のベストお茶菓子

第1位 松屋長崎のマドレーヌ

第2位 みよしやのみたらし団子かざりやのあぶり餅出町ふたばの豆餅

第5位 根津のたいやき谷中せんべい

第7位 おせんべいやさん本舗の黒胡椒せん/あげせん

寸評)お酒を家でほとんど飲まなくなったので、代わりにお茶菓子を食べることが増えた。移動の多い仕事を生かしてあちこちでお菓子を試してみるのだけれど、やはり自分が年をとったせいか、京都と東京の和菓子に軍配が上がる。ここにあげたのはどれも伝統のある老舗である。特に第1位の松屋長崎の、予約しないと買えないマドレーヌは、聞けばおじいさんが独りで作っているそう。絶対になくならないでほしい味である。

といいつつ今個人的には根津のたいやきが食べたい。あの薄い皮、たっぷりのあんこ…ああ、たまらないな。

…さてさて、などといいつつそろそろ2008年の太陽も沈みかけているようです。皆様それではまた来年お会いしましょう。

都並はこれから髪の毛を切ってもらいに行きます。今晩のごはんは奥さん手製の豆腐ハンバーグです。明日からは大掃除とたまったDVDの鑑賞に精を出し、大晦日からは日光・鬼怒川に出かけてきます。

年が明けたら京都に帰り、バーゲンでピーコートの掘り出し物を探し、リコーのGRデジタルⅡを買って、でもって帰りの新幹線ではそれをうれしそうにぱしゃぱしゃやりながら北関東に帰ってきます。

それまでごきげんよう。2009年が皆様にとってこれまで以上にすばらしい飛躍の年でありますように。

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クリスマス雑感

Vfsh0505今日はクリスマス。授業期間中忙しかった都並も、昨日、一昨日とは休みが取れたので、奥さんとのんびり過ごすことができた。

23日は奥さんと銀座~丸の内方面をぶらぶら。銀座ではハンズで奥さんのお肌のクリームを買って、丸の内では新丸ビルのカンペールでムートン・ブーツを買ってきた(これも奥さんの)。

夕食は例によって丸ビルのクア・アイナ。去年もこの時期に開催した「クアおさめ」という儀式である(※)。

※同様の儀式に「クア初め」というのがある。またTOKIAビルの某お好み焼き店で開催される「きじおさめ」「きじ初め」もあるのだけれども、これはちょっとスケジュール的に今年はできなさそうで残念である。

昨日のイヴは家にいて、奥さんとチキンのバスク風煮込みを作る。ル・クルーゼで作る料理のレシピ本に載っているもので、さして難しいことはないし特別な材料も使っていない、要は「チキンのトマト煮」なんだけれども、これがなかなかどうして、タイムが利いていて、チキンもやわらかくておいしかった。

このソースが残ったので、奥さんいわく今晩はこれにツナを加えてパスタ・ソースにするそうだ。それもなかなかおいしそうである。

サイドメニューは、僕の大好物であるルッコラとブロッコリーのスプラウトをたっぷり使ったグリーンサラダと、奥さんが京都の「黒メック」から輸送してきたオリーブのパンとジャガイモのパン。

日記を読み返してみて気がついたんだけど、これで我が家は3年連続、京都にいたときからずっと、クリスマスには「ル・プチメック」のパンを食べていることになる。石の上にも三年とはいうけど、こんなところでへんに継続の力を発揮している我が家って一体何なんだろうか。

それから飲み物は、成城石井で二番目に安かったハーフボトルの赤ワイン。これも毎年クリスマスには家で赤ワインを飲む習慣になっているので、23日に新丸ビルの地下で買ってきた。こちらも毎年の習慣になっているわけだけれど、これはいい習慣なんじゃない。続けるといいんじゃない。と個人的には思っている。しかも、昨年は開栓済みのワインだったので、今年のほうがその点ではグレード・アップしている。奥さんはお酒が飲めないので代わりにコカコーラ・ゼロ。

と、いろいろ書いてはみたけれど、日記を読み返してみると、自分でも驚くくらい過去のメニューとさして変わらない。だけど、いつものようにちゃんとチキンを食べて、ワインを飲んで、いちおうクリスマスらしいディナーを味わえる、ということは間違いなく幸せなことである。

そのほか、昨日はガトー・ショコラも二人で手作りした。ケーキとしては去年と一緒のものだが、今年はまだ使っていないシリコン型があったので、そのロールアウトを兼ねての製作である。先日佐野のアウトレットのボダムで、クリスマス・ツリーとふくろうのかたちのシリコン型を買ってきていたのであった。

ところがこれは、結論から言うと残念な結果に終わった。味も焼き加減も申し分なかったのに、シリコン型の微妙な成型のせいで、型からきれいにはずすことができなかったのである。おかげでかたちがぼろぼろのケーキになってしまった。

ということで、「この型は明らかに欠陥品とはいえないけど、でもアウトレットで売っている理由が分かったね」と奥さんと自らの健闘を慰労しあったのであった。

食後は昨年のクリスマス・プレゼントだった『ルドルフ 赤鼻のトナカイ』のDVDを見て、「明石家サンタ」のはじめ一時間くらいを見て、就寝。

Vfsh0506 朝、目が覚めると毎年のように枕元にプレゼントが。

…と、ここまでしっかりクリスマスの行事を行ったわけだけれど、奥さんにしても僕にしても、今年はなんだかぜんぜん実感が伴わなかった。

厳しい寒さだった昨冬に比べて、今年が暖冬だからだろうか。それとも、十日ほど前にTDRに出かけてしまって、そこで気持ち的にピークを迎えてしまったからだろうか。

それともあるいは、自分たちがもうプレゼントをもらえる子供でもなんでもなくって、あげる側の大人の一員になってしまったからだろうか。なんか去年もその前の年も同じこと言っていたような気がするけど(そしてそういう諦念のもとに家族や親しい人たちにプレゼントを贈ったけれど<今年はしなかった。そのせいだろうか)、年々そういう感覚が増してきているのは事実である。やっぱり新しいフェーズに入ってきているんだろうなあ。

とりあえず、次は正月のバーゲンが待ち遠しいけどね。そこは変わらないけどね。

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年中行事なもので(二日目:プロジェクトTNT)

明けて二日目。

Fl010002 ホテル・ミラコスタで今回泊まった部屋は、ちょっと面白くて、窓の外にちょっとしたベランダというか中庭みたいなものがついていた。

面白かったのでその様子を写真に撮る。

どうでもいいけど(ま、このブログは基本どうでもいいことばっかりですが)、ミラコスタの寝具は僕の寝方にとても合っていて好きだ。あちこちでいろんなランクのホテルに泊まったけど、枕が固かったり、マットレスが柔らかすぎたり(新婚旅行で泊まったパリのスクリーブは、マットレスが柔らかすぎて、まるでハンモックみたいで、うつ伏せで寝る人には完全に無理な代物だった。きっとうつ伏せだとイナバウアーみたいにえびぞりになってしまうだろう)、決して寝心地がよくないホテルが多い中、ここはマットレスも程よく固く、枕は僕好みの羽毛で低く柔らかく、非常によく寝られる。

Fl010003 よく寝た後はミラコスタ内のオチェーアノで、おなかいっぱい、ばかみたいにブッフェを食べる。ここのブッフェは野菜ジュースとパンが充実していてすばらしい。特に、チョコレートの入ったデニッシュのおいしさときたらたまらない。それだけイクスピアリで販売したらきっと売れると思う。

ここでも朝食の内容を写真に撮ったのだけれど、あまりにばかばかしいのでレストランからの風景を貼っておきます。

Fl010007 二日目はその後TDSをぶらぶら。もうアトラクションはぜんぶ乗っているので、この日は日ごろ行かない場所を探して行く。

ということでいきなりゴンドラに。これはTDSの水面部分を一部周遊するだけのどうということのないアトラクションだけれども、よく晴れた朝に乗るとなんともいえない癒し効果がある。

Fl010010_2 水面からの景色も、別に地上からの景色と角度がちがうだけなんだけど、なんとなく写真に撮ってしまう。何度も来ているんだけど。

しかしまあ、最初にこんなのに乗ってしまうと、まったりムードが夫婦の間に蔓延してしまって、「さあ、タワー・オブ・テラーだ!」とか「センター・オブ・ジ・アースよ!」という気持ちにはなかなかならない。

Fl010018_2 ということで、これまで行ったことのないS.S.コロンビア号に入ってみた。

これがなかなかどうしていい感じで、夫婦して「なぜ行かなかったのか」と首をかしげてしまった。

食事時ではなかったのでテディ・ルーズベルト・ラウンジに入ったのだけれど、その薄暗い船内ラウンジっぽい感じが実に居心地がよい。もともと、TDRのグランマ・サラといい薄暗いところが好きな都並にはことのほか落ち着く。

写真には撮らなかったけれど、店内には暖炉を模したスペースもあり、そこにはツリーも飾ってあって、カップルで暖炉前のソファーなんかに座ったら不用意に盛り上がりそうだ。

バー・カウンターもあるので、将来子どもと奥さんがきゃっきゃと走り回るようになったら、お父さんはここで静かにビールでも飲みたいと思う。

ちなみにバー・カウンターの天井のひさし部分を支えているのは熊たちだ。一匹だけサボって鮭を食べていたり、それを隣の熊が舌なめずりして見ていたり(写真)、こういうところも芸が細かい。

Fl010022_2 さらに、コロンビア号は舳先にも出られるようになっているのだけれど、これもまた知らなかった。

しかもこの船の配置が見事で、舳先の向こうには本物の海が繋がって見えるのである。

きっとここで、これまで無数のバカップルがタイタニックごっこをしたのだろう。都並もばかでは人後に落ちないので負けじと、「世界一周旅行に出かけてはみたけれど、ブエノスアイレスあたりで図書室の本もぜんぶ読んでしまい、ちょっと退屈してしまっているふう」の写真を撮ってみた。

Fl010029 その後、一日とくに何らかのアトラクションにもフォーカスしないまま(マーメイド・ラグーン・シアターでアリエルを見てフランダーにお別れし、大きいお友達が力尽きて大量に眠りこけている夕方のビッグ・バンド・ビートで、いつものとおりドラムを叩きまくるミッキーさんに改めて尊敬の念をいだきはしたけれど)、夜は久しぶりのマゼランズへ。またもやコースをたらふく食べる。

その後、大多数の客がハーバーでのキャンドル・ライト・リフレクションズに見入っているころ、我々はぐれ者夫婦はまたもやパークの裏側へ。静かなケープ・コッドのクリスマスに「僕らはこれでいいや」としばし心を和ませ、友人のお子さんへのお土産のダッフィーを購入。

なんだかんだで家に帰ったのはいつもの電車で(TDRに行くのに「いつもの電車」が決まってきたのがこわい)、11時過ぎに帰宅。まったくがんばらないTDRだった。

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年中行事なもので(一日目:プロジェクトTNT)

Fl000035_2 9月に行ってきたばかりのTDRへ、またまた夫婦して出かけてきた。

自分でも「先日行ったばかりだしなあ…」とは思いつつも、クリスマスの時期は毎年出かけていることもあり、TVCMなど放映され始めると、「そぞろ神の物につきて心を狂はせ、道祖神(ならぬ富士額鼠)の招きにあひて取るもの手につかず」というやつでどうにも落ち着かない。

そこで「ももひきの破れ」はつづらなかったけどジーンズの下にタイツをはいて、「笠の緒(を)をつけ替へ」る代わりに奥さんのイヤーマフを押入れから出してきて、「三里に灸(きう)すうるより」「休足時間」を買い込んで、舞浜の駅「まづ心にかかりて」、「住める方(かた)」は別に人に譲らずにホテル・ミラコスタを予約して、出かけてきたのである。

が、これがまた初日は冷たい冬の雨で、クリスマスのTDRだというのにぜんぜんテンションがあがらず、どうにも参った。

着いてすぐ、クリッターカントリーとウェスタンランドの境界あたりにある売店で、1着500円のポンチョに身を包みながら、ターキーレッグとかいうものを買い求める列に並んでいるときは、あまりに自分がかわいそうで、本当にどうしようかと思った。なんとなく『地獄の黙示録』の完全版に追加されたプレイメイトのシーンを思い出したりもした。

Fl000006 けれども昼過ぎには雨は上がり、ようやくいつものテンションで年甲斐もなくTDRを楽しむことができた(写真はその時間帯のパークの様子。4月に稼動し始める『モンスターズ・インク』のアトラクションの外観がもうできていました)。

Fl000026 特にこの日は、雨でお客さんが少なかったのか、パレードもしっかり見ることができて、おまけに愛機LC-A+も好調で、帰ってきて現像したらいい感じに写真が撮れていた。

どうでもいいけど僕は『トイ・ストーリー』の中でもこの宇宙人がとても好きだ。クレーン・ゲームの中の人生/世界/宗教観みたいなものが短いシーンに凝縮されていて、しかもそれが、彼らにとっての超越的存在である我々からしてみたら「間違った世界の解釈」であるところがいいと思う。彼らを見ていると自分たちの人生/世界/宗教観っていうのも案外そんなものなのかもしれないな、と思わされるしくみになっている。そのせいか、「選ばれた」宇宙人の栄誉と悲哀はなんとなく『キャッツ』のジェリクル・キャットを彷彿とさせるものがあると思う。

それはさておき、パレードを観た後は、クリッター・カントリーのグランマ・サラズ・キッチンで夕食。ここも都並のTDLでいちばんお気に入りのレストランである。なんといっても『大草原の小さな家』ふうの、開拓者的インテリアと「あなぐら」という設定とのマッチングが三十路のおじさんの中の冒険心を掻き立ててやまず、本気でこういう家に住みたい、といつも思ってしまう。

おなかが膨れた後はミラコスタにて就寝。予約したのが遅かったためトスカーナ・サイド、つまりパークの裏側だったけれど(本気でポルト・パラディーゾ・サイド=パーク側を採るなら8月9月にはもう動いていないといけません)、もういい年なのでそのことには何の不平もない。

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週末だけの帰郷その2(プロジェクトTNT)

明けて日曜日。この日はまったくのオフ。旅の空ということをのぞけば、完全オフは実に一ヶ月ぶりくらいではないかと思う。

定宿のホテルで遅い朝食を食べて(なぜかビュッフェが以前より充実しており、特にフルーツとジュース類が格段に拡充されていてうれしくなってしまった)、それから今晩の宿であるグランヴィアへと移動。トランクを預けた後、地下鉄に揺られて烏丸御池へ。

烏丸御池まで行ったのは、三条通に新しくできたジーンズ・ショップを見学するためだったけれど、これは意外とどうということはなかった。

仕方ないのでそのまま三条通~御幸町通あたりのお店をぶらぶら。そうこうしているうちにお昼になったので、久しぶりの「バスティーユ」へ。

久しぶりに行ったら、お店の奥が広がって、フロア自体が広く、席数も多くなっていた。流行っているようでなによりである(そんなにえらそうに言うこともないけれど)。

しかし流行っているせいで予約のないお客さんは待つか諦めるかしないといけないレヴェルに達しているようだった。予約しておいてよかった。

Vfsh0474 今回はここでランチのコースを堪能。かぶらとベーコンのスープにはじまり、アボカドと魚を使ったサラダ、帆立と魚介のペペロンチーノ、豚肩肉のローストとデザート、というコースである(どうして覚えているかというと全品写真を撮ったからなんだけど、スペースの都合上ここでは二品だけ掲載する)。

お店が拡張して客数が増えると、心配になるのは味が落ちることだけれど、今のところそんな心配はぜんぜん無用なようだった。どの品も、今までどおりのバスティーユの味で、しかもしっかりおいしい。久々の贅沢な食事に感激した都並であった。

写真はデザートのアールグレイのブランマンジェ。そこにティラミスとバナナのアイスが添えられている。見てもらってわかるとおり、あまりのやわらかさに自重で崩壊しかかっている。それくらいやわらかいので口の中であっというまに溶けてしまう。これをティラミスといっしょに口に入れると実においしい。

Vfsh0475 最後はエスプレッソで〆。ところでこの写メール、偶然なんだけど天井からの明かりがハート型になっている。なんだか縁起がよさそうだ。

食事を終えたら、昔のように四条界隈をぶらぶら。ナイキに入ってNSWのウインドブレーカー類を一応確認する。80sっぽい色彩が気に入ったけれど、「これはアウトレットに出るまで待とう」と思い購入を控える。

代わりに、というわけではないけれど、藤井大丸の「Wilson」のショップで、スタジャンふうのスウェットを発見。着心地もよく、アームホールの太さや肩幅なんかも今風だし、ショール・カラーとかウエスタン・シャツみたいなポケット周りのパイピングなど気に入ったので、仕事着として購入。北関東の田舎では見つけられないものはまよわず買っておかなくてはいけない。

081027wl1m こんなんです。しかしこんな感じで仕事していていいのだろうか。今も着ているけれど。

あちこち歩き回って、そのほかに奥さんの買い物とかもして、夜は再び京都駅へ。

京都駅では毎年恒例のクリスマス・ツリーを見学する。駅ビルの大階段にちょっとびっくりするくらいの人が座り込んで、このツリーを観ていた。それを横目で「おしりが冷たかろうに」といいつつ眺めながら、いちおう僕も写メールを撮る。

Vfsh0484 こういうのを観るといよいよ年末だなあと実感する。日々いろいろ忙しいけれど、この不況の折お仕事があって、平和な家庭があって、ゆっくりクリスマス・ツリーを見るくらいの時間があるというのは、ひとまずは幸せなことだ。

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週末だけの帰郷(プロジェクトTNT)

Vfsh0485 仕事は相変わらず山積しているけれど、家族の行事があったので、週末だけのタッチ&ゴーで京都に帰ってきた。

京都はちょうど観光シーズンの真っ只中(最近は気温が高いので、本来紅葉の見ごろの11月にもなかなか十分な紅葉を見ることができない。そこで勢い11月の最後の週末が混むことになる。みんなぎりぎりまで紅葉を待つからだ)だったけれど、新幹線は意外と空いていて、当日の朝に切符を買ったにもかかわらずすんなりと座れただけでなく、隣の席もずっと空いていた。

新幹線はあらかじめN700の窓際の席を指定しておき、コンパクトDVDプレイヤーを持ち込んで、窓のスクリーンも下ろして、ひたすら映画を観ながら移動した。といっても遊びではなく、悲しいかな仕事で観なければならないものが溜まっていたので、移動中も仕事である。

今の住まいは在来線も東京まで結構時間があるので、片道で都合2本の映画が観られる。そこで、小さい画面だけれど往復で4本の映画を観た。暗い内容ばかりだったのでやたらと気が滅入った。

気が滅入ったまま、窓のスクリーンをあげるともう山科で面食らう。いつも富士山など見ながらゆっくりと故郷のモードに頭を切り替えていたのが、今回は途中でスクリーンの中のアフガニスタンやらサウジアラビアを通過してから京都である。

京都についたらタクシーで定宿にしているホテルへ。そこで先に帰省していた奥さんとお母さんと合流。またタクシーを拾って今度は金閣寺近くの某神社へ。そこで家族の行事があった。短時間ではあったが、晩秋の静粛な空気が満ちている京都の神社での時間に、思いがけずリフレッシュする。こんなにのんびりと、心落ち着いた気分になったのは久しぶりのような気がする。

Vfsh0468家族行事を済ませたら、今度は北大路通りをずんずん東進。おいしいものを食べる喜びで固く結ばれている親子三人で、今宮神社の「かざりや」のあぶり餅を食べるためだ。金閣寺から今宮神社は歩くと結構あるけれど、結束力の固いチームなので根を上げたりはしない。

だいいち、今の時期の京都のバスは殺人的に混んでいてめったにオンタイムに来ない。といってタクシーを捕まえるほどではない。

僕も、時間を気にせず歩く、という自由さがうれしくって、似たもの同士の親子の後ろをついて歩く。

今宮神社そばのお店にたどり着いても、それからまだ行列に並ぶ。30分くらいは優に並んだのではないかと思う。しかし時期がいいのでさほど苦ではなかった。奥さんは「かざりや」に並びながら「四条のみよしやのみたらしが食べたい」というわけのわからないことをいう。

そんなこんなで、いよいよお目当ての品物にありつく。いつもながらおいしい。

といってもこれは、具体的な調理方法を考えると、なんてことない食べ物だと思う。お餅をついて、小さく丸めて竹串に刺し、きな粉をまぶして焼き、最後に白味噌のたれをかける。おそらくそんな感じでけっこう簡単に作れるんじゃないだろうか。

でも、こういうものはやっぱりシチュエーションが大事で、今宮神社の参道にあるお店に並び、お店の奥の座敷で出涸らしの薄い番茶をすすりながら食べるのが乙なんだろうと思う。

この喜びに親子三人して浸った後はホテルに帰り、しばし何をするともなく休憩。

それから夜、再度集合してホテル内の中華で舌鼓を打つ。餃子と杏仁豆腐がおいしくて、満足のディナーとなった。久しぶりに生ビールを二杯、紹興酒を一杯飲む。

それからまた部屋に帰って就寝。非常にのんびりした一日だった。

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秋の日、新しいブーツを迎えに行く

Vfsh0461ここのところ僕の住んでいる町は急速に秋めいてきた。ついこの前まで真夏日だったと思ったら、いきなり気温が下がって、ここ数日20度前後をうろうろしている。

去年はどうだったかな、と思い日記(ブログ)を読み返したら、意外にも、と言おうか、9月30日の時点で同じようなことを書いている。読み返してみたら、「ああそうか、そういえばそうだった」と去年のことをぼんやり思い出した。それまで住んでいた関西が、秋らしい秋もないまま気づけば12月、というような気候なので、新鮮に感じたのだった。

ということで二年目の秋を迎える今年は、「この地域ではこれがふつうなんだな」と思い始めている。

もっとも、今年は去年と違って観測記録を更新するような炎暑ではなかった。その意味では去年よりもしみじみとしっとりと、秋を迎えている気がする。去年はなんだか、焼け付くような陽射しの下から慌てて木陰へと避難するような、そんな慌しい秋の始まりだったけど、今年の秋の訪れは去年よりずっと穏やかだ(まだ台風来てるけどさ)。

そんな中、このところずっと抱えていた(<そのせいでブログの更新もままならなかった)、ある学会の事務仕事と別の学会の研究発表が無事終わったので、東京までブーツを迎えに行ってきた。

ブーツとは、都並にとっては特別なカテゴリである。単なる靴とは違う。

もとより僕は人並み以上に靴好きなので、玄関のシューズボックスの半分以上を僕のスニーカーやら革靴やらが占拠しているわけだが(これは奥さんの靴よりも多い)、その中でもブーツは特別な位置を占めている。単にかさばる、という意味ではなく、象徴的な価値を持っているということだ。

たとえば、ちょっとやそっとでは壊れないタフさ(英語にはtough as old bootsという言い回しがあるそうです)、それからどこへでも、荒野にでもずんずんと踏み入ることのできる頼もしさ、力強さ、多少汚れてもなりふりかまわず突き進めばいいんだ、という美学、そういったものは「男の子」には不可欠なものだと思っているのだが、僕の中でそういったクオリティを象徴するのがブーツなのだ。

そう、「男の子」はみんなすべからく心の中に荒野を持つべきなのだ(うわーかっこいい)。

ということで、今も仕事場でもふつうにブーツを履いている。冬場はナイキ・エアの方が保温効果があるのでついついサボりがちだが、よっぽどいかついブーツでなければ、パンツの裾に隠れてしまえばふつうの革靴にも見えるので、講義でもゼミでも会議でもぜんぜんブーツで出動する。

ところがこの秋は、長年愛用していたブーツ(最上段画像)がそろそろ耐用の限界に達しつつあった。ヒールがずいぶんと磨り減り、そのままだと足腰を痛めそうになってきた。シューレースを引っ掛ける金具もひんまがり、パンツの裾に引っかかることが多くなった。アッパーの革もだいぶやれてきた。

ということで、後継者のブーツを探していたのだけれどもこれが一筋縄では見つからない。もとより上に述べたような思い入れがあるので、中途半端なものでお茶を濁したくない。本当に気に入ったものでないと、心が落ち込み、逆にエネルギーを奪われてしまう。

ということで今年は、夏のうちから雑誌と店舗で新人くんのスカウトを始めた。二ヶ月くらい、いろんなところのいろんなブーツを見て、ブーツにも男の子の美学にも何の思い入れもない奥さんの客観的意見を聞きながら思い悩んだ。

途中、いくつかの候補が都並の心中を回転寿司のように通り過ぎていった。CAUSE(コーズ)のマウンテンブーツ、ベタだけどティンバーランドの新作、10年の時を経て再び穿くかレッドウィング(ベックマン・ブーツのチェスナット)…。

どれもしっくりこない中、偶々「TO & CO.」さんのHPにて理想の相手を発見。気がついたら青山のお店に電話をして、取り置きをお願いしていた(今回、メディアに露出しているものが売っている店に直接アプローチできる、という東京圏の良さを実感した)

Vfsh0462 それがこのmontish bootsである。パンチングのメダリオンが一見遠目にはトリッカーズのカントリー・ブーツふうだけど、ところどころ小技が利いている。

ステッチ使いもかわいいし(とは奥さんの弁)、ソールは歩きやすいクレープソールになっている。くるぶし部分の切り返しはグレン・チェックになっていて、座ったときなんかにちらっと見えるようになっているのだけれど、これはクロスではなくスウェードへのプリントである。

そのほか機能的にも、くるぶし部分の内側に表革を張っているので、足入れがスムーズだ。靴下に革の繊維がついてくる、ということもない。この内側の表革は、先代のブーツにもあった仕上げなのだけれど、これがあるとないとでは履き心地が大きく異なるので、実に嬉しく思っている。

これで価格は予算内の4万円以内。クレープソールも、磨り減ってきたら張替えが利く(10000円くらいだそう)というし、これから先何年も、大事に履いていこうと思う。

ということで、全面的にお気に入りのこの一品、今年の買い物の中で№1の喜びである。

品物がお気に入り、というだけでなく、急に気温の落ちてきた9月の末に、これからの寒い季節に足首から先をがっちり守ってくれるブーツを買いに行く、というこの季節感もなんともいえず心地いい。

ちなみにこの日は青山でブーツを買った後、クアアイナでアボカド・バーガーを食べて、それから日比谷シャンテ・シネでショーン・ペンの新作『イントゥ・ザ・ワイルド』(大傑作でした。レビューは別記事で)を鑑賞。

ずっと観たかったのだけど忙しくて観られなかったこの話題作、その中でもエミール・ハーシュが頑丈そうなブーツを履いていた。

一日を通じて、寒い季節の訪れを記念する、歳時記的な一日だった。

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ロケ地発見

Fl020013 先日、奥さんが夕飯の買い物に行くのについていったら、奥さんがこんな風景に目を止めた。

「あれ?あそこになんか建ってるよ。撮影でもするのかな?」

というので彼女が指差す方向を見やると、確かにハリボテの小屋が立ち並んでいる。

「ほんとだ、映画かな?」と都並。

わが町は古くから煉瓦製造が盛んで、街中にいくつも古い煉瓦造りの建物が残っている。そのため時々ロケ地に選ばれたりもするようで、今回もその類かな、とぴんときた。

しかしそのときはすぐに冷蔵庫に入れたい食材を買ったばかりだったので寄り道はせず、まっすぐ家に帰った。

帰ってから、どうにも気になるので、Tシャツに短パンというラフな格好のまま、カメラ片手に「もっぺん見てくる」と家を出た。

Fl020012近くに寄ってみると、確かにこれは何かの撮影だ。そこへ、台車を持ってたまたま通りかかったスタッフらしき人物がいたので訊いてみた。

「これは何か撮影されるんですか?」

「あ、テレビです」

「そうなんですか。写真撮ってもいいですか?」

「あ、今ならいいですよ」

ということなので、愛用のトイカメラで写真を撮ってきた。

Fl020014 よく見ると、ハリボテの骨組みに「警官の血」と書いてある。「ははーん、これは二時間ドラマの類だな、ちょっとした芸能人がくるのかしらん」と思いながら家に帰り、その旨を奥さんに報告した。

奥さんもそれを聞いて「ふーん」という返事。

それから何日かが経ち、昨日ふと思い出して「警官の血」と検索したら、これはなかなかすごい番組じゃないですか。江口洋介さん、椎名桔平さん、吉岡秀隆さん、伊藤英明さん、それから栗山千明さん、木村佳乃さんあたりも出るらしい。

それを知った我々は急に色めきたって「観に行こうか」などと盛り上がっています。特に奥さんは、今日日中見学しに行こうか、とけっこうその気になっているようでした。

Fl020010 ともあれ、「警官の血」(来年放送だそうです)をごらんになった皆さん、こういう風景が出てきたら、「ふうん。都並はああいうところに住んでんだな」と思ってください。当たらずとも遠からずです。

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秋の初めのTDS/IKEA(2日目)

[この日記はフィクションです。決して平日に遊びに行ってはおりません]

二日目の朝はゆっくり起きて、ホテルの上層階のラウンジでビュッフェ形式の朝食を採る。これはTDR周辺のホテルの朝食としてはちょっとおそまつな内容だった。少なくとも、入り口の立て看板に書いてあるような、2000円以上の値段をとるものではない気がする。

けれども僕と奥さんは格安プランで泊まっているので何ら文句はない。むしろ奥さんにとっては、久しく泊まっていないホテルだったこともあり、子供の頃のことを思い出して懐かしかったようだ。

それに、ラウンジの窓からTDRの駐車場を見下ろして、遠くに修学旅行のバスが到着しては白と黒の制服の集団を吐き出すのを眺めたり、あるいは駐車場の係員の悪ふざけか、三角コーンがミッキーのかたちに並べられているのを見下ろしたりしながら、特に急ぐでもなくゆっくりと採る朝食というのは、それはそれでなかなかに優雅でよかった。

チェックアウト後、我々にしては珍しく、パークを素通りしてJR舞浜駅へ。今日はIKEAで家の中のこまごまとしたものを買い足す予定である。

快速に揺られているとあっという間に南船橋に着く。いやはや、幕張メッセがあって、IKEAがあってTDRがあるということを考えると、京葉線はすごいなと思う。そのわりに周辺の街に住みたいとは思わないけれど。

IKEAではまず二階のフロアをメモを取りながら一周。歩きつかれてカフェで昼食。遅い昼食を採ったばかりでまだ腹ペコというわけにはいかなかったけど、それでも定番のミートボール(苔桃のソースがとてもよく合う)とチョコケーキを食べる。

平日とあって客層は小さい子供を連れたお母さんばかり。後は一部学生らしきカップルがいるばかりだ。こういうところで30代半ばのおじさんは浮いている。

食事を採って休憩した後、気合を入れて二階を二周目。そのまま一階フロアに下りて、キッチンクロスや収納ボックス、来客用ベッドサイドランプなどこまごまとしたものを中心に買い倒す。

へとへとになるまで買いまわって、宅配用の段ボール箱にちょうど一箱買って1万8000円弱。やっぱりIKEAは安い。

買い物が終了してまだ時間があったので、イクスピアリに戻って周遊することに。あわよくば、奥さんの秋のアウターを買おうという考え。とはいえこの段階で夫婦ともども疲れ切っていたので、まずはスターバックスで休憩する。

座っているうちに気絶しそうになったのを何とか気を取り直し、イクスピアリをぐるっと回ってはみたけれど、よさそうな商品もなく、夕食を採って帰ることにする。

イクスピアリ内のピザ専門店でナポリ風ピザとカルボナーラに舌鼓を打って(ここはなんだか、TDR利用客じゃない周辺住民も来ているみたいで、なるほどなかなかおいしかった)、ほうほうのていでJRに乗り、約2時間かけて家へ。帰りの電車の中では二人とも順番に気絶したのだった。

追記:11月にJR新三郷駅直結の「新三郷ららシティ」にIKEAがオープンするみたいですね。これからはそっちに行くことになるんだろうな。しかも同じ区域内にコストコもあるっていうし、それも会員になるんだろうな。どこまでもアン・フリードバーグのいうとおりになる私たち。

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秋の初めのTDS/IKEA(1日目)

[この日記はフィクションです]

Fl000003 毎日のように関東平野のどこかを集中豪雨が襲い、大雨洪水警報発令を告げるニュース速報がひっきりなしにTV画面に流れていた先週。

今週はその荒天からはうってかわって、関東平野はようやくの秋晴れを迎えている。晴れ渡った空は澄み渡り、空気はほどよく乾いて、気温も30度を下回る日が続き、風が何ともいえず気持ちいい。

この秋の良き日にじっと仕事をしている話はない、ということで、奥さんと連れ立って秋のTDS/IKEA1泊2日ツアーに出かけてきた。

初日はまずTDS。単に連休の直前の平日だっただけでなく、ちょうど夏のイベント(ボンファイヤー・ダンス※)と秋のイベント(ア・ラ・カルト)が始まる前の端境期だったこともあり(それを狙って行ったんだけど)、TDSはかなり空いていた。

※余談ですがボンファイヤー(bonfire)とは英語でかがり火のこと。これを盆踊り(Bon dance)とかけているわけで、英語のセンセイとしてはとても秀逸なネーミングだと思います。

そんな中、奥さんとパーク内をくるくる歩き回り遊び回る。自分たちでは

「あ、ミッキーがいるよ」「写真撮る?」「もう"いい大人"だからいい」

「もうすぐショーが始まるよ、座って待つ?」「もう"いい大人"だからいい」

と分別がある大人のつもりでいたけれど、きっと傍から見たらそのへんの10代20代のお客さんと変わらなかっただろうと思う。いや、むしろチップとデール(彼らはこの日も盛大に水を撒いていました)の方が近いかもしれない。

そもそも、この年になってTDRに行っていることが既に幼いのだ。思い起こせば今の奥さんとはじめてTDLに行ったのが8年前、2000年の9月14日だった。それからちょうど8年。まったく進歩のないことに自分でも呆れてしまう。

Fl000022 それにしても、この日はいい天気だった。「いい天気だった」という、ただそれだけのことなのに、それをうまく伝えられる筆力も何もないのが悔しいのだけれど、だいたい一年のうちに数日だけある、「生きてて良かったなあ」と思える日、自らの過去に思いを巡らせ、過ぎ去った年月を静かに噛みしめる日、「一年中今日みたいな天候だったらいいのになあ」と思える日、それがこの日だった。

Fl020025 あまりの好日に、愛用のトイカメラをぶんぶん振り回し、今までに何度もフレームに収めてきた風景をフィルム三本ぶん撮り倒してしまった。

一日中遊びまわって日が暮れて、夕食はインディ・ジョーンズの隣にある「ユカタン・ベースキャンプ・グリル」で採る。

これが、単にテーマパークの中のレストランでの(ある種間に合わせの)食事、という枠を超えて非常に気持ちよかった。半野外のテーブル席からは群青の夜空に秋の半月が青白く煌々と輝くのが見え、日中に火照った肌を冷ますように夜風が吹き渡り、(リアルな)鈴虫の声を運んでくる。

先日、関西の友人たちでは燻製合宿なるアウトドア・イベントがあったらしいけど、それには関東から参加できなかった都並としてはまさにタナボタ的な僥倖である。

あまりの気持ちよさに、奥さんと「将来こんなふうに軒先で食事採れる家に住みたいね」などと話す。思えば8年前にもウェスタン・ランドで同じようなことを言っていたような気がする。

とことん進歩がないわけだが、それでいいのだ。

と見上げれば、「うんうん、それでいい、それでいいよ」とお月様も言っているような、そんな秋の夜空だった。

Fl020040 この後はハーバーで(なんと今年初めての)花火を見て、インターネットでとった格安のオフィシャル・ホテルに逗留。まさに命の洗濯をした秋の好日であった。

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フランス映画とカレーとドーナツ(ver.9.8)

9月に入って当大学では連日の会議。

あまりに会議ばかりで気がふさがるので、金曜日は趣味と実益をかねて(もともと趣味と直結した仕事なんだけど)有楽町朝日ホールでやっている「フランス映画の秘宝 シネマテーク・フランセーズのコレクションを中心に」に行ってきた。

この日見たのは2本。クロード・オータン=ララ監督の『パリ横断』(1956)と、ロジェ・レーナルト監督の『最後の休暇』(1947)。

どちらも、アメリカ映画のマニエリスムにどっぷり浸っている都並みたいな人間にはとても風通しがいい作品で、楽しく観ることができた。

特に、『パリ横断』の脚本はオーランシュとボストなのだが、この作品が面白かった、ということは都並にはとても意義があった。

というのもこの2人、フランソワ・トリュフォーがヌーヴェル・ヴァーグの誕生期に「フランス映画のある種の傾向」という論文で「良質の伝統」という名の下に(要は「つまらん」「我々の実生活に即していない」ということで)けなした脚本家である。

これまでこの論文だけを読んでいて、かつトリュフォーの作品だけを観ていた都並は「ふうん、そうなのか」と想像だけで判断してしまっていた。けれども、実際に『パリ横断』を観てみると、ちゃんと面白いところもあることがわかる。

それも、単に面白いだけじゃなくて、終戦から10年ちょっとでナチ占領下の時代のコメディを作っていることの不穏さみたいなものも感じる。

要はちゃんと評価するに足るわけで、それを観ずして一方的にトリュフォーのいうことを鵜呑みにしていてはいけなかったのだな、ということがよくわかった。

この後は「開会式」とかでジャック・ドワイヨン監督が挨拶するということだったけど、御尊顔を拝見せずにそのまま退場。

会場には知人の某先生(この催しのことを「有楽町の秘宝館」と仰っていた。うまい)もいたのだけれど、人ごみにまぎれて挨拶できなかった。

知人といえば、この催しで座談会に登壇される映画監督の青山真治さんも足を運ばれていた。が、こちらは一方的に顔を知っているだけなので特に挨拶はしない。

要は、孤独に映画を観ただけである。

それにしてもこの催し、もっと専門家や若い映画ファンが集まるかと思いきや、そういった客層は一割程度で、後は有楽町的なというか銀座的なナイスミドルばかり。意外な客層だった。

映画を観終わった後はマリオンやらイトシアやらをぶらぶら。秋冬ものの洋服を見て目の保養をする。またぞろブーツやらレザーやら物欲の虫が騒ぎ出すけれどここはぐっとがまんして何も買わない(もうブーツは2足ほど欲しいのを見繕っているんだけど)。

Vfsh0451_2代わりに、というわけではないけれど、うちへのお土産に有楽町イトシアB1Fの「クリスピー・クリーム・ドーナツ」を購入。

平日の、まだOLさんやらサラリーマンさんが職場を出る前の時間帯だったこともあったけど、お店は意外に空いていた。

混んでいるときにはお店の外まで並ぶ行列がなんと店内で完結していて、待ち時間は正味30分を切るくらいだった。混雑を緩和するための「中身は選べないけど詰め合わせ12個」という「アソート」の列なんてほとんど待ち時間ゼロだった。

これは、いっときの混雑ぶりに比べると大きな違いだ。

さらに驚いたのは、いつも配ってくれるオリジナル・グレーズド(行列中に試食と称して一個まるまるくれる)を断るお客さんがいたことだ。以前ならこれをお目当てに並ぶ客もいたのに。

いやはや、このままブームが沈静化してくれることを願う。

Vfsh0449_2結局この日は8個買う。それにしても、このお店のレイアウト(行列中に、画像のようにドーナツが大量生産されている様子を見学できる)って、なんか購買欲をそそるというよりも、大量生産・大量消費を風刺されているような気がしなくもない。

次々と揚げられていくドーナツの行進と、それを買い求める、比較的ひまでミーハーな客の行進。なんか『いのちの食べかた』のなかのワンシーンみたいだ。

いや、こんなお店けっこうふつうにあるか。失礼失礼。

Vfsh0450 ドーナツを買った後は、同じイトシアの「東京カレー屋名店会」で夕食。前からずっと気になっていたのだけれど(だってこのフロア全体がカレーの匂いなんだもん)初体験である。

ここは都内の5店舗が共同出店、カレーもこの5店のものが選べる。セットも可能で、この日はインド風のカレーが食べたかったのでCセット(エチオピアとデリーのセット)にした。これが納得のおいしさだった。

エチオピア(左の黒い方)の名店会オリジナルカリーは、スパイスにくわしくないのでうまく説明できないけれど、関西だと大阪の「食堂玄気」や京都の「かれいはうす沙羅」に似た、爽快な辛さのスパイシーなカリー。

対してデリーのバターチキンはバターのこくとトマトの酸味があいまって食欲をそそるカレー。

あまりのおいしさに、食事中隣に入ってきた母娘連れが「何にしようかな…辛くないのがいいのよね」と言っていたのを聞き、「なら、Cセットがいいですよ」と突然話しかけたくらいだ。

…というのはうそだ。話しかけはしなかったけど「ならCセットにすりゃいいのに…」と心の中で念じていた(気持ち悪い客だ)。そしたら、ほんとに「Cセット2つ」と言ったので「それ正解。お母さんそれ正解」と今度も心の中でつぶやいた(ほんとに気持ち悪い客だ)。

都並の気持ち悪い思考はさておき、このお店、非常にカジュアルなスタンドなのですが、カレーは本気だと思います。後3店舗は今後の楽しみにとっておこう、と正直思いました。

カレーを食べ終わって時計を見たらまだ7時。でも奥さんも家で(ドーナツを)待っていることだし、この日は帰宅。

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いただきもの2008夏

080807_1143まずは北島康介選手、世界新での金メダル、おめでとうございます。

実生活での都並をご存知の方はお分かりだと思いますが、都並はプロフィール上彼と「ある共通点」があるので、屈折した自己愛の反射というか、非常に肩入れして応援していたわけですが、無事当初の目標を達成できてほんとに自分のことのように嬉しいです。これは正直、阪神優勝に匹敵する嬉しさです。

ま、我が事のように嬉しいとはいっても、こっちは何事につけ彼ほど努力はしてないわけなんだけれどさ。

Vfsh0429それはさておき、昨日はNY~ダラス~LAと研修に行っていた義弟くんが、お土産を持って遊びに来てくれた。

ということで、いろいろ最近いただいたものを書きとめておくとともに、ここでお礼を申し上げておきたいと思う。

一番上の画像は、奥様のOL時代のお友達でこのブログにも時々登場するT子ちゃんから先週いただいたもので、信州の桃10個である。

これは奥さんのリクエストだったみたいだけれど、非常に甘さと香りのバランスがよく、おいしくいただきました。

強度の小麦好きである奥さんは実はかなりの桃好きでもあり、桃については忘れられぬエピソードがある。

あれはまだ奥さんと結婚する前、別々に暮らしていた頃のこと。ある夜、一日の仕事を終えて独り暮らしのアパートの鉄骨の階段をかつこつと上っているときに、ふいに奥さんからメールが届いた。

「今お風呂から上がって桃を食べています。とても甘くておいしいです。世界の終わりに何を食べるときかれたら私は桃だな。桃桃」

その、何も訊ねてないのに自ら答える、という全体の内容もさることながら、何よりも文末に奥さんの動物的な喜びが力強く現れていた。「桃桃」とただその名称を連呼するだけの、文にもなっていない荒削りな野生の叫び。

おかげで僕は桃のことを考えるといまだにあのアパートの鉄骨の階段が脳裏に浮かぶ。

ともかくそんなわけで我が家では、この時期、桃の季節はちょっとしたフィーバーである。スーパーに足繁く通い、店頭の桃を夫婦して仔細に吟味し、時には匂いまで嗅いで確かめ、朝な夕な食卓に桃を欠かさぬようにしている。

その桃好きの夫婦ではあるが、この桃は普段食べている桃とは違った。普段の桃が渡辺直美だとしたら、ビヨンセくらいの味わいだった。あまりのおいしさにT子ちゃんにメールにて感謝を伝えるとともに、奥さんに「来年も頼むように」と念を押す。

Vfsh0432 二つ目の画像は義弟くんのアメリカ土産。『ハムナプトラ』シリーズのブレンダン・フレイザー主演で3D映画化された『センター・オブ・ジ・アース』の読み物と、『インディ・ジョーンズ』のスティッカー・ブック(シール付絵本、のようなもの)、それから『ダーク・ナイト』も話題のバットマンとジョーカーのペッツ、である。

080811_1206 ペッツはさっそく研究室に飾らせていただきました。研究に関係あるから、とかなんとかいいながら、うちの研究室の本棚はこんな玩具でいっぱいです。

それにしても、30過ぎの義兄にこういうお土産を買ってきた義弟くんの心境っていかなものだったのだろう。センスとしてはど真ん中ストライクで嬉しいのだけれど、お義兄さんとしては失格ではないかと若干気にならないではない。

Vfsh0431合羽橋にてロウ引きの袋をまとめ買いしたりするのに喜びを覚える奥さんには、向こうのランチョン・バッグ25枚セットをもらった。これも「お姉さんのことをよくわかっているなあ」というチョイスである。

25枚「セット」というのは、1枚ずつ絵柄が変わっていて、これを持っていく小学生とかが、お昼休みに知識も身につけられるようなトリビアが書いてあるのである。この一番上の絵はシマウマで「シマウマの縞は一頭ずつ違うんだよ。指紋みたいにね」とか書いてあるわけである。

他には「サイの角はケラチンでできているんだよ。これは僕らの髪の毛や爪と同じ材質なんだ」とか「ケープ・バッファローはとっても社交的な動物で、2000頭もの群れで移動するんだ。彼らはとても仲良しなので、お互いの頭を枕にして寝たりもするんだよ」とか、大人の都並でも「ふーん、へえー」とマジで勉強になることが書いてある。

Vfsh0430 それからこれは向こうのスーパー・チェーンのショッピング・バッグ。さすがにド派手だ。わが国のどこかのチェーンみたいに八分音符がふたつ描いてあるだけ、というのとは違う(値段じゃなくてこういうトリビアルなものこそが我が家的にはツボなので、お友達の皆様も海外旅行の際にはよろしくお願いします)。

このほか『ライオンキング』のパンフレットなどもいただきました。ありがとうございました。

Vfsh0383 最後は、お中元にもらった佐藤錦。某所のお嬢さんに卒業祝いを贈ったらお返しにいただいた。ちょっと前のできごとだけど、写真を撮っておいたのでここに書き記しておこうと思う。

これも大変おいしくいただきました。ありがとうございました。

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やっぱりナイキには敵わない(ver.8.27)

(この日記の内容は8月27日に二度目の改稿をされました)

いよいよ今日は北京五輪の開会式ですね。とりあえず、チャン・イーモウが演出の開会式は録画予約しました(8月11日追記:録画しつつ、結局全部観てしまいました。セレモニー部分は、内容的にはいいたいこともあるけれど、さすがの迫力と美しさには唸らされました。入場行進は集中力が途切れて疲れましたが、最後の聖火ランナーにはふたたび度肝を抜かれました)。

北京五輪といえば、開会式に併せてナイキさんがドロップしてくるこの新ライン、「Nike Sportswear」(prelaunchサイトなので開会式以降リダイレクトされるかもしれません<8月11日追記:開会式以前と以降では違うサイトになっています)、以前から各媒体で情報は得ていたものの、相当気合の入ったものになっていますね。

その世界では大御所のヒップホップ・バンド、「ザ・ルーツ」のクエストラヴとのコラボ・モデルがある一方で、明らかに「鳥の巣」をモチーフにしたエア・フォースⅠ、五輪カラーのダンクなど、相当オリンピックを意識したモデルが多いのにびっくり。

でも一時のにぎやかしではなくて、NYに旗艦店もできるというから本気なんでしょうね。

個人的にはこのラインの上っ張り(画像はないんだけど、ウインドブレーカーとか、中綿入りのM65とか)が、ナイキ独特のつるんとしたハイテク的デザインを一ひねりした、なかなかありえないセンスで格好いいので一枚欲しいなあと思ったり。

日本にはいつどのくらい、どんなふうに入ってくるんだろう。

8月27日追記:先日お盆休みに京都は四条通のナイキに行って訊いたところ、一点NSW(Nike SportsWearの略称だそうです)のウインドブレーカーが入ってきているとのこと。2本ではこういうふうにふつうにナイキの店頭に並ぶのでしょう。

まるで30代の研究者とは思えないブログだ。

追記:ナイキのサイトでは他にも、自らデザインしたDUNKを各国のユーザーのデザインと投票で戦わせることのできる「KICKSCREATOR」というサイトが熱いです。参戦するには登録しないといけないのですが(ユーザーの囲い込みうまいなあ)、今までNikeIDでシミュレートだけして遊んでいた人には、さらに自由度が高く(素材のテクスチャーやグラフィック系のテンプレートが充実している)このサイトがお勧めです。

僕もすでに登録し、いくつかのダンクを参戦させました。

8月27日追記:僕が塗り絵したダンクは、数種類のうち上位のものが一時300位前後まで行きましたが今は500位あたりをうろうろしています。それでも15,000位くらいまであるうちの500位なら立派なものではないでしょうか。

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アウトレットの(仕組まれた)快楽

Vfsh0420 またしてもアウトレットに行ってしまった。

どうにも、休日に家でのんびりしていられない性分で(※)、「佐野(栃木県)のアウトレットに追加オープンした店舗を観に行こうよ」などと、口実として成立するかどうかもわからない口実を見つけて、奥さんを説き伏せて行ってきた。

※(ココは小難しいことを書いているので読まなくていいです)この「休日に家でのんびりしていられない」しかも「どこかに出かけて何かを買いたくなる」自分の行動原理については反省するところもあるのだけれど、反省したところでおそらく何も変えられないので敢えてここでは長々と書かない。また、この北関東の地に蔓延するショッピング・モール/アウトレット・モール文化についても思うところがあるのだけれど、これもここでは書かない。ルイ・アルチュセールさんやジョン・フィスクさんなんかが何と言おうとも、幼い時分より刷り込まれた行動原理はなかなか脱却しがたく、もはやこの年になっては自覚的・自虐的に巻き込まれていくしかないと諦めているからだ。

結果的に、この日の買い物は成功だった。アウトレットで安い買い物ができることは当たり前のことだけれども、それでもこの消費ゲームの中ではけっこうなスコアを出せたんじゃないかと思う。だからどうした、といわれると困るけれど。

ともかく、まずは一番目の画像、フランフランの店舗の片隅になぜか隠れるようにして売られていたペプシのミニカーを発見。2種類あったが一台300円だったので2種類とも購入。

こうして我が家の、資本主義社会における大企業の影響力を確認するための壮大なプロジェクトとしての「企業ロゴ入りミニカー・コレクション」に新たな2台が加わった。またしてもトラックであるが、これもパッケージがかわいいので敢えて未開封のまま保存することにする。

これでコレクションは計8台に。だんだん置く場所がなくなってきているけれども、1年で8台はたいしたものである(自画自賛)。

Vfsh0423_2 次いでジーンズを購入。今穿いているリプレイのライトオンスのもの(右側プロフィール欄写真にて穿いているもの)がだいぶ傷んできたので、同じくライトオンスの代替品を探していたところ(ただいまこの北関東の地は、14オンスのジーンズにはつま先も通したくない季節の真っ只中である)、GAPで4,000円だったので即決。

正直リプレイの1/6くらいの値段だけれど、しかもバングラデシュ製だけど、見たところ風合いやらウォッシュやら、値段のわりに悪くない。ウォッチポケットの丸リベットなんかもこれはこれでかわいい。その上この値段なら、突然ジャッキー・チェンに冒険の旅に連れ去られてびりびりに破れても惜しくない。

Vfsh0424 最後に、この日の掘り出し物は、某ジョイックス・コーポレーションのブランドのブルゾン。思いっきり季節はずれのアイテムだけれど、ふだんはほとんど買わないブランドだったけれども、これ単品としてはかわいいし、こういうカジュアルな上着が欲しいところでもあったし、何より35.000円超の品が5000円だったのでこれも即決。

あまりの安さに、さすがの消費熱病患者都並も、購入後家に帰るまでの道すがら、色々「何でだろう?」とは思ったけれど、ポケットやらドロー・コードやらベンチレーションやらもしっかりしているし、どんな理由でもこの値段なら文句はない。いきなりブレンダン・フレイザーにハムナプトラに連れて行かれても悔しくない(たぶんこの服では暑いだろうけど)。

ということで、色々買って1万円。夏休みのお小遣いの範囲内で悠々吸収できる、いい買い物であった(と、書いてから、なぜか心のどこかに自己嫌悪が残るのはなぜだろう。なぜかしら)。

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スター・ウォーズ後日談

Vfsh0409いやあ毎日毎日暑い暑い。この暑さを伝える適当な比喩が思いつかないくらい暑い。敢えてこの難しい比喩に挑戦してみると、全く新しいまっさらな自分に生まれ変われそうなくらい暑い。

この暑さの中、当ブログでは連日「スター・ウォーズ」関連の話しかしていないことについては、若干自分でも「これでいいのか」と危惧の念があるわけだけれども、それでもまだ書く。

まずはペプシNEXのおまけベアブリックですが、昨日(7月23日)、大人の購買力でもって無事にコンプリートしました。近所のスーパーで1本88円で売っていたので、1000円近く安くついたわけだけれども、それでもいい年してこんなものにこんなに本気を出してよかったのだろうか。

なんとなく、昔『ドラえもん』で、のび太くんが「今はジャイアンにかなわないから大人になってからガキ大将になる」といったときのことを思い出す(こちらのサイトに詳しいです)。

次に、「スター・ウォーズ・セレブレーション・ジャパン(以下SWCJとする)」ですが、日曜日に奥さんを説き伏せて北関東の山を降り、はるばる幕張メッセまで行ってきました。片道約2時間の旅でした。

「SWCJ」については、事前に2ちゃんねるのスレッドでも情報を得ていたので、過剰な期待はしていなかったのだけれども、やはりかいつまんで言うと、「少々お金のかかったスター・ウォーズ・ファンの集い」という感じだった。

Cimg4302 もちろん、こういうイヴェントにつきもののコスプレイヤーさんもいたし(画像参照。これはボバ・フェットさんですね。個人的にベスト・コスプレ賞をあげたかったのは、写真は撮らなかったけれども、四角い箱から足が突き出ただけ、みたいなデザインのドロイド「EG-6」のコスプレをしていた人である)、LEGOやトミー・ダイレクトをはじめとするメーカーもブースを出していた。

けれども(僕は過去にこういうクラスの催事場に来たことがないのでわからないが)、全体にこじんまりしている印象を受けた。

といいつつ、限定商品ショップに45分ほど並び(テーマパークと90分の講義で鍛えられているので、2時間程度までの行列なら苦にならない)、Tシャツとイウォークのベアブリックとシャドウ・トルーパーのチャビーを購入(<ファンじゃない人はここ何を書いているのか分からないと思いますけど冷ややかに読み飛ばしてください)。

Cimg4317 さらにはスノー・スピーダーとミレニアム・ファルコン号のフォト・スポットでばかばかしい写真を撮るのに計2時間近く並んできた。

同じ時間に別会場ではマーク・ハミル御大の登場で歓声が上がっていたのだけれども、そういうパーソネルにはぜんぜん興味がないのでひとりも拝見しなかったし、サインももらわなかった。ただひたすらばかな写真を撮るのに並んでいたのだった。

それだけのことに5時間強費やし、おなかもぺこぺこになったので、その後は京葉線でイクスピアリにさっさと移動。お気に入りの「クア・アイナ」でアボカド・バーガーに舌鼓を打つ。

その後夕暮れ時のイクスピアリをうろうろしたのだけれど、どこも家族連れでいっぱいだった。その家族連れがまた、一日遊んだ満足感といくぶんの疲労感をいっぱいに漂わせていて、まさに「夏休み」という雰囲気をいやおうなく盛り上げてくれた。

おかげで、幕張にいた5時間より舞浜にいた2時間ほどの方が「夏休み」気分が満喫できたような気さえしてしまった。

それほど夏の宵のイクスピアリは輝かしく、後ろ髪引かれる思い出はあったけれども、なんとか未練を断ち切り帰途へ。

追記①:帰りのJRは特急が途中駅で故障・停車し、乗換えを余儀なくされて大変でした。おまけにその模様を教え子に目撃されていました。

追記②:幕張メッセには、親子でコスプレをしている人たちも少なくなかったのですが(大体みんな親の世代がSW世代なので)、その中でもっとも僕らの度肝を抜いたのは、娘に「れいあちゃん」と名づけている親子でした。

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黒澤シンポジウム(プロジェクトTNT)

Vfsh0387 土曜日は立教大学新座キャンパスにて、黒澤明のシンポジウムに参加してきた。

これが、最新のキャンパスの最先端の設備を駆使した、テンポよく歯切れのいい催しだったので感服しました。

内容は、僕のような洋モノ専門の初学の人間に云々する資格はないのかもしれないけれども、黒澤監督のスクリプターだった野上照代さんと黒澤監督のご長女でいらっしゃる衣装デザイナーの黒澤和子さんをお招きした「当事者」のトークはインティメートで楽しいものだったし、明治学院大の四方田犬彦先生、早稲田の長谷正人先生、NYUの吉本光宏先生の御三方の発表もとっても勉強になるものだった。

ミソジニー、ホモソーシャリティ、表象不可能性といったキーワードで黒澤明を読み解く御三方の手捌きは見事というほかないもので、個人的な研究にも大変刺激を受けた。

特に、『天国と地獄』の身代金受け渡しの場面の、徹底的にPOVショットを回避したカメラワークは、例えばPOVを多用するヒッチコックの手法と比較したときに、かなりの独自性をもって立ち現れてくるんじゃないか、と思った。

さらに言えば、もしアメリカ映画のPOVショットが、ローラ・マルヴィが言うように、男性が女性を見る「男性の視線」と評価することができるなら、そのPOVを回避した黒澤の「肩越しのショット」は、男と男が共に見る「ホモソーシャリティの視線」とみなすこともできるのかな、などと考えた(すいませんココ何言ってるのか分からないと思いますので無視してください)。

いや、これは何も黒澤全作品を計量的に観たわけではないので何ともいえないけれども。

Vfsh0386話は代わって、シンポジウムもすごかったけれども、もうひとつすごかったのは立教のキャンパスだ。『未来世紀ブラジル』ロケハンのときのテリー・ギリアムが、あるいは『惑星ソラリス』のときのタルコフスキイがこの風景に出会ったら、きっとロケ地にしただろうな、というくらいの未来都市ぶりである…この喩え、ミッドタウンに行ったときも使ったな。

ともかく、この図書館の機能の充実している印象を見ると、「とほほ、同じ大学でもこんなに違うのか」と思わず恨めしくなる。さらに、このハイテク図書館から生み出される学生のレポートがどれくらい、うちの学生と違うだろうか、と考えると空しくさえなる。

いやはや、参りました。個人的に今後「新座ミッドタウン」と呼ばせてください。

などとうなだれつつ、シンポ終了後は懇親会まで参加してきた。同年代の知り合いの先生が何名かいらっしゃったので、親睦を深め、今後の研究活動について情報を得る。

(と、和気藹々と飲んでいたら、お店に名刺入れを忘れるというハプニングがあり、主催校の先生に送っていただくというご迷惑をかけてしまいました。申し訳ありませんでした)

そんなこんなで帰宅は23時。奥さんをほっぽらかして申し訳ない休日だった。といいつつ、次の土曜日もオープン・キャンパスで出ずっぱりなんだけど。

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スライトリー時代遅れ(ver.7.14)

(この日記の内容は7月14日に更新されました)

勤めている大学ではもうすぐ学期が終わる。

ということで、決してシラバスどおりに進んでいるとはいえない授業の最終的なつじつま合わせや期末課題の作成や、その他諸々突発的に襲ってくる大学の雑務に終われ、「一週間に三回」を目標にしているブログがなかなか更新できない。

それでもとりあえず今は忙中閑有りという状態で、ようやく日記が書けている。

なぜ日付の変わるこんな時間にPCに向かっているかというと、明日立教大学で行われる黒澤明のシンポジウムに聴講に行くことにしているのだが、その行き帰りに電車の中で聴くために、iPodの内容を更新しているのである(追記:僕の使用している旧nanoは、奥さんが二年ほど前にお友達の結婚式の二次会のビンゴの景品として無料でゲットしてきたものであり、その時の同梱のiTunesを更新しないままに使っていたので「同期」ではなく「更新」であった)。

先日、家の近くの外資系ではないCD店でG・ラヴ&スペシャル・ソースザ・ベイカー・ブラザーズの新譜を買ったのはいいけれど、これまた落ち着いて聴くひまがなくて、まだ封も切っていなかったので、ようやくの作業に入っているのである(追記:ザ・ベイカー・ブラザースのウェブサイトには「Mixer」というページがあって、これがけっこうおもしろいです。ウェブ上の擬似ミキサーのフェーダーを上げ下げして、ちょっとしたダブっぽい遊びができます。ダブといってもミュートとかディレイとかはないけれど、演奏気分が味わえるというか)。

それにしても、CDを店頭で買って、家でPCに挿入して、iTunesにインポートして、iPodで聴く、というのは、どこかで時代遅れなプロセスのような気がする。というのも、最初からオンラインで楽曲のファイルを手に入れる、という選択肢もあるのに、なぜか未だに店頭でCDを買ってしまっているからだ。

そういえばこのブログの写真も、基本的に自分の携帯からPCのアドレスにメールしているのだ。カード・リーダーを使えばもっと簡便なのだとは分かっているのだけれど、なんとなくリーダーを買うつもりになれないのである。

こうして、生活のプロセスの部分部分から、だんだん時代遅れになっていくのだろうな、と思う今日この頃。

7月14日追記:

ここまでは11日の記入(カッコ内の追記部分は14日)。実はこの後が大変だった。

ど古いヴァージョンのiTunesに曲をインポートして、さて、iPodに入れよう、と思ったら、iTunesがiPodを認識しないのだった。

これはどうやら、先日、我が家の旧nanoくんをJRの車両内で落っことしてしまったことが原因のようだ。

そこでネットで色々調べてみて、windows上でというか元のPC側で色々できることを(コントロール・パネルを開いたりして)試行錯誤してみたけれどもうまくいかず、結果「iPodを復元」するしかない、ということになった。

そこまでは別に良かったのだけれども、我が家のど古いiTunesでは、どこを調べてもiPodの復元なんて機能が見つからない。ということは、どうやらiTunesをアップデートしなければいけないようだ。

しかし僕が今までiTunesをアップデートしてこなかったのは、単なるものぐさではなくて、ちゃんとした理由があるのである。そもそも我が家のPC自体が非力なので、極力重いアプリケーションを入れたくないのである。いや、新しいiTunesが今のど古いのに比べて重たいかどうかはわからないのだけれども、windowsの開発の歴史はアプリケーションの重厚化の歴史だという先入観がある。

しかしそうはいってもここはiPodのため、更新しないわけにはいかない。ノー・ミュージック、ノー・ライフ。

と思ってニュー・ヴァージョンをダウンロード、アップデートしてみたところ、案の定プロセスの途中で止まった。

仕方ないのでインストール先を変更(ハードディスク内のCからDへ<正しい対応なのかわからないけれど、Cばっかり使うのでDはやたらと空いている)、今度は無事成功。

そこから新しいiTunesを色々と触って機能を覚えて、無事聴ける状態に持っていったら、午前2時を回っていた。とほほ。お友達が難なくiPhoneを入手してほくほくしている一方で、この時代遅れぶりはどうだろうか。

…などと気を落としつつ、翌日。ソフトウェアを1.3.1に更新した旧nanoくんで音楽を聴いてみたら、なんと音質が向上していた。

いや、正確には向上といっていいのかわからない。単にイコライジングの問題なのかもしれないのだけれど、以前より明らかに低音が出て、それもブーミーじゃなく、特にベースの音がいい感じに太くなっている。キックもそれにあわせて心地よい重量感を伴うようになった。その他の楽器も心なしか空気感が増した。

いやはや、これはありがたい進歩である。これまで、B&OのA8(どうでもいいけど、2001年に初めて香港で買った時は一万円を切っていたのに今や1万7千円台。nanoくん本体と同価格帯になってしまっている)で聴いていると、特にJRの車内など騒音の大きいところでは、どうしてもベースが弱く、キックも硬質なものに聴こえていたのが、非常に心地よく聴ける。

ということで、機械音痴ゆえに苦労したけれど、怪我の功名というか、終わりよければすべて良し、ということであった。

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乗ってみたいなファルコン号

今日は『スター・ウォーズ』(エピソードⅣ)の日本公開30周年記念だとかで、東京のあちこちにダース・ベイダー卿が出没なさったそうですね。

それで初めて知った「スター・ウォーズ セレブレーション・ジャパン」(注意:いい音量でおなじみのあのジョン・ウィリアムズの曲が流れます)。

要はファン・イヴェントで、一日4000円は高いし幕張も近くはないのでどうしようかなとは思うけれど、LEGOが協賛企業に名を連ねていたり、トミーダイレクトも限定商品を販売するとか聞くと、そういうフェティッシュな欲望が刺激されるなあ…。

前の週(7月3日追記:こちらの勘違いで12日でした)、立教で黒澤明のシンポジウムがあって、そっちにはとりあえず応募しているんだよな…。

いや、究極的にはトイは要らないけど(海外限定版のラルフ・マクォーリー版C-3PO&R2-D2はほしいけど)、そのほかにミレニアム・ファルコン号で写真が撮れるとも言うし…。

行ってみたいな、遠い昔、遥か彼方の銀河まで…。

Cimg0304_2 写真はNYの映像博物館にてヨーダ師と再会の都並。

「よいか、鰤彦。やってみる、というのはないのじゃ。やるか、やらないか、なのじゃぞ」。

「ははー。肝に銘じております」

これやるの二回目だな。

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いたいシンポジウム/うまいドイツ・ビール

Vfsh0381 日曜日には築地まで出かけ、朝日新聞社主催のシンポジウム「大学教育を考える ―初年時教育を学士力にいかにつなげるか」に聴衆として参加してきた。たまには都並も教員としての職業倫理に目覚めるのである。

シンポジウムの内容はというと、昨今の大学生のスタディ・スキル&ステューデント・スキルの低下(と一概に評していいものかどうかわからないが)を前提に、いかに高校を卒業したばかりの若者に大学での学びの有り方を習得させ、卒業後に期待される学士力、社会人基礎力を四年間で身につけさせるか、ということについて、各大学の先進的なケース・プレゼンテーションをもとに、ディスカッションをするというもの。

これはたいへんな経験だった。「うちの大学/学生はこのままだと絶対良くない」という危機感を共有する大学関係者が300人から集まって、ふだんの学会でもありえないくらいの集中力でもって議論を戦わしていた。その緊張感がびしびし伝わって、基本的に学生に対して放任主義(「君たちもういい大人なんだからね」)を決め込んでいる(おそらくは古いタイプの研究者である)都並も、「どげんかせんといかん」と、お尻に火がついた気持ちになった。

考えすぎて知恵熱を出しそうになったので、終了後はドイツ・ビールでクール・ダウンすることにした。

大学の時から仲良くしているいっこ下の後輩で、いっしょにバンドもしていたI君が、長いことイタリアに留学していたのだけれども、このたび結婚を機に帰ってきて、東京に住むことになったというので、久々に会ってお酒でも飲みましょう、ということになっていたのである。

しかし、ふつうに飲んでも面白くない、ということはないけれどももうひとつイヴェント性にかけるので、かねてより憧れだった「ガード下」へ(非サラリーマンであることを自覚しすぎているせいか、常々サラリーマン文化に妙な憧れがあるのだ)。

で、せっかくガード下に出かけるなら、本来なら「まんぷく食堂」とか「新日の基」とか、そういうハードコア・テイストの居酒屋に行くのが正しい「道」だったのかもしれないが、そしてそういう本格的なお父さんスタイルに後ろ髪引かれるものがあったのも事実だが、それよりもましてこの日はなんだかおいしいビールが飲みたかったので、日比谷の「ドイツ居酒屋 JS・レネップ」に突入。

結論からいうと正解であった。ソーセージとザウアークラウトとジャーマンポテト、アイスバインなどをつまみに、I君と、I君にもったいないくらいのきれいな奥様と、がんがんビールを飲み倒す。なかでも、店側が一押しの「イエバー」(画像はまた別のビールです)は、ホップが利きつつ、シャープな苦味のきいた確かにおいしいビールだった。

四方山話に花が咲き、おたがい何倍飲んだかわからないうちに、気がつけば終電間際。慌てて電車に乗ったが、帰宅は午前様だった。

いやあ、おいしいビールでした。また飲みましょう。今度はストロング・スタイルの親父居酒屋で。>I夫妻

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ゴー・レット・イット・アウト(アウトレットへゴー)

Vfsh0359 梅雨の隙間をついて、話題の三井アウトレットパーク入間に行ってきた。

日ごろは北関東の侘しい片田舎というか両田舎(そんな言葉ないけど)に暮らしている都並であるが、この地域は、なぜかアウトレットには恵まれている。

我が家から車で約一時間の距離に、上記の入間と、栃木県佐野市の佐野プレミアム・アウトレットと、ふたつもアウトレット・モールがあるのである。

これは、消費アフロエンザがいっこう治る気配のない我々夫婦にはありがたいことではある。そこで、持病の熱病にうなされつつ、これらのアウトレットを順番に詣でてみることにした。先月は佐野にでかけたので、今月は入間ということである。

三井アウトレットパーク入間は、オープン時の混雑は報道で聞き知ってはいた。なんでも、高速(圏央道)の入間の出口付近からすでに渋滞が始まっているとかなんとか。

それで奥さんとは「半年くらいして落ち着いたら行こうね」などと話していたのだが、先日奥さんが、耳寄りな情報を入手してきた。通っているジムのお姉さんいわく、「平日なら空いてますよ」というのである。それは平日休める人間としては願ってもない話で、今回の訪問と相成ったわけである。

道中驚いたのは、高速の一つ前の出口あたりで、路肩に「混雑時はここからもアウトレットにいけます」という趣旨の看板が立っていたことと、入間の出口では「アウトレット↑」という矢印が出ていたことである。なんという行政の(?)対応の早さよ。

そんなわけで、往時の混雑を偲ばせる事物を眺めつつ現場に到着したのだけれども、実際に着いてみると、事前の情報どおり混雑はぜんっぜんたいしたことなかった。お昼過ぎに到着したのにも関わらず、第一駐車場の、建物入り口すぐ近くに車を止められたくらいである。

敷地内に入ってみても、お客さんの数は決して多くはない。落ち着いて見て回ることができる。

中に入っているお店だけれども、佐野も入間も総じてさほど変わらない。ナイキがあり、アディダスがあり、ビームスがあり、という具合である。どちらも、なぜかどことなくやさぐれた印象の洋服たちをずらりと並べている。

違うのはフードコートで、これは入間の方が垢抜けているし、清潔感&解放感もある。垢抜けているといえば、来客者の服装も、立地ゆえかこちらの方が都会的である。建物自体もこちらの方が新しくて洗練されているので、都市的な印象ではある。

ではどちらがいいか、といわれれば、甲乙つけがたい。佐野のほうは、観光地のアウトレットに来たみたいで、日帰り旅行的な情緒がある。一方、入間はあくまでベッドタウンのアウトレットである。入間にはコストコがあるけれども入会金は決して安くないし、佐野は現在入居店舗数を増設中という魅力もある。

Vfsh0369 などと思いながらぐるっと一周見て回った後で、今回のお目当ての品を購入。シチズン・アテッサのエコ・ドライブ電波時計「ジェットセッター」である。

実はちょうど腕時計を買い換えなくてはいけなくて、新しいのをいろいろと比較検討していたのだけれど、種々の条件からこれにした。

まず、仕事柄(センター試験などの試験官をしなくてはいけないので)、時計は電波時計であることが必要条件である。

そうでなくても、いったん電波時計に慣れてしまうと、電波時計が「ほんとうの時刻そのもの」を示してくれるのに対し、一般の時計が「大体の時刻」しか表してくれないことに対する不満感が拭えなくなってしまう。これは何かほかのものに喩えると、ピントが合わない映像しか見られないテレビとか、大体350mm入っているビール、みたいなものだ。そういった、いわば認識論的な変化があるわけである。もちろん実用面でも電波時計はありがたい。特に、電車の乗り換えなどでは電波時計の信頼感に勝るものはない。

次に、これも仕事柄だけれども、たまに海外に行くことがあるので、ワールドタイム対応である必要がある。その点この「ジェットセッター」はアメリカ、ヨーロッパでも電波を受信してくれる優れものだ(実は型番落ちになっていて、新作は中国でも電波を受信してくれるのだけれど、個人的には中国に行く仕事はないので、この機能は必要ない)。

Vfsh0372 最後に、暗い映画館の中でも時刻がわかるようにバックライト機能があることも大事である。いまどきの時計はたいてい備えている機能ではあろうけれども。

ということで、とにかく優秀なこの時計であるが、実は定価は庶民の僕が思い描く腕時計の値段とは一桁違う。けれどもそれがアウトレットだと30パーセント以上安く買える。これはお買い得である。

とはいっても僕にとっては高価な買い物であることは間違いないので、これから長い時間こいつを大事にしていきたいと思う。

Vfsh0363 そのほか、コレクターとして思わず買ってしまったのがこれ。『スター・ウォーズ』のTシャツである。Mサイズでも若干大きいけれど、短パンにあわせてだぼっと着るのにはいいかと思う。

まだクローゼットには「トップレス・カリフォルニア」の『トランスフォーマー』Tシャツが未使用のまま二枚も眠っているわけだが。

追記:食事は「ベスト&バーガーズ」というところで採ってみた。バンズをお店で焼いてくれるハンバーガー、ということで、「クア・アイナ」みたいな高級本格志向かと思い入ってみたのだけれども、思ったほどではなかった。どちらかというとモスバーガーみたいな印象である。それでも、セットで1000円近くするので、割高感がある。店内はおしゃれだったけれども。

Vfsh0362

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ポロシャツ考(若さは色である)

Vfsh0336日記、というものは読み返すものである。書いたら書きっぱなし、でもいいけれど、基本的には備忘録であり、過去のことを書きとめて、記憶し、想起するためのメディアである。

そう思って過去の自分の行状を読み返してみたら、意外な事実がいくつか判明した。

まずは、昨年の暑さのこと。昨年は6月14日にすでに研究室に冷房が入っている。今年はまだだ。そう思うと、「温暖化、温暖化」とお題目のように唱えてはいるけれど、今年は去年より夏の到来が遅れているのだろう。現に今も、研究室の冷房は例のアンティークな扇風機のみだ。

部屋着の短パン化も去年より遅く、ここ一週間ばかりのことだ。朝のコーヒーはもうかなり前からアイスコーヒーになっているけれど。

それから、去年の4月29日と先日の6月9日の奇妙な反復性に驚いた。去年の四月末にも僕は京都に出かけたわけだけれど、そのときの行動と先日の行動が非常に似通っているのだ。

まず、どちらの日にも僕は「おめん」を食べており、そればかりでなく同店のわらびもちも食べている。

さらには、どちらの日にも藤井大丸の「ダファー・オブ・セントジョージ」でポロシャツを買っている。昨年は青と白のストレッチ地のボーダー・ポロ、そして今年が緑色のポロである。

また、これは微妙に異なる事柄ではあるけれど、去年の四月僕は友人の結婚祝いを探し、今年は父の日の贈り物を探していた。

なんという進歩のなさだろうか。こうなったら来年も同じ時期に同じ行為を繰り返さねばなるまい。そう思ってしまうくらいの進歩のなさだ。

それはさておき、ポロシャツといえば、最近僕の中での選択肢が変わってきた。いちばん上の画像にもあるとおり、カラフルなアイテムがOKになったのである。

これは、ナルシストなおじさん本人以外にはどうでもいいことだろうけれど、自分では結構驚いている。というのも、僕自身のセルフ・イメージでは、原色の赤や緑なんてものは到底似合わないと思い込んでいたからである。結果必然的に僕のワードローブは以下の「無難な」色で構成されることになる。

①黒②白③グレー④ベージュ⑤ブルー⑥カーキ

昔、ラルフ・ローレンだか誰かが「この辺の色しか買わない、と決めて買い物をすれば着回しはかんたん」とのたまっていたような記憶があるけれど、そんな聡い考えがあるわけではなく、自然とそうなっていったのである。何せ、試着室の鏡で自分の姿を見たとき、赤や緑ではものすごく違和感があったのだ。

それが最近、この手の色がありになってきたのが嬉しい。思うに、「若さ」とは、あるカラフルな「色」(カラフルな色ってトートロジーだけど)なのである。若いうちは誰しも、自分の容姿のカラーが決まっていて、それに似合う色が自然と決まってくるものなのである。

それが、年をとるとその色がだんだん褪せていって、結果派手な色の服が似合うようになってくるというわけだ。よく街中やメディアの中で、原色を着こなしてお洒落なおじさんを見ることがあると思うけれど、同じかっこうを若者がしても似合わないだろうな、ということがよくあるでしょう。それはこういう原理なのである、きっと。

Vfsh0338 というにわか仕込みの信念のもと、今年になって買い足したのが上のポロシャツたちである。しかも、単にカラフルなだけではなく、それぞれワンポイントがある。

赤いのは、元ラルフ・ローレンのネクタイデザイナー、ロバート・ゴドレーによるブランド「サイコバニー」のもの。もちろん、「サイコバニー」というブランドは知っていたものの、ラルフ・ローレンうんぬん、というのは知らない。単に、丸の内のビームスで見かけて、このワンポイントのスカル・バニーがかわいいから買った。

が、これを着てみると、かなり「欧米か」である。試着前の予想では「ぼく、ハチミツだいすきさー」という感じになると思っていたのだけれど、そうではなくて完全に「欧米か」である。

(6月18日追記:一日着用してみました。たかがポロシャツ、と侮るなかれ、カッティングというかパターンニングがしっかりしていて、かなり構築的なデザインです。肩のあたりはナチュラルというよりもちょっと袖ぐりのエッジが立つ感じで、背中が広く取ってあるので動きやすいです。しかも着やせして見えます。後は、うちの洗濯乾燥機の「おうちクリーニング」洗いでの経年劣化にどれだけ耐えるかですが、基本的にはとてもよくできたポロでした)

Vfsh0339 これとクリスマス・カラーを構成するのが「ダファー」のもの。今シーズンのポロシャツのワンポイントは「スニーカー」である。

これはずるい。あまりにもずるいモチーフである。そんなわけで「これはずるいよー」とぶつくさ言いながら買った。だってスニーカー大好きのおじさんにはたまらないではないか。これはかなりコロンブスの卵。

しかも、このポロシャツはボタンやわきの下のベンチホールもカラフルである。

Vfsh0340 まず、胸元のボタンが三色。この色は、「ダファー」が展開しているデッキシューズ型のスニーカーのハトメ(シューレース・ホール)と同じ色なのだそう。しかし、デッキシューズは先日「トップ・サイダー」のものを購入したのでもう買わない。

さらに、シューズのハトメと同じリングが、わきの下にベンチレーション(通気)用ホールとしてくっついている。これは、ふつうに着ている状態では腕をあげないと見えない小憎らしい小技である。都並は板書の機会が多いので、これはなかなかチラ見せによい。

Vfsh0341これらにあわせて、先日栃木県佐野市のアウトレットで買ってきたグレーのポロシャツを投入し、夏の装いが充填完了。実は当初の予定よりもかなり多額を注ぎ込む結果となってしまった。

でも奥さんがあおるんだもん。「かわいいからいいんじゃない」と言われたら誰だって買ってしまうというものだ。

グレーのポロシャツも実は胸のワンポイントがスカルである。これはちょっとばかし、キッズくさいかもしれない、と思ったけれど、着てみると意外となんとかなる。生地がポロにしてはへヴィ・ウェイトで、頑丈そうなのでわしわしと普段使いできそうである。

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学会シーズン(プロジェクトTNT)

6月は学会のシーズンで、都並も、今年はさまざまな不可抗力的な都合で研究発表はできないのだけれど、それでも都合三回くらいは出かける予定である。

学会というやつはそれぞれ大学の教員が参加しているので、授業の関係で週末に開催される。そうすると一月に三回週末がつぶれるわけで、それはさすがに、たとえ研究発表をしないといっても、仕事のスケジュール的にも肉体的にもけっこうきついのだけれど(当然研究発表をするともっときつい)、それでも得られるものがあるのでいかないわけにはいかない。

その学会の第一弾がこの週末京都であって、参加してきた。京都はかつてのホームタウンだし、隣県の滋賀は実家なので、里帰りという気分もある。

というわけで金曜日は奥さんのほうのお父さんお母さんと合流し、京都で行きつけのおいしい焼肉屋さんへ。久しぶりに親子で楽しくコンロを囲んできた。僕以外にもお父さんお母さんも6月の生まれなので、そのお祝いをかねた宴席である。

その後、定宿と化しつつある日航ホテルにて宿泊。空けて土曜日、奥さんは京都で買い物、僕は学会。他人の発表をひたすら聴くのだけれど、今年はレヴェルが高かった。自分もうかうかしていられない、と刺激を受けた。

土曜日の夕食は奥さんとまた京都で外食。お気に入りのスパゲッティ屋さん「セカンドハウス」で名物の「セカンドトマトカルボナーラ」に舌鼓を打つ。

日曜日は学会の懇親会。懇親会(=立食パーティー)というやつは、もとより内気な傾向のある人文系の研究者にはなかなか不向きなところである。僕も若い時分は、もとより出身ゼミの人間がほぼ皆無の学会だったこともあって、完全に壁の花と化していた時期もあった。

しかしこのごろは、常勤職も得て、同世代の研究者、あるいは一世代上の先生などの知己も得て、社交が楽しくもなってきたし、また重要にもなってきた。

今回も、最終的に8月末の原稿が一本、9月末の研究会が一本、来年5月の国際学会がうまくいけば一本、といくつか仕事をいただいてきたので、まずは収穫があった。

このほか、11月には自分の大学で研究会の主催もすることになっており、なかなか勉強させてもらえる一年間になりそうだ。

空けて月曜日。

奥さんと再び四条烏丸にいた。お互いのお父さんの父の日のプレゼントを探すためだ。四条烏丸~河原町界隈をうろうろして、ナイキで何か買うか、ビルケンシュトックのサンダルにするか、といろいろ迷った結果、GAPのショートパンツを贈ることにする。うちのオヤジはMサイズ、向こうのお父さんはXL。なんだか人間の器の違いを反映しているようでおもしろい。

Vfsh0340 ついでに、「ダファー」で自分用のポロシャツ、「トゥモローランド」で春夏用のグレイのシャンブレーのジャケット(表地の光沢ある感じと、裏地のマドラスチェックがかわいかった)を買ってしまったというのは内緒です。

このプレゼントを探しつつ、またもや「おめん」にて昼食。あいかわらずおいしい。しかも、単においしいだけじゃなくて、やっぱりこれが僕の食文化的ルーツの味だからだろうか、心のすごく深いところで落ち着くというか、癒される気がする。胃袋の底のほうから幸福感が上ってくる感じである。

とここまで書いてみて、ふと「これまで何度も同じようなことを書いてきたのではないか」という気がしたけれど、それでもやはり、改めてこう書いてしまいたくなる何かを感じたのも確かであった。畳敷きの席のこじんまりとした空間も居心地良くて、ついついデザートにわらび餅まで食べてしまう。またこれが絶妙な冷え加減でうまい。

Vfsh0332 それからこの日のお茶は(昼食から立て続けに行ったんじゃなくて時間を空けて行ったんですよ)、おば様御用達の純喫茶「フランソア」。僕は大学時代の悪友女史連に連れられて行ったことがあったのだけれど、奥さんは初めて。

ここではチーズケーキをいただく。しっかりとしたハード系のチーズケーキで、レーズンなんかも入っていてクラシックな感じ。これはなかなかおいしかった。しかしそれにしても平日昼過ぎの「フランソア」はおばさまばっかりだった。

このほか、「フランソア」を出るとすぐの「村上重」でお漬物を買ったりして、なんだか全体におのぼりさんみたいだった。

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有朋自遠方来

Vfsh0332 月火の二日間はいろいろと人を出迎えるのに明け暮れた。

まず月曜日は大学の公開講座。30~40名くらいの県民の皆様を前に、映画の歴史について話す。

しかし、まあ、これは(自分の親くらいの年の人生の先輩方が中心だったので、ちょっと緊張してたいへんだったけど)勉強になりました。ありがとうございました。特に、帰り際にお褒めのお言葉をかけてくださった数名の受講生の方、大変励みになりました。感謝いたしております。

なかでもその中の一名の方は、市の男女共同参画課の方だそうで、内容が多少そういう話だったこともあり、「うちの方でも講演していただければ」とまでおっしゃってくださった。それはさらにたいへんなプレッシャーですが、もしお話が来れば引き受けようと思います。よろしくお願いします。

夜は夜で、そのたいへんな仕事が終わって解放感にずぶずぶに浸ってどうにもならなくなったところへ、高校以来の悪友グループの一人で、今は仕事で全国を飛び回っているえびてつ氏が来訪。地方の仕事と東京の仕事が立て続けにあり、その移動経路上に我が家がちょうどあったのだった。

昼の仕事はたいへんだったけれども、別にこれはたいへんでもなんでもない。むしろ解放の祝杯をあげたいところだったので歓待する。奥さんに頼んで、巣穴の食べかけの餌とか古い藁とか落ち葉をきれいにしてもらい、とれたてのはちみつとどんぐりで来客をもてなす。

というのは嘘で(当たり前だ)、「せっかくだからご当地のおいしいものを」というえびてつ氏のご要望で、埼玉県の地鶏「タマシャモ」を出す居酒屋へ。「タマシャモ」は僕ら夫婦もはじめてだったのだけれど、これが脂分控えめで、でも肉の味は濃く、なかなか美味だった。美食家の奥さんも合格点を出していた。我々男どももおかげで酒が進んだ。

しかしこの日は仕入れの関係か刺身がなかったので、それだけが残念。次回奥さんと二人でリベンジを誓う。

それはともかく、めったにこない友人とともに酒を酌み交わせたので、久々にリラックスできた。まさにタイトルにもあるとおり、「朋遠方より来たる有り、亦た楽しからずや」であった。(上の写真はえびてつ氏のおみやげの宇奈月ビール。おいしそうです。ありがとうございます)。

翌朝、えびてつ兄さんを送り出した後、今度は大学にて客人を迎える。

大学の企画した連続講義で、大ヒットしたホラー映画のハリウッド版リメイクも手がけた某監督を招いたのであった。

この監督が、映画監督というといろんなタイプの方がいらっしゃるので、多少緊張して尾で迎えじゃないお出迎えしたのだけれど、とっても優しくてまじめな方でいらっしゃったので、とても嬉しかった。

授業の内容もまじめに取り組んでくださり、学生も熱心に聴いていた。

ただ、講義の途中で流したヴィデオ・クリップでは学生の叫び声に近い悲鳴が上がったのだけれど、学生が叫ぶ授業なんてあまりないから、これはこれでよかったのだろう。と都並は勝手に評価した。でも、教室の出口で何人かの学生に訊いたところ、学生たちも「おもしろかった」と言っていたから、あながち見当違いな解釈でもないのだろう。

ともかく、個人的には成功と思える授業が終わり、その監督を送り出し、その後後片付けをして帰宅したのは9時過ぎ。ホストとしての二日間がようやく終わった。と思ったらなんだか気が抜けて、ソファーで転寝してしまった。深夜に目が覚め、お風呂に入って寝直す。

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鎌倉に形から入る(後編)

(前編からの続き。更新に日が空いてしまったけれど後編。前編を改めて読み返してみて、どうしてこんな細かな行程表みたいな記事をちまちまと書くのだろうか、日記なんだったら「鎌倉に行って楽しかった」という程度の備忘録でいいのではないか、といまさらながらつくづく思ったりもしたのだが、それではインターネット上に書くということの意味がない、という思いもあり、このままの方針で後半を書くことにする)

Fl000026 ビーチボーイズとビーチの風景の絶妙なマッチ(何度も書くが当たり前だ)を楽しみながら、浜辺沿いを奥さんと歩いていく。僕だけ「ドンウォーリーベイービー」と鼻歌交じりではつまらないので、奥さんにもイヤフォンを片耳供給し、仲良く連れ立って歩いていく。

空はあいにくの曇天だが暑い。途中ローソンによってアイスクリームを補給したにもかかわらず、暑い。

Fl000020 しかたがないので由比ガ浜を望むサーファー・テイストのお店を見つけて入ってみる。名前は「Daisy's Cafe」 。

ここもちょうどお店に入ったときに道路側の席が空いたので、そこにそそくさと座り、冷たい飲み物を注文する。奥さんはアイス・カフェオレ。僕は、せっかくの連休だし、海を見に来たんだし、ということでコロナビール。ちゃんとライムが刺さって出てきたので満足。飲めない体質の奥さんはコロナビールの瓶をはじめてまともに見たらしく、「へー、かわいいねえ」と感心していた。

Fl000022食べログ」なんかにも内装が掲載されているので、ここにも写真を貼ってみる。まったくサーフィン文化に縁がない(けれどひそかに憧れがある)運動音痴の僕としては、かなりのサーファー・テイストだ。

サーファーといえば、鎌倉でもうひとついきたかったお店があった。稲村ガ崎駅のすぐそばにある「ダコタ」である。ここは「パシフィック・オーシャン・ブルー」というオリジナル・ブランドのTシャツやバッグなんかを扱うショップである。

このブランド名が、聞けばビーチボーイズのソロ・ドラマーにして唯一のリアル・サーファー、デニス・ウィルソンのソロアルバム名から取ったものだという。ビーチボーイズをリスペクトする元ドラマーとしては、買いに行かないわけにはいかない。

しかも、リンク先を見てもらえばわかるように、ここのデザインはかなりかわいい。いなたさというか古き良きアメカジの香りと、ほどよい今風加減とが絶妙にマッチしている。マスコット・キャラクターのデニスくん(もちろんデニス・ウィルソンから)もかわいらしい。

Vfsh0315_2 このテイストは奥さんも気に入ったらしく、いろいろと大人買い。まずはトート、それから丸型のハンドタオル(汗かきなので夏場の授業で使おうと思います)、ステッカーはすべて同柄のデニスくんをフィーチャーしたもの。

これにくわえて、夏場に向けて都並用のTシャツも購入。厚手のしっかりした生地で、これで2800円はどう考えても安い。

ただ、サイズは難しくて、サーファー用なので、ゆったりしている。都並は基本Mサイズなのだけれど、Mサイズを選ぶとかなり大きめで、着丈も長い。ゆったりしているぶんにはいいのだけれど、着丈が長いのはあまり好きではないので、Sサイズを購入。

Vfsh0316_2 これが、家に帰って来てみたら、50年代のマーロン・ブランドとかジェームズ・ディーンみたいなタイトな感じだった。基本的にTシャツはジャストフィットが好きなのでまあOKなのだけれど、選ぶときは気をつけたし。

柄は、鎌倉の地図が書いてあるという、北関東で着るのにはいちばん微妙なものをチョイス。黄色とブラウンの組み合わせが古着っぽくて気に入ったからだ。「おまえ鎌倉に何の縁もゆかりもないのになぜ」というような問題には拘泥しない。自意識の希薄なおじさんだからだ。

ところでこの「パシフィック・オーシャン・ブルー」、「鎌倉生まれ鎌倉育ち」というロゴのTシャツの英語が間違っています。「Borned and Raised」となっていますが、「born」はすでに「bear」の過去分詞なので、-edはつきません。「生え抜きの」なら「Born and Bred」がよろしいかと。

Fl000032 「ダコタ」を出た後は、「R OLD FURNITURE」という古家具屋さんに直行。2号店はごらんのとおり江ノ電の線路に直面している。高校以来の悪友に、同じように実家が京阪電車の線路に迫っている友人がいたが、それを思い出す。

ここでは奥さんが、幼稚園サイズの古い木製チェアーにはまってしまう。値段もお買い得だったので、即座に購入を勧める。「持って帰れるの?」と奥さんは不安げだったが、「大丈夫大丈夫」と安請け合いする。

Vfsh0310_2 これがその椅子。無事北関東の巣穴に持って帰ってこれたのだけれど、なかなかこいつが大変だった。

連休ともあり、江ノ電が殺人的に混んでいて、その中に持ち込むときがいちばんひやひやした。網棚の上に置けたので事なきを得たのだけれど、乗り込むときの車内のほかのお客さんの目が痛かった。

いやそれにしても連休中の江ノ電は混んでいました。20世紀半ばのドイツの悲しい記憶を連想するくらい混んでいました。

Fl000037 2号店を出た後、1号店にも行ってみた。こちらも線路のすぐそばにお店がある。

ちなみに、天然な奥さんは、この二つのお店が同じ店だとはぜんぜん気づかずに入っていたのだそうだ。そのせいで「あれ、ここにもおんなじ椅子が売っているね」などと不思議なコメントをしていた。

いつも旅行となると日程はすべて都並任せなので、こういうことが起きるのである。

Vfsh0314_2 この後は浜辺を離れて、やはり殺伐とするほど混雑している(実際、小さな子が常に泣き叫んでいました)江ノ電に乗り、鎌倉駅へ帰る。

鎌倉駅では西口に出て、「Romi-Unie Confiture」へ。ここは、奥さんの所属するスイーツ・クラブ(と僕が勝手に認定している)の仲間たちの間ではマストになっているコンフィチュール(ジャム)のお店。

グランスタ内にもカップケーキの店を出しているいがらしろみさんのお店だ。

ここでも奥さんと大人買い。コンフィチュールを三種類、クレープの粉を二種類、それから炭酸水なんかで割るとおいしいというシロップを一本。これらを先述の椅子の上に並べて撮ってみたのが上の写真。

どうでもいいけれど、いがらしろみさんご自身がこの日は店頭でクレープを焼いていた。ブログを拝見するとそのことが書いてあるのだけれど、面白いのは、ここへ足を運ぶ女子の大半が、ろみさんのお顔を知らないのでぜんぜん気づいていなかったことである。もちろんスイーツ・クラブの部員であるうちの奥さんは気づいていたけれども。

その後、夕食は鶴岡八幡宮の参道沿いにある「bowls」なる「どんぶり」をフィーチャーしたカフェでお食事。ここは、隣のテーブルをいくつか貸し切ってお祝いのパーティーをしていたグループがいて、そこの若者は北関東にはまずいないくらいのおしゃれさん&イケメンばかりだったけれども、フードはどうってことなかった。

Vfsh0309_2 ともかく、お昼に続き夜も無事食べられたので弛緩し切った我々は、その後も買い物を続行。駅前の売店で「こ寿々」のわらび餅を購入したほか(写真。これは確かにおいしかった。もちもち感がすごい)、なんだかよくわからない豆やら、定番の鳩サブレやらをがっちり購入。

そのまま山ほど荷物を抱えて帰りの電車に。帰りのJRはなぜか空いていて、ぜんぜん座って帰れたのだった。

いやはや、またもや散財した日帰り旅行だった。

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鎌倉に形から入る(前編)

Fl000029 GW後半の中日、奥さんと今度は鎌倉に出かけた。

旅の目的はいたって単純で、海を見ること、である。

何せ、今住んでいる北関東には海がない。群馬県にも栃木県にも埼玉県にも海はない。このことがもたらす内陸感というか、内奥感というか、ともかくその閉塞感は実は都並にはけっこう心理的な圧迫で、時折「僕は奥地にいるんだ」と思うと息苦しくなるくらいである。

だから、ちょっと開放感を得るために、鎌倉に行ってみることにしたのだ。

これはしかし、よく考えてみると不思議なことだ。何度も書いているが、都並はそもそも、朝な夕なにトトロが何匹も跳梁跋扈する山村で育ったのだから、そんな人間にはもとより海なんてものは必要ないはずだ。

ではなぜ、この窒息しそうな気分が訪れるのだろうか。

と思ってよく考えてみると、たしかに山村育ちの少年ケニヤではあったが、高校の時分は琵琶湖のほとりに生息していたこともある。また大学以降は10年以上大阪に住み、その間神戸で勤めていたこともあるが、その頃はいつもすぐ近くに海を感じ、また事ある毎に海を見て暮らしてきた。その経験が大きいのだろう。

実際、この京阪神というところは、日本列島を人間の体に喩えると、ウエスト部分のようにぐっと締まっているので、実は2府4県のどこにいても比較的簡単に海にアプローチできるのである。少なくとも都並の認知地図ではそうだ。そういった開放感とともに育ったせいで、この北関東の内陸感が息苦しいのだろう。

…こんな話を延々していたら、いつまで経ってもホビット庄を出ない『指輪物語』みたいになってしまうので、さっさと海へ急ぐ。

海を見に行くのはいいのだが、連休の中日とあって、朝早くからJRに飛び乗ったにもかかわらず、車内はグリーン車まで満席だった。そのせいで新宿あたりまで立って行くはめになった。日ごろから90分単位の立ち仕事をしているので立つことは苦にならないのだが、これから行く先の混雑を予想すると恐ろしくなった。

Vfsh0301_2 鎌倉駅に着いたのは11時前。奥さんとの事前の打ち合わせどおり、一目散に(という表現は合っているのだろうか)ランチのお店へ駆けていく。目指したのは「JARDIN SHOKUDO」。事前の調査で入手したOZマガジンの鎌倉大特集号に掲載されていた写真が、京都のバスティーユをほうふつとさせる感じだったのと、ランチタイムが11時から営業しているという理由でここに決めた。

(…こう書きながら、自分の行動パターンがどこまでもメディア中心のウォーク・ラリー[ 雑誌に書いてあるお店に入ったらポイント・ゲット、という意味での ]的なものであることにふと嫌気が差しかけたが、その嫌気を無根拠に振り切って先に進む)

短い足で必死に早歩きしながら店に着くと、はたせるかな、ちょうど二人分の席が空いていた。そこに飛び込んで、「連休の行楽地にのんきに出かけていって混雑のせいでランチを逃す」という最大の危機は逃れることができた。

その安堵感を存分に味わいつつ、グリーン・サラダと、牛肉の赤ワイン煮(都並のメイン。写真)と、サーモンのムニエル(奥さん)で優雅な昼食を採って、「おいしかったね」とお店を出たら、店の外には15人くらいの待ちができていた。先日のガレット屋さんといい、お店に入るタイミングに恵まれている。

Fl000009 おなかが膨れた後は、鎌倉農協連即売所にあるショップ(写真)を覗いた後、由比ガ浜通りを通って海のほうへ。途中、「JARDIN SHOKUDO」のすぐ近くの雑貨屋さん「STILL LIFE」を少し覗き、そこから古道具屋さんの「そうすけ」さんも覗いていく。

何を買うわけでもなくても、こういう、北関東ではなかなかお目にかかれないセンスのお店に入ること自体が楽しい。

Fl000011 由比ガ浜通りではいい感じの古い銀行の建物があったので写真に撮ってみた。この日は最近気に入っているHOLGA135ではなく、使い慣れたLOMO LC-A+を持っていった。

すごい人出なので、人が切れる瞬間を待つのが大変だった。入り口のおじさんはいつまでもどいてくれなかったので、この際フレームに収めてみたら、なんだかいい感じだ。

そんなこんなで浜辺にたどり着いたのだが、着いたら着いたでまた買い物してしまう。「腸詰屋」という直球のネーミングのお店があったので、思わずそこでソーセージを購入。

この「腸詰屋」、「朝食に鎌倉のソーセージなんて、なんかおしゃれではないか」といういかにもミーハーな思いつきで参加したのだが、後で調べたら群馬県のお店だった。よく考えれば北関東は一大豚肉生産・消費地域ではないか。恐るべし内陸部。

Vfsh0307_2 それはそれとして、このソーセージはなかなかおいしい。ふつうのハムとは気分が変わって、毎朝このソーセージを楽しんでいるところである。これを、同じく鎌倉の「Bergfeld」で買ったプンパニッケル(パンパーニッケル)にはさんで食べる。黒パン大好きな都並としては至福のひとときである。

ここで買い物は一段落して、ようやく浜辺の見物に向かう。

実は、どこまでも形から入る都並は、今回の小旅行のためにiPodにビーチボーイズのベスト盤を入れてきた。ちょうど先日、『村上ソングズ』を読み終わったばっかりで、その中に名曲「神のみぞ知る(God Only Knows)」が収録されていたので、海を見ながら聴いてみたいと思ったのだ。

どミーハーな発想ではあるが、これがサザン・オールスターズでなくビーチボーイズであるところに多少の矜持がある。

Fl000014ということでカバンからそそくさとiPodを取り出し、この計画をさっそく実行に移したのだが、これがやっぱり、当たり前といえば当たり前だが(だって「浜辺の少年たち」だもんな)、効果はてきめんである。目の前の景色と音楽とが、事前に頭の中で想像していたのをはるかに超えて、圧倒的な叙情性でもって訴えかけてくる。視覚と聴覚のふたつのチャンネルがめいっぱい「海!」と叫んでいるのである。

(後編に続くか?)

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カフカくんのデッキシューズ

Vfsh0290

いやはや、ここのところの異常気象で、わが町は早くも最高気温が30度を超えてきている。こうなるとリアルに半袖を着るべきなのだけれど、といっても朝夕は多少も冷え込むし、で困っている。

いずれにせよ日中がこうも暑いと、ついつい「5月で30度だったら8月はどうなるのか」と言いたくもなるのだが、その答えは自明である。8月は40度になるのだ。だから、「まだ10度も涼しい」のだ。しゃくではあるがそう考えると変に納得してしまう。今20度で夏が30度、というのと同じである。

ともかくそんなわけで、迫り来る暑さをひしひしと感じながら、連休前半の中日の日曜日、住み慣れた巣穴をもぞもぞと抜け出し、奥さんと連れ立って東京まで買い物に出かけた。

今回の旅の目的は、ヴァンズのスリッポンを買うことである。

なぜだか判らないがしばらく前から、都並の脳裏をスリッポンのイメージが支配していて、「今年の夏はこれだな」と思っていた。

というわけで、東京でヴァンズのスニーカーを買うのにもっともふさわしいところはどこか、と30過ぎのおじさんなりに考えた結果、それが正しい答えかどうかはわからないが、「原宿」という答えが出た。

そこで奥さんを伴って、30過ぎにして初の本格的な原宿行に向かったのである。

といっても、「ヴァンズのスニーカーが買いたい」というだけでは気の毒なので、ついでに甘いものもツアーに盛り込むことにした。

Vfsh0287ということでまず向かったのは、原宿と渋谷の中間にあるガレット(クレープ)の有名店「オ・タン・ジャディス」。場所柄並ぶかもと思ったけれど席が空いていてすんなり座れる。

ここでランチを兼ねて、ラタトゥイユを包んだガレット・プロヴァンサルと、塩バターキャラメルのクレープ(写真。テーブルクロスが我が家と同じ柄ではあるが、店内のものである)を食べる。

これが、ガレット・プロヴァンサルのほうは具が具なので、ピザっぽい味というか、想定範囲内の味だったけれど、塩バターキャラメルのほうは「またこれだけ食べに来たいね」というくらいの、味のバランスの取れた一品だった(総じてお値段は少し高めだったけれど<特にドリンク)。

これらを食べながら、新婚旅行で行ったプロヴァン(プロヴァンスにあらず)で我々の空腹の危機を救ってくれたガレットの思い出話に花が咲く。プロヴァンでお昼時をはずしてしまい、大半の店が閉まっていたところ、広場に面したガレット屋さんだけが開いていて、おかげで我々はボリュームたっぷりのガレットを食べることができたのだった。

すっかりおなかがふくれて店を出るときには、あにはからんや、お店の入り口には長蛇の列ができていた。そろそろランチというよりおやつの時間にさしかかっていたからだろうか。時間をはずしてよかったね、と奥さんとほくそ笑む。

その後、恥ずかしながら人生初のキャットストリートへ。もちろん、恥ずかしながらなのは「30過ぎてキャットストリートに行ったことないなんて」という意味ではなく、「別に行かなくてもいいのに30過ぎていまさら出かけるなんて」という恥ずかしさである。

が、基本が大人気ない都並はキッズの服に対する関心がいまだに衰えていないらしく、「大きいお友達」として、下手すると自分より10歳以上も若い人たちに混じって買い物をしたわけだが、「へー、ここにこういう服があるんだね」などといいながら基本的に楽しんだ。

Vfsh0288お目当ての品であるが、ヴァンズに出会う前に、旅の早い時点で入った店で「トップサイダー」を見つけてしまった。グレーのシアサッカー地が夏らしく、しかもシューレースレスで履けるというすぐれものだ。

結局、そのほかの店も見て回ったのだけれど(SMAPの木村拓哉さんが一時期探していた、都並も高校生の時はいていたトレトンのお店があったので、そこも「ケネディ大統領がテニスのときここのキャンバス・ナイライトを履いていたんだよね」などといういやな薀蓄を垂れつつ覗いたのだけれど)結局これを超えるお気に入りに出会えず、ヴァンズのスリッポンからそんなにコンセプトは離れていないだろう、ということでこれを購入。

ちなみに値段は13000円くらい。後で調べたのだが本国では50ドルくらいの品物なので、ずいぶんいろんなものがのっているなあ、という値段なわけだが、スニーカーの相場としてはこんなものだろう。

値段よりも何よりも購入の決め手となったのは、この靴が、少なくとも都並にとって、びっくりするくらい履きやすい、という点であった。足にぴったりフィットして、歩いてもちゃんとついてくるし、ソールもやわらかくてクッション性もある。

50ドルなら安いから、今後ネット通販で色違い・型違いを買い続けようかな、と思うくらいである。

ところで、「トップサイダー」といえば、村上春樹の作品によく出てくるなあ、と思って帰宅後調べてみたら、『海辺のカフカ』で田村カフカくん(15)が履いていたのがトップサイダーのデッキシューズだった。ハルキストとしては、カフカくんと同じかと思うとなんとなく嬉しい。

Vfsh0291 さらにこの日は、これにあわせて穿くワークパンツを購入。奥さんが先日「アンシェヌマン・ユニ」で買った「エルマフロディット」のワークパンツが羨ましかったので、自分用にも尾錠のついたバストンチーニ地(?コードレーン?)のパンツ(写真右。左が奥さんのワークパンツ)を買うことにしたのである。

この手の夏の装いを買い込んで、あとはTシャツ・ポロシャツを買い足して、今年の夏の買い物は終わりだな、という気持ちに今はなっている。

その後我々は原宿界隈を離れ、青山へ。ここでは奥さんが気になっていた雑貨店「オルネ・ド・フォイユ」、「エルマフロディット」、「ジャーナル・スタンダード」などを覗く。これらの店で奥さんも自分用に靴やら布きれやらを購入して、程よく疲れたので状況終了。

その後は丸の内の「きじ」でいつものごとくお好み焼きに舌鼓を打ったのだった。思えば、東西の粉もんばっかりたべた一日だった。

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田舎っぺ、田舎っぺを食う

Vfsh0265 先週、とあるTV番組で、うちの隣町(昨年の夏観測史上最高気温を記録したえげつない町)の特集をやっていて、それを奥さんとメモを撮りながら見ていたら、その中で「元祖田舎っぺうどん」というお店を紹介していた。

何でも、「武蔵野うどん」と呼ばれる独特のスタイルのうどんで、冷たい麺にあったかい汁(たいてい、きのこやねぎ、お肉<といってもこっちは豚肉、などの具が入っている甘辛い汁)で食べるのが基本だという。

それを見ていた我々夫婦はとっても食べてみたくなり(俗な表現で言うところの「口がうどんの口になり」)、翌日ドライブがてらお昼を食べに行ってみた。

とはいっても、肝心のお店はその日(日曜日)定休日だったので、隣町のさらに隣町の支店に足を運んでみた。

これが、結果から言うととてもおいしかった。

もとより「ねぎ星人」を自負し、「三度の飯より寿司が好き」という言葉と「人類は麺類」という言葉をモットーとしている都並は、寿司とうどんには目がなくて、友人と連れ立って讃岐うどんを食べに香川まで出かけたくらいである(そのときはまだ『恐るべしさぬきうどん』が上梓されたばかりで、村上春樹が「なかむら」について書いてはいたけれど、現在のようなブームの到来前だった)。

だから、ちょっとやそっとじゃ、そんなに簡単に「うまい」といいたくはないのだけれど、ここのはおいしかった。

もちろん、讃岐うどんの生醤油のように、あっさり出汁醤油(それも炒り子出汁)とすだちでさっぱりいただく、というのとはまったく違い、甘辛いしっかりした味付けの汁だけれど、これがぜんぜんくどくなく、どんどん食べられる。

ただ、どんどん、といっても、気をつけなければいけないのは、ここのお店は基本の盛りが450gだかあるということだ。これはふつうのうどんの量をかなりオーバーしている。だから、女性や子供なんかだと、普通盛りでも大変な場合がある。

今回、奥さんはこの普通盛りを食べたのだけれど食べきれず、都並に残りが回ってきた。そのとき都並は600gの大盛り(写真。つけ汁はちなみに「肉ねぎ」。基本は「きのこ」だという)を完食し、「オレの胃袋は宇宙だ。My stomach is a little universe.」などとえらそうに宣言していたところだったが、その実けっこうおなかがいっぱいだった。だからその残りも平らげたときにはおなかがはちきれそうだった。

しかも、これは都並には嬉しいことではあるのだけれども、この麺が非常にコシが強くて、それも、本場讃岐のうどんを「グミ」くらいのコシだとしたら、「ゴムパッキン」くらいのコシがあるのである。そのこと自体は歓迎したいのだが、困ったことにはそのせいか、非常におなかの持ちがよくて、食べ終わった後いつまで経ってもおなかが減らなかった(そのせいで、この日の夕食は9時ごろになってしまった)。

というようなうどんなのに、「目に言う」(お好み焼き屋「きじ」とおなじセンスだ)には通常の2倍の900g、3倍の…と量が増えていって、最高3kgまで設定がある。これを頼む人はどんな人なのだろうか、とびっくりした。

とはいうものの、周りの客を見渡してみると、けっこうふつうに900gまでは頼んでいる人がいるので二度びっくりした。北関東人恐るべし。

なんにしても、この「田舎っぺうどん」、自分に呼びかけられているようで気にはなるけれども、食べ終わった後の幸福感というか満足感が非常に高いのは間違いない。決して「ご馳走」と呼ぶべきものではないが、食後、家へと車を走らせている間、我々夫婦の脳内を幸福物質が満たしていたのもまた確かなのである。

だから、つまり、端的に言うと、「これはこれであり。うまいもの見つけたり。また食べに行こう」ということなのであった。

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二年目の春(ver.135)

Fl000004 今日から新年度、北関東での二年目が始まった。

といっても3月が怒涛のように忙しかったので、その疲れも完全にリセットできないままの新年度突入で、心機一転の晴れ晴れとした気持ちというよりはどことなくアンニュイである。「ああ、また一年が始まるのか…ちょっと大変だけどまたがんばるか」という感じ。

しかしまあ、世の中の社会人はみんなそうなんだろう。そういうあたりまえの感情に今更三十路も半ばにして出会うところが、研究者たるものの珍妙さなのかもしれない。

思い起こせば一年前、初めての常勤職を得て、未知の北関東にやってきたときは何もかもが新鮮だったわけだけれど、それから一年間の経験値を得て、それなりにやっていくシステムを構築したわけだから、新鮮味はなくて当然なのである。

それはさておき、北関東では今、ちょうど桜が見ごろである。

Fl000010 ということで奥さんと連れ立って、埼玉県でももっとも有名な桜の堤に出かけてきた。ここは報道ステーションなんかでも取り上げられる景勝地で、やたらと大きな河川がある埼玉県にしては小さな川の堤なんだけれど、およそ1kmにわたって桜の並木が続いている。

Fl000017しかも、その土手には菜の花まで咲き誇っていて(画像3枚目)、鮮やかな黄色と淡い桜色のコントラストが青空に映えて、本当に気候と時間帯さえ完璧ならこの三十路のおじさんでもうっかりロマンティックな気持ちになってしまうのではないかと思うくらい美しい。

ちなみにこの3枚目の写真はピントがかなりぼけていますが、これはわざとそういう効果を狙ったもので、トイカメラゆえのクオリティの低さとか、都並の腕の拙さによるものではありません。HOLGA135もピントが合えばかなりシャープに撮れます。例えば1枚目はその適例になるかと。

じゃあ、HOLGA135の非常にアバウトなピントをどうやって合わすか、ということになると、これは残念ながら慣れしかありません。慣れるまでは、「腕を伸ばせば届く距離が80cm(このカメラだと一番左側の胸像のマーク)」と思い込んで、桜の花みたいに適当に距離がばらけているものの「束」ないし「群れ」を撮影対象に選び、「このどこかにピントが合えばいいな」という期待とともにシャッターを切る。これしかないかと思います。

Fl000007 しかしながら昨日はまさに春の嵐、エメラルドの都まで吹き飛ばされそうなくらいの突風が吹いていた。その中を散策して回るので、春の日ののどかさなどはみじんもない。桜の花だって、よく見ると花びらではなく「がく」のところから花丸ごと飛び散ったりしていて、それは気の毒なことになっていた。

Fl000018 とはいっても、ともすればあっという間に過ぎ去ってしまう桜の見ごろに、なんとか時間を見つけてそれを楽しむ時間がとれる、というのは嬉しいことだ。

新しい一年も、こんなふうにして気持ちのゆとりを大事にしつつ、でもばりばり働いていきたいなあ、と気持ちを新たにした。

桜といえば、うちの最寄り駅の駅前にもちょっとした堤がある。去年、越してきたばかりのとき、奥さんとそこの桜を見て、その意外な立派さが嬉しく感じたものだった。それから一年経って、また桜の時期が来たので、今晩にでもその夜桜を見に行ってみようと思う。

4月3日追記:このとき、HOLGA135で撮ったフィルムの現像が上がってきました。それを見ると、なかなかすさまじい感じに仕上がっていたので写真を差し替えました。それに併せてテキストも一部改稿しています。

Fl000023 HOLGAの売りのひとつは多重露光なので、桜の多重露光もしてみました。これはこれでなかなか乙な感じ。でもふつうの露光の桜が充分に雰囲気が出ているので、それに比べると有り体なものにおさまっていると言えなくもないかも。

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ストレンジャーin六本木

せっかくの三月だが毎日仕事で忙殺されている。

こういうとき、なぜだか学者の間では

「だいたい世間の人は、授業のない時期は大学の教員というのは暇だと思ってるんだよな…とんでもない誤解だよいろいろ忙しいんだっつうの」

というのが定番の愚痴になっている。

自分もそう書こうと思ってふと筆を止めた。

というのは、過去にもそう書いたような記憶がひしひしとするし、まだこの年で(そういや同い年の松井秀喜さんご結婚おめでとうございます)同じ話を何度も繰り返すおじさんにはなりたくないからである。

事実、先日も「アンシェヌマン・ユニ」という洋服屋さんのインテリアの話を書いたときに、「あ、これは過去に書いたのではないか」という恐怖にとらわれて、思わず過去の日記を読み返したくらいである。このときは結果的にはセーフだったが、それぐらい記憶能力が衰退していっているのだ。

さらに言うと、あるマイノリティの(と自分たちが認識している)社会集団の構成員が「世間の人は…」というときの「世間の人」というのはひょっとすると自分たちの被害妄想の産物以外の何者でもないのではないか、という危惧の念が頭をもたげたからだ。

などと小理屈はどうでもよくて。

この日は来年度(というと遠い未来のようだがもう数日後である)から始まるゲスト・スピーカーの連続講義の打ち合わせで、六本木へ。

こういうものは相手のあることなのでどこまで書いていいかわからないが、六本木にある某社のプロデューサーさんに講義をお願いしていて、その講義がもう二週間ほど先に迫っているのである。

が、これがなかなか緊張した。

というのは、世間からずれてずれまくって生きてきた研究者の一人として、都並には民間企業の「打ち合わせ」というのがまったく未経験である。「プレゼン」とか「コンペ」とかいう言葉と同じくらい「TVの中の世界」の用語でしかない。もっと端的に言うと、「打ち合わせ」という言葉から都並が率直に思い描くのは、「ダウンタウンDX」の「打ち合わせでこんなもの撮れちゃいました」の風景でしかない。

しかも、そもそも都並は都会っ子ではない。これは我が記憶能力の衰退にもかかわらず過去に何度も書いていると自信を持って言えるが、また人前でも何度も話しているが、『となりのトトロ』が公開されたときに「これのどこが面白いの?うちの近所じゃん」と思ったくらいの山村育ちである。実際にトトロも中学校に上がるくらいまでは何匹も群れで跳梁跋扈していた。

それをなんとか、大学~非常勤講師時代まで大阪の都心部で過ごし、去年一年間を京都の中心地で愛を叫びながら暮らし(本日は全面的に筆がすべっております)、なんとか都会の絵の具に染まって生きてきたのだが、この北関東暮らしで一気に退行してしまった感がある。

それをいきなり六本木である。六本木ヒルズと東京ミッドタウンのど真ん中へ乗り込んでいくのである。緊張しないわけがない。

緊張のあまり30分も早く着いてしまったので、ウェンディーズでコーヒーを飲みつつ時間をつぶした。そのコーヒーを飲む手も震えていた。というのはうそだ。30過ぎてそこまで緊張することはまずない。

ともかく、さまざまな憶測(と名づけてデイドリーム)をもって、びびりながら人生初の「打ち合わせ」に臨んだわけだが、いざお相手のプロデューサーさんにお会いしたところ、そんな都並の「びびり」はまったく無用であったことがわかった。

受付まで出迎えに来てくださった時点から、とっても物腰の柔らかそうな方で、それで都並の緊張は一気にほぐれた。やはり物事にあまり先入観を持ちすぎるものではない。

さらに、今回の「やっかいごと」(大学の授業なんていうものは、一般企業の方にはそういうものではないかと思うのだが)についても真摯に受け止めてくださり、エクセルやパワーポイントの資料もたくさん用意していてくださったことがわかった。

訊けば、過去にもそういう授業の経験はあるのだということ。さもありなん。

授業の内容についての話も大変感覚がシャープで、最初から単刀直入に「僕の立場からだと落としどころはどこへ持っていけばいいのかな」と核心を突いた質問が出てくる。

というわけで最初の杞憂はどこへやら、非常にリラックスして「打ち合わせ」をすることができた。打ち合わせの終わりごろには、ここで働いている僕の大学時代の同級生、R女史も合流。共通の知人(?)を交えてよもやま話に花が咲いた。

その後某社を出てきた都並の後姿は、トヨタ・ヴィッツのCMのリラックマくらいリラックスしていただろうと思う。

追記:その後時間があったので日比谷に移動し、シャンテシネで『ノーカントリー』を観た。これはほんっとにすごい。早くも今年マイベスト3入りしそうな傑作である。オスカーも納得の作品であった(レビューは別記事で)。

追記その②:ところで、実際に経験した「打ち合わせ」は「ダウンタウンDX」の「打ち合わせでこんなもの撮れちゃいました」とどれくらい似ていたか?思い返せばかなり似ていたような気がするのであった。

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飛び込みたくはないけれど(プロジェクトTNT)

Vfsh0192繰り返しになるが今月は週末毎に旅の空である。

第一週が京都、第二週が名古屋、そしてこの週末は法事で浜松に帰省してきた。ちなみに来週は滋賀・長浜である。

浜松という町には(郷里というものは誰にとってもそうだろうけれど)もはや何の新鮮味も感じないけれど、今回初めて泊まったホテルは面白かった。

この写真のとおり、エレヴェーター・ホールがスタンリー・キューブリックばりの真っ赤な照明なのである。軽く狂気の世界に誘われている気がする。あるいはラブホテルだろうか。

しかし部屋そのものは新しく快適で、朝食もパンとゆで卵とバナナと最低限のものではあったが何の不満もなく、駅からも程近く(窓からJRの線路が一望できる)何より料金が安かったので今後の定宿にしたいと思った。

というわけで、ホテルの名前は伏せる。人気が出すぎて部屋が取れなくなったらいやだからである。とはいっても、浜松のビジネスホテルに宿泊客がわんさと押しかける状況って、お祭りのときを除けば、あんまり考えられないけど。

ところで泊まった日はたまたま、寝台特急「銀河」の最後の便が出る日だった。テレビをつけると富川悠太くんが東京駅からレポートをしている真っ最中だった。部屋からは東海道線の線路が見下ろせたので、そのまま4時間ほど眠気をこらえて起きていれば、目の前の線路を通過していく最後の雄姿が拝めたはずだが、鉄道に何の思い入れもないのですかっと就寝した。

Vfsh0193_2浜松では久しぶりにうなぎを食べた。実家があるので幼い頃から数え切れないほど食べてきたうなぎだが、今回は奥さんもいることだし、ちょっと本格的なところで食べてみよう、ということになったのである。

そこで、案外地元のことは知らないもので、インターネットで調べた上で、観光客に人気の「八百徳」さんで「お櫃鰻茶漬け」(いわゆるひつまぶし)をいただくことに。

これは、ちょっと価格的には浜松の平均価格より高いところがあるんじゃないかと思うけれど(だからビルが建つんじゃないかと思うけれど)、しかしながらその割高感を打ち消すに十分なだけおいしかった。うなぎがふわふわで、しつこさや生臭さといったものは微塵もなく、こぶ茶でお茶漬けにすると何杯でもいける感じだった。

あんまりおいしかったので奥さんは、自分のおなかの容量を超えて食べてしまったようで、食後しきりに「苦しい」と唸っていたけれど、それも納得の代物だった。

アンジャッシュの渡部さんみたいに「巨大なこの蒲焼きを作って、そこに思いきり助走をつけて、飛び込みたい!」とは思わないけれど。

浜松から帰ってきた後は東京駅でいつものように買い物&お茶。奥さんと僕の嗜好および行動パターンだと、大丸と丸の内でけっこう事足りてしまう。

Vfsh0194_2 今回は大丸の中にある「ブルディガラ・カフェ」に初めて入ってみた。大阪にいたときは、ここのハービスPLAZA店のサンドイッチ(へんじんもっこのハムとブリー・ド・モーとアボカドのサンドイッチ)とクロック・ムッシュにお世話になったものだ。

今回は、にわかにいちごのショートケーキに目覚めてしまったので、「ジャージー牛乳のガトーフレーズ」を試してみた。「ショートケーキ」ではなく「ガトーフレーズ」であるところに軽い抵抗を覚えなくもなかったけれど。

肝心の味のほうは、僕自身の好みから言うと甘さが控えめ過ぎたような気がする。本来都並は生クリームは得意ではないので(じゃあなんでショートケーキにはまっているんだ)、濃厚というよりはすっきりした味わいなのは嬉しいのだけれど、それにしてももう少し味に力があってもよかったのではないか。好みの問題だけど。

Vfsh0195_2奥さんが食べたのはパリブレスト。チョコレート味のシューにクリームが挟まっていて、真ん中のピンクはフランボワーズ。これは酸味と甘みのバランスがいい感じ。

しかしそれにしても、店内はおばさまだらけであった。またこのおばさまたちの香水の匂いが濃厚で…あんまり人の悪口は言いたくないけれど、食事をするところにきつい香水の匂いで入ってくるのって、一種のマナー違反だと思うよ。

お茶をし終わった後は、丸の内でお買い物。奥さんのデニム・パンツをアンシェヌマン・ユニで購入。同店がhermafrodite(エルマフロディット)という名前で展開しているところのものだそう。ライトオンスで、かなりハイライズだけれど、脚のラインもすっきり見えたし、マリンパンツふうのフロントデザインと、尾錠部分のリボンがかわいかったので、これは都並の方が気に入って押した。

奥さんの試着中に店員のお姉さんに聞くと、ここは青山にメンズの展開もあるそうなので一度見に行こうと思う。一部、新丸ビル店にもメンズの商品は置いてあって、ガーゼ素材のシャツなんかは確かにアンティークな感じでかわいかった。

ところで、アンシェヌマン・ユニといえば、什器というか、店内展示用の棚や家具がかなり本気のアンティークなので気になっていた。新丸ビル店にも立派な螺旋階段がある。また、そういう旨を過去にこの日記に書いたら、そういうキーワードで当ブログを訪れる人も定期的に存在するようで、他にも気になっている人はいるんだろう。

そう思って、「こういうのをどこで見つけてくるんですか」と店員のお姉さんに訊いたら「社長が好きで、パリから持ってきちゃうんですよ」との回答を得た。

だそうですよ。皆さん。おわかりいただけましたか。

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一に一保堂、二にふたば

Vfsh0179今日は我が町では季節はずれの暖かさ。怒涛の20度越えである。

こうなるともうダウンどころかコートも不釣合いなので、カーキのミリタリー・ブルゾンをクローゼットから出してきて着る。それでぜんぜん大丈夫。

この暖かさで花粉もぶんぶん飛んでいる。僕自身は花粉症ではないけれど、奥さんがそうなので気の毒だ。

いや、花粉症ではない、といったけれど、厳密には極々軽度の花粉症なのかもしれない。その可能性を示唆するものとして、先ほどから鼻の穴の入り口(出口?)付近が少しむずむずする。

いや、そうではあるまい。花粉症でないとしても、花粉症でない人間も鼻がむずむずするくらい花粉が飛んでいるということだ。うん、そうに違いない。

などといった非科学的な思考はおいておいて、今日は「一保堂」さんのお茶について。「一保堂」さんはいうまでもなく京都でも超有名な日本茶専門の老舗である。

しかし僕は、もともと「煎茶を急須に入れて飲む」という文化に縁がなかったので、今までここのお茶を買ったことはなかった。

それが先週、京都に帰省したときにたまたま近くを通ったので(寺町二条というのは僕らの世代には何かのついでには通りにくい場所です)、ここの本店限定の玉露とお抹茶を買ってみた。一保堂さんは全国のデパートに出店していて、近くでは埼玉・大宮のそごうにあるので、本店限定品でないとありがたみがないかなと思ったのである。

でもって、これを飲むにあたって、「お茶菓子は何がいいかねえ、この前買っておいしかった谷中せんべいなんて最高かもねえ。京のお茶と東のせんべいなんて粋じゃない?」などと話していたのだけれど、残念ながら谷中せんべいを買いに行くチャンスはなかった。

そしたらこの週末、僕が名古屋に行っている間に御学友の結婚式で奈良に行っていた奥さんが、帰りがけに京都で「出町ふたばの豆餅」を買ってきてくれた。ここの豆餅は、ほどよくボリュームがあって、でも甘さ控えめで、塩味もいいあんばいで、本当においしいのである。

この豆餅をお茶菓子に、さっそくお茶タイムを開始する。午後の遅い時間、それも夕食後だったことは内緒である。

奥さんが冷ましたお湯で慎重に入れてくれたお茶を飲んだら、これがまたおいしかったのでびっくりした。いやはや、有名なだけはありますね。おみそれしました。

なんというか、お茶の苦味はあるんだけれどすっきりして後を引かず、口に入れた時には液体の中に甘みの芯みたいなものがしっかりと感じられ、飲み終わった後はお茶のすがすがしい香りが口の中にはっきりと残るという、そういうお茶でした。

このお茶とまた豆餅の合うことよ。時ならぬおやつタイムを夫婦そろって満喫しました。

よし、次は「神馬堂の焼餅」を買ってこよう。

追記:「モリカゲシャツを買いに」「赤メック会議」「アントキの猪木がアントニオ猪木に会うようなもの」「名古屋ひとりぼっち」にHOLGA135の写真を追加しました。

Vfsh0189_2 3月19日追記:12日の結婚記念日に、奥さんが上記の抹茶でパウンドケーキを焼いてくれました。色、香りともに申し分のないケーキが出来上がり、さすがは一保堂さんというべきか、あるいはさすがは奥さんというべきか、とにかく感謝感謝していただきました。

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名古屋ひとりぼっち

空けて名古屋二日目。慣れない深酒で頭が痛い。ふと気がつくと、以前大学の保健室でもらったバファリンがペンケースに入っている。それをとりあえず飲む。

深酒をしてしまったのは、昨夜コースの料理をろくに食べずに飲んだからだと思い当たり(DB先生の前で舞い上がり、食欲がどこかへ飛んでいってしまったのだろうか)、とりあえずがっつり炭水化物を採りに行く。

そこで吉野家へ。最悪の選択肢ではある。しかし体が如実に炭水化物(糖分)を求めているのが分かったのでこれは仕方ないことである。

と言い聞かせ、豚丼を完食。その後栄近辺をぶらぶらし、最近お気に入りのカメラHOLGA135で名古屋の風景を撮る。

Fl000009_2 名古屋は別に初めてではないし、学会等々で述べ10日くらいは来ているのだが、久しぶりに来てみると、なかなか面白い街である。特に、ラシック(名古屋でいちばんおしゃれなことになっている集合店舗ビル)とかオアシス21のような最先端の建物よりも、中日ビルとか、その前のバスロータリーにある丸い大時計とか、70sの生き残りみたいな雰囲気がそこここに残っているのがよい。

午前中の光もよかったのでここでパシャパシャ撮る。ちゃんと撮れているといいが(3月10日付記:なんとか撮れていました)。

Fl000015 オアシス21にもいちおう上がって、写真を撮る。面白いことに、屋上の池(?)の水面を見ているうちに、猛烈に喉が渇いてきた。恐水病とは逆の症状である。これも二日酔いの顕著な表れだろう。吉野家でもお茶をたくさん飲んだのだが、まだ足りないらしい。

仕方ないので下のスタバで朝一のアイスコーヒーをゲット。こういうとき、ごくごくコーヒーを飲めるスタバっていいな、と思う。

080309_1234 オアシス21ではトミカ・ショップで足が止まる。先日始めたばかりの趣味「企業ロゴ入りの(ノベルティ)ミニカーを集める」を思い出したからである。

中に入るとすごい品揃えである。くるっと見て回るうち、「トミカくじ」でコカコーラのペイント・カーが当たる、というのを発見。全11種である。この中のミゼットがかわいかったので(この方のブログに画像があります)、あたるといいな、と思ってやってみる。一台525円。

結果は上の画像である。ふつうのトラックだったが、先に購入したFedExのトラック(後)と好相性だと思ったのでそれ以上追いかけるのを止める。

だいたい、こういうもんは深追いしちゃいけません。「ミニカー集め」は楽にやれる趣味として続けたいので、ここで終了です。でも誰かミゼット持ってたら連絡ください。

遊んでいるうちにいい時間になったのでオアシス21内のパン屋さんでサンドウィッチを買って、慌てて名大へ移動。図書館でうちのこじんまりとした図書館が持っていない文献を複写させてもらい、ついでに本を読んでくる予定である。

名大の図書館もまた、70sの香りと古い本の匂いが立ちこめる、いい感じの建物である。母校の図書館を思い出しながら渉猟する。学習用のブースも充実していて、ここも70s風で感じがいい。窓のそばに陣取って、文献を読んでくる。

Fl000018 2時ごろ、遅い昼食を採りに中庭へ。先ほどのサンドウィッチを食べる。春のぽかぽか陽気がびっくりするくらい気持ちいい。

ベンチに腰掛けてサンドウィッチを頬張っていたら、どこからともなく、かわいいピンクの服を着たシーズー犬が。「だんな、そのおいしそうなものおいらにもわけてくだせえ」という風情で寄ってくる。

そのつぶらな瞳がかわいいので写真を撮ろうかと思っていたら、後から飼い主のおばさんがやってきて、「すいません、大丈夫ですか?」と気遣ってくださる。「あ、大丈夫ですよ」なんて言っているうちにお犬様はむこうに行ってしまわれた。

おそらく近所のおばさんなんだろう。そりゃあ、そうだ。こんだけ広かったら散歩にうってつけだもんな。もうだだっ広いを通り越して「だだだだだっ広い」って言ってもいいくらいだもんな。

同じ中庭では、男子学生がこのだだだだだっ広さを利用して缶蹴りに興じていた。息を切らして、はあはあ言いながら、でも皆が笑っている。幼いなとは思うものの、心和む光景でもある。

また別の場所には女子学生2人が座っている。彼女らはまるで秘密の物々交換でもしているような静けさで何かを話しているが、その声はこちらには聞こえない。

また自動車の通る道路を隔てた向こう側からは、応援団の団員たちの「ばんざーい」が間欠的に響いてくる。今日は合格発表の日だったのだろう。

全体として、いつまでもここにいたい、というような日溜まりであった。春の好き日、というのはこういうことを言うのであろう。これも間違いなく「小確幸(小さいけれど確かな幸せ)」のひとつである。

そうはいってもいつまでものんびりはしていられないので、もう少し図書館に籠って仕事する。

夕方、名大を出て栄に戻ってくる。新幹線に乗る前に、早めの夕食を採りたかったのと、やっぱり結婚記念日に奥さんに何か買ってあげたかったからである。そういってこの前もエイミー・ワインハウスのCDを買ったんだけど。

ラシックをぶらぶらした結果、「おばけのラーバン」のミニバッグがあったのでそれを買ってみる。果たして結婚記念日のお祝いがそんなものでいいのかは分からない。おまけに「おばけのラーバン」なのに肝心のラーバンが絵柄に入っていない。でも、結婚記念日のちょうど一ヵ月後が奥さんの誕生日なので、本格的なものを買う予算もない。ということでこれに決定。

早めの夕食は、昨日家を出てくる前までは「よし、味噌煮込みうどん」(好物なのである)と思っていたのだが、名古屋に着いてみるとあまりの暖かさにちょっと季節外れな気がした。

Vfsh0173 そこでラシック内の「矢場とん」に方針変更。恥ずかしながら、いや別に何にも恥ずかしくないが、味噌カツなるものを食したことがなかったので、ここで食べてみようと思ったのである。栄養バランス的にも野菜がとれていいかもしれないし。

で、基本のロースかつを頼んでみたのだが、なかなかおつなものであった。確かに、お店の注意書きにあるとおり、味噌は関西人の感覚では甘すぎるので、和辛子をつけて食べたのだが、そうするとすっきりと食べられた。その他すりごま、一味、トッピングのねぎ(これは別に注文)をつけて味の変化も楽しめる。そもそも、豚肉がおいしい。

でも、別に味噌じゃなくてもいいような気がするよ。これは慣れというか馴染みの問題なんだろうな。

Vfsh0176 食後、地下のスタバで豆を購入。ここの店には「ブラックエプロン エクスクルーシヴ」が置いてあったので記念にそれを買う。通りすがりの男子が「2000円だって。誰がこれを買うんだよな。セレブ用か」などと言っていたので「じゃあ、買ってやろうじゃん」と思ってしまったのもある。

でもそれよりも、この「コロンビア ナリニョ エル タンボ」という豆がデザイン的にかっこよかったのである。黒とライトグリーンの組み合わせが、ナイキのスニーカーみたいで。

買い物終了後、名駅へ。名駅では不思議な現象が2回見られた。

ひとつは赤福である。売店の前に何十人というお客さんが並んで赤福を待っている。その前では売店のおばさんたちが段ボールから赤福を出して山ほど積み上げている。

要は、また大ブレイクしているのである。こういうのを見ると個人的にはなんだかな、と思う。もう少し会社に反省してもらうために、買い控えしたほうがいいのではないか。

もうひとつは、新幹線の有人チケット売り場で僕の前に並んでいたお兄さんが、黒人で、ビギー・スモールばりの巨漢で、真っ白に黒いピンストライプのスーツ、ボルサリーノふうの帽子、真っ白な毛皮のコートを着ていたことである。

要は、どっから見ても本家のギャングスタなのである。しかもこのビギー・スモール、目の前で流暢な日本語で「広島まで」と言っていた。

一体何者だったのだろうか。本家ギャングスタと広島のその筋の方たちとの何か楽しいイベントがあったのだろうか。

そんなことを言いながら新幹線に乗ったのが18時半。なのに家に着いたのは10時過ぎだった。とほほ。

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アントキの猪木がアントニオ猪木に会うようなもの

Fl000005 毎週末家を空けるこの3月。今週末は名古屋に行ってきた。

実は、都並の研究上のヒーローであるアメリカの某映画研究者(以下、分かる人には分かるのでDB先生と記す)が現在日本に来ていて、名古屋大学でスペシャル・トーク・イベントを行うというので、それに参加するためである。

DB先生といえば、今や北米の映画研究では押しも押されぬ大御所であって、彼の研究書を参照していない文献はないくらいのスーパースターだから、これは都並にとっては衝撃のサプライズであった。

おまけに都並自身、個人的な研究の出発点もDB先生の本だったし、結果、ことの自然な成り行きとして、その後の研究の方向性も彼と同じcognitivismの方向に行ったので、思い入れはひときわ大きい。言ってみればこれは都並にとって、タイトルにも書いたとおり、「アントキの猪木がアントニオ猪木に会う」くらいのビッグ・イベントになるわけである。

これは何を差し置いても行かずばなるまい。行って闘魂注入してもらわなければなるまい。

ということで、上述のDB先生の本を京都で買った新しいバッグに放り込んで、朝10時から電車に飛び乗った。

が、名古屋大学駅についたのは14時半。このへんが北関東生活の悲しいところである。

Fl000019 名大は実は初めてだったのだが、その広さに愕然とした。都並の出身大学も同じくらいの規模はあるはずなのだが、現在の勤務地がこじんまりとしているので、そこからの認知的なギャップがあったせいなのだろう。

くわえて、名古屋的な建築の感覚というか、建物と建物の感覚や中庭の広さなどが、他の地域よりも堂々と広々としているような気がする。

でも、これが本来の「大学」なんだよな。と思いつつ、トーク・イベントの会場へ。早めについたので席について待っていると、教室の背後にDB先生が。機材操作用のブースでPCをいじって、トークの準備をしているのがガラス越しに見えた。

「あのDB先生がここに!」と都並の胸は高まる、じゃない、高鳴る。DB先生は、リチャード・アッテンボローをベースに、ジョン・マルコヴィッチをしこたま加えて、最後にオーソン・ウェルズで味付けしたようなルックスである。

時間が来て、ブースからフラットに出てきたDB先生を、名大のF先生が御紹介されて、トークが始まる。内容は日本映画の「視覚の遊び」について。小津安二郎と溝口健二を中心に、近年の著書の内容を前提に話された。PCでスティール・ショットをふんだんに用いていたので非常に説得力があるものだった。おまけにDB先生の英語は分かりやすい。逐次通訳がついていたのだが、大体聞き取れた。もちろん、先生の本を読んでいるので内容が分かる、というのもあるが。

楽しい時間は瞬く間に過ぎ、質疑応答の時間に。皆が手を挙げていたので「じゃあ僕も」とダチョウ倶楽部の上島さんみたいに手を挙げたところ、当ててもらい、小津とジャームッシュの類似性について質問できた。質問はうまくできなかったが、非常に懇切丁寧に答えてもらえて、ここでも感激である。

会が解散になった後、名大のF先生のもとにご挨拶に。F先生が学会誌に載せる僕の英語論文を校正してくださり、その縁で今回のイベントも教えていただいたので、まずはご挨拶をかねて一言お礼を言いに行く。

その後、「DB先生にサインもらってもいいですか?」とF先生に聞くと「もちろん、もちろん」と。喜び勇んで後片付け中のDB先生のもとに行き、「あなたは僕のヒーローです。この本は僕の出発点です。サインを下さい」と告白。DB先生は僕の発言に目を見開いてみせ、それから気前よくサインをしてくれ、名刺交換もしてくれた。「今日は研究者として最良の日です」と伝えると、またもおおげさに驚いてみせた。

それを見ていたF先生がDB先生に僕を紹介してくれる。すると、DB先生が主催するcognitivismの学会が来年度にウィスコンシンであるのでどうぞ、と教えてもらう。「詳しくは私のHPを見てください」とのこと。「行きたいです」と答えたが、もろに学期中だし、自分が担当するゲスト・スピーカーの連続講義の真っ只中である。来年はコペンハーゲンだというから、そっちにいけたらいいな。とりあえず学会員になろう。

その後の流れで、名大の皆さんとDB先生と近所の飲み屋さんへ。いわゆる飲み会である。DB先生と差し向かいの席に座らせてもらい、またもや感激ひとしおである。

飲み会でのDB先生は気さくでとても愉快な人だった。まず、日本や香港には何度も来ているのでためらいなく日本食を食べる。生のエビだって器用にお箸で食べていた。

それから「私はめったにお酒を飲まないんだ」というので「なぜですか?」と訊くと「だって、自分がバカになった気がするからさ」と答える。さらに聞くと、タバコも吸わないしコーヒーも飲まないらしい(!)。

「じゃあどうやってリラックスするんですか」と隣の席のYくんが聞くと「うーん…散歩したり…奥さんを殴ったり…」などとジョークを飛ばす(奥さんも有名な研究者である)。僕が「あなたはいつもリラックスしているのではないですか」と聞くと「そうかもしれないね」とのこと。

その後久しぶりのお酒で酔ったのか、DB先生はデジカメを手にあちこち参加者を撮り始めた。写真を撮っては「これは小津の左右対称のショット」「これは溝口のフレーム内フレームを使ったショット」などとはしゃいでいる。本当に還暦を迎えるとは思えない童心ぶりである。

やがて宴もお開きに。映画監督志望のY青年はDB先生と2ショットを撮りたがっていたので撮って差し上げる。このとき、フラッシュの加減でどうしても顔が白く飛んでしまうので困っていたら、DB先生が「カメラは分かるんだ、貸してごらん」とマニュアルで露出を調整してくれた。どこまでも博学で、かつ気取らない先生である。

僕も2ショットをお願いしようかと思ったが、「いや。今度は海外で会おう。そしてそのときに撮ってもらうんだ」と決意して辞退する。

皆さんと別れて当夜のホテルにチェックインしたのが23時。こっちもふだん飲まないお酒で酔っ払い、シャワーもそこそこに倒れるように就寝。

朝目が覚めて、二日酔いの頭痛にびっくり。でも二日目も名古屋で仕事だ。そのためにはまずはコーヒーだ(僕もDB先生同様タバコは吸わないが、DB先生と違うのは、僕が極度のコーヒー中毒者であるということ、それから、妻を殴ったりしないということだ<嘘だ。前に寝ぼけて二発殴ったことがあります)。

朝10時にチェックアウト。朝食を採れる場所を探して出発。

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パイプロイド出動!(駄犬)

Vfsh0158 あなたは、「パイプロイド」をご存知だろうか。

「パイプロイド」とは、京都にあるコンピューター機器・ソフト開発会社、株式会社コトがプロデュースしているペーパークラフト・トイである。

しかもただのペーパークラフトではなくて、部品はすべて紙管製、はさみさえあれば糊なしで数分で組み立てられるというゆるいトイである。その全高もわずか数センチ。吹けば飛ぶよなたたずまいである。

この「パイプロイド」のデザイン・コンセプトは、我々昭和生まれが慣れ親しんだロボット・アニメであって、ここを見てもらえればわかるように、そのラインナップも飛行機型、戦車型とバリエーションに富んでいる。そこに、内向型とか自由人とか、いかにも現代的な性格付けがしてあるところも面白い。

これを最初に発見したのは一年半ほど前、情報誌「Lマガジン」の誌面だったと思うが、そのときは僕よりも弟が興味を示して、そのときは京都に住んでいたので、弟のために二体ほど購入した覚えがある。

Vfsh0168 この「パイプロイド」が、先日訪れた文椿ビルヂング(この中のカフェ「ニュートロン」が、僕と奥さんの結婚式の二次会会場でした)内の「クレエ」店舗限定のコラボ・モデルを発売していたので、今度は自分用に購入してきた。

それがこの犬型ロボット、「バウワウ・ジョン」である(同店舗限定モデルには猫型のミュウミュウ・ミケ(マイク)もいる)。

Vfsh0164これを夕べ作ってみたのだが、ほんとにすぐに作れる。はさみがあれば誰にでもできて、失敗しない。ペーパークラフトっていうものは一様に、作り手の几帳面さとか器用さが出来に如実に反映されるものだが、これなら誰が作ってもほぼ同じクオリティにできるだろう。

画像は、二枚目が「おあずけ(ちょっとがまんできない)」、三枚目が「お手」である。三枚目の画像でサイズがお分かりいただけると思う。

Vfsh0167

こんなふうにいろんなポーズが取れるのが、糊を使わない「パイプロイド」の優れたところだが、バウワウ・ジョンの場合は設計がちゃんとしているので「マーキング・ポジション」を取ることもできる。こういう芸の細かさは嬉しい。

さらに最後の画像では調子に乗って逆立ちをさせてみたが、これも根気よくバランスをとってやると支柱なしにクリアする。ここまでやってくれるとなんとなく駄犬的な愛着を感じてしまう。

Vfsh0171 ちなみにこのバウワウ・ジョンとミュウミュウ・ミケ(マイク)、文椿ビルヂング内の「クレエ」さんにお邪魔すると、実物大モデルを見ることが出来る。実物大を見たからといってさほど感動しないところが、こいつらのすごいところである。

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赤メック会議(プロジェクトTNT)

京都観光の二日目。遅く起きてゆっくりとホテルを出、11時頃にお気に入りのベーカリー&カフェ「ル・プチメック」へ。

ここは最近、衣棚通御池上ルに2号店を出店したのだが、その新店は黒ずくめのスタイリッシュな外観/内装から「黒メック」と呼ばれている。それに対して我々が通うのは「赤メック」。もちろん、ファサード(通りに面した外装)が赤いからである。

この「赤メック」にて、自宅で消費するパンを買い込む。奥さんがここのパン(競争率が高くなるといけないので敢えて品名を伏せる)を気に入っているので、10個近く買う。それでも「今回は少なめ」。

その後、サンドウィッチとカフェオレでブランチ。ここのカフェオレは本当においしい。何度も書くけれど、滋養がたっぷりと全身に沁みわたるような味である。サンドウィッチは、あいにく僕のお気に入りの鶏肉のプロヴァンス風がなかったので、何肉だか忘れたがパテのサンドウィッチと、ローストポークのサンドウィッチを食べる。シンプルだがバランスのいい、ちゃんとした味。

奥さんは基本中の基本、カスクルート。ハムとチーズだけのシンプルなサンドウィッチだがこれがいちばんおいしいかもしれない。僕も一口もらって「うん、これ正解」と思わずうなずいた。

ただ、確かにおいしかったのだけれど、最近の「赤メック」に関しては、行く度に不満が募ってくるような気がする。食べながら、そのことを奥さんと確認する。

というのは、僕らはもうここを贔屓にして長いのだけれど、悲しいかな最近、人気が出てきたせいか、客層も変わってきたし品揃えにも不満が出てきたのである。

客層について言えば、以前は近所のマダムや外国人が中心だった客層が、明らかに一見さんの観光客が中心になってきたし、その中にはオーダーのシステムすら知らない人もいる。現に僕らが滞在している間にそういう客が二組も来た。

もちろん、そのおかげで繁盛はしているのだが、繁盛するというのは、いいことばかりではない。というのは、あまりに客が入りすぎて製造が追いつかないのか、結果的に品揃えがぐんと減ってしまったのである(黒メックに人材と品数がいっている、ということもあるのかもしれない)。たとえば、好きだったプリンの類はすっかりなくなってしまったし、イートインの席のすぐそばのテーブルを埋め尽くしていた焼き菓子も忽然と姿を消した。

こうなってくると、贔屓の店とは言え、複雑な思いである。ここのところ、「さらさ富小路店」「オー・プティ・ピエ」と贔屓の店の消滅が続いただけに、「赤メック」には踏ん張ってほしいとは思うが…。

などと複雑な胸中のまま、烏丸御池へ移動。奥さんのお気に入りの手芸店「BOBBIN ROBBIN」へ。僕は手芸にさほど関心があるわけではないので、決して広くはない店内、すぐに見終わってしまうのだが、奥さんは仔細に個々の品物を検討している。どうやらこういう時間が楽しいのだろう。北関東にいてはなかなかできないことなので、そっとしておいてあげる。

Fl000014_2 結局この店ではレース地の布などを購入。その後、すぐそばの文椿ビルヂングへ。ここの二階に入っているインテリア・ショップ「クレエ」などを見て回る。奥さんはここでも春の七草柄(?)の布を購入。近々何か製作するようだ。クッションカバーにでもするのだろうか。

僕はここでパイプロイドROOTOTE2ウェイバッグを購入。

このバッグ、ネットで調べて初めてブランド名を知ったのだが、「クレエ」さんで定期的に入荷している品らしい。はじめは買うつもりはなかったのだが、デザインのかわいさについ購入してしまう。ああ、カバンなんて今は特に需要はないのに…。

でもこのカバン、なかなかあなどれない品物である。HPを見るとメインのラインは女子向けのトートのようだが、「クレエ」さんでも扱っている「Be」のラインは男子にも使えるものになっている。中にはフランス軍とかドイツ軍のデッドストック毛布地などを使ってミリタリーふうに仕上げた品番なんかもあり、絶妙に男の子心をくすぐる。僕の買ったモデル、Liverpoolはミリタリー関係の生地ではないが、プリントからするとどこかの郵便局の集荷袋かもしれない。

よし、次の週末、名古屋に行くときにこれを肩から提げていこう。とテンションが上がる(3月9日付記:実際に行きました)。

そのテンションのまま、SACRAビル、カフェ・アンデパンダンなどを訪問。レトロビルのたたずまいがとてもフォトジェニックだったのでHOLGA135で激写して回る。が、LOMO LC-Aと違い、レンズカバーをはずさなくてもシャッターが下りるので、一昔前の間抜けなお父さんみたいな真っ黒写真を撮っていないかそれが心配。

Image19_2 カフェ・アンデパンダンだが、ここは本当に京都老舗カフェの雄である。思えば僕がLOMOに目覚めた最初の年に撮った写真の一枚がこのカフェのものである。2000~01年頃だろうか。僕はまだ20代の青年だったが、そのレトロ(というかほとんど廃墟)なたたずまいにいたく感銘を受けたのを覚えている。

そこから、フードの内容とか微妙な営業形態の変更はあるものの、全体の雰囲気を守りながら営業を続けている。あちこちレトロなカフェがなくなる昨今、ぜひとも生き残っていてほしい店である。

当日はあいにく貸切パーティ(たぶん、結婚式の二次会)が夕方から入っていたので長居はできなかったが、それでもここでしっかり休憩。心も身体もリフレッシュした。ウィルキンソンのジンジャーエールの辛さが心地よかった。

しかしのんびりしていたのもつかの間、その後我々夫婦は急いで帰途に。京都駅の伊勢丹でお漬物とお弁当と大学の学科へのお土産をあわただしく買い込み、17時ごろ、疲れ果てて新幹線に飛び乗る。今回も非常にせわしない旅であった。

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モリカゲシャツを買いに(プロジェクトTNT)

大学の講義が終わったにもかかわらず、3月は不思議な忙しさである。毎週末に新幹線に乗り、京都、名古屋、浜松と出かけることになっている。

その第一弾として、週末に京都へ帰省してきた。我々夫婦の入籍が3月3日、結婚記念日が12日なので、そのささやかなお祝いをかねた気晴らし旅行である。

といっても、前回の帰省は正月なので、これはごく客観的に見れば「しょっちゅう帰省している」というレヴェルなのかもしれない。しかしながら個人的には、帰ってくるたびに懐かしさを感じるようになってきているのに気づく。

北関東の住まいに鍵をかけて、新幹線に揺られて約4時間。京都駅に降り立ったときに感じるギャップが、回を追うごとに大きくなっているのである。常に、前回以上に新鮮な目で、京都の町並みを見つめるようになってきている。

これはおそらく、次第に北関東での講師生活に順応しつつあることの表れなんだろう。

このことについては複雑な思いがある。北関東の暮らしを悪く言うつもりはないけれど(関東には関東の、関西には関西の文化がある、というだけのことである)、やっぱりそこには「ないもの」があり、京都に「あるもの」が自分には馴染んでいるのだと思う。

やはり僕は根っからの関西人なのだ。

…とそんな感慨はそこそこにしておかないと、時間には限りがある。ということで今回も、夫婦で京都の町を栗鼠のように忙しなく歩き回ってきた。

Fl010002 まずは土曜日、寒さのぶり返した昼下り、一乗寺にある書店「恵文社一乗寺店」へ。ここは京都の繁華街からだと京阪電車>叡山電鉄と乗り継いでいかなくてはいけない、多少不便なところにある。

けれども我々夫婦がそこに足繁く通うのは、やはりここが全国的に見ても類を見ない書店になっているからである。というよりも、「書店」という概念の枠をどこまで広げられるか挑戦しているような、そんな書店である。

店の構えとしては、京の町伝統の町家風になっている。そこがもう珍しいのだが、その黒光りする木々に支えられた店内には、カルチャー系の書籍がずらっと、しかもかなりの審美眼をもって揃えられている。

たとえば、カート・ヴォネガットがずらっと並んでいる横にエドワード・ゴーリーがあり、夢野久作があり、ジャック・デリダがある、というそんな品揃えである。

さらにここは雑貨も扱っているのだが、その守備範囲も幅広い。モレスキンの手帳に始まり、「アルネ」系の食器、アンティークの一点ものアクセサリなど実に充実している。

この見事なコンセプトの打ち出し方が我々夫婦にとってはまさにつぼである。おまけに我々は二人とも、大型書店なら一時間でも二時間でもいられるという書店好きである(そのわりに奥さんは活字を読まないから不思議だ。「書店にいる時間」÷「読む活字の文字数」というものを計算したら、うちの奥さんはギネス級かもしれない)。

この「恵文社一乗寺店」に向かうべく、まずは出町柳駅(京阪電車の終点かつ叡山電車の始点)へ。ここで小腹が減ったので「ファラフェル・ガーデン」に立ち寄り、ファラフェルサンドをテイクアウトする。

8個入りと5個入りがあったので、僕は8個入り、奥さんは5個入りにしてみたのだが、明らかに8個入りはオーバーサイズであった。「おやつ」という量をはるかに上回っている。

が、僕の胃袋は宇宙なので難なく完食。

叡山電鉄では珍しい貸切電車を見た。中でミュージシャンがバンジョーやアコーディオンの生演奏をしながら、京都の山を上って行く、という面白そうな企画物だった。なんとなくエミール・クストリッツァの『アンダーグラウンド』のエンディングを思い出したが、そういう縁起の悪い喩えは失礼か。

Fl010004 「恵文社」でひとしきり書籍の渉猟を楽しんだ後、歩いて北白川のカフェ「prinz」へ。できてからだいぶ経つのでけっこう建物はくすんできたが、中のカフェはけっこうまったりできる。ちょうど夕暮れ時だったので、ネストール・アルメンドロスの映像のような柔らかな光が気持ちいい。この光の中で、半地下のカフェの窓から、庭の芝生をいじっている業者のおじさんを眺める。その黙々とした作業を眺めながらカプチーノを飲み、ここのところの多忙な日常の喧騒をしばし忘れる。

でもここのギャラリーの展示はちょっと首肯しかねるものだったし、ついでにいうとソファーがちょっと座りにくかったけど。ミッド・センチュリー・モダンという雰囲気はいいけれど、全身を預けるとまるで美容院で髪を洗ってもらうような姿勢になってしまうのはいかがなものか。

「prinz」を出て、市バスに揺られて河原町丸太町に移動。今回の旅のメイン・イベントである「モリカゲシャツキョウト」を訪問。お正月にバーゲンで買ったガーゼ生地のレトロっぽいジャケットに合わせる、洗いざらしで着られる白いシャツをずっと探していて、いろいろ考えた挙句「モリカゲシャツ」に行き当たったのである。

ここは予想以上に楽しい空間だった。一見白いボタンダウンシャツだけど後身頃がギンガム・チェック、とか、ボタンホールが全部鮮やかな緑色、とか、小技の利いたシャツがずらりと並んでいる。人と違うものを求める向きには最適である。

いろいろ見て回った結果、生地の耳を使った切りっぱなしが面白い「ウラモリカゲシャツ」のボタンダウンを購入。大満足の買い物となる(3月11日付記:HPを見たら、グレーと黒のステッチが入ったヴァージョンもあったんですね。こっちもよかったなあ)。

Vfsh0154 その後は河原町を南下、途中「一保堂」さんに寄って本店限定のお抹茶と煎茶を購入。抹茶の方は奥さんが近々パウンドケーキにしてくれるそうである。煎茶の方は、先日谷中で買ったおせんべいをまた買いに行って、京都のお茶と東京のせんべいによる優雅なお茶の時間を楽しみたいと思うが叶うかどうか。

その後はアンジェやBALなどを見て回ってから「みよしや」へ。奥さんの好物でもある名物のみたらし団子を堪能。ここのはたれが黒蜜ベースだということなのだが、詳細はともかく、あっさりしていてくどくなく、みたらし団子がさほど得意でもない僕も軽く食べられる。程よく焦げ目のついた団子がとても香ばしい。

普段は行列しているのだがこの日に限って難なく入手できる。団子には二種類あって、たれだけのものと、それにきな粉をまぶしたものがある。どちらも値段は一緒で一本90円(2008年3月現在)。きな粉は一本だけ頼んでもたっぷりまぶしてくれるので、こんなふうに一本だけきな粉にして、残りの団子は気が向いたら余ったきな粉をまぶして食べる、というのがおススメ。何せエコである。

さらにこの直後、そのみたらし団子の風味も口の中に残っているくらいの時間差で、「ウシノホネズット」に移動。ここでも夫婦の好物である名物「うしのほねシチュー」を唸りながら堪能し(ここにきてこれを食べないのはもぐりである)、今季最高のブリトロに舌鼓を打った。

夜は日航プリンセスへ逗留。二人とも夜は気を失うように眠ってしまった。

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1泊2日映画の旅・後編(プロジェクトTNT)

上記を逸した映画鑑賞スケジュールの二日目。

まったく個人の自由意志で組んでいるスケジュールなのに朝8時に目が覚めてしまう。仕方ないので起きることにして、朝食に前日渋谷のVIRONで買った好物のプーレ・ロティを食べる。

そそくさとチェック・アウトして、再び渋谷へ。前夜に観た『ファーストフード・ネイション』がなんだかピントのぼけた作品のように思えたので、イメージフォーラムにて『いのちの食べかた』を観ることにする。

一泊分の荷物をキャリーバッグでころころと引っ張りながら宮益坂を上がる。運動不足の体にはちょっときつい。渋谷って坂が多くて困ってしまうなあ。

10時ごろ着いたのでイメージフォーラム前のスターバックスでコーヒーを飲んで一服。11時から映画を観る。

これも後日レビューにまとめようと思うが、『いのちの食べかた』に描かれていることの方が、やはり断然リアリティがある。『ファーストフード・ネイション』(および原作本『ファストフードが世界を食いつくす』)とこの映画の最大の違いは、労働者の精神性というか、心構えだと思う。後者がその過酷な労働環境を女工哀史ばりに強調する一方で、前者は、もちろんヨーロッパとアメリカの違いはあるにせよ、もっとフラットな心持で労働に従事する労働者を描いている。そこにある日常性の方が、『ファーストフード・ネイション』の劇的な搾取の描写よりもリアルに見える(ただ、こっちの方がグロテスクなので神経の弱い人は注意されたい)。

映画を観終わって13時。昼食を採ろうと宮益坂を下りていく。途中で大好きなハンバーガー・ショップ、クア・アイナを発見するが、いかに鈍感力の塊のような都並といえども、このタイミングでハンバーガーを食べるほど愚かではない。

というわけで、山手線に乗って東京へ移動。本当はこの後bunkamuraで「ルノワール×ルノワール」展を観るつもりだったが、心身ともに疲労していたので次の機会にする。どうせ、次の週末も新幹線に乗る予定があるのだ(研究上のヒーローに会いに行くまたとない機会でうきうきしているのだが、これについては後日)。

東京駅ではオアゾの丸善をチェック。「Spoon」なる雑誌が京都のベーカリー特集だったので奥さんのために買っていく。

その後地下の神戸屋キッチンでサンドイッチを食べ、新幹線に乗る。一路京都へ。

京都に17時半に到着。帰省していた奥さんとお父さんお母さんと合流、行きつけのお寿司屋さんで、北関東の内陸部では出会うことのできない海鮮に舌鼓を打つ。

そのまま帰宅し、「探偵!ナイトスクープ」を観て就寝。

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1泊2日映画の旅・前編(プロジェクトTNT)

以前書いたとおり、28日・29日は1泊2日で東京に映画を観に出かけた。

と書くと世間的には好事家の行いだと認識されるのかもしれないが、これも仕事の一環である。

いや、そう断言してはみたものの、自分でもこれが本当に仕事なのかどうか分からない。理屈の上ではそうなるのだが、なぜだか自分ではそういう実感が湧かない。頭のどこかでは「世間様は汗水流して働いている時間帯に、こんなにふわふわとさまよっていていいのかな」という思いもある。しかも、二日間ずっと仕事に拘束されるわけではなくて、途中随意に遊びを入れていいわけだから、そういう意味でも仕事のような気がしない。

しかしまあそんな個人的な思いはおいといて、28日は朝早くから電車に飛び乗った。文字通り駆け込み乗車であった。それが朝8時半。

10時ごろに恵比寿に到着する。実は恵比寿を訪れるのはこの日がはじめてであった。はじめて見る恵比寿ガーデンプレイスは、そのハイソかつバブリーかつどことなく空虚な感じが(朝早い時間で人が少なかったのもあるのだろう)、なんだか面白かった。

ここで11時から『君のためなら千回でも』を観る(レビューは後日別記事で)。これは非常によくできた良質の、しかし間違いなくハリウッドの、メロドラマであった。決してマフマルバフとかキアロスタミのような映画ではない。

映画を観終わってから昼食。迷うのがいやなのでガーデンプレイス内のビアレストランに入ってみる。サラダバーつきというのに惹かれたのだが、これは名ばかりのおそまつなものであった。しかしまあ、映画がよかったのもあり、怒る気にはならない。エリンギのペペロンチーノをささっと食べて渋谷へ移動。

渋谷では14時50分からシネマGAGAで『アニー・リーボヴィッツ レンズの向こうの人生』を観る(こちらもレビューは後日別記事で)。ドキュメンタリーとしてはごく真っ当な作りだったが、リーボヴィッツの写真の上手さがよく分かるし、僕みたいな門外漢にも彼女のキャリアがよく分かってよかった。

映画を観終わって16時半。次は同じ渋谷で『ファーストフード・ネイション』。これはユーロスペースで21時からなのでずいぶん時間がある。

なのでまずタワーレコードに行ってひたすらぶらぶらする。北関東の暮らしではタワレコに行くこともままならないので(大阪・京都にいた時分は毎週のように通っていたものだが)、ここぞとばかり試聴を続ける。

結局、以前から欲しいと思っていたウィーザーのリヴァース・クオモのソロ(というかウィーザーのアウトテイク集というかデモ集)を購入。併せて、もうじき結婚記念日だし何か買ってあげたい、というのもあり、奥さんが以前から欲しいといっていたエイミー・ワインハウスも買う。こちらは200円ばかりの価格差で5、6曲収録数が違う日本盤があったのでそちらを買う。こっちも試聴してみたけど、いまさら僕なんかがいうまでもなく、やっぱりめちゃくちゃ上手だった。

この日はポイントカードがポイント二倍だったので、この二点を買えば、うまくすると1000円オフになるかなあと思っていたのだが、残念ながら微妙に足りなかった。そのため、もう一枚買おうかと思っていたトリスタン・プリティマンはあきらめる。サーファー系女性ヴォーカルで、オケの作りこみもさりげないけどきちんとしていて、全体的にからっとした感じが好印象だったのだけれど。

そういえばサーファー系、というくくりでいうと、ジャック・ジョンソンの新譜も聴いてみたけどあまりの変わらなさに愕然としたのでやめにした。

タワーレコードを出てもまだまだ時間があったので、パルコの地下の本屋さんをじっくりと検分する。村上春樹の新訳の『ティファニーで朝食を』が目に入ったが、今買うと荷物になるのでこれもやめる。未だ『村上ソングス』だって読んでいないのだ。欲しいものをすぐ買ってしまう癖をやめなければならない。

さらにぶらぶらするうち、同フロアにある「OIL」というお店でFedExのロゴグッズを発見。ここはオリジナルのシャツのほか、企業ロゴグッズが充実していて、CI好きの都並にはたまらない。まずはここでFedExのミニカーを購入。

Cimg0446実はこれから「企業ロゴ・ノベルティ入りミニカー」のコレクションをはじめようと思っているのである。そう思って、昨年9月にNYに行ったときにハーシーズのもの(画像参照)を買ってきた。男子として、ミニカーを集めているというのはかわいらしいような気がするからである。

このほかここにはドルビー・デジタルのロゴTとか、ベルマークのTシャツなど気になるものがいっぱいあったが、節約のために我慢する。でもワイシャツの類は10000円程度でかわいい小技の利いたもの(ボタンが三つ穴だとか、襟に針金が入っているとか)がいっぱいあったので、また買いに行こうと思う。

パルコを出て、さらになんとなく渋谷をぶらぶらした後、セルフの讃岐うどん屋さんで夕食。これがまたまったく可もなく不可もない味であった。渋谷でリーズナブルにおいしいものを食べるのは難しいのだろうか。

その後、道玄坂をひいふう言いながら上り、ユーロスペースへ。21時からの『ファーストフード・ネイション』を観る。が、これは正直期待はずれであった。とはいえ場所柄か、題材ゆえか、この日観た映画の中では一番お客さんが入っていたように思う。

23時に映画が終わる。集中力を使いすぎて、頭の中がもうぱんぱんで、なんだかうわんうわんと唸っている感じさえする。これはもうたまらん、ということで、ユーロスペースの周辺のちょっとワイルドなディストリクトを一目散に抜けて、池袋へ。この日たまたま空いていたホテルが池袋だったのだ。

23時半、池袋のビジネスホテルに逗留、入浴、就寝。一日3本の映画を観たわけだが、いやはやこれは結構大変だった。仕事とはいえやるもんじゃないな。

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東京で見る雪はこれが二回目と(後編/レビュー:HOLGA135③)

Fl000014 (前編より続く)これはどこかのお寺の庭の柑橘系の木。見上げる構図で、ピントは最近(人の顔のアイコンのところ)で撮ってみた。左側のふたつの実が、目測ではもっともピントが合うはずだったのだが、現像してみるとそうでもない。しかしまあ、これはこういうものかもしれない。

Fl000016 その後は根津駅まで移動して、今回のお目当てのひとつ、「根津のたい焼き」をゲット。ここは大きな通り沿いなので店の構えなどはそんなに風情があるわけではないが、それでも看板類のいなたさはいい感じ。

売切れ次第終了と聞いていたので比較的あわてて行ったのだが、ついたのは13時ごろだったろうか、まだ個数に余裕はある感じだった。奥さんと相談して6個買う。その場で1個ずつたべて、後は冷凍しておいて休日のお茶請けにしよう、という魂胆である。

Fl000017 現物はこれ。写真としては、HOLGAくんの周辺減光(トンネル効果、ヴィグネッティング)がよく出ている。

肝心のもののほうは、これはちょっと個性的なたい焼きである。ふつうたい焼きというと、多少なりともふっくらとした皮があって、中心にあんこが塊で入っている、というものを想像してしまうが、そうではなくて、薄い皮にぎっしりとあんこが入っている。いわば、たい焼きのかたちのあんこに、一枚薄皮をかぶせて周囲を閉じている、といった風情なのである。

この皮が香ばしく、歯ざわりがくちくちとしていて、ちょっと最中のようでもある。皮が薄いのであちこちからあんこがはみ出して焦げているのだが、その苦味もアクセントになっている。いやはや、所詮たい焼きと思っていたら、こんな個性の出し方があったとは、恐れ入りました。

しかしこのたい焼き、あんこぎっしりなのでとても甘い。ダイエットには大敵である。

Fl010029 その後は根津神社へ(ここの写真はLC-A+です)。ここにも少し雪がとけ残っていた。ここは伏見稲荷のちいさい版、といった感じに(失礼)鳥居が立ち並んでいて、写真好きにはフォトジェニックな光景である。

Fl010030 LC-A+くんは、HOLGAくんとは違って、ちゃんと狙ってやればシャープな写真が撮れる。その例がこのお稲荷さんである。

撮り方としては、0.8mにつまみを合わせて、大体成人男性の手の長さが80cmくらいだと思うので、手を伸ばして届くくらいの距離のものを撮るのがこつである。こういう画は、残念ながらHOLGAくんには無理である。

Fl000021 根津神社を出るとすぐ近くに根津教会もある。無宗教もはなはだしいが、ここはなかなかキッチュな建物でかわいらしい。丸窓の感じがなんともいえない。

根津駅近辺を離れて、次は俗に言う「へび道」をくねくねと、谷中銀座に向かうことにした。ここはもともとは川だったということだが、さもありなん、道幅がすっごく狭くて、自動車虎の穴とでもいうべき路地になっている。ここで自動車を持っている人は大変だろうと思うのだが、皆さんふつうに乗ってらっしゃる。習熟とはすごいものである。

Fl000024 この「へび道」界隈は、若い人が始めたであろうカフェや雑貨屋さん、それから飲み屋さんなんかも多く並んでいて、ちょっとサブカル的な香りもするのだが、あえてこういう朽ちていく昭和を撮ってみた。

フィルムの特性もあるのだろうが(今回はコダック)やはりHOLGAくんは原色のものが向いている気がする。しかしこの画も、僕はもっと店全体をフレーミングしたつもりだったのである。それが微妙に切れている。困ったものだ。

Fl000023_2 もう一枚、「へび道」から。今は絶滅危惧種となった「貸本屋」さんである。よく見るとここも閉まっている。その張り紙の文がなかなかふるっていて、「私もいささか歳には克てぬことに気付き」とある。やはりこの町も一部では高齢化しているのだろう。古書店として再出発されるとのことだが、無事の新装開店を切に願う。

谷中方面に出た後は、千代紙の「いせ辰」さんへ。夫婦して千代紙や小箱など大人買い。「かまわぬ」の柄のお弁当チーフなども自分用に買う。季節柄、店のショーウィンドウにはおひなさまが飾ってあった。

Fl000025 これだってファインダーを覗いたら左のお内裏さまもちゃんとフレームインなさっていたのである。それがこれだもん。どこまでもHOLGAくんはゆるいカメラなのである。

Fl000027 今回の会心の「あてもん」がこのショット。岡倉天心記念公園(ご本人が見たら松葉の陰で嘆いていそうな小さな公園である)にあったブランコ。原色の褪せ具合、周辺減光、ちょっとピンぼけ、とトイカメラ写真の見本のような写真だと自分では思う。これを撮ったことで、なんとか先日のトラウマからは回復できそうである。

Fl010038 この後は谷中銀座に出て、ミンチカツを食べ食べ夕焼けだんだんを上がり、今回のもうひとつのお目当て、「朝倉彫塑館」へ。

都並は別に彫刻にくわしくはないし、それを愛でる心が人一倍あるわけでもないが、ここはほんとすごい空間である。朝倉文夫の彫刻は言うまでもなくすばらしいが、それと同じくらい建物がすごい。昭和初期の洋風建築の解釈なのか、大胆な直線と曲線でずばずばっと構成されていて、その量感たるや錚々たるものがある。

聞けば朝倉氏自身の設計だということだが、さすが彫刻家、その空間把握の妙は白井晟一の建築にもどこかしら通じるようなところがある。これはHPなどではなかなかわからないので、建築好きにはぜひお勧めしたい。

この建築を堪能した後は、「谷中せんべい」にて江戸風の(?)せんべいを購入、日暮里駅にて修悦体を見学して東京方面へ移動。

忙しかったが久々に充実したオフであった。

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東京で見る雪はこれが二回目と(前編/レビュー:HOLGA135②)

Fl000002 先日、二年ぶりに東京が積雪を観測した日、都並は渋谷にいた。

で、うれしくなってクリスマスに購入した新型トイカメラHOLGA135を持って、渋谷×雪の風景を激写した、という話を前に書いた。

…が、これがありえないくらい原始的な機構上の動作不具合によって、まったく撮れていなかったのだった。

詳しくは割愛するが(トラブルの原因はおそらく解決しました)、二年に一度というチャンスを逃したことで都並の子供のような純真な心はどうしようもなく落ち込んだ。シャッターを切っている時点では、「これは自然をも克服せんとするメガロポリス東京と、その傲慢さを糾弾する自然の力のせめぎ合いを鋭利な角度で切り取った、類まれな知性と感性を感じさせる画期的な写真になるに違いない」と思っていたのに、その機会を己の凡ミスでふいにしてしまったのだから、無理もない話である。

そんなわけで、連休の中日、奥さんを説得して再度東京の風景を撮影に行くことにした。おあつらえ向きに雪も降ったので、久々の陽気に溶けてしまわなければ、何とか前回のリベンジを果たせそうではあった。

向かった先は谷中・根津・千駄木(通称:谷根千[やねせん])。東京でも珍しい下町の残る地域として有名である。渋谷の写真のリベンジをここでするというのも変な話だが、以前から訪ねてみたいエリアでもあったのだ。

コースとしては、JR鶯谷駅から出発し、東京メトロ根津駅方面に移動、それから三角形を書くように折り返して谷中銀座を通り、JR日暮里駅に戻る、という散策コースである。

コース順に立ち寄ったポイントを書き記しておく。

Fl010026 まずは鶯谷の駅を出てすぐ、いきなり予定外に立ち寄ってしまったのが、「パティシエ イナムラ ショウゾウ」。先日購入した雑誌「TITLE」にもショートケーキが紹介されていたので、たぶん、東京の名店だろう。

ここはイートイン・スペースはないのだが、店の前にベンチが置いてあって、そこで食べることはできる。気温が高かったのでわれわれ夫婦もそうすることにした(飲み物が欲しい人用に、店内にはレモネードの無料サービスもある)。

Fl000005 ついでに、LC-A+とHOLGA135のフレーミングの違いを試してみる。上の画像がLC-A+で、下がHOLGAである。両者とも、ファインダーからの画がほぼ同じになるようにして撮ってみた。

結果、LC-A+の方が、ファインダーからの画と近い写真が撮れる。ほぼ、覗いた感じ、ということである。いっぽうHOLGAさんときたら、ファインダーと言ったって本体に四角い穴が開いているだけだから、レンズ位置とはずれまくっている。LC-A+ほど広角でもない。

これは早く慣れて、勘で修正するしかないな、と思う。

肝心のケーキであるが、右が奥さんの食べた「期間限定の」キャラメルマカロン。薄い茶色の部分がキャラメルムースで、下にショコラマカロンが入っている。ファースト・ノートにキャラメルの香ばしさが来て、後味がチョコレート、という秀逸な一品であった。

僕のほうのショートケーキは、ポーションとしては小さいので、男性にも軽く食べられる。苺・クリーム・スポンジのバランスもばっちり。クリームは乳臭くなく、清涼感のある味。

Fl000004 次に、雪が残っている景色を探してみた。が、残念ながら正午ごろ着いたときには雪はもうほとんど残っていなかった。日曜日は気温がぐっと上がったので、止むを得ないところだったのだろう。

その中でもかろうじて雪の残る民家の屋根を撮ってみた(以下の写真は断りのない限りHOLGA135である)。

まったく見ず知らずの人のお宅なわけだが、こんなところにも脱亜入欧的な折衷的スタイルの建物を見ることができる。

Fl000009 これは有名な純喫茶「カヤバコーヒー」の看板。入ってみたいと思っていたが、ドアの前には「当分の間休業いたします」との張り紙が。経営者の高齢化のせいだろうか。

Fl000013 その前を通り過ぎて、銭湯を改装したギャラリー「SCAI THE BATHHOUSE」へ。今は横尾忠則展がやっているようだが、休館日だったので表だけ撮って移動。

HOLGA135はこういう少し褪せた原色を撮るといい味が出る。ピントは目測なのでどのみち合わない。無限遠の時は比較的シャープなのだが。

その後、ケーキで弾みがついてしまったので「毒を食らわば」的なテンションで「岡埜栄泉」さん(上野の同名のお店との関係はわかりません)にも立ち寄り、豆大福をもテイスティング。こちらはずっしりとした漉し餡に塩分がほどよく効いていてぺろっと食べられる。あったかい番茶が欲しくなる味である。

(続きは後編で)

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東京で見る雪はこれが最初ねと

土曜日にシンポジウムでがんばったので、自分へのごほうびが大好きな都並は、日曜日には思い切り羽根を伸ばすことにした。

ということでまたもや渋谷に向かった。

といってもべつに渋谷という街に何かの思い入れがあるわけではない。どちらかというと三十路のおじさんとしては避けて通りたいとすら思っているくらいである。が、最近観たくなるような映画が渋谷シネマライズで次々にかかっているから、行かないわけにはいかない。

先日は『バレエ・リュス ~踊る歓び、生きる歓び』(レビューはこちら)を観にシネマライズXへ足を運んだが、今回はハーモニー・コリン(僕と一歳違いである)の『ミスター・ロンリー』(レビューは別記事で)。

ハーモニー・コリンは(ひとつ違いにもかかわらず)恥ずかしながら『ガンモ』も観ていないのだが、それでもマイケル・ジャクソンのそっくりさん(英語ではimpersonatorという。なりきりさんとでも訳すのがよいか)とマリリン・モンローのそっくりさんが主人公の映画だといわれれば、そのセンスのよさに、思わず観てみたくなるというものである。

それにやっぱり、アメリカン・ポップ・アイコンの影響力ということには研究者としても関心がある。学生が誰かそれで卒論を書いたらいいんじゃないかとも思う。

で、そうなったときに、その影響力をテーマにした映画があるとしたら、それは論文の展開上かなり役に立つだろう。というのも、それらの映画はいわばマス・メディアを通じたマス・カルチャーへの言及であり、その意味で一種のメタ映画とも言えるからである。

…といった小理屈はともかく、土曜日を職業的使命のために捧げたからには、日曜日は遊ぶ気満々だった。

が、朝起きたら雪が積もっていた。

これにはびっくりしたが、前から楽しみにしていた休日なのであきらめない。というよりもむしろ、「これはHOLGA135を持っていくのに最適じゃん。“東京×雪”なんて写真のテーマとしては最高だぜ。二年に一回くらいしかないんだし」と浮き足立って、135に400のフィルムを装填して出撃する。

とはいっても、自宅近辺は北関東のかなり北部である。都心に行ったらさほど積もってはいないんではないか、という危惧もあった。そんなわけで道中JRの車窓からずっと外を見ていたのだが、これがあにはからんや、どこまでも積もっていた。赤羽も白羽になり、目黒も目白になっていた。

嬉しくなって雪の原宿とか雪の渋谷をぱしゃぱしゃ撮りながらシネマライズへ。12時35分の回はほとんどがら空きといってもいいくらいだった。全席指定だが受付のお姉さんのナイスな配慮で左右の席も空いていたので、そこに背中の羽根をばさっと伸ばして座る。

ついでにカウンターでエビスを買う。渋谷でエビスなのである。エビガデで『再会の街で』を観なきゃ、なんてことを思い出す。

久しぶりの映画でシンポジウムの心労も吹き飛ばされる。

映画が終わって東京駅に直行。実家に帰省していた奥さんと合流する。

そこから有楽町まで(寒いのでJRで)移動して、今月からジムに通うという奥さんのトレーニングウェアとスニーカーを有楽町マルイで買う。イトシアの上には初めて行ったが、スポーツ用品の売り場は、コンパクトながら珍しいものが揃っていて好印象である。ナイキ×マルイの限定品もあるとかで、また来ようと思う。

地下まで降りてきたら、クリスピー・クリーム・ドーナツが気になる。案の定、雪のせいでいつもにはないくらい行列が短い。並ぼうかと思ったが、夕食の予約があるのでやめにした。

夕食は新丸ビルの「萬鳥 marunouchi」。ワインで焼き鳥をいただく、というこじゃれたコンセプトの、ありそうでなかなかないお店である(HPでは、「ばんちょう」のつづりがvinchouになっている。ヴァンはフランス語でワインのことである)。

このお店、前から行きたいと思っていたのだが、以前足を運んだときは予約で満席であった。それで悔しい思いをしたので、今回はリベンジである。なんでも、お店の人に聞くと平日のほうが混んでいるらしい。新丸ビルの上のオフィスから降りてきたサラリーマンさんでいっぱいなのだそうだ。今回は前もって予約したので、抜かりなく焼き鳥にありつけた。

ここは予想以上においしかった。根菜のサラダと、フランス産きのこのソテー、放牧豚の炭火焼、それからコルヴェール(青首鴨)なんかを頼む。コルヴェールはいわゆるジビエ(狩猟によって獲られた鳥獣類のこと)というやつである。それに本日のスペシャルワインということで、イスラエル産の赤ワインを頼んだ。

これが、ワインはなかなかにフルーティーで薫り高く、焼き鳥はどれも炭火の香ばしさが際立ち、きのこのソテーはバターが利いている、というとっても納得の味であった(普通の焼き鳥もメニューにはあります)。

それにここは店員さんのサーヴィスがとってもよい。ワインはひとつひとつ味を説明してくれるし(隣の席のお姉さんが次々銘柄を変えてかぱかぱ飲んでいたのだが、いちいち「○○の後ですとすっきり感じるかと思います」などと説明してくれていた)、僕がお酒を飲み終わったらお水を持ってきてくれた。それだけでなく、指についた脂と炭火の匂いを嗅いでいたらお絞りを持ってきてくれたし、ジビエが時間がかかったので「まだかなまだかな」と首をめぐらしていたら「ただいま中までじっくり火を通しておりますのでもうしばらくお待ちください」と説明に来てくれた。

なかなかこういうサーヴィスは昨今ないものである(都並がロウブラウなところに行き過ぎで、行くところに行けばあるのかもしれないが)。

すっかり満喫して、ショップカードをもらって帰る。久々に街遊びを楽しんだ一日であった。

追記:東京の雪の写真は後日再アップします。

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大統領に気をつけろ!

ここのところ、アメリカ映画における大統領の表象、がちょっとしたマイブームになっている。

というのはとりもなおさず、世紀のダメ大統領がもうじき任期を満了し、新しい政権が誕生しようとしているからである。オバマさんになってもヒラリーさんになっても「史上初」で面白いが、逆にほかの候補者になったらぜんぜん面白くないので、来週の火曜日、メガ・チューズデーのゆくえを見守っているところである。

そこで、アメリカ映画において大統領はどんなふうに描かれてきたかをちょっと考えているのだ。

古いところでは、もちろん「カイエ・デュ・シネマ」誌同人の合評で有名な『若き日のリンカーンYoung Mr. Lincoln(1939)が筆頭に上げられるだろう。が、しかしこの映画は、タイトルどおり、大統領になる前の法律事務所時代を描いているので、言葉の正確な意味での「大統領の表象」ではないかもしれない。

いずれにせよこの映画は、「後に奴隷解放に貢献した大統領は、若い時から正義感が強かったんだよ」という、いわばよい子のための伝記みたいな映画である。この時期にはしかし、こういうアメリカ的な高潔な理想が信じられていたのも、無理はないだろう。

が、時代はそれから移り変わり、70年代にはウォーターゲイト事件が大統領の権威を失墜させる。この歴史的事件を描いたのが『大統領の陰謀』All the President's Men(1976)である。これはニクソン大統領の再選時の不正を暴いた「ワシントン・ポスト」誌の2人の記者の奮闘を描いたもので、劇伴音楽を極力抑えた淡々とした演出がアメリカ映画史でも群を抜いている傑作である。

そういえば、昨年公開の『ゾディアック』は時代設定もほぼ同時期だし、舞台も新聞社だし、セットの感じや衣装に始まり、抑制の効いた演出にいたるまでこの映画にそっくりだ。音楽の使い方なんかも似ている。興味のある人は連続してご覧ください。

ニクソンといえばアメリカ大統領の中でも最も評判の悪かった人なので、けっこう映画の題材になっている。

たとえばそのものずばり『ニクソン』Nixon(1995)という映画があった。これを撮ったのはオリヴァー・ストーン。彼の作品には同じ大統領の名前の映画で『JFK』JFK(1991)というのがあるが、そのケネディ暗殺の真相をニクソンが知っていた、というのがストーンの仮説である(『ニクソン』も『JFK』も、どちらも気楽に観られる映画ではないが、オリヴァー・ストーンの気骨みたいなものを感じさせる)。

暗殺といえば、話はややこしくなるがそのニクソンさんを暗殺しようとした人物も実在していて、こちらは『リチャード・ニクソン暗殺を企てた男』The Assassination of Richard Nixon(2004)というタイトルで映画化されている。これは大統領の映画というよりも、『タクシー・ドライバー』に似た、アメリカン・ドリームとの格差の間でフラストレーションを抱えた、哀れな男の物語だ。

ともかくそんなわけでいろいろとよく描かれることのないニクソンさんだが、『キルスティン・ダンストの大統領に気をつけろ!』ではキルスティン・ダンスト演じる女子高生にすら翻弄されている。いいところがまったくないのである。余談だが、『ニクソン』よりもこちらのニクソンさん(ダン・ヘダヤ)のほうが本人に似ている。

いいところがまったくなくて、さらに暗殺されるといえば、なんといっても『大統領暗殺Death of a President(2006)が昨秋日本でも公開されたばかりのブッシュさんである。ブッシュさんといえばマイケル・ムーア作品に多数「出演」しているので、もはやちょっとした映画スターといってもいいくらいだが、現職の、存命の大統領なのに映画の中で暗殺されてしまったのは彼くらいだろう。こちらはDVDをアマゾンにて予約中。楽しみである。

ブッシュさんはさらに、本人の出演ではないが、この夏大ヒットした『トランスフォーマー』でもちらっと、大統領専用機の中で横になってくつろぎながらプレッツェルを食べる大統領として言及されていた。ここまでコケにされると、もはやニクソンさんを凌いでいる。

そのほか、映画ではないが大統領を題材にしたTVドラマでは、『プリズン・ブレイク』の黒幕は、大統領を亡き者にして後釜に座った女性大統領であった。

もっと真正面から大統領を扱ったものもあって、『ザ・ホワイトハウス』がそうである。エミー賞を連続受賞したシリーズらしいが、こちらは恥ずかしながら未見である。しかしその個々のエピソードが(あからさまにアンチであるということは考えにくいが)愛国的なのかリベラルなのかは気になるところで、しかも4thシーズンの途中で9.11を迎えたので、そのために1話完結のエピソードが22日間で作られたというから、その部分だけでも見たいと思っている。

…このように、メディアの中のアメリカ大統領というのはとっても面白そうなテーマなのだ。これで一冊本が書けないかな、と思ってしまうくらいである。それとももうすでに存在するのだろうか。誰か執筆中だったら共同執筆者にしてください。

追記:ブッシュさんといえば、『JFK』『ニクソン』のオリヴァー・ストーンさんが『ブッシュ』Bushなる映画の撮影に入るそうですね。

「映画では、薬物を乱用していた落伍者のブッシュが、キリスト教との出会いで変化していく様を描いていく」(Variety.comより)そうですが、なんだかまじめに観る気がしないのは僕だけでしょうか。

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空っ風と共に去りぬ

昨日は卒業生の「卒業論文提出おつかれさまパーティー」であった。

空っ風の吹きすさぶ中、近所の飲み屋さんに行って学生たちとささやかな宴を囲む。うちは田舎の学校なので、学生たちはみんな素直で無邪気で気持ちがいい。

初めての卒業生を送り出す気分というのはしかし、ほかのどんな種類の別離にも喩え難い不思議な気分だ。少なくとも、自分が学生だった時分に経験した、友達と別れて別の道を歩んでいく、という感覚とは決定的に違う。というのも、自分の学生に対する気持ちには、やはり保護者的な気分が混じっているからだろう。

こういうときに「センセイ」という職業の不思議さと哀歓をしみじみと感じることであるよ。「教え子」とはよく言ったもので、将来自分の子どもが巣立っていく段になって感じる感情というのは、どこかこの感覚に似ていて、きっとこの感覚を何倍にも倍増した感覚なんだろうな、と思う。

そんなわけですこしおセンチな気分になって、「卒業しても年賀状くらいはくれよ」などと教え子に言ってみる。

それはさておき、昨日の空っ風はすごかった。かかあ天下と空っ風はこの地方の名物だそうだが、風速20Mなんていうのは、関西人の感覚からしたらちょっとした嵐である。

しかしながらこの空っ風、学生たちにはなじみのもののようで、昨日四年生のうちの一人は「やっと風が出てきた。これがないと冬って感じがしないね」などとのたまっていた。すると冬になるとこの地では、毎年こんな風が吹き荒れるってことか。おいおいやめてくれよ、といいたくもなる。

奥さんもこの風には感銘を受けたようで、自分の日記にこう書いている。

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あまりの風に部屋から外を眺めていたら、
鳥たちが一生懸命風に向かって進もうとしていました。
ところがまったく進まず、飛び姿のまま空で止まっているんです。
そして、「無理だ~」ってあきらめたとたん、
反対方向へすごい勢いで飛ばされていきました。
鳥たちはこんなことを何度も繰り返しているみたいです。

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いやはや、冗談抜きでこんな風なのである。

あまりに風が強いものだから、この地ではあまり雪が積もらないらしい。水曜日に今年初めての雪が降ったが、それもキャンパスにはほとんど積もらなかった。ただ、降りしきる雪の中、ネイティヴの女性の先生のクラスが中庭に出てはしゃいでいたのを、二階の僕の研究室からほほえましいなと見つめていただけだった。

何がほほえましかったかというと、はしゃいでいたのはミドルエイジのその女性の先生だけで(口を大きく開けて空を見上げて、雪を食べようとしていた)、ほかの学生たちは一歩引き気味で、「困ったなあ」という感じでその先生を見ているだけだったのだ。

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2年めのクリスマス

僕の使っている「ほぼ日手帳」の12月23日の頁には、こんな文句が載っている。

――――――――――

誰かがよろこんでくれる、ということがなかったら、

すべてが揃っていても、なにがたのしいだろうか。

誰かがよろこんでくれる、ということがなかったら、

ほんとうにうれしいことなど、なにもない。

<『今日のダーリン』より>

――――――――――

Vfsh0092 今年のクリスマスはまさに、このことを実感したクリスマスだった。要は、長年自己中心的な物欲の塊であった都並も、ようやく自己への関心が人並みに薄れ、その代わりに他人に何かをしてあげる喜びに気づき始めたのである。

このことを気づかせてくれたのはほかでもない奥さんだと思うけれど、僕と結婚する前から折々の「贈り物」に対してまじめであった奥さんは、結婚すると僕にもその流儀を教えてくれて、友人知人の何かのお祝いには必ず贈り物をする、ということを我が家の習慣にしてくれた。

くわえて、今年からボーナスをもらえる身分になったので、今まで心配&迷惑&負担をかけた両親に感謝の気持ちを伝えたい、という気持ちが自然に芽生えたのであった。

そこで今年は、「お世話になったあの人に」精一杯の贈り物をして、それをクリスマスのお祝いにすることにした。

まずはお互いの両親に、セーターやらダウン・ジャケットやらボタンダウン・シャツやらを贈った。実母のものはサイズ違いで23日に再交換に出かけなければならなかったけれど、おおむね自分たちで「いいんじゃない」と思えるものが贈れて満足だった。

それから23日はその足で「トイザらス」に向かい、9月にお子さんが生まれた高校以来の親友のところへ、おもちゃを贈った。彼は生粋のミュージシャンで(本業は教員だが)、奥さんもミュージシャン(本業は編集者だったが)なので、お嬢さんにも音楽に触れてもらうべく、洋物の知育玩具から、楽器の体を成しているものを選んだ。そこに、9月にNYで買ってきたロンパースと、クリスマスカードを添えて贈ってみた。

ところで、クリスマス・イヴ直前の「トイザらス」というのは、都並にははじめての体験だったが、なかなか殺伐としていて面白い空間だった。本来玩具で埋め尽くされるべき陳列棚が、地域の両親の必死の簒奪行為によってそこかしこに空白ができていて、その有様は資本主義の廃墟を思わせた。

それから月初めにはパダワンくんに「スーパー・マリオの帽子」(これが画像が貼れないのが残念なくらい似合っていました)を贈っているので、それも勝手ながら含めさせてもらうと、ずいぶんサンタさん稼業を楽しませてもらった。

ということで24日はもうやりたいことをやり終え、夫婦で静かに自宅で過ごした。

といっても奥さんは、チキンの料理とクリスマス・ケーキを一日で仕上げてくれたので、獅子奮迅の大活躍である。その間都並がしたことといえば、寒風の中愛車の洗車に出かけ、猛烈な寒さに途中で退散してきたということくらいだった。

これが今去年の日記を読み返すと(これが日記の正しい使い道だと思う)、奥さんは去年のクリスマスには、彼女自身働いていたこともあり「大変だから」という理由で「チキンの日」と「ケーキの日」を分けていたのだが、今回は一日で作ってくれたわけだから頭が下がる。

Vfsh0093 奥さんの作ってくれた料理の画像を貼っておく。チキンは僕の要望で、骨付き腿のローストではなく、ぶつ切りの骨付き腿のクリーム煮にしてもらった。これは生のタイムとローリエが利いた上品な仕上がりであった。前菜にはスモークサーモンと生ハムのサラダ。これに併せて、先日開封したワインを飲む。ほんとうのワイン通は開けた日でないと味が落ちるとかいうのだろうがあまり気にしないでおいしくいただく。

パンは京都のプチメックで仕入れてきてくれたカンパーニュ。プレーンなものと、柚子と栗の入ったものの二種類。柚子のほうは柑橘系の香りがチキンのハーブとよく合い、ソースに絡めて食べると絶妙だった。

Vfsh0096 ケーキはガトー・ショコラ。奥さんが二種類のチョコレートをブレンドして使った工夫のある一品。これは焼け具合が奥さん自身も納得の会心の出来だった。ガトー・ショコラ独特の、フォークで切ってみると上のほうはふわっと空気を挟んでいて、下のほうは板チョコのようにしっとり黒々としているという生地が完璧に出来上がっていた。これに生クリームかアイスクリームを添えたらお店に出せるのではないか、という出来だった。

これらの料理を味わい、お風呂に入り、「明石家サンタ」をはじめから終わりまで見る、というのが今年のクリスマスだった。

そして今日、目が覚めると、枕元に、ではなくしてベッドの下にプレゼントがあった。

びっくりだ。サンタさんが北関東まで来てくれるなんて。気づかなかった。いつ来たんだろう。

今年のプレゼントは、奥さんには『ルドルフ 赤鼻のトナカイ』の絵本つきDVDと、雑誌に載っていたビームス・ボーイのレッグウォーマーだった。レッグ・ウォーマーは赤と白のチルデンニット風の編みこみ柄で、左右に木のボタンがついているフォークロア調のもの。キャシャレルの赤いダッフル・コートに合いそうだ。

そして今年はなんと僕にもプレゼントがあった。トイカメラのホルガ135である。

これは名機ホルガのプラスティックレンズを搭載しつつ、オリジナルの扱いにくい&入手しにくい120フィルム・フォーマットではなく、35mmフィルム(通常のフィルム)を使用できるようにした優れもの。これまでホルガに35mmのホルダーをつけたものはあったが、今回は機体からの新設計である。前から気になっていただけにこれは嬉しい。

やっぱり一年いい子にしているといいことがあるんだな。

ところで、起き抜け早々にこれらのプレゼントを目にした奥さん、去年は「毎週月曜日がクリスマスなら、わたし早起きするよ」と言っていたのだが、今年は「今もう一度眠ったらまたサンタさんが来てくれるかな」とのたまった。微妙にどこかが退行している気もするうちの奥さんである。

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渋谷に2時、映画館が満席で

Fl000019 タイトルそのままの記事です。

うれしいクリスマスの三連休。そこで、日ごろからそんなにきっちりと畳み込んでもいない羽をぐんぐんと伸ばす。休むのと遊ぶのは都並の得意分野である。

まず土曜日は、渋谷まで映画を観に出かけた。お目当ての作品は『バレエ・リュス ~踊る歓び、生きる歓び』。渋谷シネマライズXにて上映中である。

以前の記事でも書いたとおり、かつて都並は、縁あって兵庫県立芸術文化センターに所蔵の「薄井憲二バレエ・コレクション」の関係の仕事をしたことがあった。そのときの仕事はというと、同コレクションの専属キュレーターで舞踊研究家の女史のアシスタントだったのだが、その際に同女史は僕に「バレエ・リュス」の何たるかについて惜しみないレクチャーを授けてくれて(それも同女史のバレエ・リュスへの愛ゆえであったと今ではよくわかる)、それ以来、僕個人としても、芸術史に燦然と輝く芸術家たちが奇跡のコラボレーションを行ったこの類まれなるカンパニーに興味を持ち続けてきた。

それが、マイケル・ムーア以降、といっていいのだろうか、昨今のドキュメンタリー・ブームで(これは、教える側としては歓迎すべき傾向だと思っている。良質のドキュメンタリーのDVDは、講義のための材料としては最適だからだ)映画化されたという。これは観に行かなければならない(もっとも、都並がはじめてこの映画の存在を知ったのは、奥さんの買い物に付き合って出かけた、「ドレステリア」の店内のポスターだった)。

ということで、渋谷で2時の回に間に合うためには家の前の駅を12時に出なければいけない、という悲しいスケジュールだったが、いそいそと支度して出かけた。

またこの日は、帰省中の奥さんが帰ってくる日でもあり、ついでに彼女を東京駅まで迎えに行くことにした。

しかしお目当ての渋谷シネマライズXは(なんだか子供向けTV番組のヒーローみたいな名前だ)こちらの予想に反して混んでいて、着いた時には2時の回は満席売り切れだった。いや、正確に言うと、券売の窓口で目の前で最後の一枚が売り切れてしまったのだった。この映画館、もとより38席しかないミニミニシアターなのだが、まさかバレエの映画が売り切れるとは思わなかったので困ってしまった。

しかしよく考えれば、バレエのファンはもとより、実演家の方が東京には日本でいちばん多くいらっしゃるわけだから、このような事態は予測してしかるべきだったのだ。

しかたがないので都並は、気持ちの上では半分拗ねながら、童謡の中の黒ヤギさんみたいに実直に奥さんにメールを書いて、「二時間後の回見させて」とお願いをした。するとちょうど奥さんはそのとき新幹線に乗る前だったので快諾してくれた。持つべきものは理解のある奥さんである。

そんなわけで、二時間ほど渋谷で時間をつぶす必要が生じたのだが、しかしまあ、渋谷というところは、暇をつぶすのには最適の場所ではある。ペトロパブロフスクカムチャッキーで二週間後の船を待つ、というのとはわけが違う(あたりまえですね)。東急ハンズもあり、ロフトもあり(都並はこういうお店が大好きである)、スターバックスもあり、HMVもあり、おまけにパルコの地下にはなかなか大きな、美術系の充実した書店もある。 

これらの店で雑誌やら村上春樹の新刊やら入浴剤(このクリスマスの休暇に毎日日替わりで違う湯に入ってやろうという安易な考えに基づく)やらつまらないものを買いまわっているうちにあっという間に二時間が過ぎた。

ようやくシネマライズXへ。ここは恥ずかしながら初めて来たのだが、なかなかに面白いハコである。38席しかないのに二階席があり、二階は少し見下ろすかたち、相対的に一階はやや見上げるかたちになる。多くの常連とおぼしきお客さんたちは二階席に行ったのだが、都並は一階が好みなので一階席の真ん中に陣取った。

もっと興味深かったのは、壁のサインである。京都のパン屋「プチ・メック」にも同じ趣向があるが、コンクリートの壁を埋め尽くすように、ここを訪れた著名人(プチ・メックは無名人だけど)のメッセージとサインが書き込まれているのである。

この中から読み取れるのを拾ってみただけでも、ペドロ・アルモドバル、エミール・クストリッツァ、ガスパー・ノエ、ハーモニー・コリンといった錚々たる名が並んでいる。こういう人たちが来る場所にいるんだなあ、と思うと、僕みたいな田舎ものは感激してしまう。

映画を観終わって(内容については別記事で)7時前。そのまま東京駅に向かう。7時半にグランスタで奥さんと合流、その足でまたもやTOKIAビルの「きじ」へ。

Vfsh0089 「きじ」では、前回来たときに食べておいしかった「ごちゃ焼き」(シーフードときのこのバター炒めと焼き海苔)と焼きそば、それから初挑戦の「ポテトコーン」を頼む。「ポテトコーン」は「ソースと塩どちらになさいますか」と聞かれたので、「塩味のお好み焼きなんて面白そう」と塩味にしてみる。

この塩味のポテトコーンは、なかなか風変わりでおいしかった。生地のおいしくないお店で塩味のお好み焼きなんて食べても成立しないと思うが、ここのはちゃんと成立していた。今回みたいに三品頼んだときは、一品味の変わったものを頼む、という意味でもありだと思う。興味のある人はぜひ。

食事を終わって、奥さんとクリスマスシーズンのイルミネーションが設置されている仲通へ向かってみる。しかしあいにくの雨。とても寒かったので、愛機のロモでちゃちゃっと写真を撮って退散する。

そのほか、丸ビル、新丸ビルのイルミネーションなども見て、帰宅。

ところが帰りの電車が人身事故で一時間以上遅れたのだった。おかげで帰り着いたのは午前様だった。やれやれ。

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パン屋新発見

(これは、持って回った書き方をしていますが、手短に言えば「おいしいパン屋さんを発見したよ」という記事です)

このブログでは再三再四書いていることだが、うちの奥さんは強度の小麦人間である。川島なお美さんの血液がワインでできているとしたら、うちの奥さんの細胞は発酵中のパン生地でできているのである。

だから我が家の朝ごはんは十中八九パンである。たまにご飯を食べるのは

①気分転換

②都並が納豆欠乏症に陥ったとき

③前の日が鍋>それが転じて雑炊

というケースしかない。

しかしまあ、このことに関しては都並には特に異存はない。僕だってパンは好きだし、ホテルの朝食がバイキングだと、たいていパンを食べる。ご飯を食べるのは、そのホテルのパンがもうひとつ「ぞっとしない」場合くらいである。

さらにいえば、特に好きでなくても、朝ごはんがパンであろうと米飯であろうと、あるいはうどんであろうとホットケーキであろうと、おなかがいっぱいになって日中の活動エネルギーが確保できれば問題はないはずだ、と論理的には考えている。

しかし、同じパンでも奥さんと僕の好みは微妙に違う。

奥さんは、世の中の女性が総じてそうであるように(と都並は経験的に信じているのだが)、生地自体が甘くておいしい、ふわっとしたパンと、生地の噛み応えと風味がしっかりしたフランス系のパンと、それからこれは声を大にしていいたいのだが、チョコレートを使ったパンが好きである。

一方、僕はというと、NY旅行記でも触れたように黒パンに目がない。H&Hベーグルズのパンパーニッケルはほんと絶品だと思う。

これは子どものころからの嗜好であったとは思うのだが、本格的に開眼したのは(「目がない」のに「開眼」するって変だなあ)大学生の時に卒業旅行で行ったモスクワである。

そこのホテルの朝ごはんの黒パンが、「え、これ、体育の時間に使う高跳び用のマットの中に入っているスポンジの切れ端ですか」といいたいくらいぱっさぱさだったのだが、その共産主義的なやる気のなさがその当時の僕には強烈なエキゾチシズムに感じられ、そこで「黒パンってうめえなあおい」と頭の先から尻尾の先まで信じ込んでしまったのである。

気の毒に、同行した友人の中にはその規格外の味をどうしても舌が受け付けないものもいたのだが、少なくとも都並にとってはそれはすばらしくおいしかったのである。

それ以来、黒パンの虜になっているのだが、悲しいかなこの黒パンという食べ物は、決してマスに訴えるものではないらしく、まともに扱っているベーカリーは日本ではほとんどない。

京都に住んでいた時分も、あそこは奥さんのようなパン好きには夢のようなベーカリー激戦地だと思うのだが、この黒パンを堪能させてくれるお店は見つからなかった。プチ・メックに代表されるように、京都ではフランス系が強いのだ。

そんなわけで、常に心の黒パン難民となり、空想の黒海の岸辺で潮っぽい風に吹かれている都並であったが、つい先日、わが伴侶にして小麦人間の「ぜったいおいしいパン屋さん見つけたんねん」という執念が実を結び、黒パンが実においしいベーカリーとめぐり合ったのだった。

そのお店の名は(ここまで来るの長かったなあ)埼玉県東松山市にある「ブーランジェ・リュネット」。

奥さんがここを発見するに至った経緯はというと、なんと日がなPCに向かい、「埼玉県 パン屋」という検索キーワードでひたすら検索した結果だというから驚く。

そのような執拗な行為の末に、彼女はついにここのHPを発見し、その全体的なたたずまいというか雰囲気と、もっとも重要なパンの写真を見た結果、「これは私の目が“おいしい”といっているわ。間違いないわ」と判断したうえ、ネット・オーダーに踏み切ったのだった。

そして小麦人間の視覚にやはり間違いはなかったらしく、たしかにここのパンはおいしかったのだった。それも普通にまずまずおいしいのではなく、こうしてブログにしたためたくなるくらい、ずばぬけておいしいのだった。

どれくらいおいしいかと言うと、はじめて通信販売でパンが届いた日、都並の晩御飯は鶏の炊き込みご飯だった。それもおいしかったのでおかわりした。にもかかわらず、その直後にそこのパンを(ごく薄切りだけど)三枚も食べてしまった。

はじめは夕食後に奥さんが「さ、冷蔵庫にしまうためにパンをスライスしなきゃ」と言ってパンを切り出したので、「じゃあ見学」と隣りに立って見ていたら、黒パンを一切れ「味見する?」と言って薄く削いでくれたので、つい食べてしまったのだが、そうしたらあまりのおいしさに他のパンも食べたくなってしまったのだ。それくらいおいしいのである。

特においしかったのは、万人受けするところで言うと、「塩、蜂蜜、牛乳、卵をたっぷり使用したリッチな食パン」、「ハニーブレッド」。これは、そこらへんのパン屋さんのブリオッシュなんかより風味が濃厚で、生地はあくまでしっとり、噛みしめるごとに甘みが口の中に広がる一品である。

でも黒パン好きの都並としては感涙ものだったのはやはり、キャラウェイ・シードの香りがたまらない本格派ロシアパンの「ブラウンブレッド」と、ドイツ系のずっしりしたライ麦70%パン「パンドセーグル(名前はフランス系だけど)」。後者は成城石井なんかにもパックのものが売っているんだけど、もろもろとした歯ごたえが気に入らなかった。その点ここのはなめらかで、適度な酸味とライ麦の香りがほんとにおいしいのだ。

そんなわけで、この北関東の地にあって、このパン屋さんを発見したことは、われわれ夫婦にとってかけがえのない悦びであった。これからもここでオーダーしようね、と力強く確認しあったのだった。

現在、奥さんが家を留守にしているので(今日帰ってくるんだけど)、毎日ここの黒パンを少しずつかじっています。たまらない幸せです。

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小さな足、どこへ

気がつけば週一更新のペースになっている。十二月はほんとになんて忙しいのだろう。

ともあれ、今日は四年生の卒論提出期限であった。僕のゼミは、ちょっと心配していたところもあったのだが、月曜日の時点で「後は誤記・書式の誤りの訂正」という段階まで全員到達していたし、まあ出せるだろうと思っていた。そう思いつつゼミの教室に入ったら、全員無事提出できたとのことで、ひとまずはよかったよかった。

ま、担当教員としては指導の時間ごとに力不足を実感せざるを得ない一年だったわけだが、今日四年生の顔を見たらとっても晴れ晴れとしていたし、「こんなに勉強したことはなかった」という子もいたので、まあ、よかったのだろう。

さらにいうとこの学生たちが、フルタイムの講師としての僕のゼミのはじめての卒業生なわけで、そう思うと少なくとも僕の側からは、いい出会いであったような気がする。感謝感謝。

加えて今週で授業も終わり、あとは冬期休暇に入っていく。といっても仕事は山積みなわけだが、ひとまずはほっとしているところである。

それはさておき、標記の件。

先日、僕の京都での行きつけの店であった「さらさ」富小路店がなくなってしまった、という悲しいニュースを書き留めたが、さらに続いてもう一軒、お気に入りの店が閉店してしまった。

そのお店の名前は「オー・プティ・ピエ(Au Petit Pied)」。寺町通竹屋町にあった小さなフレンチ・ビストロである。

このお店は、リンク先にもあるように、シェフが一人で文字通り「切り盛り」(お肉を切ったり魚を盛ったり)する、全部で10席ほどの小さなお店だったが、気取らない感じの落ち着いた雰囲気のお店で、それは言い換えれば垢抜けないということでもあったが、我が家のように落ち着ける店だった。

が、夫婦の夕食の定番だった「さらさ」とは違い、ここは都並というよりも奥さんとそのお友達のグループの間での「お気に入り」で、彼女たちは何かの機会があるたびに会合のようにしてそこに集まっていたのだった。そこへ、女性のサークルにひとり男性として参加するのが大好きな都並が、時々混ぜてもらっていた。

ここに女性陣が集まるのには、お店の雰囲気に加えて、料理がとても「それらしい」ということがあった。どれもボリュームはたっぷりで、かつしっかりした味付けが「きっと本当のフランスのビストロもこんな感じのワイルドさなんだろうな」と思わせる説得力を持っていた。

そんなわけで奥さんとお友達はいつも、その説得力ある料理を精力的におなかの中へと移動させながら、同じくらい精力的におしゃべりに勤しんでいたわけである。そんな女性陣を驚嘆の目で見つめながら、僕も腹筋が痛くなるくらい食べたものだった。

それが、先日奥さんのもとにそのグループのうちの一人からメールが入った。「オー・プティ・ピエ」が閉店した、というのだ。

その悲劇的なニュースは瞬く間に奥さんたちの携帯電話のネットワークを通じて広まった。そのとき僕らは初ボーナス(卒業生が初めてならボーナスも初めてなのだ)で両親へのプレゼントを買うために某ショッピング・モールへ来ていたのだが、その最中、ひっきりなしに奥さんの携帯にメールが届いた。

その内容はどれも悲嘆にくれ、打ちひしがれたものだった。その彼女らのあまりのcohesiveぶりは都並を驚かせた。中には「信じられなくて」直接お店に電話したり、前を通ってみたものもいるという。

けれどもそのような悲壮な試みのどれも、彼女たちに朗報をもたらしてはくれなかった。結局、なくなってしまった店はなくなってしまったのだ。

店名の由来といわれる小さい足を持つシェフは、われわれの気づかないうちに静かにお店をたたんで、使い込んだナイフや油の沁み込んだソースパンやらを肩に担いで、その小さい足でどこへともなく歩み去ってしまったのだ。

確かに、立地は決して好条件とはいえなかった。繁華街からかなり離れた、閑静な住宅街とでも言うべきあたりに(もちろん周辺にぽつぽつとお店はあるのだが)そのお店はあった。

それに記憶を振り返ってみると、常に客でごった返しているというお店でもなかった。そういう意味では、お店の経営状態は決してよくなかったのかもしれない。

それでも、逆に言えばその静けさが、一種の象徴的なエアポケットを作っていたのだ。そのエア・ポケットの中で奥さんとお友達は静かにささやかな連帯をはぐくんでいたのだ。「オー・プティ・ピエ」とはそういうお店だった。

シェフが今どこで何をしているかはわからないけれど、またどこかで、あのお店のようなこじんまりとしてひそやかで、だけど親密なお店を持ってくれるといいな、と思う(案外どこかに引き抜かれたのかもしれないけれど)。

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ハロー・ベルリンとコーナー・ビストロ(NYで本場のジャンク・フードに参加する)

気がつけばもう師走も半ばだ。

いやこの都並にとっては鰤走(ぶりわす)である。それくらい毎年この時期はなんだかんだと忙しいのだが、今年も例年にもれず忙しい。まず大学全体の忘年会があってアセトアルデヒド漬けになったりとか、四年生は卒論でおおわらわになっていてそれに付き合っている都並も文字通りのおおわらわになったりとか、入試の時期でもあるのでその問題検討があったりとか、その隙をついてクリスマスのTDRを二日に亘って堪能したりとか、そして帰ってきてみたら大学関係者が刑事事件を起こしていたりとか、早くも来年度のカリキュラム作りに忙殺されたりとか、とにかく忙しいのである。

その隙をついて、NY旅行記の記事の追加をする。なぜかというと、当ブログの訪問者の検索ワード/フレーズを何気に見たところ、都並が九月に訪問した、マンハッタンはMoMAの近くに店を出しているホットドッグのベンダー、「ハロー・ベルリン」と、チェルシーのアイリッシュ・バーでハンバーガーが有名な「コーナー・ビストロ」の店名を検索ワードに訪問された方がいらっしゃったからである。

とりわけ、「ハロー・ベルリン」のほうを調べていた方は「場所」というワードとのセットで検索されていたので、ひょっとすると今頃は、あの屋台の場所を探しているのかもしれない、そして都並の怠慢でその情報を提供できなくて、お店を発見できない、という悲しい結末を迎えようとしているのかもしれない。

それは申し訳ない、ということで書く。

といいつつ実際は、これらの店については、勝手にリンクを貼らせていただいているサイトに充分に情報があるし、この本を読むと大体情報がつかめるのだけれど(都並自身これを読んで知った)。

Cimg0071 「ハロー・ベルリン」は54丁目と5番街の交差点の南西に店を構えている(別の言い方をすると、MoMAのあるブロックの北東角にある)、「おいしい」と評判の”伝説の”屋台のホットドッグ屋さんである。これは、ジャンク・フードが大好きな都並と、ソーセージが大好きな奥さんにとってははずせない。

が、屋台なので移動もありえるし、行くまで見つかるかどうか不安だったが、実際近くまで行ってみるとすぐ見つかった。

事前の情報によると行列必至だという話だったが、そんなこともなくあっさりと買えた。

Cimg0073 メニューは、パンにソーセージがはさんである通常のホットドッグ(MercedesとかBMWとかドイツ車の名前がついている。ソーセージの種類で名前が異なる)と、ソーセージとジャーマン・ポテトとザウアー・クラウトがパンに挟まれることなく、ひとつの皿に「ぼんっ」と盛られていて、パンはというと申し訳なさそうに別についてきて「後はお前の勝手にしろ」という脱構築的なメニュー(Double soul mixとか名前がついている)がある。

Cimg0072 が、違いは組み立て前か組み立て後かというだけのような気もする。都並と奥さんはこれを一個ずつ買って食べた。

味はというと、確かにソーセージもポテトもキャベツも美味しい。が、いかにもアメリカ的な、というか日本的な、というか、従順なソーセージがぶっきらぼうなパンに挟まっていて、その悲しみをたっぷりのケチャップとマスタードになだめられている、というあの味を予想していくと、その予想は外れる。

要は、「君たちがふだん何気なく食べているホットドッグね、あれの構成員はもともとこんな人たちだったんだよ」と思い起こさせてくれる味である。そういう異国情緒あふれるホットドッグなのである。

ちなみにこのベンダー、ほかのサイトではベルナデットさんとロルフさんが売り子をやっていて、ロルフさんが愛想がいいと書かれていたが、僕の行ったときはあいにくベルナデットさんだったらしく、愛想もくそもなかった。冗談で「ダンケ、シェーン」と言ったのに何のリアクションもなかった。

それから難を言うと、周りにゆっくり座って食べられる場所がないので、そこは覚悟されたし。奥さんは過去の記憶を頼りに「MoMAが近くだし、MoMAの階段にでも座って」と言っていたのだが、改装後のMoMAにはそんなスペースはなくなってしまったようだ。

Cimg0185 「コーナー・ビストロ」は、ウェスト・ヴィレッジにあるアイリッシュ・バーである。住所はこのサイトが詳しい。ここのビストロ・バーガーが名物だというので食べてみた(画像手前はチーズバーガー、奥にあるのがビストロ・バーガー。かりかりベーコンが乗っているかいないかの違い、だと思う)。

が、このハンバーガー、あちこちで書かれていることは「脂肪分が少なく、あっさりしていてぺろりと食べられる」ということだったが、それは、別の言い方をすると「味気ない」といえなくもない、ということだとわかった。

たしかに、肉本来の味がしてそれはそれで美味しいのだが、都並の味覚がおかしくなければ、「肉本来の味」しかしない。食べているうちに「あれ?香辛料とか入れてくれました?たまねぎとか、つなぎはなくてもいいんですけど、あの、ナツメグとか…」と言いたくなるくらいである。子どもに牛肉のミンチだけを渡して「ハンバーグ作って」とお願いしたら、ほぼ確実にこれと同じものが出来上がるだろう、という気がする。

しかしまあ、そういうワイルドなものがアメリカ的だといえばそう思えなくもない。そういう意味ではいい経験であった。

ちなみにこの店は、基本がアイリッシュ・パブなので、ジョッキ・ビールが数銘柄から選べる。定番のサミュエル・アダムズ、ブルックリン・ラガーなどに加えてヒューガルテンなんかもある。

ヒューガルテンは珍しいのでこれを頼んでみた。どう発音するのかな、と思いつつ適当に「ホウガーテン」と頼んだらちゃんと出てきた。これがまたきんきんに冷えていて…ということはまったくなく、程よく常温であった。こういうところもアメリカらしい。

こんなふうにハイカロリーなものばっかり食べていたので、NYではすっかり太ってしまったことよ。

あ、ちなみにゆうべもクア・アイナでアボカド・バーガー食べました。まるまる一個食べて、奥さんが食べきれないで困っているチーズ・バーガーを半分食べました。

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さらさの消滅(プロジェクトTNT)

2日(日)は朝ゆっくりホテルを出て、ニット探しの続きに勤しむ。結局バーバリーに決まったのだが、この時点ではまだ決まらない。

昼前に阪神百貨店でT子ちゃん(奥さんのOL時代の友達)と合流。やっぱりお腹が大きくなっていたが、雰囲気はぜんぜん変わらない。もっと太って顔がぱんぱんになっているかと思っていたけれどそんなこともなく、あざやかなロイヤルブルーのエンパイア・ワンピ(エンパイアはこのところ流行が続いていますけど、妊婦には最適ですよね)に髪をポニーテールにして、ルイ・ヴィトンのエナメルのハンドバッグを持って、それから香水の匂いもぷーんとさせての御登場であった。

このT子ちゃんは、外見は小倉優子なのだが口を開くと松嶋尚美さんがちょっと入っている、という、とても気さくで面白い子である。その子が母になるというので、どんな心境の変化があるかと思ったが、じっさい会ってみると何にも変わらない感じだったので意外な感じがした。

個人的にはもっと「お母さんになるの!」というテンションの高さみたいなものがあるかと思ったのだけれどそんなことはなく、喩えが適切かどうか分からないけれど、お正月が来たら門松を出して注連縄をかけて、という年中行事の一連の進行のように、さも当たり前のように「子を産む」というフェーズに入っているようであった。

少なくとも、都並個人にはそんな気がした。

そのT子ちゃんと三人で梅田は安田生命ビルにある「ポンテベッキオ」へ。ランチのプリフィクス・コースから皿数の少ないほうを頼む。これでもけっこうな量だった。

ここでも、パスタが二品から選べるのを三人で別々のものを頼んだら、ウェイターさんが「半分の量でみなさま二皿お出ししましょうか?」といってくれた。三人とも即「じゃあそれで」と返事する。こういう心遣いは嬉しい。前日の阪急百貨店といい、えらいぞ大阪。

都並はここで、昼間からワインを飲みつつ食事。女性2人はミネラル・ウォーター。話題は専ら赤ちゃんのこと。お料理はパスタからメイン、デザートまで抜かりなくおいしい。実は奥さんはここにはよく来ているのだが、僕が連れてきてもらえたのは二回目であった。「今後はもっとつれてきて」とお願いをしておく。

途中、T子ちゃんはここで披露宴をしているので、お店の担当者の方がご挨拶に来る。こういうところもしっかりしたお店である。

お店を出て、それからT子ちゃんのベビー用品選びに付き合う。予想に反して、大丸より阪神百貨店の方が充実した品揃えだった。ここでついでにベビーカーやベビーシートのことなど将来のために詳しく聞いておく。

その後T子ちゃんと別れてからしばらくニット探しを続けた後、京都へ。京都は烏丸御池にできた「ホテルモントレ京都」にチェックイン。ここは、一階ロビー周りの雰囲気とか、各個室は申し分のない感じであった。部屋に加湿・空気清浄器がついているのも嬉しい。ただ、最上階のスパ(という名の大浴場)は別料金のわりにもうひとつ、というのが夫婦の一致した意見であった。同じレヴェルのものなら、琵琶湖ホテルなら無料で入れる。

ホテルを出て京都での夕食へ。またもやいきつけの店、「さらさ」へ。ここは、古い京町家を改装した雰囲気ある店内(床はどこかの体育館の廃材利用)に味・ボリュームともに申し分ないフードが気に入っており、足繁く通っていた。特に、京都に住んでいた去年一年は、毎月一回は必ず行っていた。

混む店なので予め電話予約を入れる。声だけで「あ、あの人だな」と分かる店のお姉さんが予約を受け付けてくれる。

安心してお店に行ってみたところ、「さらさ」はなかった。

もと「さらさ」があったところは、ただの空き地になっていた。

慌ててもう一度店に電話を入れる。訊けば、花遊小路に移転したとのこと。前店舗が跡形もなくなっていたところから、おそらく、地主さんの希望で取り壊しになったのだろう。

電話での案内にしたがって新店舗を訪れた。電話で応対してくれたお姉さんが移転した旨を伝えてくれる。「前の店が気に入っていたのに」というと「私もです」と切実な感じの返事が返ってくる。

新店舗だが、正直内装にはがっかりした。前の面影があるところといえば、町家の梁をむき出しにした天井と、それから古びたピアノをはじめとするいくつかのインテリアだけで、いかにも安っぽい什器ばっかりだった。

前は薄暗かった照明がやけに明るいのもいただけない。客層も、かつての芸大生っぽい人種から、もっとふつうの若者が増えたような気がする。全体に、以前の店にあった、例えば自称ミュージシャンのヒッピーっぽい屈折したおじさんがブルーズやジャズについて熱っぽく語るような雰囲気が、京都に根付くサブカルの伝統の血脈がどことなく繋がっていると思えるような、一見おっかなくもあり、それでいて懐の深い雰囲気が、まるで雲散霧消してしまった。

そんな底知れない悲しみを抱えつつ、フードをオーダー。「海鮮真っ黒炒飯」や「豆腐ハンバーグ」のような定番メニューのいくつかは姿を消してしまったけど、「ヨコハマ丼」なんかは残っている。その中から三品ほど見繕って頼む。

出てきたものは、確かに前の店と同じだ。これで味まで変わったら悲しすぎるが、どうやらそこは大丈夫だった。その懐かしい味を味わい、少しだけ心をほだされて店を出た。

オーケー。変化とともに生きていこう。ボブ・ディランがかつて歌ったように「時代は変わる」のだ。それにしても、この時間という奴の、その攻撃の手の情け容赦のないことよ。そんなシビアな思いとともに、師走の京都を歩いてホテルに帰った。

…そしてその後ホテルのスパにぶうたれたのだった。

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浪花でぃあすぽら(プロジェクトTNT)

来年度授業の計画などに忙殺され、気がつけば一週間以上日記をつけていなかった(12月9日付)。今日になってようやく時間が取れたのでプロジェクトTNT(たまった・日記・付け直し)である。

1日(土)から3日(月)にかけて帰郷していた。理由は単純で、どうにも大阪が恋しくなったからである。

恋しくなったといっても、四月に北関東に越してきて以来、関西にはたびたび帰っている。どれくらい「たびたび」かというと、先月末にこちらで美容院を見つけるまで、髪を切る際は京都で行きつけだった美容院に行っていたくらいである。

だから、関西そのものが恋しい、というわけではないのだが、ことを大阪に限定すると、実は四月から先には一回きり、六月の学会で帰ったきりである。京都はというと、お義父さんお義母さんの会社があるところでもあり、去年一年間住んでいたり、ということで頻繁に帰っているのだが、大阪はしばらく行っていなかったのだ。大阪にはなんだかんだで10年以上住んでいて、今の奥さんとのデートも大阪が基本だったことを思えば、これはえらい隔たりである。

そのせいか、あるとき通勤の電車の中で、ふいに大阪は梅田のディアモール(といういちおうおしゃれなことになっている若者向けファッション・ショップの並ぶ地下街)やイーマ(同じくファッションビル)の光景が脳裏に浮かんだのである。

そうなったら、もう帰りたくてたまらなくなった。たわいもないことだが、ディアモール・フローレのエディフィスでニットを見つくろったり、イーマの狭いエスカレーターを上り下りしたり、というローカルな行為に勤しみたくてたまらなくなったのである。

そこで、月に一度奥さんが帰郷するのに合わせて帰ることにした。

さらに今回の帰省の目的はいくつかあった。

ひとつは、こちらも大阪に住んでいた時分よく通っていた、梅田のかっぱ横丁にある魚料理専門店「魚魚家(ととや)」を再訪すること。

それから、奥さんの友人で春に出産を控えているT子ちゃんを交えて、こちらも大阪で名を轟かせているイタリアン「ポンテベッキオ」(ジュエリーは置いていません)でお食事すること。

次に、こちらも大阪にいた時分は奥さんと毎年詣でていた、梅田スカイビル(大阪一おいしいお好み焼き屋「きじ」はここの地下にあります)の巨大クリスマスツリーと「ドイツクリスマスマーケット」に行くこと。

最後に、今後月末まで繁華街に行くチャンスがあるかわからないので(住んでいるところが田舎だからね)、奥さんとお互いへのクリスマスのプレゼントを探すこと。

こんな豪華メニューの帰省だったわけである。

ということで、土曜日は午後二時ごろ奥さんと合流。さっそく僕の念願である、大阪ファッション・ショップめぐりに付き合ってもらう。寒くなってきたのでワイシャツ(いつまでも奥さんは「カッター」という)の上に着るニットを買い足そうと思ったわけである。

仕事柄、スーツはおろか、ジャケットですらも着用の義務がないので、冬場はニットの方が楽だということに気づいたのだ。とくに、僕はジャケットとなるとカジュアルなものが中心だから、いきおいコットン地が多くなる。するとコートの中で肩のあたりがごわつくのが気になるのである。

けれども僕はずっとアンチ・ニット派(毛玉ができるのが悲しすぎるので)だったので、ニットというと、奥さんが去年「この人はニットを持っていないのだわ!」と気づいて買ってくれたポール・スミスのグレーのカーディガンしか持っていない。そこへ最近、グレーのパンツを何も考えずに買い足したものだから、このニットの登板機会がぜんぜん少なくなってしまったのである。

ということで、念願のディアモール・フィオーレのエディフィスにはじまり、イーマの中やらディアモールの中やら大丸やら阪急やら、あちこちに奥さんを連れまわしていろんなニットをためつすがめつした。

結局、奥さんの見立てでバーバリーのカーディガンを購入(じっさい買ったのは翌日。えらいこと連れ回してすいませんでした)。

その後、クリスマス・プレゼントとして阪急百貨店で「genten(ゲンテン)」の財布を買ってもらう。今使っているのは二十歳ぐらいからずっと使っているパトリック・コックスのもので、いいかげん「やれて」きたので、買い替えが必要だった。

余談だが、阪急の売り場の店員さんは、購入前に「革の感じがそれぞれ違いますから」と在庫を全部見せてくれた。さらに御自分のIDカードをカード入れのスリットに出し入れしてみて、スムーズに入るかどうかチェックしてくれた。結果、一番革の感じが気に入っていたものは、店員さん曰く「接着剤のつきすぎ」で使えないスリットがあることが分かったので、次点のものを選んだ。次点といっても、微妙な色合いと風合いの違いだから、結果的に大満足である。

こういう行き届いたサービスはほんとうに嬉しいものだ。

その後同じフロアで、奥さんのプレゼントを探す。アクセサリー売り場を一回りした後で、よくアクセサリーを買う「agete」でピアスを購入。今まで耳に張り付くサイズのものしか持っていなかったので、水晶がぶら下がるやや大振りのものを購入。良く似合っていたのでよかった。

それから阪急百貨店を出ようとしたら、「CA4LA」でアンディ・ウォーホル・モチーフのものをフィーチャーしていたのを発見。友人のlapin55さんや同僚の先生など知人にウォーホル好きの人が多いので、寄ってみることに。

ついでに奥さんも「私も帽子買おうかな」というのでぶらぶら見ていたら、僕自身がちょっとこのところ探していたものを見つけてしまった。

それは、このブログにも頻繁に登場するlapin55さんの御子息、パダワンくんがほしがっているという、赤いキャスケットであった。

なんでも、lapin55さんのブログによればパダワンくんは最近、赤いロングTシャツにカバーオールでスーパー・マリオのコスプレをするのが気に入っており、「これで後は帽子があれば完璧」と言っているという。

その記事を読んだ都並はそれを「読者への挑戦」だと受け取った。そこで、事ある毎に帽子屋さんや百貨店の帽子売り場を覗き、それらしきものがないかチェックしていたのだ。

それがここにきて、そのものずばり、とでも言うべき一品を発見。即購入を決意した。僕の生き方として、「マリオのカバーオールとマリオのシャツが揃っていることを知っておきながら、さらに別のところにマリオのキャスケットがあるのを見つけておきながら、素通りする」ことは考えられない。

さっそく店員さんにプレゼント包装をしてもらい、lapin55さんに電話した。月曜日に僕が京都で半日空くので、「ちょっといいもの見つけましたぜ。届けに行きやす」と伝える。

阪急百貨店を出て6時。さっそく「魚魚家」へ。早い時間ともあって空いていた。さっそくグレと引っさげのお造り、出し巻き卵、冬瓜の蟹あんかけなどを頼む。酒が進むのでまずはビールから芋焼酎・鬼火のロックに移行。

Vfsh0062 最後に、「ここに来てこれを頼まないなんて考えられない」一品、「魚飯」で〆。要は炊き込みご飯なのだが、魚がおいしいので炊き込みご飯も絶品なのである。季節によって魚は変わるのだが、今回は金目。あいかわらずおいしかった。とりわけ、北関東にいるとおいしい魚はなかなか食べられないので、感慨ひとしおである。

お腹が膨れたらスカイビルに移動。クリスマスツリーを観てからホテルに帰る。ドイツ・クリスマスマーケットは、毎年恒例になっているのでさほど感慨はなかった。でも今年も奥さんと見られてよかったとは思う。まだ大阪は暖かかったので少し間抜けな感じがしたけど。

Vfsh0065 ホテルは堂島の「ヴィスタプレミオ」。今はやりの、リノベーションされたビジネスホテルである。水まわりは旧態依然としていて古臭さは否めなかったものの、モダンで居心地のいいホテルだった。ハービスのすぐ裏手という立地もよかった。

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ベーグルは地下鉄に乗って

Cimg0227_2 ここのところNY旅行記の記事を追加していなかったので書く。

とかく旅行記というのは難しく、エネルギーと時間を必要とするものである。誰でも旅行自体は楽しく、その記憶が鮮明なうちはそれを記録にとどめておこうと思うものだが、実際の作業はかなり大変で、頓挫してしまうこともしばしばである。都並自身、友人のブログなどでそのような悲しい頓挫した旅行記を見たことが複数回ある。

でもって都並もその例にもれず、9月の帰国当時の意気軒昂たるありさまから一転、今日現在ではすっかりその勢いを失い、書くタイミングを逸しつつある。

これではいかん、ということで、慌てて記事を追加することにした。

今回はNYのベーグルについて。

これについてはすでに先行する情報もあり、情報的価値はさほど高くないのだが、何せうちの奥さんは自他ともに認める強度の小麦人間(パンやケーキが大好き)である。そのなかでも彼女はベーグルが大の好物であり、今回はその彼女の「NYでは本場のベーグルをぜひとも味わってみたい」という強迫的な衝動に突き動かされて店舗を回ってきたので、ぜひともここで書きとめておきたい。

まず一店舗目(上記画像)はエッサ・ベーグル(Ess-a-Bagel)。HPはココ。ここは滞在していたサン・カルロス・ホテル(全般にいいホテルでした)から目と鼻の先で、行こうと思えば毎日でもいけたのだが、折悪しく9月のユダヤの祝日とぶつかってしまい、一度しかいけなかった。

Cimg0235_2 ここのベーグルのいいところは、クリーム・チーズなどでサンドイッチを作ってくれるところ。そこで僕はロックス・クリームチーズ(日本ではあまり見ないけれどNYでは定番の、スモーク・サーモンの練りこまれたクリームチーズ。スモーク・サーモンとプレーンなクリーム・チーズをべつべつにサンドする手間が省ける便利な代物)をパンパーニッケルのベーグルに挟んでもらった。

Cimg0230このパンパーニッケル(プンパニッケルとも呼ばれる。要は黒パン。粗挽きライ麦を用いた酸味と香りが特徴の生地)、僕の大好物なのだけれど、日本では作っているところがほとんどないのが悲しい。たまに日本でもベーグルを売っているベーカリーで、懐かしい黒い生地を見つけることがあるけれど、そういうときって大体、喜び勇んで近くまで走り寄ってみたら、ココアだったりチョコレートだったことがわかるのである。そのときの悲しさといったらないよね。迷子になった子どもが、「お母さんを見つけた!」と思って走っていったのに、近づいてみたら見知らぬおばさんだった、というときに匹敵するものがある。

それはさておき、このエッサ・ベーグルでは、奥さんはプレーンなベーグルにベイクド・サーモンの入ったペーストのサンドを頼んでいた。

ここのサンドの特徴は、見てお分かりの通り、日本人のしみったれたサンドイッチ観からは想像できないほどのペーストが挟まっているところにある。これはなぜかというと、食べる人はみんなこのサンドを(せっかく挟んでくれているのに)上下に分解して、上半分、下半分と順番に食べるからである。その際に片方の面だけにペーストがいってしまわないように、二倍の分量がついているというわけだ。

たとえばオレオのクリーム・サンドを一枚ずつビスケットに分解して食べると、一枚だけにクリームがついていってしまい、もう一枚がプレーンなビスケットになってしまうことがありますよね。そういう事態を予防しているのである。

しかしこのサンドには、あまりにペーストの味が強すぎて、ベーグルの味がわからなくなってしまうというデメリットもある。そのせいか僕ら夫婦はこの店ではあまり感心しなかった。

ところでこのお店、立地がいいので常に行列ができているけれど、イート・インのサンドではなく、プレーンなベーグルのテイクアウトだと別のレジですばやく買えるみたいです。

Cimg0394 もう一軒はベーグル好きの聖地、H&Hベーグルズ。日本にも支店がある大御所だけれど、マンハッタンではアッパー・イーストサイドとアッパー・ウェストサイドに店がある。

しかしこの両店が、聞いたところによると京都の一澤帆布みたいな本家・分家争いをしているらしい。そこで、京都でも一澤信三郎帆布に肩入れしているわれわれとしては、ここはアッパー・ウェストサイドに行かねばならぬ、ということで、ホテルからは遠かったのだが、地下鉄を乗り継いでえっちらおっちら行ってきた。

結論からいうと、ここのベーグルはすばらしくおいしい。ここのベーグルを食べずしてベーグルを語るなかれ、という逸品だ。生地の表面はつやつやと、適度な張りがあり、その表面を歯で噛み切ると中のもっちりとした生地が現れて、小麦本来の優しい味がふんわりと口の中に広がって、えもいわれぬ美味である。

フレイヴァーも数種類あるが、そのどれもがおいしい。おススメはプレーン、それからトッピングが全て入っているエヴリシング、そしてやはりパンパーニッケル。ここのパンパーニッケルはキャラウェイ・シードのスパイシーな香りが全体の風味を引き立てる最高の品である。世界中の黒パン好きに薦めたい。

さらにおススメの食べ方はというと、あちこちのガイドブックにも書いてあるけれど、ここでベーグルを買って、通りを挟んで北側の向かいのユダヤ系スーパーマーケット、ゼイバーズ(以前勤めていた職場でやっていた芝居にも登場した)で店のオリジナルのプレーン・クリームチーズを買って、ぜひそれをつけて食べていただきたい。

このクリームチーズがまた絶品で、なぜかというと、サイトにも書いてある通り、店の厨房で作っている出来立てのクリームチーズだからである。都並自身、チーズにさほど思いいれはないのだが、ここの味にはびっくりした。クリーム/チーズの「クリーム」の味が、言い換えれば新鮮な牛乳の味が、ほかに類を見ないほどしっかり芳醇に香るのである。クリームチーズというものに対する先入観を覆す一品である。同じく店のサイトにはこう書いてある。「あなたのスモーク・サーモンとベーグルは、きっと[おいしいチーズと逢わせてくれて]感謝するでしょう。そしてあなたのお腹も」。この惹句に偽りはない。

Cimg0399 これらをしっかりと買い込んだら、天気がよければ一路東進、セントラル・パークへ行く。途中スターバックスで熱いコーヒーを買うのも忘れない。それらを携えて、芝生の上でピクニックを繰り広げるわけである。これもガイドブックに書いてあったりするが、それでも掛け値なしに素晴らしい体験である。

われわれ夫婦もこの王道プランを臆面もなく全力で実行したわけだが、ほんとうに、気ぜわしいマンハッタンの日常を離れ、最高のブランチを採ることができた。このブランチはいまだに滞在中の忘れえぬ思い出のひとつになっている。

このブランチがあまりにさまになっていたのか(自画自賛)、ベーグルを楽しんでいたら、どこかの観光客とおぼしきカップルが「ねえ、あの池のボートはどこから乗るの?」と聞いてきた。都並は「ごめん、わかんないや」と答えたのだが、そのあと奥さんに「ニューヨーカーと間違われたのかねえ」とさも嬉しそうに言ったのは言うまでもない。

Cimg0392余談ではあるが、H&Hベーグルズとセントラル・パークの間の住宅街は、いかにも「アッパー」という感じで居心地がいい。ただ通り抜けるだけでも気分がすっきりする。NYはミッドタウン以南はごみごみしていて積極的に住みたいとは思わないが、ここは町並みも素敵である。

さらに余談ではあるが、町並みの素敵さと、それより何よりベーグルのおいしさが忘れられなくて、都並夫妻は最終日の朝にも再度H&Hを訪れた。帰国後しばらく食べられるぶんだけを買いだめするためである。記憶が定かではないが、10個近く買ったのではないかと思う。

その大きな包みを大事そうに抱えて、さらには帰りのケネディ空港行きの車の中でも一個ずつ食べて、日本に帰ってきたのだった。小麦人間の奥さんにとっては、すばらしいピルグリメイジ(巡礼旅行)だったに違いない。

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クリスピー・クリームがやってきた

Vfsh0053 昨日、奥さんは以前の職場の先輩と東京でお食事であった。場所はマロニエゲートの「ポール・ボキューズ」である。ということで、先日丸の内で購入したタートルネックのカットソーとブラウスを着て、おめかししておでかけになった。季節はずれの大寒波が到来している中の外出であったが、真冬のコートとブーツで防寒対策も抜かりなくされていた。

都並はそういう奥さんを快く送り出し、自分はいつものように研究室で地味に仕事に精を出した。

そしたら奥さんが、手土産に件のクリスピー・クリーム・ドーナツを携えて帰ってきた。

これには思わず玄関先で(文字通り)小躍りした。と同時に、なんとなく自分が長良川の鵜飼いか笠地蔵のおじいさんになったような気がした。かわいい子には旅をさせよ、ではないが、奥さんを放流するとこういうお土産を持って帰ってきてくれることがあるのだとわかった。

かんじんのドーナツだが、早速その晩一個(チョコレート)食べ、今朝は熱いコーヒーで二個(オリジナル・グレーズドとアップル・シナモン)食べた。なるほど流行るだけあっておいしい。とてもおいしかったのでさらにおやつに一個(オールド・ファッションふうのを)持ってきた。

このおいしさは正直認めざるを得ない。もう少しくわしくいうと、噛んだ瞬間の歯ごたえはあくまでさくっとしていて、しかし噛むうちに肌理のこまかい生地がぎゅっと集まって、それからしっとりと口の中で溶けてくる、というそういう質感である。

そのドーナツをほおばりながら「うん、これはおいしいね」と奥さんに言うと、奥さんは「並んでるときに配ってくれる焼き立てのはもっとおいしかったんだから」と自慢げに言って都並をうらやましがらせる。お土産を買ってきてくれるのはうれしいのだが、こうなると優しいのかどうか良くわからない。

ともかく、このドーナツ・ブームでミスター・ドーナツもリッチ・ドーナツなどという商品を出してきたが、それとはぜんぜん違う方向性で(あちらはもっとふっくらとした生地で、味もパンっぽい)、しかもミスター・ドーナツより生地の質感が上質である。そのくせ値段はそんなに高くない。これは軍配がこちらに上がったな、という気がする。

さらに言えば、東京ではドーナツプラントなる店もあちこちにできているが、ここのケーキ・ドーナツと比べても、コスト・パフォーマンス的に優れている気がする。以前ここのドーナツを手土産に友人宅を訪れたのだけれど、そのときの反応があんまりぱっとしなかったし、僕自身も食べてみてすごく感動したということはなかった。

他店との比較はさておき、このクリスピー・クリーム、たしかに手土産にもらえると嬉しい一品である。けれども現在の狂騒ぶりはちょっと行き過ぎの感もあるので、早くこれが治まって、たとえばモロゾフのチーズケーキとかトップスのチョコケーキみたいな、どこにでもあるけどちょっと嬉しいお土産、というものになればいいな、と思う。

ところでこのクリスピー・クリーム、アルファベットで綴るとKrispy Kremeであり、本来CのところがKになっている。なぜかご存知だろうか。実はこれには創業者とその息子をめぐる悲しくも美しい逸話があって…というのはうそだ(ドーナツ好きで知られる村上春樹ふう)。

書いているうちに食べたくなってきたので最後の一個を食べます。

追記:コーヒーとドーナツは、『ツイン・ピークス』のクーパー捜査官(カイル・マクラクラン)でもお分かりの通り、アメリカ映画で刑事が描かれるとき、張り込みの必須アイテムとなっているようです。日本だと牛乳にアンパンというところでしょうか。先日観た『ディスタービア』でも、ヒロインの女の子が主人公とその友人の張り込みの現場を訪ねたときに「コーヒーとドーナツはないの?」と尋ねるくだりがありました。

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悦楽のショッピング

土曜日は所属している学会の研究会(下部組織)で千葉県柏市にいた。我が家からJRを一回乗り継いで2時間。遠からず近からず、といった距離だが、来年度同学会の大会が開かれる大学でもあるので、その予行演習という意味もあった。

道中電車の中ではずっとジョン・フィスクの『抵抗の快楽』を(遅まきながら)読んでいく。カルスタは専門外なのだけれど、こういうと怒られるかもしれないが、批評理論の基礎的な概念と用語を抑えておくと平易に読めるところがあって、読み物として面白い。

研究会は13時スタートで18時近くまでぶっ通し。内容も濃く、自分の研究上の関心事とも重なっていて、ディスカッションも(研究者としては珍しく)噛み合い、充実した時間だった。

学会・研究会と言うところは、例えば「やっぱりコンメディア・デッラルテの系譜、特にザンニの系譜だと思うんですよね」とか、知らない人が聞いたら「なんじゃそりゃ」と思うような専門用語を「君、知ってるよね。うんうん、僕も知ってる」と確認しあってにんまりする、といういけ好かない側面もあるわけだが、この内集団に属しているものにとってはこれは得もいわれぬセラピー効果がある。エリート主義と言われればそれまでだが。

会を終了後、東京・丸の内に移動。先週買ったパンツの裾上げ(悲しいくらい詰められた)が終了していたので引き取りに行った。

Vfsh0033_2 乗り換えの駅で、以前TVで取り上げられていたテープ文字「修悦体」の実物をはじめて見る。嬉しくなって奥さんに写メールした。

丸の内でパンツを引き取り、そのまま夕食。一人で気ままにワインを飲みつつ食事したかったのだが、お目当ての「焼き鳥+ワイン」な店は週末ともあって予約でいっぱい。もう一軒、雑誌で見て目をつけていたところは定休日だった。

Vfsh0034 しかたないので、「バルバラ・マーケットプレイス」なるお店で夕食。ワインを二杯くらいと、ロースト・チキンとタコのガルシア風、それとシンプルなサラダ。

なぜだか分からないが、いや多分ボジョレー・ヌーボー商戦のせいだが、この時期都並はむしょうにワインが飲みたくなるのである。ワインを飲みつつ、独りでかっこがつかないので、フィスクの続きを読む。

「記号論的ないいかたをすれば、ビーチはひとつのテクストであり、そのようなものとして読むことができる」(p.72)

いきなりこんなフレーズが飛び込んでくる。これはもはや村上春樹だ。そういう読み物として読むと、フィスクは面白い。

ワイン二杯では物足りないけれど、この後まだ買い物があるので店を引き上げる。家で食べるパンとコーヒー豆、それから奥さんへのおみやげを買わなければいけないのだ。

といいつつ、ぶらりと成城石井に立寄って、さらに「何とか賞」をとったというフランスの安いワインを買ってしまう。それからスターバックスでクリスマス・ブレンドという豆を買い、グランスタのブルディガラではクロワッサンなど見繕い、最後に「フェアリーケーキ・フェア」でカップケーキを購入。

Vfsh0036 一個がこぶりなのに450円もするのはどうかと思ったが、四個くらいは買わないとかっこうがつかないので四個買う。これを帰宅後奥さんと食す。

思わず唸ってしまう、とか、鮮烈な印象を残す、というものではなかったけれど、確かにおいしかった。香りがとってもいいし(お風呂上りにまだ部屋に香りが立ち込めていた)、それぞれの味のバランスが「うん、これだな」という位置にちゃんと決まっている。また買ってもいいなと思う。甘さについていえば、NYのチェルシー・マーケットのエレニーズで買ったものの1/20くらいだった。これくらいが日本人のスイーツとして適正だと思う。

こんなふうに、突然にかっこつけてミーハーな食事と買い物に明け暮れた一日だった。ジョン・フィスクの教訓は何にも生きていない、まさに悦楽のショッピングであった。

今日はこれから『ディスタービア』を観に行ってきます。

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グランスタ=イトシアの仮説

土曜日に講演の仕事が終わり、抱えていた原稿も無事締め切りに間に合い、ようやく一段落した。そんなわけで、ここのところ忙しくて日記が書けなかったけれど、今後はまた週三日くらいのペースで書いていければと思う。

日曜日は奥さんを伴って丸の内~有楽町に買い物に出かけた。ほんとうは奥さんのお友達と一緒にランチを採る予定だったのだけれど、昨日になって彼女から連絡があって、いかんともしがたい急用で来れなくなったという。そこで予定を変更、それじゃあふたりで買い物でもするか、ということになった。

買い物の目的は奥さんの服。ここのところ奥さんはやけに謙虚に主婦業に精を出していて、秋も深まるというのにいっこうに新しい季節の服を買おうとする気配がなかった。それではいかん、遊びをせむとや生まれけむ、ということで、あわてて季節のおしゃれ着の買い物に出かけたのだった。

やっぱり、自分の奥さんにはそこそこおしゃれでいてほしい、と(少なくとも今のところは)思う。

まずはTOKIAビルの「きじ」にてお好み焼きでランチ。ここの本店には大阪時代に通っていて、以前も書いたけれど、正直ここのお好み焼きが大阪でいちばんおいしい、と思っている。その東京支店がこの店である。この店も、TOKIAビル地下の飲食店街ではおそらく一番人気の店で、いつ行っても行列ができている。この日も30分ほど待ってから中へ。

ここでは今までに食べたことのない(かつ、大阪の店のメニューにはない)「ごちゃ焼き」と、関西人の定番メニュー、「スジ焼き」を頼む。「ごちゃ焼き」は、きのこと海鮮のバター炒めを乗せて、刻み海苔(青海苔ではなくて味付け海苔)をかけた一品。これはユニークな味でおいしかった。バターの香りとシーフード独特の甘みが、お好み焼きにいいぐあいの「ひねり」を加えている。また食べたい一品である。

スジ焼きのほうはやっぱり定番の味。ネギがたっぷりとかかっていて、真ん中に生卵が落としてある。この卵は生のまま生地の表面に伸ばしてよし、鉄板の上で火を通してよし、とにかく、うまい具合にお好み焼きにからめつつ食べるのがおいしく食べるコツである。

お好み焼きを心から堪能した後は、とりあえず丸ビル→新丸ビルとお店を見て回る。ふだん北関東の田舎に住んでいると、ひさしぶりの高層ビルというか、鉄骨とガラスの幾何学模様がかもし出す未来主義的な簡潔さが心地よい。都心に暮らしている人は田舎で癒されるのかもしれないが、僕のような田舎ものは都心で癒されるのである。

丸ビルから新丸ビルへ向かう途中で、「コールド・ストーン・クリーマリー」につかまる。奥さんも僕も食べたことがなかったので、食べてみよう、ということになったのである。本当はNYで食べてこようと思っていたのだが、時間がなくて行けずじまいになっていた。ここも少し並んでいたが、僕らは行列が苦にならないタイプの人間なので、いそいそと参加する。

奥さんはファウンダーズ・フェイヴァリットのアイスをヴァニラに変更したもの、僕はアールグレイ・アイスベースにイチゴが入ったもの(名前忘れました)を食べる。正直ここは、そんなに期待はしていなかったのだが、思ったよりおいしかった。アイスの口溶けが滑らかで、後味がすっきりしているので食べやすい。

実は先日、某バスキン・ロビンス(なぜか北関東に強く、あちこちの大手ショッピング・モールにある)のハロウィーン限定フレイヴァーを食べたのだが、そのときはそのチューイング・ガムみたいなケミカルな味に辟易してしまったのだった。そのいやな思い出があるので、「どうせここもいかにも砂糖たっぷりなアメリカンな味なんだろう」とたかをくくっていたのだが、あにはからんや、品のいいアイスクリームだった。失礼いたしました。

でも、今期間限定メニュー(映画『ヘアスプレー』とのタイアップ商品)としてフィーチャーされている「トレーシーズ・フェイヴァリット」は正直、きつそうですね。「ミントアイスクリームにオレオ、M&M、レインボースプリンクルをミックス」…。ミントアイスクリームは好きだけれど、ちょっと尻込みしてしまうテイストだ。

アイスクリームで過剰にエネルギーを補給した後、新丸ビルへ向かう。ここで奥さんのインナーのタートルネック、その上に重ねるレース使いのブラウス、ワンピースなどを購入。正直、この秋冬の女子の服の着方なんてぜんぜん念頭になかったので、道行く人たち(いかにも丸の内OLっぽい、自分たちへの階級的呼びかけに熱心に応えている人たち)の服装を見るともなくチェックしていたのだけれど、こういう着方の人がけっこういたので、きっとこれでいいのだろう。

それよりなにより、奥さんが試着したワンピースが思いのほか似合っていたのには、思わずテンションがあがってしまった。やっぱり、馬子にも衣装、ではないけれど、奥さんにはそこそこおしゃれをしてほしいものだ。

奥さんの買い物でまずは第一ラウンド勝利。ディーン&デルーカでコーヒーを飲んで、ほっと一息ついた後、余勢をかって丸の内の仲通りを闊歩し、今度は自分の買い物。今、仕事に穿ける秋冬用のグレーのパンツがないので、新しいのがほしい、と思っていた。でもって、素材はウール以外で、どうせだからスラックスっぽくないやつがいい。

これを仲通りの路面店で探すがなかなかこれといったのがない。ぶらぶら歩くうちに有楽町まで到着してしまった。しかたないので(いや織り込み済みであったが)イトシアに行ってみる。

先日、ゼミの四年生が、こちらは卒論のできを心配しているのに「イトシア行ってきました」とにこにことしていうので、どんなものか気になっていた。

しかしすごい人出である。丸の内も休日とあって人が多かったが、あちらが年齢層的にも人種的にもある程度選民的なところがあるのに対して、イトシアはまさに老若男女、ありとあらゆる人種がいる。その雑多な雰囲気に気おされて、一周ぐるっと回っただけで出てきた。

ここにも話題のクリスピー・クリーム・ドーナツがあるわけだが、そんなところに並ぶ元気もとてもない。先の四年生に聞けば、「並んでいると焼きたてのオリジナル・グレーズドを一個ずつ配ってくれるんです。で、それで満足して帰っちゃう人も多いです。私ももらって、『よし』って言って帰ってきました』とのことだったので、注意して見てみると、確かに行列の中の人たちはみんな一個ずつドーナツをかじっている。

なるほど、これは賢い売り方である。これで「いっぺんどんなもんか食べてみたい」というレヴェルのお客さんはおおかた帰っちゃうだろう。サーヴィスと混雑緩和をかねているというわけだ。

でもこのときのわれわれには、そのドーナツ一個のためだけに並ぶのもわずらわしい気がした。そこでさっさと丸の内方面に撤退。お昼にいたTOKIAビルに戻ってきたのが17時半過ぎ。今度はVIRONでお気に入りのバゲット「レトロドール」を三本買いだめする。

フランスパンのいいにおいを漂わせながら、もう一度新丸ビルへ。「タブロイド・ニュース」という名前だけは聞いたことのあるお店で(昔、何年も前に京都で取り扱っているお店があった)条件にあったパンツを見つけて購入。5ポケットのスタイルで、ライトオンスのデニム地、色はグレー。

そのほか、マークス&ウェブの入浴剤(期間限定のローズウッドがあったのでこれも参加)、スターバックスの豆などを購入して、買う予定だった品物は全部購入完了となった。どの品も納得できるものが見つかって、全面的に勝利の一日だった。

余力があったのでグランスタもついでに参加。なるほど、今まで東京駅の駅弁&テイクアウト事情に物足りなさを感じていた人たちには魅力的な施設だと思う。ここではブルディガラのクロワッサンとディーン&デルーカでカマルグの塩(いつの間にかフルール・ド・セル=塩の花がペルル・ド・セル=塩の真珠、になっていた)を購入。

夕飯がまだだったので、ここでさらにお弁当を買う。名前はもう面倒くさいので検索しないけれど、丸の内側にあるオーガニック系のデリのお店と、真ん中辺りにあるハンバーグとお惣菜のお弁当のお店に参加。でもって帰りは特急に乗って、車内でこれらのおかずとVIRONのパンにて夕食にする。なるほどふつうのお弁当よりおいしいし、おまけにちょっと気が利いていて楽しい。これでワインがあったらちょっとしたピクニック気分というか、機内食気分というか、そういう趣がそこはかとなくある。新幹線をひんぱんに利用するわれわれ夫婦にとって、こういう施設の登場は非常にありがたい。

9時ごろ帰ってきて、浅田真央ちゃんの滑りを観て、「世田谷ベース」を観て、お風呂に入って、就寝。いい日帰り旅行だった。

追記

…などといいつつ、六本木ヒルズ以降というかなんというか、ミッドタウンにしろ表参道ヒルズにしろ、こんなふうに未来的な建物を作って、その中にテナントをいっぱい入れて、テレビや雑誌でさんざん宣伝して、そこにわれわれのような田舎ものがわーっと押しかける、というこの図式って、ここのところやけにひんぱんに繰り返されているけれど、なんかあまりにワンパターン化しているよなあ。テーマパーク型消費とでも名づけたらよいのだろうか。なんにしても、国全体としてこんなに知性のない消費行動パターンを反復していていいのだろうか。

ま、そう思う自分がどこかでいる一方で、われわれ夫婦は基本的に、よし、来るなら来い、その資本主義の物語にがっちり乗っていってやろうではないか、これも一種のアトラクション、と思っているわけなのだが。

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忙中ハロウィーン

なんだかまた急に忙しくなってしまった。というのは、11月の最初の週末までの短い期間に、締め切りが立て続けに4つくらい重なってしまったからである。

ひとつは、所属している学会が出している、英語の機関誌への投稿論文。査読というものがあって、委員の先生方の審査を通れば掲載される。いちおう僕の知る限りでは、アカデミックな世界では、この査読のある冊子に掲載された論文だけがまっとうな業績として評価されるということになっており、そういう意味では大事な論文である。

これが、通るかどうか不安も抱きつつ投稿したのだが、通ってしまった。そんなわけで、査読委員のコメントつきで返却されてきた。投稿者はこの場合、次の締め切りまでの短い時間に、コメントをもとにして、さらに完成度を高めることが要求される。

これが一点目。

つぎに、別の機関誌に書評を投稿したのが返ってきた。これも、対象の本が学会誌の性格から言って多少はずれているところがあるので、掲載は難しいかな、と思っていたら、こちらも通ってしまった。これの校正の締め切りが10月中。これが二点目。

これらのふたつの原稿はちなみに、前回投稿したときには、同日が提出期限だった。しかしそれがその後の校正・推敲の段取りまで同時期に来るとは思っていなかった。というのは、冊子の刊行時期が異なるので、それに応じて編集作業の進行度合いも変わってくるだろうと思っていたからである。それが一気にきてしまった。これには少しテンパった。

三点目はちょっとした申請書類。研究計画なんかを添えないといけないので意外と手間がかかる。出さなくてもいいものなのだが…。

四点目は学内の学会での発表原稿・資料作り。これはオブリゲーション。60分話せといわれたので、ざっと論文一本分、2万字くらいは用意しないといけない。現在進行中の研究をまとめるだけなのだが、これもけっこう大変そうだ。

そんなわけで大変に忙しいのですが…先日また…TDLに行ってしまいました。しかも朝から晩まで。

ハロウィーンのTDLはしかしすごい人混みで、最近めっきり体力の落ちた奥さんと僕は、アトラクションもそこそこに、すぐに座り込んではお茶したり食事したりパレードを観る、というへたれコースを邁進。

しかも間の悪いことに、この時期はパレードが一日に5回も6回もあるのだった。昼のハロウィーンの限定パレードが3回、夜のハロウィーンのパレードが2回、夜の基本のパレードが1回、といった具合である。これらのすべてを(全部の回じゃないけど全種類)観てしまいました。

昼のパレードはまあしかし、おだやかな感じでよかったのだけれど、夜のパレード(ロック調でじっさいにキャラクターたちがドラムを叩いたりギターを演奏したりする)はちょっと、いかにTDR好きの都並としても、ひいてしまうものがあった。

というのはこれが新趣向で、ゲストの皆さんも抽選でパレード(行進&ダンス)に参加できるようになっていたのである。これがもう、熱狂的な熱さで、もちろん僕ら夫婦は遠巻きで観ているだけだったのだが、かけ声にあわせて絶叫しながら踊り狂うゲストの皆さんの姿といったら、ちょっと「宗教的な恍惚」とでも呼ぶのがふさわしいようなありさまだった。

そういう狂乱のハロウィーンに参加して、日付の代わるころに帰宅している人間に「忙しい」という資格はないかもしれない。いや、へたれモードのせいで変に体力があまり、そのせいで閉園後にテンションのピークを迎え、グッズのショップ内を高速で移動しつつ、主に自分へのおみやげを物色し、あまつさえ「天気良くてよかったね」などと口走り、終始にこにこしていた人間には、そんな資格は決して与えられないだろう。

追記:そういえば、TDLとのダブル・ネームのラジオ・フライヤーが売っていたので、こぶりだったけれど思わず買ってしまいました。3800円でした。こういうとき、ダブル・ネームに弱いデータベース的動物である自分がつくづくいやになります。

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ハイ・スクールの勝ち組とアバークロンビー&フィッチ[新装版]

(以前時間がないときに書いたので一部推敲・改訂いたしました)

アバークロンビー&フィッチ(Abercrombie & Fitch、日本での略称アバクロ。フィッチさんはどこいったんだ)はNYで今大人気のファッション・ブランドである。

どんなブランドかというと、今流行の言葉で言うとリアルクローズとでもいうのだろうか、アイテムのそれぞれは、Tシャツとかポロシャツとか、ジーンズとかカーゴ・パンツとか、つまりはラルフ・ローレンみたいなスタンダードなアメリカン・カジュアルなのだが、その仕上がりが微妙な再解釈を施しているというか、アメカジのポストモダン的再構築というか、一味違っているのである。

例えば、アイテムの多くにはブランド・ロゴが印刷されたり、貼り付けられたりしているのだが、その感じがユーズド風にわざとぼろくしてあったり、製品全体に洗いがかけられていたり、という具合である。

だから、ふつうのアメリカン・アイテムなのに、着てみるとちょっと変わっていておしゃれな感じがする(と思う。もちろん着ている人によるのは言うまでもない)。ちょっと難しく言うと、アメカジを着つつ、それが単なる無頓着な選択ではなく、自分が着ているものに対する批評にも同時になっているような、そんな服である。

このアバクロ、NYでは五番街のブランドショップが立ち並ぶあたりに店舗があったので、参加(我が家の用語で、店で買い物すること。ブームに参加する、という意味)してきた。

というのも、滞在中のNYが季節外れの涼しさで、厚い上着を持ってきていなかったので(という理由で旅行先で買い物するのが好きだ。村上春樹の小説みたいだから)、急遽必要になったのである。

なんでもこのブランド、昨日今日にできた新進のブランドではなくて、聞けばけっこう長い歴史があるらしい。というのは先日『所さんの世田谷ベース』を観て知ったのだが、もともとは雑貨屋さんで、有名ナイフ・メーカーの「ガーバー(Garber)」に発注した包丁なんかも売っていたらしい(それを所ジョージさんは嬉しそうに自慢していた)。

が、五番街の店はというと、そういう「いなたい」出自を少しも匂わせないほど「ちょーイケイケ」だ。他の人もブログに書いていることだが、店の前を通ると大音量でハウス・ミュージックが聴こえてきて、店の入り口には香水のにおいがぷーんとして、大きく引き伸ばした上半身裸のモデルの写真の前に、上半身裸のモデルが立っている。

店内は地下から2階か3階まで広がっていて、アメリカの寄宿学校をクラブに改装したようなしつらえで、薄暗い間接照明の中にアメリカン・ファーニチャーが浮かび上がる。別の言葉でいえば、ラルフ・ローレンのショップをホーンテッド・マンションに改装したような感じとでも言おうか。

その中に、Tシャツやらパーカやら山ほど積み上げられているのである。

さらに店内には、明らかに外見で選ばれたであろう、モデル体型の、美男美女の店員があちこちを歩き回っている。この店員、女の子たちが階段で男の子たちとすれ違う時は「ハーイ、ガイズ」とか言ったりして、すごく鼻持ちならない感じである。

このやりとりを見た瞬間「あ、そうか、ここはハイ・スクールの勝ち組が来るところなんだな。負け組はこんなところには来ないで、しかたないからハリウッドで映画作ったり、あるいはどこかで銃を乱射するんだな」と思ってしまった。それくらい、選民意識をびしびしと感じさせる店なのである。

この選民意識には、自分自身マイノリティなので、屈折した気持ちを感じずにいられなかった。しかしまあ、それもまた旅行先のひとこまなので、こういう体験ができたのはよかったのかな、と自分に言い聞かせることにした。

自分に言い聞かせつつ都並は、ばかでかいアメリカン・サイズからなんとかSMALLを探し出して、パーカを購入。70ドルくらいで、日本人の感覚からすると安かった。フィリピン製だけど。たぶん、むこうでも安いという評価なんだろう。

奥さんも「私も参加したい」とキャンバス地の大きなトートとビーチ・サンダルを購入。

これらの品々を選ぶべく店内を見て回る間も、ハウス・ミュージックのビートは絶え間なくずんずんと響き続けている。それをずっと聴き続けていると、なんだか資本主義の白昼夢に頭がしびれてくる気がする。

レジで清算をすると、同じく美人の女の子が「ありがと」と無愛想に言って、買い物をばさっと投げてくれる。「あんたらはお呼びじゃないの」という感じである。ここまで来ると徹底して気持ちいい。

Cimg0401af_2 ここのパーカを着てみた写真がこれ。もちろん、ここでもモデルが良くないので、本来のブランドのおしゃれな感じはみじんも感じさせませんがそこはご容赦ください。

それはさておき、アメリカン・サイズだからか、それとも都並の腕が短すぎるのか、あるいはその両方か、サイズがSMALLなのに、袖がめちゃくちゃ長くて困っています。7、8cmあるだろう袖のリブを全部折り返してもまだ長いという感じです。でも生地は柔らかく、着心地がよくて温かく、旅行には重宝しました。この秋また、引っ張り出して着ています。

サイズのことをついでに言っておくと、人気ショップだからか、Mサイズはほとんどどの商品も売り切れていました。でもわれわれ日本人はSサイズでだいたいいける感じなので、そういう意味では買いやすい店です。差別は受けるだろうけど。

ちなみに、帰りのケネディ空港は、同じ発想でここのパーカを買った日本人旅行客が何人もいて、ちょっと自分のミーハーさが恥ずかしかったです。

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海を越えた多重露光

295878226_3 新しいカメラ、LOMO LC-A+には新機能があって、多重露光ができる。それが単純に嬉しくて、NY旅行でも試してみた。

多重露光とは、要は35mmのフィルムのひとこまに、二回(以上)映像を焼き付ける技法である。普通のカメラはフィルムのこま送りとシャッターのねじの巻上げが同時に行われるようになっているのだが、このカメラはそこをキャンセルして、フィルムをひとこま送らずに、シャッターだけを巻き上げることができるようになっている。それによって多重露光のこまを作ることが可能になるのである。

説明はさておき、画像は、NYのジョン・F・ケネディ空港の構内風景と、日本の成田空港の構内風景を多重露光したものである。よく見ると、頭上の看板に日本語の説明と英語の説明が混在しているのがわかってもらえると思う。

こんな映像、デジタル画像と加工ソフトが普及した現在では何の価値もないと思うなかれ。わざわざ物理的に、この地球上にひとつしかないフィルムのこまに二回映像を焼き付けること、言い換えれば、セルロイドの上の薬品に、地図上ではまったくかけ離れたふたつの場所の光を注ぎ込むこと、そこに意義があり、ロマンがあるのだ。

そんなもん、デジカメの合成でやってたまっか。ふん。

とまあ、鼻息を荒くしつつ、画像の構成(一点透視図法と二点透視図法の意図的混在、中央の人物のポーズのかげんなど)がことのほかうまくできたので、これは成功だったなと。

実はもう一枚、MoMAにて、アンディ・ウォーホルのマリリン・モンローとエルヴィス・プレスリーの多重露光もやってみたんですが、これはいまいちでした。

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今季最高のピクニック

Fl000032 日曜日にまた武蔵丘陵森林公園へ行ってきた。

これが今季最高のいい日和で、気温も最高、日照も最高の、ばつぐんのピクニック日和だった。我が家から公園までは約40分のドライブ。トータス松本のソロアルバム『トラベラー』を聴きながら、車を快調に飛ばしていった。

公園に着いたら、ぶらぶらと木立の中を散歩。小一時間ほど歩いた後で手ごろな広場を見つけ、ランチタイム。良くのびた柔らかい芝生の上にレジャーシートを広げ、奥さんが朝から手間隙かけて作ってくれたサンドイッチ(画像参照)を並べた。魔法瓶の中のコーヒーを飲みつつ、このサンドイッチを完食した後は、冷蔵庫で凍らせてきた巨峰がデザート。種をあたりにぷっぷと撒き散らしながらこれも完食。そしたら眠たくなってきたので昼寝に突入。

Fl000030気がつくと奥さんも隣で眠っていた。奥さんの上には木漏れ日が降り注ぎ、それが時折のそよ風に揺れるさまはまるで『種をまく人』の中の絵のようだった。

Fl000034 こういう一日が一年の中にあるから、他の日ががんばれるんだなあ。

ま、連休中の残りの時間はDVDで『スキャナー・ダークリー』を観て、『ガンダムOO』を観て、NY旅行でたまりにたまった『プリズン・ブレイク2』を観てただけなんだけどね。

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おめんとOMEN、あるいは文脈の違い

今月からわが大学も講義が始まった。そしたらその準備にあわせて、来年度入試の作業などもはじまり、なにやら忙殺されてしまった。そのおかげで更新もままならず。

ああ…週3回日記をつけるのが目標なのに…と嘆いてみてもはじまらないので、とりあえずNY旅行記の続きを書く。

Cimg0419 NYでぜひとも行ってみたかったお店は多いけど、そのひとつにこのお店(画像参照)がある。その名も「OMEN」。見た目からはわかりにくいが、われわれ夫婦の京都でのいきつけのおうどん屋さん「おめん」のNY支店である。

「おめん」を知らない人のために説明しておくと、「おめん」とは、ゆでたてのやわらかいおめん(さぬきうどん全盛の今日からすると「やわすぎる」くらいやわらかい)を、白菜、ほうれん草、ねぎ、大根、きんぴらごぼう、ゴマ、茗荷などのたっぷりの薬味とともに、薄味の、でもだしのしっかりきいたおつゆにつけていただく、という、それはそれはおいしいおうどんである。

都並はこの「おめん」の大ファンで、京都に住んでいたときはしょっちゅう食べに行っていたし、今でも帰省して寄れるチャンスがあると必ず寄る。なによりも味そのものが、関西の和食文化で育った都並の胃袋と心を同時に癒してくれるからである。

けれども、それだけがここに通う理由ではない。この「おめん」は、発祥は群馬県伊勢崎市らしいのだけれど、都並にとっては、ある意味で京都の食文化の一端を象徴している食べ物なのである。

どういうことかというとうまく説明できないけれど、そのお店のたたずまい、おだしの味、薬味たっぷりの存在感、お客さんの質、その他いろいろのものが、京都に住んでいるということ、言い換えれば、伝統的な日本文化と新しい外来文化の両方に足をつけて生活しているということ、その生活感を如実に反映している、とそう思っているのだ。

ふつうに日常生活の中に錦市場があり、町家があり、寺社仏閣があり、祇園祭があり、和菓子の名店があり、お持たせの文化があり…。そういう京都のくらしの生活空間と価値観のなかに、「おめん」は違和感なく根を下ろしていて、日常的に愛されている。お店に入るたびに、なぜだかそんなふうに感じるのである。

そんなふうに「おめん」さんのたたずまいと味の大ファンである都並としては、お店への限りないリスペクトを表すためには、NYに行くならば支店に詣でないわけにはいかない(今回の旅は全体的に都並のpilgrimageの旅だったのです)。

というわけで、ソーホーのはずれにあるNY支店を訪ねてきました。

結論からいうと、今述べてきたような「京都」という文脈と切り離されたことで、「OMEN」はただの「和食」になっていた気がする。

Cimg0420 といっても、味が劣っているというわけではない。ここは誤解のないようにしておきたいのだけれど、「OMEN」さんの「OMEN」は「おめん」さんの「おめん」とほとんど変わらない。味はそっくりだ。

細かい点をいうと、運ばれてくる器が違うのと、京都のお店のほうが薬味が多いのと、京都のほうはおめんの上に柚子の皮をきざんだものがちらしてあるのが、NYにはない、という違いがあるが、それは微々たる差であって、両者はほとんど同じもの、といっていいだろう。

ほかにも、このお店では「揚げ出しの炊き合わせ(確か、なすと豆腐と、ししとうかな?)」と「てんぷら盛り合わせ」を頼んだけれど、ちゃんとおいしいものが出てきた。海外で和食を頼んだときにありがちな「うんっと…確かにこういうことなんだけど…なんか違うような…特にこれ…ほんとにネギ?」とかいうことは一切ない。

つまり、ここではほんとうの和食が食べられるのである。余談だけどビールも、キリン、アサヒ、サッポロと日本のメーカーから選べる。店員さんは「一番絞り」のことを海外での名称である「イチバン」と言っていたけど(その店員さんも日本人らしかったんだけど)。

でも、不思議と食後には違和感が残った。

それはなぜか、ということを考えてみるに、やっぱり文脈の違いが大きかったんだと思う。「おめん」が、僕の中で存在理由を得るのは、その他もろもろの京都のお料理という文脈においてみて、その味のバランスとセンスのよさがきわだってくるからなのだろう。

それが、一度その文脈をとっぱらってしまうと、せっかくおめんが達成している微妙なニュアンスを比較する対象がなくなってしまう。野球にたとえると、バッターがいなければ、内角低めの絶妙な球も存在しないのと同じことだ。そこにはただの「低い球」しかなくなってしまう。

そういう意味で、「OMEN」はただの「和食」だったのである。でも、おいしかったけどね(小理屈はどうでもよくて、純粋にあの味が好きな人はぜひ行かれるといいと思います。それから、長逗留で和食が恋しくなった人もぜひ。京都のお店よりメニューが豊富で、味は同じくらいよくて、値段はNYではリーズナブルです)。

ちなみに、「OMEN」に行きたかった理由はもうひとつあって、このつづりのことである。あのホラー映画の「オーメン(前兆、という意味)」と同じつづりなので、なんとなく誤解されるんじゃないか、場合によっては怖がられるんじゃないか、とかねがね思っていて、そのへんのところを現地の店員さんに聞いてみたかった。おまけに、実際行ってみたらほら、お店の概観も上の写真みたいな、ちょっとゴシックな感じだし。

で、今回たまたま僕たちのテーブルについてくれたお兄さんが、大阪出身の気さくな人だったので、帰り際に聞いてみた。その回答は

「怖がられる、ってことはないですけど、みなさんやっぱり「前兆」という意味だと思うみたいです」

とのことであった。小さな疑問が解決してとってもすっきりした。

追記:「OMEN」はソーホーの、トンプソン・ストリート沿いにあります。客層は若者から家族連れ、ビジネスマンまでさまざま。日本人とその他の国籍・人種との比率は半々くらいでした。僕らが行ったときには、真後ろの席がアラブ系の家族で、おしゃれな重箱入りのお弁当を食べていました。お母さんは子供用に割り箸をティッシュと輪ゴムで結んであげていました。その横は大阪から来た女子大生四人組。カウンター席にはエリック・クラプトンに似たしぶいおじ様が、ひとりでお酒を飲んでいたりもしました。

18時ごろ行ったので空いていましたが、人気店みたいなので時間帯によっては混むかもです。

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シチュー日和

ほんとにただの日記です。

この土日は気温がすごく下がった。ついおとといまで30度を越していたわが町が、いきなりの20度切り。日中半袖ではもう寒く、秋の装いである。

そういえばこの間滞在していたNYもTVの天気予報で「季節外れの涼しさ」「秋の雰囲気」というくらいに涼しくて、ちょうど今くらいの温度だった。たかをくくって厚めの上着を持っていかなかったので、慌ててアバクロ(Abercrombie & Fitch)でスウェット・パーカーを購入。それが非常に重宝したのであった。

そんなわけで土曜日は、どのみちまた少し気温は盛り返すのだろうけど、これからの季節の仕事着を調達にでかけた。春先にもジャケットを買い足したのだけど、もう一着ほしいと思っていたのである。例によって(ひとより腕が短いので袖を詰めずに済むものを)色々探し回った結果、今までのお買い物人生において足を踏み入れたことすらないタケオキクチさんで買い物をした。

買ったのはいわゆるジャケブル(ジャケット+ブルゾン)というシロモノ。なんだか今流行っているのかちょっと前に流行が終わったのかしらないが、ぱっと見にはジャケットだけど、ラペルをめくるとチンストラップがあったり、背中にアクション・プリーツがあったりする、ちょっと小技の効いたジャケットというようなものである。一風変わったものが好きな都並はどうしてもこういうものに目がいってしまう。

まずまず納得の買い物をしてほくほくしつつ、帰りに大型ショッピングモールによって今日の食材を購入。今晩の夕食はその食材をもとにした奥さんお手製のクラム・チャウダーである。涼しくなってきたので、いよいよ今年もル・クルーゼの鍋の登板シーズンが始まった。その開幕を記念してのチャウダーである。

しかも、いつも買っている「コスモ直火焼・銀のクリームシチュー・ルー」が売っていなかったので、「ならホワイトソースから作るわ」と奥さんが手間隙をかけている。なんと素晴らしい秋の宵であろうか。

素晴らしいといえば、雨の富士スピードウェイ、大混戦の中でのルイス・ハミルトンの走りは素晴らしかったですね。最初10何周セーフティ・カーが入って、どうなることかと思いましたけど、ふたをあけて見れば面白いレースでした。多数のピットストップで計算狂いまくりのはずのフェラーリがあんなにも善戦したのもエキサイティングでした。

うーん、全く内容がないなあ。高度資本主義社会のコモディティ・フェティシズムにまみれて秋の夜は更けゆく。

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チェルシー・マーケットとカップ・ケーキへの挑戦

Cimg0190 ココログのアクセス解析をのぞいていたら、「チェルシー マーケット」という検索キーワードの方がいらっしゃったみたいなので、本日二本目の記事ではあるけれど、簡単にチェルシー・マーケットについてご報告します。

チェルシー・マーケットは、もともとナビスコのオレオの工場だったところを改装してできたマーケットらしく、そういわれてみると外装の雰囲気は多少いかつい気がしないでもありません。

立地も、ミート・パッキング・ディストリクトという、かつて食肉・食品加工工場が立ち並んでいたエリア(それでもって最近おしゃれなお店が増えて話題になっているエリア)とチェルシーの境界にあるので、外から見る限り無愛想で近づきにくい感じも漂っています。

Fh010013 ただ、その内部はというと、その出自ゆえのスチーム・パンク的なたたずまいを利用して、ほどよくコンセプチュアルに仕上げられたテーマパーク的集合店舗に仕上がっているので、僕みたいにLOMOを首から提げてちょっと変わった旅行写真を撮ろうと目論んでいる人にはオススメだと思います。

じっさい、僕はここでちょっとしたシャッター・ハッピーになりました(写真は同じようにデジカメで写真を撮っている奥さんを背後からゲリラ撮影したものです)。

Fh010016 入っているお店は、マーケットなので食品店・食材店が多いのですが、NYでもトップ・クラスのベーカリーといわれる「エイミーズ・ブレッド」や、エスプレッソ専門店のスタンド「ナインス・ストリート・エスプレッソ」、それからおしゃれだけど気を遣わないでもよさそうなレストランなんかもあって、ぶらっと立寄っても、ごはんを目当てに行っても、いろんな目的に対応してくれそうなかんじです。

僕らはたまたまコーナー・ビストロのハンバーガーを食べたところだったので、レストランは素通りしてきましたが、それでも何軒かのぞいて、モノを買ってみたのでご報告します。

Cimg0196写真は乳製品専門店の「ロニーブルック・デイリー」です。乳製品といってもどうやらチーズなどではなく、ショウウィンドウの品を見る限り牛乳中心のようです。となると旅行者には買いにくそうに思われますが、一方でアイスクリームも売っているので、暑い時期や甘いものがほしいときにはいいのではないでしょうか(NYは甘いものだらけなので別にここでなくてもいいんだけど)。

面白いのは、自家製のアイスクリームをどれかひとつ選ぶと、同じく自家製のミルクと合わせてシェイクを作ってくれることです。奥さんがこれにチャレンジしたのですが、濃厚でとてもおいしい、とのことでした。僕はとても飲めそうにないのでアイスコーヒーを頼んだのですが、こちらも濃厚でおいしかったです。それもそのはず、良く見ると向かいのエスプレッソ専門店のコーヒーでした。

Fh010012 他にも、ワイン専門店にはフランシス・コッポラのワイナリーの品もあり、週末に結婚式を挙げた後輩のために一本買って帰ろうかなあ、という気にはなったんだけど、持って帰るには重すぎるので断念。「滞在中に自分が飲む用に買えば」と奥さんから提案がありましたが、奥さんは飲めない体質なので、一人で一本飲みきる、というのも大変です。

Fh010009マーケット内の風景をもう少し。店内に水が落ちていたりとか、古臭い消防設備みたいなものがそのまま残されていたりとか、工夫が凝らされていて楽しめます。要は、東京ディズニー・リゾートのアトラクションの、順番待ちの列のための内装の雰囲気を楽しめる人には、とっても想像力がふくらむ場所だと思います。

ほかに参加した店はブラウニー専門店の「ファット・ウィッチ・ベーカリー」。アメリカ的な甘さはあるものの、上質な味のブラウニー屋さんで、ラッピングされたものは日持ちも多少するので、お土産にはいいと思います。ブラウニーにはいろいろ種類があるんだけど、それぞれが「白い森の魔女」とか名づけられているのも面白い。店内には日本語の表示もあるので安心。保存法など細かく教えてくれます。

Cimg0203 商品はこんなかんじ。日本の平均的なブラウニーと比べて大きいのかどうか、ブラウニー自体詳しくないのでよくわからないけど、試食した感想としては、朝にひとつ食べるとお昼まで元気に働けそうな一品、という感じでした。

Fh010022_2 そのほか、「エレニーズ」はいかにもアメリカらしい、はっきりとした(一歩間違うとけばけばしい)色使いのクッキーとカップ・ケーキのお店です。味は、アメリカ的なクッキーの直球の味ですが、自由の女神とか、イエロー・キャブとか、モチーフはキッチュで面白いです。

Cimg0224 こちらも、お持ち帰り用の箱詰めセットなんかも売っているので、お土産にはいいかもしれません。ただ、割れてしまうかもしれないですけど。じっさい、店内の見本がすでに割れていたりして、そういうアバウトさも「いかにもアメリカ」なのかもしれません。

Cimg0200 ここでは僕はカップ・ケーキに挑戦。『セックス・アンド・ザ・シティ』で「マグノリア・ベーカリー」が取り上げられたりした結果、今もNYで大流行しているというカップ・ケーキ。そういえば『プラダを着た悪魔』でもアン・ハサウェイがバースデーに「マグノリア…」のカップ・ケーキを買っていたりしました。

というわけで、研究者としてはここは食べずばなるまいと。ただ「マグノリア・ベーカリー」はちょっと離れているし、保健所立ち入りで閉鎖のニュースもあったので、今は再開しているかわかんないし、で、ここで試すことにしました。ちょっとした、自分自身への理由なき罰ゲームみたいなものです。

さいわいにしてこのお店はひとくちサイズを売っています(画像参照)。味は何色でもいっしょだと思うので、色彩感覚的にいちばんありえない青をチョイス(映画『アリゾナ・ドリーム』の青いケーキとか『アバウト・シュミット』の灰色のケーキとか、ほんとにアメリカのケーキのクリームの色ってありえないと思う)。

ひとくちで口に運び、咀嚼の後嚥下します。最初は「まあ、こんなもんか」という程度の甘みで、生地の香りもふんわりしてきたので、奥さんに「ぜんぜん大丈夫」と告げます。ところがその後から強烈な甘さが口いっぱいに広がります。たとえるなら、さっきの甘みはプラカードを持った女子高生で、今度のがユニフォームを着た野球部員、というくらいのレヴェルです。

これにはまいりました。どうしてこんなものにNY女子が群がっているのか。そしてどうやって体型維持をしているのか。おじさんには検討もつきません。

気がつくと奥さんは隣で冷ややかな目で「だからやめときなっていったでしょ」と言っています。さっきバニラシェイクを飲み干した同じ人とは思えない発言でした。

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映像博物館でジェダイ時代のマスターに再会する

Cimg0248 NYといえば、西海岸とならぶアメリカ映画の本拠地のひとつである。そのNYに「映像博物館(Museum of the Moving Image)」があるというので、趣味と実益をかねて行ってきた。

けれども、きわめて率直にいえば、このミュージアムには少し肩透かしをくらうところもあった。まず施設自体はクイーンズの外れに位置し、アクセスも決して良くない。周辺の街の雰囲気も、摩天楼が空を覆い隠すマンハッタンと比べると、建物も低く、のんびりとしたかんじである。

Fh020006_2 参考までに、画像を添えておく。これは、見学を終えてから休憩に入ったスターバックスの窓からの風景を、愛機LOMO LC-A+で撮ったものである。全体に、ゆっくりとした時間が流れているのが分かってもらえると思う。

Fh020007_2 もう一枚。どうでもいいことだけど、この赤いシャツのおじさんが通りかかったタイミングと位置が偶然ながらばっちりで、おかげでなんとなく『ブエナ・ヴィスタ・ソシアル・クラブ』みたいな雰囲気すら漂っている。

ちなみにうちの奥さんは、マンハッタンの気ぜわしさには神経が疲れるらしく、クイーンズの方がのんびりできて気に入っていたみたいである。

こういうところにあるのだから、マンハッタンのキラ星のようなミュージアムたちと比べるとどうにも見劣りがしてしまう。

館内に入った時のゆるさも、それに追い討ちをかけている。うまく説明できないのだけれど、建物のあちこちの通路や扉が開放されていて、学校の校舎のような風通しのよさがある。受付のおじさんも警備のおじさんもゆるい感じで「あ、どうぞいらっしゃい」というかんじで迎えてくれる。MoMAの入り口の手荷物検査とか、ああいう厳しい感じはない。

どうにも、全体に「行政の気まぐれで冷や飯を食わされている施設」という感じが否めないのである。

Cimg0249 店内の展示も好きに写真を撮っていい、とおじさんは言う(ただし、フラッシュはダメ)。こういうのは、日本の厳しい施設に慣れた身としては「そんなのでいいのかな」と思ってしまわなくもない。けれども、授業等での資料に使えるので、そういう意味ではありがたい。さっそく、専属カメラマン(奥さんのこと)に命じて「あれ撮っといて、これ撮っといて、あ、これはアップで、この字が読めるように」などと写真を取りまくる。

これなんかは、ジガ・ヴェルトフが『カメラを持っていた男』で使っていたカメラを彷彿とさせる、かなり初期の撮影機である。

Cimg0267 こちらはヴァイタフォン。トーキー最初期の『ジャズ・シンガー』なんかに使われた装置だ。当時はまだ、フィルムの帯の端に磁気テープでサウンドトラックを貼り付けるという技術がなかったので、レコードを用いている。その再生速度をフィルムと同期させて、音のシンクロを得るのである。こういうものの写真が取れるのはありがたい。

話は前後するけれど、常設展に入ってすぐのところには、サウンドのシンクロやアフレコ、クロマキーなどを体験できる設備もある。これらは子供に人気だ。僕も、オードリー・ヘップバーンの『マイ・フェア・レディ』での「スペインでは雨は主に平野に留まる」というせりふをアフレコさせてもらって楽しんだ。

Cimg0283 撮影・映写機材のみならず、小道具も多く展示してある。複製技術時代の芸術の最たるものである映画に対して、こういう「一点もの」のアウラを求めるというのはなんとなく倒錯している感じもあるけれど、こういうものがないとミュージアムとしてはつまらない。

上の画像は、分かる人はすぐ分かる(?)『タクシー・ドライバー』のトラヴィス・ビックル(ロバート・デ=ニーロ)のヅラ。言っちゃ悪いけど、こんなもの、いくらでも似たものを用意できるので、本当か?という気がしなくもないけど。

Cimg0293次はマーロン・ブランドのライフ・マスクと、『ゴッド・ファーザー』のときのオールデージ・メイクアップ用入れ歯。一説にはブランドは、コルレオーネのたるんだ頬を表現するために口にチーズを入れていたというけれど、こういう入れ歯も使っていたんですね。

ちなみにライフ・マスクはこのほかにもクリストファー・ウォーケンとかアル・パチーノとかたくさん用意されていて(こうしてみると、今挙げた人たちはかなりNY寄りの人選ですね)、とりあえず写真を撮ってしまう。よくよく考えてみれば、何がありがたいのかと聞かれると返答につまるものけれど。

Cimg0301 これは有名ですね。「キリストの力が汝を屈服させる!」のあの人です。うちの奥さんはこの人と笑顔でツー・ショット記念写真を撮っていました。

この人はいちおうガラスケースに守られて鎮座ましましていたんだけれど、『ブレード・ランナー』のタイレル社の外観ミニチュアなんかは、まるで高校生の文化祭みたいに何気なくぼんっと、捨て置かれたように展示されていて、この辺もやる気のなさを感じる。

Cimg0306 こんな感じです。近寄ってみるとさほど凝っていない簡単な工作であることがわかり、それが映像の効果であの雰囲気をかもし出していたのだな、ということがわかるという、そういう意味では面白い。もちろん、小理屈はさておき、コアなファンにはたまらないものがあるんだろうけど、僕はできればデッカード・ブラスターとかの方が見たかったかな。

Cimg0300 それよりも僕自身の思い入れとして嬉しかったのはこれ。チューイの頭部です。かつて現役のジェダイだった時いっしょに戦った思い出がよみがえる。さらに、ジェダイ・マスターのあの方とも再会できたのは感激もひとしおでした。ダコバでの厳しい修業が思いこされます(記憶がよみがえってばかりですな)。

嬉しくなったので思わず「ははー。師匠ー」というかんじで跪いているショットを撮ってみた。こういうことをしていても誰も何も言わない。そういうゆるーいミュージアムなのである、ここは。

Cimg0304 「どうじゃ、鰤彦よ。論文は進んでおるのか」

「ははー。精進しております」

「いいか、やるか、やらないか、それだけなのじゃぞ。やってみる、というのはないのじゃぞ(Do, or do not. There is no try)」

「ははー。肝に銘じております」

こんなかんじでゆっくりと見て回っても2時間はかからない。この点、MoMAやメトロポリタン、ホイットニーなんかのスーパー・ミュージアムと比べると雲泥の差がある。

それでも、日本にいたのでは観ることができないものがたくさんあるので、映画研究の徒は行っても損はないのではないだろうか。

難をいえば、ついでに周囲で観るものが何にもないのと(フラッシング・メドウズ・コロナ・パークまで歩くなら別ですが)、最寄の地下鉄の駅がローカル(各停)しか停まらないのですごくややこしい、ということがあるけれど。

Cimg0279最後にクイズです。この美青年は映画史上最も有名なコメディ俳優なのですが、誰でしょうか。答えは、画像をクリックすると書いてあります。そんなことしなくても顔を見ればすぐわかりますよね。

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移動し続けるマイセルフ(2)

GWに続いて、この連休も長距離移動の旅が決まりました。そのためまた更新は水曜日ごろになりそうです。

今回の旅は神戸(後輩の結婚式・1泊)>京都(1泊)>浜松(通過)>東京>我が家という日程です。

NYから帰って来たところなのに、またもや物欲が暴走しそうな予感。それにしてもこっちに越してきてから、移動距離が伸びているなあ。

とりあえず、いってきます。

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欲望という名の菓子屋

山陰地方に広く展開している洋菓子店。どうしてこんな名前になっちゃったんだ。

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グリマルディーズとロンバルディーズ(2)

Cimg0379 ブルックリンのグリマルディーズとは異なり、ロンバルディーズはマンハッタンにあるので行きやすいお店です。場所もソーホーとノリータの境目にあって、夜遅くまでにぎやかな地域なので、ぶっそうな雰囲気もありません。最寄のプリンス・ストリート駅からもすぐです。

ここも、グリマルディーズに負けず劣らず並んでいます。どちらの店にもいえることですが、並んでいるのは地元の人たち、常連さんが中心のようで、観光客ばかりというわけではありません。

ここのお店は、グリマルディーズとは違い、着いたらまずお店の入り口で名前と人数を係の人に告げる必要があります。それから、店の近辺でうろうろして自分たちの名前が呼ばれるのを待つ、ということになります。つまり、日本のファミリー・レストランでおなじみの方式ですね。

僕らも外でうろうろしていたのですが、窓越しに見ていると、書かれた名前のリストをもとに、フロア係さんがつぎつぎに客を裁いていきます。この係の人が、外のお客さんに聞こえるようにマイクを使って、「○○さん、何名様」と呼び出していくので、それを良く聞いていましょう。自分の名前が呼ばれたら、中に入ります。するとウェイターさんが席まで案内してくれます。

余談ですが、この名前を仮名にして店内の客の笑いをとる、というのもアリです。じっさいこれは僕が友人と退屈な大学生の頃に大阪でやっていたことなのですが、ここのお客さんもそういうべたなことをしっかりやっていました。自分たちの番が来る少し前に、「マイケル・ジャクソンさん、3名様」「つづいてエルヴィス・プレスリー様、4名様」という放送が聞こえて、店内がわっとどよめきました。

これは悪戯好きの我々夫婦としてはとても参考になり、帰りの地下鉄の中では「次からは名前決めていこう」「僕は東洋人だし鰤彦だからブルース・リーがいいかな」とちょっと盛り上がりました。

Cimg0385 店内はこんなかんじ。グリマルディーズよりしゃれっ気があります。どうでもいいことですが、流行りすぎて増改築を重ねたのか、僕らの着いたテーブルまでの道程は複雑で、途中厨房なんかをかすめて通っていくという、そういう位置にありました。だからフロアはこれよりずっと広いです。この三倍から四倍はあるんじゃないでしょうか。

Cimg0383でもって ピザはこんなかんじです。画像だけでは分かりづらいと思いますが、グリマルディーズよりしっかりたっぷりとトマトソースが乗っています。チーズも二種類のチーズが乗っていて、こってりしっかりとした味付けです。手ごたえもそのぶんへヴィ。こちらも、デフォルトのトッピングは決まっているので、好みで肉類を足していくシステム。このときはパンチェッタとアンチョビを足しましたが、アンチョビは半身がぼん、と乗っているのでちょっとしょっぱ過ぎました。

全体にずっしりたっぷりしているので、これもSサイズですが食べ切れませんでした。こちらの店はサイド・メニューにサラダがあったので、それをとってみたのも敗因のひとつですが。

味付けとしては、好みが別れるところだと思いますが、こちらの方がトマト味がしっかりしています。グリマルディーズが中日ドラゴンズだとしたら、こちらは読売巨人軍、そういう味付けです。

Cimg0374 この大物ピザを食べ終わってもし胃袋に余裕があったら、すぐ近くにある「ライス・トゥー・リッチィズ」をどうぞ。こちらは日本では珍しいライスプディングの専門店ですが、けっこうはやっているみたいです。実際僕らも食べてみたのですが、かなりいけました。「これ、誰か日本に輸入したらはやるんじゃないか」と思ったほどです。

店内にはアイスクリーム・ショップのように容器に入ったプディングがずらっとディスプレイされており、試食は自由のようです。ショーケース越しに店員さんによびかけると、スプーンに一杯、試食をさせてくれます。フレイヴァーもアイスクリームみたいにカプチーノとかフルーツ系とかがあります。

気に入ったのがあったら、サイズとトッピングを指定して購入です。サイズによって呼び名があって、「ソロ」を標準に大きいものには「スモウ」というのがあります。この「ソロ」がすでにわれわれ日本人には大きすぎるのですが、ご安心を。いくつかの基本の味、チョコチップとかチーズケーキとかには「ディーヴァ」という日本人向けスイーツ・サイズがあります。

Cimg0372 今回食べてみたのは、チョコチップとチーズケーキですが、ここにトッピングのグラハム・クラッカーをかけるとかなり美味です。

さて、ピザを食べきれなかった我々がどうしてこのプディングを食べられたか。それは、ピザを食べる前に、待ち時間があったので、このプディングを食べてしまったからです。だからピザを食べられなかったんだな。

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グリマルディーズとロンバルディーズ(1)(NYの二大「行列ができる」ピザ店)

表題のとおり、NYのガイドブックには常に掲載されている、二大「行列ができる」ピザ店に行ってきたので報告します。

Cimg0136 結論から言うと、僕ら夫婦のオススメはグリマルディーズです。場所はブルックリンのダンボ(Down Under Manhattan Bridge Overpath、すなわち「マンハッタン橋の下」の略。向こうの人は略語が上手だ)にあって、流行のウィリアムズバーグに行く予定もなく、マンハッタンばっかりを観光するつもりだと、地下鉄にも乗らないといけないし、多少最寄の駅からも歩くし、と多少おっくうな場所にあるのだけれど、それでも出かけていく価値はあると思います。

歩くといっても、地下鉄②③番線のクラーク・ストリート駅から10分ほど、道もわかりやすくて迷うことはありません。

まず、ここのピザのよさは味の絶妙なバランスです。画像でお分かりのとおり、トマトソースは控えめ、チーズもまばら、だけど生地の味がしっかりしているので、さくさくと食べられる、そういうピザです。塩分も濃過ぎず食べやすいです。うまく書けないけれど、味全体に説得力があって、「なるほど、美味いピザとはこういうことか」、と思わされます。

Cimg0133 お店の雰囲気はまったく気取らない感じで、ざっくばらんとしています。そういう意味では、ロマンティックなお店ではありません。いったことないけれど荻窪のラーメン屋とか、下町のうまい中華料理屋とかにいって、「ここはさあ、お店の雰囲気は少しアレだけど、うまいんだよ」というそういうお店です。そういう観点からはそれらしいムードのお店とも言えます。

行列ですが、僕らが着いたのは20時ごろと少し遅い時間だったのですが、それでもお店の前にはすでに先客が。というのも、ここのお店はテイクアウトも同じ行列に並ぶので、余計に列が伸びているようです。

お店にたどり着いたら、店内の店員に名前を告げるとかいった手続は必要なく、その前に素直に並びます。僕らの場合、週末ではなかったのですが、1時間近く待ちました。

お店に入ると、ピザのサイズとトッピングを頼みます。サイズはSとLがあるのですが、Sが16インチ(約40cm)、Lが18インチ(約45センチ)ですので、ふつうの日本人のオトナなら、性別を問わず、ふたりでSサイズで充分です。トッピングは、何も指示しなければあらかじめソースとトマト、チーズ、バジルが乗っているので、ここにお肉(ペパロニとか、ソーセージとか)を足します。何も足さないのもアリです。そういうお客さんもたくさんいます。

サイドメニューはたいしたものはないし、もうこのピザだけでかなりのボリュームなので、それに専念してください。飲み物は、ここはひとつ、地ビールのブルックリン・ラガーにしましょう。こういうところで地元の人におもねるわけですが、ブルックリン・ラガーはびしっとキレのある苦味のあるおいしいビールですので、ピザにはよく合います。

Cimg0156 お店を出たら、来た方向とは逆側に向かって歩いていきましょう。ライトアップされたブルックリン橋と、対岸のマンハッタンの夜景が楽しめます。この夜景もコミで考えると、ブルックリンまで出かけるのもぜんぜん無駄ではないと思います。時間が早ければ、橋のたもとにあるアイスクリーム店でデザートも楽しめます。

もっとも、日本人の胃には大きすぎるピザを食べて、まだ容積に余裕があれば、の話ですが(僕らが列に並んでいるときに店を出て行った、地元の若い女の子達は「さ、いつものようにアイスいっとくか」と意気揚々と出かけていきましたが)。

長くなってしまったのでロンバルディーズはまた別記事で。

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バック・ホーム、バック・トゥ・スクール

Cimg0328 怒涛のNY滞在を終え、昨日無事に帰国&帰宅しました。短期間の観光旅行でしたが、いろいろ見聞してきたので、今後少しずつこのブログに記録をまとめていけたらいいなと思います。

べつに都並がとくべつNY事情に詳しいわけでもないし、ほかの人が見つけないようなものを見てきたわけでもないことは良くわかっていますが(かねてより明記しているように、僕と奥さんの旅行プランはいつも、既存の旅行記/案内書/雑誌の特集記事の編集の産物ですから)、それでも、これから行こうと思っている人に何らかの参考になればうれしいし、それに何よりも自分が後で読み返すために、経験の内容だけではなくその質を記録しておきたいと思います。

そのために新しいカテゴリー「NY旅行記」を追加したので、今後、気になる人はそのカテゴリーをクリックしていただけると、一回行っただけ、それも数日滞在しただけの都並が、もっともらしく、ときにはえらそうなことを書き綴っているのを読んでもらえるかと思います。

ただし、これも出発前に書いたように、今後後期の授業の合間を縫って、暇を見つけての更新になると思うので、報告を完結させるのには少し時間がかかるかもしれません。そのへんはご容赦ください。

ただ、そうはいっても、あんまりのんびりしていると情報の即時性は失われてしまうのも事実ですので、ここは具体的に、年内か遅くとも半年以内を目安に完結、と明言して、自らに対して締め切りを課しておくことにしたいと思います。

ともかくも、今は記憶の鮮やかなうちに、今後書きたい記事のタイトルを仮に書きとめておきます。

Cimg0304 ・映像博物館でジェダイ時代のマスターに再会する

・グリマルディーズとロンバルディーズ(NYの二大「行列ができる」ピザ店)

・H&Hベーグルズとエッサ・ベーグルズ(NYの二大「ガイドブックに載っている」ベーグル店)

・ハイスクールの勝ち組とアバークロンビー&フィッチ(今大人気のアメリカン・カジュアル店)

Cimg0439 ・ブルーミングデールズでなかなかいい感じのトランスフォーマーTシャツをゲットした(Topless Californiaという西海岸のブランド)

・おめんとOMEN、あるいは文脈の違い(京都に本店のあるうどん屋さん)

・コーナー・ビストロのハンバーガーとハロー・ベルリンのホットドッグ

・ジャンバ・ジュースを飲みつつ摂食障害について考える

・NYの地下鉄は意外とわかりにくい(何度もキャーンといわされる)

・チェルシー・マーケットとカップケーキへの挑戦

などなど

そのほか、ブロードウェイ見物記(『シカゴ』)、グラウンド・ゼロ訪問記など、トピックを見つけるごとに書き留めておければ、と思います。

そんなわけで、気が向いたらまた読んでください。

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渡米

明日から一週間ほどNYへ行ってまいります。その間、原理的にはホテルのビジネスセンターからも更新できるのですが、たぶん精神的にも肉体的にもそんな余裕はないので、帰ってきたらまとめて更新する予定です。

といいつつ、帰ってきたら新学期の準備で忙殺されて、その時間が取れないかもしれないのですが…。

こうして世の中の多くの人が、充実した旅行を体験しながらも、その体験記をまとめることがかなわずにまた次の旅行に出かけていくのだろうな…。そういう僕自身、去年のフランス旅行では詳細にメモを撮っていたのにもかかわらず、その旅行記がまとめられていないし。

ともあれ、本場のミュージカルと美術館&博物館、ナイキタウン、それからベーグルやらドーナツやらカップケーキやらの小麦製品(?)を楽しんできます。

僕自身の旅行プラン自体が巷間にあふれる情報の収集結果に基づいているので、新情報の提供ということには程遠いと思いますが、また帰国後時間を見つけてご報告したいと思います。

では、行ってきます。

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○○の秋

Vfsh0001 先だって書いたとおり、日曜日は東京へ旅行の準備の買出しに行ってきた。

まずはLOMO LC-A+のためのフィルム。新宿まで出て、東急ハンズにいったついでに高島屋のベスト電気に行ったら扱ってなくて、結局ビックカメラで買う羽目に。だだっぴろい売り場の隅のほうで肩身狭そうにしているコダックをようやく発見。

「しばらく足りる分買っといたら」という奥さんの助言で20本ほど買いだめする。このうち10本はNY旅行で使う予定。

いやはや、35mmを買うのに東京くんだりまで出てこなくてはならないとは、本当に銀塩フィルムはなくなってしまうのだろうか。かつてアナログレコードのコレクターが味わった恐怖をいまやフィルムカメラ愛用者が体験しているわけだが、アナログレコードのようにフィルムも生き残ってくれるだろうか。このことは以前からうすうすわかっていたこととはいえ、事態の進度のあまりの速さに慄然とする。

その後は気を取り直して伊勢丹へ。日曜日とあって買い物客でごった返す地下の食品売り場へ赴き、アンリ・ル=ルーの塩キャラメル・アソートを購入。ショコラ、カシス、フランボワーズ、アナナス(パイナップル)、オリジナルの5種類×2の10個入りで1500円なり。これを高いと思うかどうかは人それぞれだと思うけれど、個人的にはまあまあ納得の値段ではないかと思う。

ショコラを早くも試食してみたのだけれど、濃厚なわりにえぐくないカカオの味が好感触で、チョコレート味のキャラメルにありがちなキャラメル本来の味とのミスマッチ感もなくおいしかった。残りは旅行に持っていこうかな。溶けちゃいそうだけど。

そのほか、メゾンカイザーで朝食のパンを買いだめした後、中央線で丸の内に移動。

丸の内ではTOKIAビルB1の「きじ」(大阪一のお好み焼き屋だと個人的に思っている店)の支店に入る。17時ごろだったのでさほど並ばなかった。支店だからといって、滝見小路の店と同じ味とはかぎらない、と警戒して行ったのだが、これが、多少ニュアンスの違いこそあるものの同じおいしさを再現していた。そんなわけで、ひさしぶりのスジモダンとミックス焼きに舌鼓を打ち、思いがけない胃袋の里帰りを果たした。満足満足。

その後丸ビルのマークス&ウェブでアロマ・キャンドルと入浴剤を買い足した後、オアゾの丸善に飛行機の中で読む文庫本を買いに行く。

いろいろ迷った結果、うちの近所では売っていない白水Uブックスの、スティーブン・ミルハウザー『イン・ザ・ペニーアーケード』(柴田元幸訳)を購入。やっぱり飛行機の中で読むのだから、これから海外に行こうという気分を盛り上げてくれるものがいい。そういう意味ではいかに面白かろうと『大阪学』なんかはもってのほかで、やっぱり海外文学が最適である。しかもミルハウザーは一応生まれもニューヨークなので、ちょうどよかろう。

実は都並は去年の今頃も、新婚旅行でパリに行く飛行機の中で、同じ理由から(同じ訳者による)スチュアート・ ダイベックの『シカゴ育ち』を読んでいった。さらには何年か前にプーケットに行ったときには、こともあろうにわざわざプールサイドで水着姿で『老人と海』を読んだりもした。こういうことを書くとたいへん単純かつミーハーな行動でお恥ずかしいけれど、やっぱり気分から入らなきゃと思ったのである(そういう意味ではパリにはデュラスなんかを読んでいくともっと良かったのかもしれないけど、実際読む作業自体が苦痛では元も子もないので、多少作家の選り好みをしました)。

買い物に満足して帰ろうと思ったとき、映画の棚で、とんでもないブツを発見(実際には発見したのは奥さん)。

なんと、僕がいちばん影響を受けているアメリカの有名研究者の大著が、翻訳されて名古屋大学出版会から出ていた。

これが日本語になるなんて。みんなこれを読めるなんて。と思わず『マスク』のジム・キャリーのように目玉を飛び出させ、あごをはずしながら驚いた。この本の存在で、今後の学生レヴェルでの論文の方向性はがらっと変わってしまうだろう。

しかも訳している先生のうち半数くらいは面識のある若手の先生方なのである。なのに翻訳の情報はぜんぜん知らなかった。それだけに余計にびっくりした。

一冊買おうかと思ったが、原語のを持っているのでやめにする。

家に帰ったら、阪神が巨人とまだ試合をやっていたので観る。延長の末の勝利、首位死守、10連勝。思わずガッツポーズをする。

Vfsh0004 その後お風呂に入り、奥さんと今度はF1イタリア戦を観る。やっぱりハミルトンはすごいわ。アロンソもすごいけど、あそこでライコネンを抜いたのはやっぱりすごいわ。

今までF1はおろかモータースポーツ自体あまり興味がなかったのだけれど、最近のF1はほんと面白いと思う。主力ドライバーの多くはまだ20代だし、今後に注目したいドライバーがたくさんいる。それになんといっても、ソフトタイヤとハードタイヤの両方を使う、というルールが、レースに戦略性を増して、観戦をより面白くしていると思う。そのせいかクラッシュも増えた気がするし(錯覚かもしれませんが)、そういう意味ではなんとなく格闘技じみてきた趣もある。

Vfsh0330 そういえば日曜日はあちこちにF1が展示してあった。富士スピードウェイの宣伝のためだろう。新宿の小田急にはホンダ(もうすこしがんばってくれるといいのに)、東京駅の丸の内の地下にはルノーが展示してあった。探せばどこかにフェラーリやマクラーレンもあったのだろうか。探してまで見に行こうとは思わないけど、ホンダとルノーはいちおう写真を撮ってみた。

明けて今日、大学に来たら、昨日丸善で僕を驚愕させたブツが届いていた。謹呈ということでいただいたらしい。買わなくてよかった。訳者の先生にお礼のメールをしておかなければ。そして「次回こういう話があったら参加させてください」といわなくては。

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フィルムがない

週三回の更新をノルマとして自らに課しているので、ここのところ個人的に大きなトピックはなかったけれども、書く。

この二日ばかりは、台風9号の影響で自宅で仕事をしていた。早い時点から、どうもコース的に直撃らしいことがわかっていたので(最終的に我が家の真上あたりを通過していったもよう)ニュースをずっとつけていたら、我が町の北側と南側を東西に流れる二本の川が、ぐんぐんと増水しているとのことだった。これがやがて、日の落ちる頃だったか、氾濫危険水位を超えるところまで増水しはじめたというので、奥さんとふたりでやや戦々恐々たるおももちで見守っていた。

とはいっても、我が家のある駅前辺りは同じ市内でも高台にあるので、直接の被害を危惧していたわけではない。それでも最終的には市内の100世帯以上に避難指示が出る、というレヴェルに達したので、被害が身近に迫っているという実感はあり、そういう意味ではなかなかに恐ろしい体験ではあった。

しかしながら一方では、ニュースを見ていると「台風で交通機関が止まることが予想されるので、明日の出勤のため前泊する利用客で都内のビジネスホテルはどこも満室」などとのたまっており、そういう人たちに比べると自分は、何も苦労はしなかったのも事実である。そういう意味では僕はだいぶ恵まれた境遇にいるのだろうなあと(やや申し訳ない気持ちとともに)思う。

そんな台風であったが、今日の前中こそ風雨も残っていたものの、午後遅くからは太陽も出てまた暑くなった。

天気がよくなったので旅行の準備をしようと思って、近所の大手電気店とカメラチェーンにでかけた。我が愛機LOMO LC-A+のための35mmフィルムを買うためだった。

が、これがあろうことか売っていない。

ないといってもフジフィルムのASA400のものくらいはもちろんあるのだが、愛用しているASA100は全くといっていいほど置いていない。さらには、贅沢をいえば、フジのものは多少値が張るのでコダックがよかったのだが、コダックに関しては感度に関わらず一本も置いていないのである。カメラの○○○○がである。これには驚愕して帰ってきた。

ついにそんな時代が来たか。それともわが町が田舎過ぎるのか。確かにニンテンドーDS LiteもWiiも在庫あるけど。しょうがないので日曜に東京まで出かけるついでに買うことにした。

しかたないので帰りに奥さんとスーパーによって、梨など買ってもらう。ここのところ我が家では秋のフルーツの時代が到来していて、桃、ピオーネ、幸水が好調阪神タイガースのJFKのようにローテーションしている。こういう、当たり前のようでなかなかできないことが当たり前のようにできる、きちんとした食卓が実現されているのは、ひとえに奥さんのおかげである。感謝感謝。

ちなみにこの二日間の夕食。今日は麻婆豆腐と芋蛸、だだ茶豆。副菜に柴漬けとちりめん山椒。デザートに梨。昨夜は豚の生姜焼き、小松菜としめじの炒め物、だだ茶豆(今我が家でブーム。ふつうの枝豆より味が濃いのがおいしい)。副菜は同じ。デザートは桃。

↑ところで実はこれはちょっとダイエットのためにおかずの品数を減らしてもらった。先週など気がついたら6品くらいおかずがある日があって、これはちょっと歯止めをかけようということになったのである(その日のメニューは、秋鮭のホイル焼き、冷奴、揚げと小松菜の煮びたし、かぼちゃの煮っ転がし、枝豆、奥さんの手作りのひじき、五穀ごはん)。

ビールも旅行で飲みそうなので禁酒中。

もう一週間もしないうちに旅行かと思うとドキドキわくわくして落ち着かないのだけれど、この年になってここまでわくわくできるというのはいろんな意味で幸せな人間なのだろうな。

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シュヴァンクマイエルとムーア

Vfsh0326 帰省する奥さんを送っていくついでに、東京まで足を伸ばし、街をぶらぶら歩いて、展覧会と映画を観て帰ってきた(今日も長い日記ですあしからず)。

展覧会は、ラフォーレミュージアム原宿でやっている「ヤン&エヴァ シュヴァンクマイエル展 ~アリス、あるいは快楽原則~」。

正直言って、シュヴァンクマイエルさんは僕の学究的関心からいうとちょっと離れたところにある。どれくらい離れているかというと、かの松坂くんのいるボストン・レッドソックスの本拠地フェンウェイ・パークの、「ローン・レッド・シート」(場外ホームランをのぞく場内でのホームランの最長到達記録を示す、ひとつだけ赤く塗られたシート)くらい離れている。つまり、いちおう視線のとどくところではあるのだが、守備範囲ではないということである。

いらない喩えでしたね、これは。

しかしながら、たまにそういう離れた地点のものを観ることでいろいろと視野が広がったりインスピレーションが得られたりすることもあるので、ものはついでに観てきた。

それに、北関東では何かと得ることが難しい文化的な情報に触れたい、という周期的に訪れる欲求もあった。なんといっても原宿である。

でも結果的にいうと、シュヴァンクマイエル夫妻の絵画と造形物だけを観る、というのは多少フラストレーションを感じるものがあった。言い換えると、画家ないし造形芸術家として夫妻をみると、映像において彼らが達成している地点と比較するとどうしても、見劣りする部分があったのである。

というのは、シュヴァンクマイエルのシュルレアリストとしての根幹的手法や発想が、どうしてもありきたりなものを超えていかないように感じてしまったからである。というか、これはシュルレアリスト全般にいえることなのかもしれないが、どの展示物からも、理念先行形の知的な編集・剪定作業の結果のようなものが仄見えて、いわくいいがたい非論理的などろどろしたものの中から感覚的本能的に現れる表現をスポイルしているように見えたのである。

もちろん、理性的なものに対する感覚的なものの優位、という発想自体、芸術と天才に対する伝統的な思考、あるいは固定観念以外のなにものでもない、といわれれば反論は難しいのだけれど。

それでもやっぱり、映像、動画の中に結実した彼らの膨大な集中力の結果を評価するのがシュヴァンクマイエル作品の正しい評価なのかな、という気もする。

なんにしても、『アリス』や『オテサーネク』『悦楽共犯者』に実際に使用された人形などを見ることができたので、その意味では見に行った甲斐があった。

この展覧会、原宿という土地柄、お客さんはよく入っていた。中にはいかにもアート系という奇抜な服装、髪型の人たちも多かった。そういう人たちが、表層的にシュヴァンクマイエルを模倣して、安易な劣化したコピーを再生産しないことを切に望む。

ミュージアムを出て、午後3時。少し原宿をぶらぶらするが特に心を惹くものはない。17時半から新宿バルト9で『シッコ』を観ようと思っていたので、新宿に移動する。

新宿ではサザンテラスに「クリスピー・クリーム・ドーナツ」、南口改札内に「ドーナツ・プラント」があったのを思い出し、「よし、いっちょNYに行く前に食べ比べてみるか」と非常に馬鹿なことを思いつく。

が、行ってみるとこの「クリスピー・クリーム」がすごいことになっていた。店外に長打の列ができていたのである。ざっと50人くらいいたんじゃないだろうか。そんなに並んでまでたかがドーナツを食べたくはないので「ふん、ノースカロライナの田舎ものめ」と心の中で罵りつつ(自分の行動自体が田舎ものなわけだが)、しょうがないので隣のスターバックスに避難。

コーヒーを飲み終わり、タワーレコードと紀伊國屋を覗いて、バルト9へ。チケットを購入してから、リニューアル後評判の新宿伊勢丹に詣でる。

ほんとにいろいろうわさを聞くけど、たしかに、地下の食品売り場は楽しい。ちょっと日々の食卓を盛り上げるか、という気分にさせてくれる。

ショップもクリスティーヌ・フェルベールさんやジャン=ポール・エヴァンさんが入っているし、プラリュのピラミッドも売っている。

この中から何か奥さんに買って帰ろうかとも思ったが、二、三日留守にしているので日持ちがしないものはだめだし、といって長持ちするものも、一週間後には旅行に行くので、冷蔵庫の中に残していくわけにはいかない。

ので何も買いませんでした。奥さん、ごめんね。マークス&ウェブの入浴剤も買って帰るのすこっと忘れてごめんね。NYで何か買ってあげるからね(口約束)。

そのほか、オリーブ・オイルのテイスティング・コーナーも試してみたかったけど、この間新しいボトルを一本購入したのがまだたっぷり残っているような記憶があったので、これも次回奥さんを伴って、関西弁でいうところの「やいやい」言いつつチャレンジすることを決意する。

その後、これもうわさのメンズ館へ。ここはなんかかまえてしまう感じの店舗だった。さすがに新宿、「わたしたちはおしゃれです!あなたはどうですか!さあこい!」って感じの店内に「さあこい!」って感じの店員さんがいる。別に人から笑われるようなかっこうはしていないつもりだけど、それでもちょっと気後れしてしまう。

でも、地下の靴売り場は楽しい。もとより靴が大好きなのもあるけれど、いわゆるビジネスマンさんの「ふだん使い」の、クラークスとかティンバーランドとかリーガルとかカンペールがエスカレーター沿いの壁面に展示してあって、「こういうものを買ってもいいんだよ。ジョン・ロブなんて買えないのはわかってるから気にしないで」と手招きしている(もちろん、その周囲には「え、これCPU何使っているの?排気量は何CC?」と聞きたくなるような靴も売っているわけではあるが)。

複雑な思いで伊勢丹を後にし、バルト9へ。バルトとはロラン・バルトかとてっきり思っていたらドイツ語の森(WALD)であった。シュヴァルツヴァルト(黒い森)のWALDである。そりゃそうだよな。

ブルータスか何かに載っていたので、さぞや絢爛豪華なシネコンかと期待して行ったのだけど、案外ふつうの映画館だった。ただ、10+α階のエスカレーターから一望できる新宿御苑を含む景色は「おお、メガロポリス」と思わせるものがあった。

『シッコ』は大変面白かったが、ドキュメンタリーという性格上、安易にレビューを書くよりも情報を集めてから判断するほうが適切だと思うので、また後日レビューします。

ひとこと言っておくと、家族と人生に関わるテーマなだけに、過去のマイケル・ムーア作品よりもヒューマニスティックな部分があり、実際感動させられる。この感動はプロパガンダ/アジテーションとセットになっている部分があるので、慎重にならなければいけないとは思うが。

Vfsh0327 映画を観終わってからタイムズスクウェア方面(この名前どうなんだ)に移動。夕食はジャーナル・スタンダード(どっちかというとラフでラギッドなカジュアルを専門とするベイクルーズのアパレル・チェーン)がなぜか手がけている「スタンダードバーガーズ」に入ってみる。

男一人でも入れる店がほかに見つからなかったのと、アボカドバーガーがメニューにあったからである(写真)。味はまずまず。アボカドはクア・アイナの半分くらいしか挟まれてないけど、ワサビが利いているしパテの味も良好。ログキットの佐世保バーガーみたいにソースがくどいこともない。セットのポテトも大振りでかりっとしている(シェイキーズのビュッフェにありそうなポテトではある)。

おまけに、100円アップでドリンクがミラーズになるのもうれしい(写真はバーガーが待ちきれずに少し飲んじゃってます。はしたないですね)。ブルックリン・ラガーが600円超するのはどうかと思うが。

おなかが膨れたところで、湘南新宿ラインに乗って帰宅。よく歩いた一日だった。

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アクト・グローバリー

Vfsh0317 ここのところ、秋雨前線の影響で、我が家の周りでは急に気温が下がった。それも最高気温でも25度というから、最高気温で40度越えをした日から計算するといっきに15度近く気温が下がったことになる。

こうなるともう、出かけるとなると短パンは場違いで、Tシャツも長袖でだいじょうぶという状態である。二週間後に出かけるNYでも最高気温がこのくらいというから、そういう意味では持っていく衣類のシミュレーションになっていいのだけれど、それにしても極端じゃないだろうか。例えば冬場にいっきに15度気温が下がったりしたら天変地異ではないか。

それはともかく、涼しくなると温かいコーヒーが飲みたくなる、というもので、奥さんと連れ立って群馬県の内奥へと(群馬県自体が内奥だけど)ドライブがてら「古民家カフェ」を詣でに行ってきた。どうでもいい話だけど、移動中のBGMはひたすらローリング・ストーンズを聴いていった(ベスト盤と最近のアルバム3枚)。

京都に住んでいた時分には「古民家カフェ」なんてのは珍しくもなんともなかったけれど(いや、それどころかメインストリームのひとつであった)、北関東となると話は別である。そもそも「カフェ」自体見つけることがすごく難しい。これは、夫婦揃ってカフェ・マニアの都並夫妻には厳しい状況、と言えなくもない。

そんな中で、インターネットでよさげな感じのお店を見つけたので、片道結局1時間半かかったのだけど、がんばって行ってきた。

ちなみに都並のブログを読んで下さっているある方は、奄美大島でいい感じのカフェに出かけるのに片道2時間かけて行く、とおっしゃっていたことがあるが、いわばそれと同じ行動パターンである。いや、いいものやいい時間に出会うためには、対価となる時間を差し出すことをためらっていてはいけないのだ。

などと能書きはおいておいて、このカフェ、いや珈琲専門店、結論から言うと「感服」するくらいのすごい店だった。正直まいりました。関西のみならず関東、札幌、名古屋、広島、はては愛媛までいろいろなところでカフェに行ったけど、軽く全国区レヴェルに達しているお店でした。のでここに記しておきます。

Vfsh0318 お店の名前は「伊東屋珈琲」さん。サイトによれば、もともとオーナー御夫婦が千葉県流山市でお店をやってらっしゃったのを、奥様の方のご実家がある群馬県桐生市に戻ってきて、店舗兼住居として始められたという。

その際、既存の店舗や家屋を探すのではなく、感じのいい古民家をよそで見つけて、それを移築してきてから始められたというから、その初動のエネルギー値に頭が下がる。

画像は店内の写真だけれど、その古民家の空間にフランスなどのアンティークの家具がマッチして、本当に居心地のいい空間を作っているのがわかると思う(画面中央奥に鎮座ましましているのは、豆を炒る機械のよう)。

僕らはこの、なつかしい居心地のよさ(関西に住んでいた時にはほんとうにいい感じのお店がいっぱいあったのだけれど、思えば恵まれていたのだなあ)にほだされて、ついつい一時間以上も長居してしまった。秋雨のちらつく昼下がり、店内には時々涼しい風が流れ込んできて、しんと静まり返った時間を作り出している。

オーナー夫妻のエネルギーはもちろん、コーヒー豆へのこだわりにも反映されている。店内の掲示によれば、東京で開かれるメッセや見本市に出店するだけにとどまらず、パナマなどのコーヒー農園へ現地視察にも出かけているというからもう、ふつうのカフェとはぜんぜん格が違うのだ。

そのこだわりを反映しているであろうメニューの中から、僕が選んだのはいわゆる「本日のコーヒー」(正式なメニュー名は忘れました。ごめんなさい)。この日の豆はパナマ。ポットサービスで390円。たっぷりゆっくりコーヒーが楽しめるのがありがたい。

その一杯めを注いでもらって、まず香りをかぐ。この香りがすばらしかった。なんというか、強烈にノスタルジーを感じさせる匂いだった。中学生くらいの自分、母親を真似してコーヒーを飲み始めた時の記憶を思い起こさせるというか。

そのノスタルジーに浸りながら一口目をすする。「ああ、本来日本人のコーヒーってこうだったんだな」という滑らかでまろやかな味が広がる。苦味は控えめで、へんなたとえだけど、口の中で溶けるような味わいがある。もちろん、ポットサービスだから一杯めは薄く出してもらっている。それが二杯、三杯と飲むのにしたがって、だんだんしっかりしたコクと苦味が出てくる。

この苦味がまた、水彩画的な苦味というか、角が取れた苦味でおいしかった。いかにふだん自分がスターバックスのシャープな味に馴らされているか、いかにスターバックスのコーヒーがマッチョな味なのかを思い知った。絵画に喩えると、スターバックスはシルクスクリーンである。

Vfsh0316 ついでにパウンドケーキも頼む。こちらもお店の手作りメニュー。表面のアイシングの下に、マーマレード的な柑橘が乗っかっていて、しっかり甘いけれどくどくはない。コーヒーによく合う。

写真はないけど、奥さんが頼んだのはブルーベリーのチーズケーキ。こちらは甘さ控えめで、チーズの本格的なコクが前面に出された大人っぽい味。どちらもおいしかった。

あまりに感激したので、お店の豆を二種類ほど、250グラムずつ買ってきた。ついでにお店のオリジナルの保存用缶も。こちらもかわいいデザインなのだがあいにく画像はありません。すいません。

この「伊東屋珈琲」さん、豆の通販もしているというから、ちょっと今後もお世話になりたいお店である。片道1時間半は長いといえば長いけど、それでもえっちらおっちら出かけよう、と思う。

いやはや、どこにでもこういう突き抜けたお店というのはあって、片田舎でも世界に視野を広げて活動しているんだなあ、と感激した一日だった。

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インド式計算術

一週間ほど更新をサボってしまった。

といって取り立てて忙しかったわけではなく、この一月ほどかかずらっていた英文での論文も書評も締め切りまでに無事提出できた。逆に今回は週の前半に原稿が出せたので、実は時間的に余裕があったほうですらあった。

英語の論文のほうはしかも、ネイティヴの先生に英文のチェックを頼み、「よく書けているよ。ちょっと英語がセカンド・ランゲージの人の英語、って感じがするけどさ、それはだって事実そうなんだもんね」とお褒めの言葉をいただき、10,000 wordsの字数制限のところを9,900wordsちょいというすごいぎりぎりのところまで突き詰められたので、まずは満足であった。

それと書評とを両方期限までに無事提出したので、達成感と解放感からついつい日記の更新も怠ってしまったわけである。

まあ、それが査読を通って掲載されるかはわからないのだけれど…載らなかったらまた再利用しよう。

それはさておき。昨日は奥さんと近所のインド料理屋さんにカレーを食べに行った。いや、正確にはナンを食べに行った。自他共に認める「小麦人間」である奥さんの大好物のひとつがナンだからである。

Vfsh0314 このカレー屋さん、外見は国道沿いのいかにも「昔は別店舗(おそらくファミレスだった)のを改装しました」というようなたたずまいで、ちょっとひっそりと営業している。だから人によっては「だいじょうぶかな」とちょっと不安にならなくもないとは思うけれど、入ってみるとそのクオリティは予想を裏切ってとても高かった。これはいわゆるうれしい驚きであった。

熱々の鉄板の上で煙を上げている状態でサーブされるタンドーリチキン、シシカバブ(どちらも僕の大好物)、それから僕の顔ほどもあるナン。辛味は日本人向けに抑えられているものの、味はとことん本格的なカレー。どれも思わず「うんうん。これだよね」とうなずいてしまうくらいおいしかった。

個人的にヒットだったので心のお気に入りに入れる。

でも悲しいかな、意外とはやっていない。こんな片田舎で、これだけ本格的なインド料理が食べられるお店が、経営不振でつぶれては困るので、皆さん行ってあげてください。

本庄市の、アンベールというお店です。絶対後悔はしないはずです。京阪神のカレーを食べ歩いた自称カレーの王子こと都並が保証します。

お店のスタッフさんもどうやら全員本場の人らしいのも(中には肌の色が墨のように黒い人もいらっしゃいます)、クオリティに説得力を添えています。しかも皆さんエレガントかつ手際よく、料理もテンポよく出てきて気持ちいいです。

ただ、おつりの計算はあちらとこちらとで違うのか、日本だと4,684円のところを10,700円出して、6,000円と小銭でおつり、という払い方をよくしますが、ここでもそうしたら、レジ係のお兄さんはちょっと混乱していたようでした。ぽん、と切りのいい紙幣を出したほうがよいのかもしれません。

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全米オープン/『グレート・ギャツビー』/『メン・イン・ブラック』

旅行の話の続き。

NYに行くんだという話をしたら、つい先日までMITに研修に行っていた友人から「9月9日までに行けるようならFlushing Meadows Corona Parkというところに行ってきて、開催中のテニスの全米オープン関連のグッズを買ってきてくれ。すぐ近くのボストンまで来ているのに、日程の都合で行けなくて、悔しい思いをしているんだ」という私信をもらった。

それはお気の毒なことだとは思ったが、あいにくこちらも13日からの滞在である。Flushing Meadows Corona Parkのあるクイーンズには映像博物館があり、こちらの施設には是が非でも行くつもりでいるので、たった数日の違いで申し訳ないことをした。

すいません。スポーツ・オーソリティとナイキタウンで「全米オープンのグッズないか、ついこないだ終わったけど」と聞いてきますんで御了承ください。なければ映像博物館で何かスタートレック・グッズでも買ってきます。

それはさておき、このFlushing Meadows Corona Parkというところ、知っている人は知っていると思うけれど、なかなか文化史的に面白いところである。

まずは全米オープンの会場であり、ニューヨーク・メッツの本拠地である、というのは、スポーツ好きの人なら良く知っているだろう。

だがそれだけではなくて、この地域はかつてフィッツジェラルドが『グレート・ギャツビー』で描いた「灰の谷間」と呼ばれる荒涼とした地域(物語上の最大の悲劇はここで起こる)だったというのだ。それが1939年の万国博覧会のために整備され、現在の公園になったということらしい。フィッツジェラルドとニューヨークについては訳者の村上春樹も自著やその他のあちこちで書いているけれど、これは知らなかった。

それにしても、かつてフィッツジェラルドが都市の上流階級の頽廃の象徴のような事件の舞台として描いた土地が、いまや全米オープンの健やかな汗が流される場所になっているというのは、どうも感覚的に違和感があり、面白い。

さらには、ここには「ひとつの球体」とでも訳すのだろうか、Unisphereという地球儀を模した巨大モニュメントがある。このモニュメント、画像検索してもらうとすぐに気づく人が大半だと思うけれど、あの『メン・イン・ブラック』の第一作で、クライマックスにエイリアンがよじ登る地球儀がまさにこれである。さらには、未見だがヒップホップ・アーティストのトライブ・コールド・クエストもここでPVを作っているらしい。

ではこのモニュメントはなぜ造られたかというと、1939年の万国博覧会に話は遡る。

このときのメイン・パビリオンのひとつに、Perisphereという球体形施設があった。中にはDemocracityという未来都市のジオラマがあり、この時の万博のテーマ「明日の世界(The World of Tomorrow)」を象徴する施設になっていたという。

この万博は国内に多大なインパクトをもたらす一大イベントとなり、あちこちに影響を与えた。例えばこのPeriphereと万国博覧会全体の構成は、ウォルト・ディズニーのディズニーランドと未来都市エプコットの構想にも酷似しており、その影響が指摘されている。

ついでに言っておくと、このテーマからピンと来る人もいるかもしれないが、ジュード・ロウとグウィネス・パルトロウが主演した映画『スカイ・キャプテン』Sky Captain and The World of Tomorrowもこの万国博覧会を舞台にしている。

そしてその後、1964/1965年に再び同地で万国博覧会が開催されることになって、その記念碑として、Perisphereに敬意を表して、Unisphereが造られたということらしい。こちらは、先代と違って中は空洞だが、一から造り直すのではなくして、Perisphereの土台の上に造っているというから、名実ともに先代を継承しているというわけだ。

このように、ひとつの場所に、スポーツやら文学やら音楽やら映画やらのいろんな歴史が刻み込まれているのを知ると、ああ、アメリカ文化ってこういうことなんだな、と実感する。基本的にはローカルなものが、さまざまな角度から分解されて、グローバルに、僕らのもとに届いているわけだ。でもって、それをもう一度ローカルなものに組み立て直すことではじめて、この事実に気づくというわけである。

ちなみに、1964/1965年の万博のテーマは「理解を通した平和(Peace Through Understanding)」である。言いだしっぺの国がぜんぜんそんなことになっていないのが面白い。これを面白いといっちゃいけないか。

追記:ああ、そうですよ。原稿が進まないのでWikipediaに逃避しているんですよ(研究者によくある逃避行動のパターンらしい)。

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旅行の準備

毎度毎度長ったらしい日記です。どうしてもっと短くならないのか。

趣味と実益をかねて、9月の半ばにNYに行くので、現在奥さんといろいろと準備中。

まずはニンテンドーDSの『もっと英語漬け』。これは奥さんが買ってきたのを空いた時間にやらせてもらっているのだけれど、大学の英語のセンセイなのである程度までいかないと沽券にかかわる。と思いちょっと本気を出してやったところ、AAAレヴェルまで軽々と(といっておく)到達してしまった。そんなわけで現在はちょっとモチベーションが下がり気味。

次は資料の収集である。職業柄、データを十分におさえてから行かないと落ち着かない。共感してもらえる人は少ないかもしれないけど、帰ってきてから「あ、あそこにこんなお店があったんだ」ということになったら、と考えると、どうしてもある程度網羅せざるをえないのである。

つまりこれは、論文執筆のときと同じ思考パターンである。手に入る文献はいちおう全部おさえておかないと、提出してから「あ、ここにすでに書いてる」となっては元も子もないのだ。

ちなみに現時点でも、執筆中の論文について困った事態が発生していて、提出前に気になる文献を発見してオーダーしたのだけれど、海外のものなのでいまだに手元に届かない。今月末の〆切までに届いてほしいんだけど間に合うか…。

それはさておき、以上のような理由で、北関東の田舎で手に入るNY関連のガイドブック、旅行記などをある程度集めたのである。

それも単に集めただけでは終わらない。

というのは、皆さんも経験あると思いますが、ガイドブックを複数買うと、いろいろ厄介なことが出てきますよね。たとえば、どの本にどの情報が載ってたかわからなくなる、とか、あるいは、旅先で必要になったらいやだから全部もっていきたいけど、そうするとかさばりすぎるし重過ぎるとか。

とりわけ、ガイドブックのばあい現地でリアルタイムに必要になるので、トランクに入れてホテルにおいておけばいい、という代物ではなく、移動用のかばんに常に入れておかなきゃならないし。

いやまあ、まず本を複数買うこと自体がレアケースかもしれないけど、ともかく、そういう人はいろいろ困ったことになるわけです。

そこで都並は、次のような手順を採ります。

①奥さんにまずガイドブックを見てもらって、行きたいところを全部チェックしてもらう

②自分でも同じ作業をする

③物件が出揃ったら、手持ちのガイドブックの付録でいちばんくわしい地図を選び、行きたいところにペンでしるしをする。さらに、その地図には載ってないけど(他の本の地図に載ってる)行きたいすべての物件の位置を書き込む。この作業を我が家ではインテグレーションと呼びます。

④物件の情報をスクラップして一冊のノートを作る

⑤あとはそのノートと地図だけ持っていけばかんぺき

で、昨日は我が家でその図画工作の作業にいそしんでいたわけですが、いやあ、セミの鳴き声を聞きながらカッターやらのりやらを使って手を動かすと童心に返ること。なかなか有意義な一日だったなあ。やっぱり大人も夏休みの工作をしなければいかん。

その後の夕食はちなみに、僕が今まで食べた中でいちばんおいしいと思っている奥さん手作りの親子丼。親子丼についてはいろいろ京都でもおいしい店を調べて行ったけれど、それでもうちの奥さんののほうがおいしいと思う。奥さんの手料理はどれもおいしいけれど、その中でもいちばん心の胃袋をわしづかみにされる味である。これをひさしぶりに作ってもらって堪能した。よい一日であった。おかずの、カレー風味のツナポテトサラダも絶妙な味加減であった。

さらなる旅行前の準備として我が家では、旅行先がロケ地になっている映画を観たりもする。

で、この週末に見たのは『シカゴ』と『プラダを着た悪魔』。『シカゴ』のほうは、いちおうNYに行くんだし、ブロードウェイも行っておくか、ということで、現地で観ることになっている。そのための、まさに予習である。恥ずかしながらはじめて観たんだけど、映画的なモンタージュの技法を上手に演出に生かしていて、これは良く出来た作品だと感心した。楽曲も王道のミュージカルという感じだし、群舞も凝っていて、舞台で観ても面白いだろうと思う。あともう一本、観られるといいかな。

話はそれるけど、今回ブロードウェイで何を観るか、ということについてはいろいろ迷っていて、はじめは、話題性なんかを加味して『モンティ・パイソンのスパマロット』か『アヴェニューQ』が第一候補に挙がっていた。

特に前者は、劇場内ショップで売っている「おもちゃと頭の悪そうなモノ」が、特に「限定版スパム」と「殺人ウサギ」が気になる。スパムのほうは、ご存知の方も多いでしょうが、「スパム・メール」という語の語源になったのがモンティ・パイソンの「スパム」というコントだったことを思うと、ひとつ買っておきたい気にならないでもない。いや、あってももてあますだろうけど。

『アヴェニューQ』も、セサミストリートの手法をパロディにしていて、王道というよりはひねくれたミュージカルのようで気になる。

しかし、ひっかかるところもある。それは、これらの作品が果たして本当に「ああ、ブロードウェイでミュージカルを観たなあ」という気分にさせてくれるのか、という点である。それに、言葉の問題もある。この両作品はせりふが多そうだ。

それじゃあ他に何を観ようか、と考えたとき、なんとなく「国内の劇団で観られるのは別にいいかな」「舞台装置が派手なだけじゃなく、パフォーマーのスキルが楽しめるものがいいな」ということになった。

そこで、『シカゴ』である。いまや『シカゴ』をブロードウェイで観ることが特にファッショナブルな行為でないことは良く分かっているけれど(だってほら、トニー賞を取ったのは10年前だし)、例えば『雨に唄えば』みたいな、ちゃんとダンスのあるミュージカルといったら、やっぱりこれしかないではないか。

ということで『シカゴ』の予習をした後、次の日に『プラダを着た悪魔』を観たら、案の定というべきか、アン・ハサウェイが演じる垢抜けない田舎出の女の子が、田舎からきた両親とブロードウェイで『シカゴ』を観る、というくだりがありましたね。悪かったね、田舎モノで。

それはさておき、『プラダを着た悪魔』はとても面白かった。テンポも良くてだれないし、物語のタッチは全体的に明るく軽く、深刻になり過ぎないので気楽に楽しめる。ひとことでいうと、"Nothing Serious"という感じ。

それから、編集部の同僚などの脇役のキャラクターもそれぞれに個性があって、プロットの中で重要な役割を担っている。その簡潔にして必要十分な描写は、ある種幾何学的な美しさすらある。このへんの脇役の使い方は、脇役をうまく生かせなかった、最近の『レミー…』とか『トランスフォーマー』の脚本家に学んでほしいところだ。

テーマ的にも、一見、「仕事か私生活か」という「働く女性」の映画のもっとも古典的なテーマを扱うのかと思いきや、そのへんをさらりと仕上げて、「仕事も恋も両方」といういかにも現代的な結末に落ち着くのも興味深い。このあたり、僕がもし学生なら、たとえば『セックス・アンド・ザ・シティ』や『アリーmyラブ』と比較して、レポートが一本書けるだろう。

ま、簡単に言うと、女の子が「いいなあー」って言って観る映画なんでしょうね、これは。

ただ、ファッションはなかなかおしゃれな感じだったわりに、音楽の使い方はあんまりおしゃれではなかったような気がするのはちょっと残念。すごいおしゃれそうなパーティーでジャミロクワイの昔の曲を使ったり、他にもモービーとかU2とか。特にU2は、パリ・コレに到着した場面で"City of Blinding Lights"を使うのはベタ過ぎないかなあ。あ、これは全体にベタな映画なのか。

それにしても、アン・ハサウェイさんは綾瀬はるかさんにどことなく似ていますね。そう思うと、今綾瀬はるかさんがやっているドラマも心なしかこの映画に似ているような…。

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渋谷でランチ/三十路でデビュー

本日休日の奥さんの弟くんと待ち合わせ、渋谷でランチをしてきた。弟くんは船橋で、都内どこでもアクセスに不便はない、というので、我々夫婦が行きやすい渋谷にしてもらった。

行ってきたのは、先日より夫婦してそのバゲット(レトロドール)のおいしさにはまっている「VIRON」。ランチはまだ未体験だったし、奥さんが「フランスのビストロみたいなところがいい」というのでここにしてみた。渋谷のハチ公前から歩いてすぐ、東急の向かい、というのも田舎者の我々にはわかりやすい。猛暑の中をえんえん歩かなくても済むし。

ランチの価格帯はいろいろだが、ここでは「めったにこないし」と二皿のコースにしてみた。前菜一品、メインが一品、デザート、コーヒーというメニューである。価格は3000円台の後半だから毎日食べられるものではない。

Vfsh0307 まずは奥さんの頼んだ前菜、サーモンのマリネ。メニュー的に斬新な味になるようなものではないけれど、まずは王道の味、という感じでおいしかった(ひとくちいただきました)。

ちなみに奥さんはこういうときお魚中心のメニューにすることが多くて、一方僕はというと、鴨とか肝とかウサギとか子羊とか、普段食べない動物系のものを頼むという基本方針がある。そのおかげで夫婦で分担していろんなものが食べられるのでお得である。

Vfsh0308 僕の方の前菜は、地鶏のレバーのムース。奥さん曰く「ないわ(ありえないわ)。絶対ないわそのメニュー」という一品である。僕はキモい人間なのでキモい食べ物が大好きなのだ。この画像中でアイスクリームのスクープみたいに見えているのが全部ムースである。

味はまったりこってり濃厚で、これぞレバー、という味にアーモンドらしき風味があった。これだけで食べると多少味が濃いかな、という感じなので、ワインとともにいただくか、レトロドールにつけて食べるのがいいんだろう。僕らはエシレバターのみで先にレトロドールをわしわしとたいらげていたけれども。

Vfsh0310 メインは奥さんが鮮魚のポワレ。ほんとうはメインの魚料理は違うメニューだったのだが、13時半にお店に行ったら売り切れになってしまっていて、これになった。

トマトソースメインの、これも濃厚な味。やっぱり、ワインありきの味付けなのだろうか。ポーションもたっぷりとあって、そのへん気取らないフランスの地元のビストロって感じを狙っているのかもしれない。

Vfsh0309 気取らない、といえば僕の方のメイン、子羊のグリエもすごかった。ふつうのお店で子羊を頼んで出てくる量を優に超えている。

しかも、この画像だと左側の肉の白っぽい部分が全部脂身である。パリの「ピエ・ド・コション」で食べた豚肉もこってり脂身つきだったので、フランス人は動物性脂肪を愛する国民性なのかな、とは思っているのだけれど、もしそうならかなり本格的に現地風の一品だろう。

Vfsh0311 デザートは奥さんが定番のクレーム・ブリュレ。これも王道の味。逆に言うと印象の薄い味かな。その向かいで弟くんはプロフィット・ロールを頼んでいたけれど、これは三つのシューにショコラ・ショーがたっぷりとかかって、一皿食べたら12時間ぐらいぶっ通しで働けそうなハイ・エナジーの一品のようだった。

奥さんはちなみにこの時点でバゲットを食べ過ぎて限界に達していたらしく、このブリュレですらも悪戦苦闘していた。

Vfsh0312 同じく胃袋の限界に達していたので、僕もデザートは軽いものを頼んだ。アイスクリームとシャーベット(とあえて英語名で書く)の盛り合わせ。

内容は左上から洋梨、ローズマリー、塩キャラメル。いつでもどこでも、アイスクリームのチョイスにおける僕の基本方針は、「見たことないものを食べる」というものだ。だからここではローズマリーと塩キャラメルを入れてみた。全部はずれだときついので洋梨は押さえ。

味的には、洋梨とローズマリーをスプーンに半分ずつすくって食べると、爽快な香りが口に広がっておいしかった。ローズマリーのベースはヴァニラだったけど、これはありだな、と思った。

反対に塩キャラメルはしょっぱすぎた。なんだかどこまでも現地風なのかな、と思わせる濃い味付けのお店だった。

昼食後、弟くんと別れて代官山へ。はずかしながら、いや別にはずかしくもなんともないけれど、33歳にしてはじめて代官山に行った。ここも、こっちに越してきてから新丸ビルとかミッドタウンとか、大資本によって整備されてきた巨大集合店舗ばっかり行っていたので、奥さんが「アメリカ村とか神戸みたいな個人経営の路面店がいっぱいあるところに行きたいわ」とのたまい、それに応えての選択だった。

ということではじめて行きましたけど、代官山はなかなかよいですね。適当な広さの中に、なんとなくのぞきたくなるお店がいろいろあって、ちょっと路地に入るといかにも東京の住宅地があって。路上の車が外車ばっかりなのはちょっといけすかないけど。

でもマーケティングとかコンセプトとかによって統一されていない個々のお店の活気みたいなのを感じられるという意味では、アメリカ村や神戸・海岸通に通じるものがあるというか。

ここでは奥さんがお気に入りのアンシェヌマン・ユニでベージュの、モロッコ風の(?)チュニックを購入。どうでもいいけどここのお店は、新丸ビルのお店も含めて、内装の什器や家具なんかがすごくいい感じのアンティークで、どうやって見つけてくるんだろうと感心させられる。

そのほか、家で使う「高速SAのセルフサービスのコップ」みたいなグラスを買い、アディダスのTシャツを自分用に購入。

他にも

・BEAMS Tのスタンリー・キューブリック(「SはスタンリーのS」というメッセージ入り)のTシャツ

・アルフレッド・ヒッチコックのTシャツ(目線が入っていてそこにマエストロと書いてある)

・「時知らず」にあった「アル・パチーノはもっとうまくやるね(AL PACHINO DOES IT BETTER)」という意味不明のメッセージのTシャツ(他にマルコムXとビギー・スモールとケイト・モスがありました。でもアル・パチーノがいちばんメッセージとして間抜けで平和だ)

などほしいものがあったけれど、サイズがなかったり、デザイン的にも色的にも今必要なさそうだったりで断念。同様の理由でバンズのスリッポンも断念。

それから、某友人のためのプレゼントをX-GIRLで購入。お待ちあれ。

いやはや、三十路になって代官山初めて行ったけど、なかなか楽しいところだった。また行ってみよう。

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京都拉麺小路ガイド

9日は午後から滋賀の郷里へと半日だけの帰省。実の両親と祖母に会ってきた。

午前中は、京都駅にて手土産(フォーキーな外見がかわいらしい仙太郎の吉野葛のくずもちと、ド定番の「阿闍梨餅」)を購入したついでに、「京都拉麺小路」にて昼食。ついに、これまで入れていなかったお店を制覇し、これにて「京都拉麺小路」完全制覇を達成した。ばんざい。

Vfsh0297 その最後のお店は長野県からやってきた「烈士洵名」。最近店舗の入れ替わりで参入したお店だが、ここはおいしかった。

スープは今流行の魚介系+動物ガラのダブル・スープ(ただしお店では、鶏ガラ+豚ガラ+魚介系なので「トリプル・スープ」と謳っている)。白醤油の澄み切ったスープで、魚介系の香りが鼻へと抜けるすっきりした味。一方で動物系のダシはあくまで目立たないがベースをしっかり支えている。喩えるなら、ストーンズにおけるダリル・ジョーンズのような奥ゆかしさだ。

このスープのバランスが個人的にはとても気に入った。新横浜の、ガ○ンコの人のラーメンなんかより全然おいしかったように思う。

麺は少し太め、半透明で黄色は濃く、軽く縮れている。女の子の髪の毛だったら「私クセ毛なんだ」「えー、ウエーブかかってて逆にいいじゃん」という会話が繰り広げられそうなくらいの縮れ具合である。こしがあって、くちくちした歯ごたえで、麺自体の味もはっきりしている。

総じて、今流行のラーメンのスタイルを、しっかりとバランスよく、高水準でまとめた味、と言えるんじゃないだろうか。背脂ちゃっちゃ系の濃厚な味ではなく、あくまですっきりとしているので女子受けもよさそうだ。

これで全軒制覇したことになるのでえらそぶってまとめると、もし「京都拉麺小路」に行く人がいたら、次のお店をオススメします。ただし、あくまで個人的な味の好みですのでひとつの参考程度に受け止めてください。それから、名前の出ていないお店ももちろんおいしいです。悪意はなく、ほんとうに僕自身の味の好みの話ですのでご了承ください。

豚骨醤油・背脂ちゃっちゃ系の濃厚な味が好き>「博多一幸舎」か「京都宝屋」

京都に来たのだから京都の味を食べて帰りたい「京都宝屋」

今日はなんだか味噌ラーメン気分だ>「札幌すみれ」

流行のダブルスープが食べてみたい/あっさり系のラーメンが好きだ>「信濃烈士洵名」

このなかでは「宝屋」さんと「一幸舎」さんは昨日も行列が出来ていたので、やっぱり流行っているんでしょう。でも「烈士洵名」さんもいいですよ。僕も基本的には濃厚豚骨醤油系が好きですが、ここのスープはおいしいと思いました。

ちなみに同フロアにある佐世保バーガー「LOGKIT」についてのレビューはこちら

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パンの輸送/花火大会

現在、早めの盆休みを取って帰省中です。思いがけなく更新のチャンスがあったので書き込んでおきます。

8日(水)はびわこ大花火大会に向けて11時過ぎに自宅を出発。まずは駅前のスーパーの百均にてレジャーシートとウェットティッシュを購入。ぬかりない自分にほれぼれとする。

13時ごろ東京・丸の内に到着、TOKIAビルの「VIRON」にてパンを購入。

まずは自分の昼食用にプーレ・ロティ(ローストチキン)のバゲットサンドと、それから一緒に花火を観る予定の奥さんのお友達への手土産に、わが夫婦の現在イチオシバゲット「レトロドール」を3本、それから帰省中の朝ごはん用のパンなど。適当に買ったら、総額で2500円にもなってびっくりする。

いやしかし、実際この値段の価値はあるのだ、といいたい。ここのバゲットのおいしさときたら。新幹線の中で食べたバゲットサンドも、ずっしり、さっくり、もっちりで、食べている間中、口の中が幸福感でいっぱいだった。エシレバターもふんだんに使われているし、具材も肉と野菜が惜しみなく使われている。

おまけに、店員のお姉さんもとっても親切丁寧で、「お土産用に小分けにしてください」とか「バゲットは長いので半分に切ってください」とかいろいろややこしいことを頼んだのに、一回の説明できっちり間違えずに対応してくれた。こういうところも好感が持てる。

14時前の新幹線に乗って、京都駅に16時半に到着。移動中は『小林賢太郎戯曲集 椿・鯨・雀』をにやにやしながら読んでいく。

17時ごろ奥さんと合流。大津駅に向かう。奥さんの友人のひとりが来れなくなったので、急遽弟に連絡してみたらすんなりとやってきた。

18時ごろ、奥さん、都並、弟君、奥さんの友人Kさんがそろう。フランス留学経験もあり、バゲット大好きなKさんに「VIRON」のレトロドールを渡したところ、大喜びして匂いをくんくん嗅いでいた。

(彼女はこのあとこのレトロドールを、花火が上がっている時点から早くも少しずつちぎってはおいしそうに食べていた。その様子を見ていると、買ってきてよかったなあ、としみじみ感じた。贈りものが、いちばん喜んでもらえる人に届くというのは、人生の小さな幸せのひとつである)

大津駅近辺は高校時代に知り尽くしているので、メインストリートの混雑をよそに路地裏を通って浜辺へ。

しかし時刻がもう遅かったのでダメモトで湖岸の公園に行ってみたら、4人が座れそうな場所があっけなく見つかった。買ってきたレジャーシートを広げて早速陣取る。

19時半ごろ、花火が徐々にはじまる。はじめは小ぶりの花火を少しずつ。それから次第に大きめのものが、だんだんと空高くに打ち上げられる。一度に打ち上げられる花火の数も次第に増えて、まるでマシンガン状態のクライマックスへ向かう。

Hanabi3s それにしても、高校生の時分から来ているけれど、いつ観てもこの郷里の花火大会が最高だと思う。びわ湖岸という地の利を生かして、何の遮蔽物もない場所で、見上げるほど高くに上がる大輪の花火を、その爆発音を体で受け止めながら観られる。クライマックスではスターマインが湖面でも弾ける。その様はほんとうに圧巻だ。やっぱりスケールが違うな、と思う。

Hanabi2s おまけに今年は例年に増して構成もよく、それぞれの花火が要所要所で際立って、公園中が歓声と拍手に包まれていた。何度も来ているけれど、その中でも良い大会だったと思う。

花火を観ながらお母さんが買ってきてくれた、京都一のオールドスクール・パン屋「まるき製パン所」のコッペパンや、奥さんとKさんが買い出しに行ってくれたからあげやらを食べる。

ちなみに今回の帰省では、「プチメック」のパンも手土産にがっちり買い込んだ。明日以降の埼玉での朝食にするためである。つまり、東京の「VIRON」、京都の「まるき製パン所」「ル・プチメック」のパンをそれぞれ別の県にまで越境させたわけで、なんだか「パンの運び屋」みたいな帰省だった。

花火が終了したのが20時半。観客が多すぎてとてもすぐにはJRに乗れないので、近くのスターバックスでしばらく時間をつぶす。

22時半ごろJRに乗り、帰宅。楽しい一日ではあったが、全身が汗でべたべたになったので熱いお風呂に入る。すっきりして就寝。

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空耳をあなたに

今日から3日ほど、早めの盆休みを取って帰省してまいります。帰ってきたらまた更新いたします。

全然関係ないけど、コカコーラから出ている「ミニッツメイド」という果実系飲料のCMソング、以前から「空耳」が聞こえて仕方ありません。

最近のヴァージョンだと、サイトによると「Blooming」篇というタイトルらしいのですが、小さな女の子が部屋の中でバレエを踊っていて、すると彼女の足元にはつぎつぎ花が咲いていくという(僕も昔夢の国の王子様だった時はおんなじように花を咲かせることができたのですが)あれです。

このCMのバックグラウンドに流れている、女の子が歌うフランス語の歌、最初から4小節ほど待ったあたり(15秒ヴァージョンのほう)で耳を澄ましていると

「あなたも今度それを乞う」

という予言的な歌詞が聞こえてまいります。映画『ピアノ・レッスン』の有名な現地民のせりふ「あんなところは生きて通れねえ」ほどのインパクトはありませんが、何回も聞いているとじわじわ効いてきます。

ココで試聴できるので、興味のある方はどなたかこの「空耳」を共有してください。そして聞こえたら「うん、聞こえた」と書き込みしてくださると勇気が出ます(なんのこっちゃ)。

じゃ、行ってきます。タモリ倶楽部に送ろうかな。

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よろしく二代目

Image23奥さんと付き合い始めた当時(6年半前)、最初のクリスマスにもらったプレゼントは、カメラだった。

それも、例えばCanonとかNIKONみたいなハイ・クオリティのブランド品ではなく、知る人ぞ知るロシア生まれのトイカメラ、LOMO LC-Aだった。

このカメラをどこで知ったのかはもう覚えていない。が、どこかでこのカメラで撮れる写真の味わいを知り、とてもほしくなって奥さん(当時はまだ彼女だったけど)にリクエストしたことは覚えている。

このカメラにつけられたコピーはこうだ。「全ての風景をいとおしく変換する秘密の箱」。そのコピーのとおり、何を撮っても独特の、ピントがぼけた、味わいのある写真が撮れる。ピントについて言えば、精度うんぬんより、もとから80cm、1.5m、3m、∞の4段階にしか調節できない。

Image19 さらに、単なるピンボケに留まらず、トンネル効果、あるいは周辺減光(ヴィネッティング)と呼ばれる、画面の四隅の光量が落ちる現象が頻繁に現れる。一番上の画像は、そのクリスマスの朝に神戸港で撮ったものだけれど、この写真にも顕著にそれが出ている。

それに色彩もなんだかレトロだ。総じて、昔々家庭用8mmの全盛期に誰かが撮ったホームムーヴィーみたいな、撮った直後から強烈にノスタルジーを感じさせる画面ができあがるのである。

Image17 僕はこのレトロな味わいにほれ込んで、内外の旅行やデートに、いつでもこいつを連れて行った。引越しの時に段ボールいっぱいにネガが溜まったけど、同時にこいつしか撮れない写真もいっぱい撮れた。それらの写真は、きざな言い方をすると、もし同じ場所でもう一度撮ってもおそらくそんなふうには撮れないだろう、と思えるくらい、独自の、一回きりの個性を放っていた。

そんなわけで、すごくありていな言い方なのは分かっているけれど、都並にとっていつしかLC-Aは「愛機」になっていた。いやほんとです。

たとえばエリック・クラプトンにとってのブラッキー(愛用のフェンダー・ストラトキャスターの名前。2004年にオークションに出品され、一億円で落札されて話題になった)のように。

いや、エリック・クラプトンと比べるほどのスキルは何においても持ち合わせていないけれど、でも、「こいつにしかこれはできない」という思いは、たぶん、エリック・クラプトンと同じものを共有していたと思う。この大量生産の時代にあって、他のメーカーの他の機種には期待できないもの、それをLC-Aは持っていた。

さらにほかの喩えをすると、またもや音楽の喩えになってしまうけれど、フェンダーのツイン・リバーヴやローランドのジャズ・コーラス(どっちもギター・アンプの名前です)のように、良く似たものは出ても、「やっぱりこれじゃなきゃ」と思わせる味が、LC-Aにはあるのだ。

そんなわけで都並はこのLC-Aを文字通り「使い倒して」きたのだけれど、昨年だったか、急に生産中止のニュースが入ってきた。これは衝撃だった。というのはつまり、もし壊れたら、もう買い替えは利かない、ということだからだ。

そこで僕はその日から態度を改め、おそるおそる、おっかなびっくり、大事に大事に使うようにしたのだが、世の中はうまくいかないもので、というよりさすがはロシア生まれのカメラというべきか、やがて僕のLC-Aも写真が撮れなくなってしまった。

そのことに気づいたのは、以前も書いたけど、新婚旅行(パリ・ニース)から帰って来たときだった。200枚以上撮ったつもりの写真が、ちゃんと写っていたのは20枚に満たなかった時には心底がっくりきた。フランスの絵になる風景を山ほど収めてきたつもりだったからだ(奥さんがデジカメでも撮ってたので最悪の事態は免れました。助かりました)。

さすがに悔しいので、ネットで修理を受け付けてくれるところを探し、直してもらった。が、帰ってきてからまた試し撮りをすると、同じ故障が頻発する。

いよいよ諦めかけていたところに、LC-Aのモディファイド・ヴァージョン、LC-A+が販売されるというニュースが。

「これは」と僕も色めき立った。が、よく見ると価格はかつての2倍近くになっているし、人気で品薄の状態が続いているらしく、いつどのサイトを見ても在庫切れになっている。

そんなわけで「どうしようかな、やっぱりもう一度修理に出すかな」とずっと二の足を踏んでいたところ、気がつけばもう一月かそこらで再び海外旅行に出かけることになっていた。

これはやばい、と思った。なぜなら、修理を受け付けてくれるところは、一ヵ月半くらい修理期間を見ておいてください、とサイトに注意書きを記載しているからだ。

つまり、修理に今から出すのでは間に合わない、ということだ。あまり要領のよくない僕は、とりわけ優先順位の低い事項に関してはついつい忘れがちで、いつでも手遅れになってから気づくことがあるのだけれど、今回もその行動パターンがしっかり出てしまった。

じゃあ、ニューヨークにLC-Aなしで行く?

その考えは受け入れられそうもなかった。と言うことで、半分泣きべそをかきながら、ネットでふたたびLC-A+を探し始めた。でもやっぱり在庫切ればっかりだ。

もうこうなったらニューヨークで買うしかない。そう思った都並はマンハッタンで一軒取り扱っているところを押さえ、なぜか子供のように拗ねながら「もうニューヨークで買うからね」と奥さんに愚痴った。

だが聡明な我が奥さんは「ダメモトで国内のお店、全部電話かけてみたら?日本のお店のほうが壊れたときの保証とか安心でしょ」とたしなめる。その冷静さにかえって心がいじけ始め、「ふん、ぜったい見つかりっこないやい」と全面的に幼児化しつつ電話をかけてみたら…。

二軒目ですぐに見つかった。

広島のお店にいっこだけあったのだった。

070801_2035 そのLC-A+が、さっき手元に届きました。先代はなんだかへぼい樹脂製の箱に入っていましたが、中国製のこいつはイカした木箱に入っています。作りもウィーン・バージョンよりしっかりしています。

よろしく二代目。もう一度角か翼か牙が生えてきたような気分です。

Vfsh0291 こいつでニューヨークを激写するぜ。

追記:「所さんの世田谷ベース」を観ていたら、別の機種だけど所さんも同じような事態に直面したらしく、デッドストックを探しまくって、しかも彼の場合2体(1個は予備)確保した、というようなことを言っていました。そこでうちの奥さんと僕も彼を見習って「もう一個買っとくか」と真剣に悩んでいます。

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小確幸のバゲット

「嗚呼!花の料理人」を観ていたら、料理の辛さの単位というのがあって、「スコヴィル」というそうです。でもって、タバスコは2500スコヴィル、ハバネロはなんと570000スコヴィルだそうです。それはスコヴィル(すこぶる)辛いですね。

それはさておき、相変わらず忙しい日々がつづいています。ブログの更新もままならないくらいです。後日まとめてプロジェクトTNTとして書き込みます。

今日はとりあえず、バゲットのことを。

奥さんもミクシィの日記で書いているんだけれど、ベーカリー激戦地京都で鍛えられた我が夫婦が、北関東に越してきて初めて、「うん、これはうまい」と思えるバゲットを見つけました。

それが、渋谷と丸の内に店舗を構える「VIRON」のレトロドールです。詳しくはこのサイトを見てもらえればいいんだけど、フランスの製粉会社「VIRON」と直接契約をして独自のブレンドをした小麦粉を直輸入、材料の配分から製法まで完全に本場の指定どおりに焼き上げたというバゲットは、まさに本場の味。

スノッブなことを言うと、フランスに行った時に食べて感激したパンの味がちゃんとします。ふつうの日本のベーカリーのパンとは全然違います。小麦の香りが濃くって(持って帰る道すがら、ずっとこの匂いが鼻腔を刺激してたまりませんでした)、噛み応えがあって、適度な硬さと水分があって。

この味を出すために「VIRON」では、日本の軟水ではなくわざわざコントレックスを使っているというから驚きです。

Vfsh0280 先日、この「VIRON」のレトロドールに、週末に神戸に行った時に買った「トアロードデリカテッセン」のカナディアンベーコンと、カマンベールチーズときゅうりを挟み、エシレバターをたっぷり塗ったサンドイッチを奥さんが作ってくれました。

これを食べた時に、自分の口が驚いたこと。「プチメック」のサンドイッチにも負けない本格的な味がしたので、自分の研究室で独りで食べていたんだけど、思わず廊下に飛び出して、誰か学生を捕まえて「おい、これ食ってみろ」といおうかと思いました。いやしないけど。

でも正直、あんなにうまいサンドイッチ、久しぶりだったな。

あまりにおいしかったので、奥さんに「今度東京駅に行くことがあったらレトロドール4、5本まとめ買いしといてくれ」とオーダーしてしまいました。

あさってはこのレトロドールに、奥さん手作りの豚肉のポットローストを挟んだサンドを作ってくれるらしいです。それも今から楽しみ。

これこそ、村上春樹のいうところの「小確幸」(小さいけれど、確かな幸せ)というものです。

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ふたつの世界(プロジェクトTNT)

痛みと嘆きのうちに過ぎた日曜日が終わって、明けて月曜日、海の日。

この日は、一日静養した甲斐あって、前日までの症状が劇的にといってもいいくらい軽減していた。

となると、怠惰な人間のくせに一日以上家にこもっていられない都並は、出かけたくてしかたない。

そこで奥さんを説き伏せて、丸の内まで買い物に出かけることにした。この数ヶ月の経験から暫定的に得た結論では、北関東でちゃんとしたメンズの服を買おうと思ったら、ちょっとがんばってでも丸の内まで出かけたほうがまちがいがない、ということになったからである。

大宮あたりでも買い物はできなくないが(現にしているし)、やっぱり選択肢が限られてくる。いろいろ見て選ぶウィンドウ・ショッピングの楽しみを得ようと思ったら、丸の内くらいまでいかないと、私的には満足できない。東京の他の地域までせっせと出かけるのは億劫なときでも、丸の内までならアクセス的にもかんたんである。それに、場所によっては跳梁跋扈する10代の野放図な若者が、丸の内にはほとんどいない、というのもおじさんの神経に優しい。買えるものも極端に高くなく、お財布にも優しい。

といっても地震があったので、その関連のニュースを見つつ、交通機関の状況など静観してから出かけることにした。

そんなこんなで、着いたのが16時過ぎ。おなかが減ってしまったので、新丸ビル内の「大人が集えるジャンクフードの店」(なんだそりゃ)「One's Drive」にてダイエット・コークとホットドッグを食べる。だってホットドッグが食べたかったんだもん。そしたらホットドッグを売っているお店があったんだもん。奥さんはチーズバーガー。

どちらも、モスバーガーのホットドッグとかマクドナルドのチーズバーガーを、ちゃんとした材料できちんと作った味、という感じで好感が持てる。隣の建物(丸ビル)にクア・アイナがあるので、本気でハンバーガーを食べたくなったらそっちに行くだろうなあと思うけど、東京駅でひとり、ビールちょっと飲んで軽く何か食べたい、というときに重宝しそうな気軽な店ではある。ビールの銘柄もいろいろ揃っているし。

その後新丸ビルを遡上し、次の日曜日にある友人の結婚記念パーティーに着ていくシャツを物色。披露宴からの参加ではなくて、新郎新婦が浴衣で、新婦が常連のカフェ・バーだかダイニング・バーでやるというきわめてカジュアルなパーティーなので、着ていくものに悩んでいたのだ。

いろいろ見た結果、最近ひいきにしている「ダファー・オブ・セントジョージ」でボタンダウン・シャツを買う。男性のワイシャツの基本的なカラーであるブルーとピンクと白を切り返しで用いたもので、個人的にはピンクはチャレンジ・カラーだったのだが、着てみたら違和感なく似合い、奥さんも気に入ったみたいなので購入決定。ついでにインナーとして同じ色味のタンクトップを購入。

ちなみ「ダファー」は、以前にも書いたが、10年ほど前にはオアシスのギャラガー兄弟が着ている、ということで有名になった(?)ブランドである。そのころはプラダがスポーツ・ラインのモダニスティックなアイテムを出して話題になっていたころでもあり、この「ダファー」も良く似たテイストの黒いスポーツ・ブルゾンなんかを出していた。

僕はそれを南船場のお店で見つけて買ったのだが、これが素材的にはびっくりするくらい通気性ゼロで、着ているうちに全身汗ばむ、というサウナ・スーツのごとき品物であった。おまけにジップ・フロントにベロクロが付いており、これがあちこちでニットにひっかかったりするどうしようもないものであったのですぐに着なくなったのを覚えている。

が、昨年来日本のあちこちにお目見えしている「ダファー」はそのときの輸入物ではなくて、伊藤忠の子会社ジョイックス・コーポレーションがライセンス契約して全国的に展開しているものである。HPを見てもらうと分かるとおり、このジョイックス・コーポレーション、ほかにもポール・スミスやダニエル・クレミュなんかを手がけている。

そうするとこの「ダファー」、特にポール・スミスと比べると、気持ち価格帯が抑え目で、かつテイスト的には共通しているから(どちらも「カラフルな、イギリス文化に根ざしそれを再解釈した、お坊ちゃん風の」服である)、ダイハツの車をOEMでトヨタでも売っているみたいな感じの、「ジョイックスのディフュージョン・ライン」のような気がしないでもない。でもまあ、ポール・スミスみたいにカラフルでどぎついものはないし、奥さんが「かわいい」という服が多いので今後購入が増えそうではある。

そういえばこの「ダファー」の新丸ビル店、店舗入り口の目立つところになかなかきわどいアイテムが置いてあった。「Over The Twelve」というブランドの男性用下着なのだが、すごいメッセージがプリントされているのである。二種類あって、ひとつがコレ。でもってもうひとつがコレ

僕は買いませんが、このブランド、作り手の意図通りに活用している方がいらっしゃったら、お会いしたいものです。いや、お会いしたくないです。

都並の買い物が終わったあとは丸の内をぶらぶらし、奥さんの服など見て回る。これといったものがなかったので、「マークス&ウェブ」の入浴剤などを買い足して散策終了。

さて帰るか、というころになってふたたび小腹が減ってきたので、新丸ビルの7階の凝ったつくりのレストラン・フロア――いわば「都会的な屋台村」というか、「地方のスーパーによくあるフード・コーナーを思いっきり清潔かつモダンかつ大人向けにしたヴァージョン」というか、そんなコンセプトの階――に行ってみることにする。

この「セレブ風屋台村」のなかにお蕎麦屋さんがあったので、そこで軽い夕食にする。可もなく不可もなく。値段的には少し高い気がするが、場所的に相場だろうか。ビールは一番搾りで泡がクリーミーでよかった。

お蕎麦をすすりながら見るともなく見ていると、我々の席のすぐ近くでは、前田耕陽を細身にしたかんじのサラリーマンさんと、松下奈緒をがっちりさせたかんじのOLさんがコップ酒を飲んでいる。

このコップ酒が、ちゃんと受け皿がついていて、ちゃんとスタッフさんがこぼれるくらいまで注いでくれるというオールド・スクールなコップ酒である。

こういうのを見ると、こういうビルのこういうフロアのディズニーランド的性格、なんてことに思いを向かわせざるを得ない。つまり、このお店に集う「おしゃれでやり手の」丸の内のサラリーマンさんたちは、単にお店の雰囲気を味わう、といったレヴェルではなくて、その向こうに透かし見えている虚構としての「お父さんの飲み屋街」のファンタジーを積極的に楽しんでいるんだなあ、と思ってしまうのだ。それも、現実の飲み屋街に伴う、不潔さとか酔漢の横暴さといった不快感を巧妙に漂白し無害化したかたちで。

それがもっとも端的に表れているのはしかし、7階ではなくて5階にある「日本再生酒場 もつ焼き処 い志井」であろう。ご丁寧に、この洗練を前面に押し出したビルの中に、立ち飲みのハードコアなもつ焼き屋さんがあるのだ。

ここに集う人たちの動機が、例えば大阪・十三の波平通りにて本物のハードコアな大衆居酒屋を体験している人と同じであろうか。いやそのはずもない。そこにはやはり、大資本の手によって複製され、その結果漂白され無害化されたものにこそもっとも安心感を覚える、今日的な消費者層の深層心理が働いているに違いない。そしてそこには潜在的な階級意識もまた働いているに違いない。

などという小うるさい理屈をこねくり回す酔漢は、メガロポリスのこじゃれた立ち飲み屋もいいけれど、それよりも自宅最寄駅前のハードコアな焼き鳥屋をこよなく愛する人間でいたい、そう思うのであった。それらは似て異なるふたつの世界である。そして、このふたつの世界を一日で横断する33歳のデイトリッパー。

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消えたカップケーキ

まずはハミルトンさん、イチローさん、遅ればせながらおめでとうございます。

などと意味不明なことを言いつつ、ここ数日の動向。

今週前半は、大学が前期の終わりに向かうこの時期に必須の作業として、自らが開講中のコマを収束/終息に向かわせる、という作業にかかずらわっていてなかなか更新できなかった。

それぞれのコマを取り上げてみれば、進度がシラバスどおりでないコマが多く(一回の進度を多く見積もりすぎたのだ)、教壇に立つたびに自戒と反省の念にどっぷりと浸ってしまう。しかしまあ…文学部なる学部で教えるのははじめてのことでもあるし、来年以降この経験を踏まえて改善していけたらと思う。いやはや、日々勉強である。

それはともかく、今週は世間様から見たらかなーりフレックスな生き方をしている都並もそれなりにいそがしかったわけで、今日になってようやく時間が取れたところである。なので遅まきながら日記の更新である。

最近、日記に奥さんの手料理のことを書いていなかったのでちゃんと書く(奥さんは相変わらず八面六臂獅子奮迅の大活躍をしてくれているんだけど、僕が怠慢で書いていないんです。すいません。しかも奥さんは最近お弁当まで作ってくれています)。

夕べは僕のオーダーで豚のしょうが焼き。副菜にかぼちゃのたいたん、小松菜とうす揚げの煮浸し、冷奴。それから、夕食前におなかが減って待ちきれないクマが一頭いたので、奥さんは早めに枝豆だけさっとゆでてそのクマに与えていた。

今日のお弁当は、五穀米ごはんとネギの豚肉巻き、出し巻き玉子、かぼちゃと煮浸し。お茶も奥さんが出してくれたものを水筒で持ってきているから、今日は一日、100%奥さんが作ってくれたものだけを燃料に稼動できそうである。すごいもんだ。

と、よくよく考えてみれば、都並に限らず、家庭があって誰かにお弁当を作ってもらっている勤め人や子供たちは皆、この「100%自家製エネルギーで生活する一日」というのを経験する可能性があるわけだ。自分が一人暮らしを長くしていたものでそういうライフスタイルから遠ざかっていただけなのだ。一人暮らしの衛星軌道を離れ、久々に家庭に着地してみると、主婦のありがたさがよくわかる。

ここでいっちょ褒めておこう(政治的判断)。

すごいぞ主婦。えらいぞ主婦。ビバ主婦。

ところで、今日の午後はゼミであった。そこで卒論を書く四年生の指導をしている最中なので、最近とりかかった、あまり詳しくないフェミニズムの勉強などを今後もう少しするつもりである。こういうときに、「常勤になる」ということは、なかなか自分の専門領域だけで仕事をしていく、というわけにいかず、もう少し手広くやる必要が生じるということなのだ、としみじみ実感する。

とりわけ僕の場合、アート系・理論系が専門とはいえ、フェミニズムだったり、いわゆるカルスタだったり、あるいはメディア・スタディーズだったりという分野が手薄なので、このへんをもっと吸収しないといけない。

その一環として、というのが唯一の理由でもないが、最近はアメリカのTVドラマを積極的に観ている(アメリカのTVドラマで卒論を書く子もぽつぽつといるので)。夫婦でフォローしているのは『プリズン・ブレイク2』だが、そのほか、lapin55さんから先日貸与を受けた『アリーmyラブ』4thシーズンも併せて視聴中である。実はこのシリーズ自体観たことないのだが、今読んでいる本に頻繁に出てくるので一度観ておこうと思って、まことに今更ながら観たのである。そしたら、しっかりハマってしまった。

いや、しかし(以下私信)、『ゾディアック』にも出ていたロバート・ダウニー・Jr、このシリーズでの役どころはいいですね。知的で、自信に満ちていて、子供らしさもあり、傷つきやすさもある、という。これはlapin55さんがイチオシというわけだ。なれるもんならこんな男になりたいよ、と30過ぎのおじさんは思います。

などと書いている間に、TVドラマといえば、『セックス・アンド・ザ・シティ』のマグノリア・ベーカリー衛生面で閉店になっちゃった、とかいうニュースが入ってきましたね。ガイドブックなんかには必ず乗っている有名店で、奥さんも「9月にNYに行ったら食べたーい」と目を輝かしていたので、がっくりするだろうな。

流し台がないとかドアノブがないとか、段ボールで肉まん作るのに比べたらいいじゃんねえ。というのは政治的には問題発言なのか。

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トラディッショナル七夕祭り

Vfsh0254 この金・土・日の三日間、我が町では「七夕祭り」が行われています。七夕を町を上げて祝う、なんてことは、関西に住んでいた時にはまったく縁がなかったので、興味を持って奥さんと行ってみました。以下はその報告です。

祭り、といっても、山車が出たり神輿を担いだりというのではなく(そういう、おそらく祇園祭系の祭りは、月末にもう一個あるのだそうです)、七夕であるから笹に飾り物をして、そのほかいくつか仕掛けのある作り物を出して、それを旧の中山道沿いにずらっと並べるというのが一応の見ものらしい。

そんなわけで、その中山道をみんながのんびり歩く、というのが参加者に要求される唯一の行動であって、そういう意味ではスケジュール的にも行動パターン的にも特に「ここ」という焦点のない、マイペースな祭りといえようか。

その中山道であるが、うちのマンションから骨折しててもいけるくらいすぐのところに通っている。街道といってもふだんは鄙びた商店街に過ぎないのだが、その一帯が、この三日間ばかりは、夜店が延々と立ち並んで、かなりの活気になっている。

聞けば、この三日間で16万人くらい来る、というから、相当なものではないか。

この屋台ロードを、奥さんとぶらぶら歩く。屋台なんてどこでもいっしょだろうと思っていたら、これがなかなかどうして、関西から越してきた人間には見慣れないものがたくさん有って面白い。

まずは一番上の画像だが、「おばけ屋敷」である。もちろん仮設の小屋であるから、中で人が驚かすのだろうか。オトナは600円もするので中には入らなかったが、こういうものが未だに残っているというのは、ちょっとすごいと思う。関西では、立地の関係もあるのだろうが、こういうものはまず見たことがない。このおばけ屋敷、入り口の前でおばちゃんが拡声器で威勢良く呼びかけを行っており、その声が遠くまでこだまして、夏の夜をどぎつく彩っていた。

Vfsh0255それから、射的もたくさんあった。これは関西の祭りでも見かけるが、数は関西より多かった気がする。

もうひとつ、奥さんが興味津々だったのは「カタヌキ」である。僕は文化研究者であり博学なので(もちろん冗談ですよ)存在は聞き知ってはいたのだが、関西の屋台にはないものなので現物は初めて見た。奥さんは存在すら初めて知ったようで「何これ?何これ?」と非常に興味を持ったようだった。さすがにいい年なので初挑戦はしなかったが、我々が異文化を最も強く感じたのがこのカタヌキだった。

そのほか、屋台には北関東らしくケバブの店も何件かあり、これはチキンとキャベツとソースだけの簡素なものだったが、ちょっと食べてみたところなかなかいけた。

最後に、屋台、ということでは元大阪人としてぜひ付言しておきたいのが、「大阪焼き」である。簡単に言うと、今川焼き(大判焼き)の機械に、皮とお好み焼きの具を入れて焼く、という食べ物らしい。これもここで初めて見たのだが、すでに多くの人がネット上でも指摘しているように、大阪ではこんなもの食べません。どこでどうまかり間違ってこんな食べ物ができたのか、実に不思議だ。

…とまあ、全般に、地方の古き良き夏祭りを堪能した週末だった。人が思ったより多く、けんか騒ぎなんかもあったのは辟易したが、若い人たちも多かったし、町が元気なのはいいことだろう。

Vfsh0256 追記:今日「エンタの神様」で長井秀和氏が「俺の思い込み。エロカワファッションの女の子達は、みんな北関東出身なんだ」と言っていたが、言い得て妙、というもので、本当に露出度の高い女の子とヤンキーっぽい男の子が大量に出没し、あちこちでお互いに不思議な周波数の音波を「けばっ、けばっ」と送り合っていた。なんだか気疲れのする光景だった。

最後の画像は、絶妙なアルカイック・スマイルが僕の心を不思議に捉えて離さなかった、何のパクリなのかもはっきりしないクレープ屋さんのイラストです。

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未来世紀とんかつ

モネ展の記事で独善的かつ自己陶酔的な発言をしたのでそれをトップページからおいやる意味を込めて、ついでに寄り道してきた東京ミッドタウンについても書く。

東京ミッドタウンと新美術館は、ほんとに目と鼻の先である。美術館を出るときに、いちおう方角を聞いておこうと思って、おのぼりさんらしくインフォメーションで確認したのだが、それが恥ずかしくなるくらいすぐそばにあった。骨折していてもたどり着けるくらいの距離である。

このミッドタウンがまた、えらいことになっているんですね。僕の好きなラーメンズの表現で言うと、「来てるな、未来!」って感じですね。

こういう「セレブ」向け複合商業施設みたいなものは、例えば新丸ビルしかり、大阪で言うとハービスしかり、なんとなく経験があったのだけれど、しかしその規模が凄かったことよ。公園あり、住宅あり。おまけに地下鉄の駅までの道のりも完璧にイメージが統一されていて、まさに高度資本主義社会の夢、「ああー、もう少し未来が来たらみんなこういう都市に住むのかー」という感じである。タルコフスキイ『惑星ソラリス』の撮影時に来日したら、あるいはテリー・ギリアム『未来世紀ブラジル』の制作時に来日したら、きっとここでロケしただろうな、と思わずにいられない。その演出された清潔感、洗練感、最先端感のすべてが、SF的未来は人間の手で自己実現される予言なのだな、と思わせる。

…と、田舎者のセンセイがついつい感慨に耽ってしまうほどのできばえなのでした。しかしこの「町」の持つイデオロギー的な偏向と抑圧ってすごいものがあるよな。ついついディーン&デルーカカマルグの塩を買おうか、なんて思ってしまうのだけれど、そんなとき人は、たとえ自分のうちでカマルグを常用しているとしても、いや常用している場合はなおのこと、その行為に含まれるプチブル的な自己満足の罠に自覚的にならなければならないのではないか。

といいつつ都並は(いつも僕は「といいつつ」なんですが、いいんです。思考と行動の分離した人間なんです)、この資本主義者のエプコットにて、夕食を採ってきた。残念ながら随行していただけなかった奥さんから「おいしいもの食べといで」という子供にでも言い聞かせるようなメールをもらっていたからである。

ということで寄ったのが「平田牧場」。この高度に都市化された町の中で「牧場」という文字通り牧歌的な響きに無意識的に安心感を感じ取ったからではなく、単にとんかつが食べたかったからである。

頼んだのは「三元豚ロースかつ定食」。1200円。決して「はあ?」とか「ええー」と言うほど高くない。ついでに生ビール。スーパードライでなく一番絞りなのがわかってらっしゃる感じである。

味だが、正直、うまい。

脂の部分が、豚独特の風味を何倍にも増加させた感じで、飯田市で以前ごちそうになった「千代幻豚」に似ている(しかし、おいしい豚肉でしたよ>飯田市の皆さん)。赤身の部分も柔らかく、ジュウーシィである。付け合せのキャベツもきちんとしていて、鮮度も悪くなければ、量もたっぷりある。総じて、とんかつのターボつきのような味といえば分かってもらえるだろうか(無理だろうな)。あるいは、シャア専用とんかつか(よけいに分からない人のために説明すると、シャア専用というのは何でも3倍という意味なのです)。

ほかにも、このミッドタウン、食べるところが充実しているみたいなので、今度新美術館に「スキン+ボーンズ」展を観に来たときには、資本主義社会の幻想にくらくらしながら、ここでまた何か違うものを食べてみよう。

「いずれにしても夢とは、進歩した資本主義者の命令が生み出すものと、決して無縁ではない」(テリー・イーグルトン『アフター・セオリー ―ポスト・モダニズムを超えて』小林章夫訳、筑摩書房、2005年、126頁)

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モネがもう、ね。

遅ればせながら日曜日に「モネ大回顧展」へ行ってきた。

ここのところ精力的に映画館や展覧会に足を運んでいるのだが自分でもどういう心境の変化か良く分からない。特に展覧会などは、京都に住んでいた時分にはいちども行こうなどとは思わなかったから不思議なものだ。京都というと寺社仏閣だが、それも申し訳程度に詣でただけで、どういうわけだか、圧倒的な文化資本に囲まれているときにはそれをありがたいとも思わず、日々遊興に現を抜かしていて、逆に今日このような北関東の素朴な風土に棲まうに至ってそれを熱烈に求めるようになったというわけである(以上明治・大正の文豪ふう)。

ともかく、何事にも情報の最先端ではない都並は(Marvel 3Ageだって調べてみたら一年も前の生産であった)、国立の新美術館にしても東京ミッドタウンにしても、うわさを聞いたところで特に行きたいとは思わなかったのだが、会期終了直前になって急に「このチャンスにモネを観ておきたい」という虫が騒ぎ始めたのである。

そういうわけで日曜日は朝11時45分ごろの電車に乗って、がったんごとんと揺られに揺られて、13時過ぎに乃木坂についた。その間ずっと『ゾディアック』の原作本を読んでいた。

『ゾディアック』を持ってきたのは、すっごく並ぶだろうな、と思ったからである。なぜなら

①六本木に新しくできた美術館

②すぐ隣に東京ミッドタウンもできた

③美術の教科書で誰でも知ってるモネが100点以上、その中には世界的名作も多数

④会期は翌日で終了、という最後の日曜日

と、まあ、混む理由がびっくりするくらい重なっている。こういうとき混雑を予想しないで出かけるのは自殺行為というものだ。

だから僕はあらかじめ

①『ゾディアック』原作本(600頁の文庫本)

②フル充電のiPod nano(これは別の意味でも必要である<後述)

③ビオレ汗拭きシートとハンカチ

④扇子

⑤歩きやすい靴

を用意していった。そのうちの『ゾディアック』を、移動中の電車で早くもがんがん読んでしまった。

会場に入ったのが13時半くらいだったのだが、館内はやはり長蛇の列。といっても待ち時間は70分くらい。この70分、というのをどう受け止めるかだが、僕は「まあ、短いほうかな」と思った。そもそもセンセイ稼業というものは90分単位で立ちっぱなし、という状況に慣れている。さらに僕の場合、奥さんとテーマパークで2時間近くアトラクションに並ぶ経験もつんでいる。というわけでさしたる驚きもなく平然と列に並ぶ。

新美術館のいいところは、巨大なロビーを利用して(大阪の某美術館と違って)館内に並ぶので、日差しや気温に悩まされることもないという点だろう。足元に空調があってそのそばに立っていると夏であることを忘れるくらい涼しい(ただし靴が軽装だと足が冷える)。

粛々と列は進み、ギャラリーに入ったのが2時半。家を出てから3時間かかった計算だが、「オルセーに行くよりは早い」というのがこういうときの自己説得の決まり文句である。

順路はどこも混んでいるが、すべての絵で最前列に並ぶことができる。おかげでひとつひとつ丁寧に観ていくことができたのだが、気に入った絵、例えば『かささぎ』なんかをじっくりと観ていったら、順路半ばで1時間も経過していた。

ここでいったん30分の休息。集中力を使いすぎて絵が頭に入ってこなくなったのだ。この美術館には休憩室があるというのでそこに避難し(ちょっとした椅子があるだけの空間だったが)奥さんにメールなどする。

この時点で、ちょっとした登山家のような心境になる。いやはやこれは本当にひとつのオデッセイである。しかし良く考えてみれば、画家の人生自体がひとつの探求の旅だったのだから、それにある程度(きわめて表層的にだが)お付き合いするのがそんなに楽なわけはない。

16時ごろに、いくぶん頭がすっきりしてきたので休憩室を出る。

そこから後半をさらに1時間強かけてみたのだが、もうこれがほんっとうにすごい体験だった。一見なんでもない光景を描いた『積みわら』の連作や『ポプラ並木』の連作を見るうちに、展覧会の図版中に収められた画家自身の言葉(例によってうろおぼえですごめんなさい)、「私は『包み込むもの』を、すなわち光を描きたい』という言葉の意味がびしびしと伝わってくる。

と、ここからは、僕はモネの専門家でもなんでもないので、独善的な解釈に陥ってしまうかもしれないことをご容赦いただきたいのだが、彼の絵に描かれているもの、永遠に凍結されているものは、ある季節、ある時間帯の光と影なのだ。すべての絵が、その前で数分間立ち止まっていると、光と空気を持った空間として体験されるようになる。

かつて映画界では、撮影監督ネストール・アルメンドロスが、テレンス・マリックの『天国の日々』を撮ったときに、映画史に残る達成をした。彼らは、「一日の終わりの、夕暮れのひととき、日の光がなんともいえず優しくなる時間」を「魔法の20分間」と呼び、意図的にその時間帯に撮影を行うことですばらしい映像美を作り上げたのだ。それと同じように、「うつろいゆく太陽の光を封じ込めよう」としたモネの意志が、キャンバスを通じて伝わってくる。

そういう意味で、一般的には50歳までの作品の評価が高いようだが(モネは1840年生まれなので、制作年から年齢の逆算がしやすい)都並にとっては50歳を過ぎてからの作品、ロンドンやヴェニスでの連作のほうが凄みを感じた。

思うに(何度も念を押しておきますがこれは都並の勝手な解釈ですよ)、これらの作品では彼は、通常絵画が描かれることのない時間帯や天候の中での視覚的体験を絵にすることに取り組んだのだと思う。つまり、薄暮の時間帯や霧の中の光景がそれである。絵画の世界が見過ごしがちなそんな時間帯・気候の中でも我々は生き、見、世界を体験しているのだということを、コントラストを抑えた画面の中に彼は捉えようとしたのではないか。

などと勝手に偉そうなことを考えつつ、個人的にキャンバスの前に跪きたいくらいの感動を受けた。これまで観てきた展覧会の中でも1、2を争う体験だったのではないか。

しかしまあ、巨匠モネともなると、展覧会を観に来るお客様の、その年齢も人種も実に様々なことよ。おじさま・おばさま、小学生、カップル、老人と、あらゆる世代の観客がいた。

その中で(と、ここからは腹黒いことを言うのをご容赦いただきたいのだが)もっとも辟易するのはおば様同士のグループである。

芸術は万人に開かれているものだし、その鑑賞体験に優劣もないということを前提としていうのだが

「まあ、きれい、ね?」

「ほんとに、色使いが繊細だわ」

などと、敢えて言わなくてもいいようなことを口にするのはなぜか。なぜそうやってあなたたち自身の貴重な体験をすぐに陳腐な言葉に還元してしまうのか。なぜ、そうすることによって周囲の人間の鑑賞体験に影響を与えていることに気づかないのか。

どうして、コンサートや演劇や映画ではみな静かにしているのに、展覧会ではこのような無用なおしゃべりが存在するのだろう。芸術作品と一対一で向かい合うときに、言葉は必要ないではないか。話したければ外のカフェで話せばいいのである。

だから美術展にはiPodがいるのである。

かつてウィトゲンシュタインはこう言ったではないか。

「語りえぬものについては、人は沈黙しなければならないのである」(それは意味が違う)。

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点線の中の僕(プロジェクトTNT)

Vfsh0250_1 火曜日。

日航ホテルを8時過ぎに出立し、前日休館日で悔しい思いをした「舞台芸術の世界」展へ。11時から散髪の予約を入れてあるのだったが、1時間ほどで観てくれば間に合う計算。

関係者HN女史に聞くと「庭園美術館の方が、ハコも点数のバランスもよくってよ」とのことだったが、東京の美術館に行く、というのはタイミングを逃すといつになるかわからないので、京都に行っておくことにした。

予定通りに京都国立近代美術館につき、高校生の時分ここでアンゼルム・キーファーを観たなあ、などと思い出しながら展覧会へ。

細かいレビューは別記事にすることにして、時計を気にしながらきっちり一時間で観て回る。図版を買おうか買おうまいか悩んだのだが(けっこう値段が高いんだもん)、「いやしかし今後、授業に使えるかもしれないではないか。そもそもバレエ・リュス関係の資料の印刷物を持っているのか?」という内なる声が聞こえ、購入を決定。

10時半にバスに乗り、11時、高辻新町のLibertaへ。ここのサイトに写真が載っている人に髪を切ってもらう。

12時すぎにカットが終わって、奥さんと合流。あまりの蒸し暑さに死にそうになりながらタクシーを拾い、パダワン少年のところへルードゥーをしに行く。

Vfsh0251  といっても、ついたのがお昼ごろ。義務教育期間中であるパダワン少年はまだ授業である。そこで、しっぽうさぎさんにお昼をごちそうになりながら、大人の会話を楽しむ。しっぽうさぎさんのファッションの来歴が分かってとても興味深かった。

しかし平穏な時は長くは続かないもので、3時過ぎにパダワン少年が帰ってくる。なぜかTシャツの襟ぐりがでろんでろんに伸びている。朝着ていったときにはちゃんとしていたらしいのだが。

それよりも何よりも、たった3ヶ月会わなかっただけで、また少しオトナっぽい顔になっていたのでびっくりする。子供の成長って早いんだなあ。

と、なんだか親戚の叔父さんみたいな気分になる。

ここで都並の思考はあらぬ方向に、自らの少年時代へと向かう。しゅぱー(思考が向かう音)。

思えば、僕が小学生だったころは、学校が長い休みになるたびに、今年3月に他界した祖父のところに帰省していた。そこで祖父は僕達3兄弟、自称3匹のこぶたを思いっきり甘やかしてくれたのだが、彼の眼にも僕らはこんなふうに映ったのだろうか。

3ヶ月毎に現われては、マッハの速度で大きくなっていく、真っ黒に日焼けした、痩せた子供たち。彼は、言ってみれば、直線状に途切れなくつづく僕らの人生を、ある点線として眺めていたわけだ。彼はそんな点線の中の僕らのことをどんな思いで見ていたのだろうか。

ぱしぃー(思考が現実に帰る音)。

などと思いを馳せている時間はわずか一瞬で、というのも目の前のパダワン少年はそんな隙などぜんぜん与えてくれないからだ。

面子が揃うとすぐに2回めのルードゥー・タイムが始まる。しかし子供というのは常に、よい点も悪い点も持った生き物である。

パダワンくんもその例に漏れず、「お兄ちゃん、遠くに行くお仕事はもう終わったの?」(つまり、北関東から京都にもう戻ってきたの?)などと感動的な発言をしてくれる一方で、「腐った○○○が燃え出ーしー♪」というここで書きにくいようなオリジナル・ソングを披露してくれる逸材なのである。

そのパダワンくん、我々のいない間にも客人を捕まえてはルードゥーをしていたらしく(パッケージの箱は早くもぼろぼろだった)、その間に少しずつ、理の当然として、彼に不利にはならないように作られたオリジナル・ルールを付け加えていた。

が、この新ルールがゲームの質を「ぬるく」してしまったのは否めなかった。この点はしっぽうさぎさんも直ちに気づかれたようで、「次回はもとのルールで」と、早くも次回(8月かな)のレギュレーションを設定してくださった。

楽しい時間は瞬く間に過ぎ、6時過ぎにしっぽうさぎさん宅を出る。バスに乗って京都駅へ。ここから奥さんは実家へ。僕は東京行きの新幹線に。しばらく別々である。

帰りの新幹線の中でまた、点線と実線について考える。例えば奥さんと僕とは、デートという点線を重ねて結婚という二重線の実線にたどり着いたのだ。家族というのはこういう多重の実線を作っていくことなのだな。

そして、奥さんを送り出してくれたお父さんお母さん。お二人の中ではまた、奥さんは点線になってしまった。今、そのことをどんな思いで受け止めてらっしゃるのだろうか。

という感傷的な思いとホップちゃんエビスを乗せて、新幹線は東京に向かう。

しゅぱー。

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一回戦:X-MEN VS バットマン/二回戦:長男 VS 三男

明けて月曜日。

僕は一日オフ。本当なら奥さんと京都でもぶらぶらしたいところだが、奥さんは午前中だけ仕事があったので、午後から合流することに。しかたないので僕だけで京都をぶらぶらする。

全くノープランだったのだが、行きの地下鉄の吊り広告で「舞台芸術の世界」展なる展覧会が京都国立近代美術館でやっているのを発見。九時半からやっているというのでバスに乗っていそいそと出かける。

そもそもバレエ・リュスの世界には縁があって、以前勤めていた職場で、現在兵庫県立芸術文化センターに所蔵されているバレエ関係資料の世界的コレクション「薄井コレクション」の展覧会に関わる仕事をしたことがあった。その関係で、舞踊研究家のHNさん(すごい美人で、それは関係ないけどつい昨日ニジンスキーの本を出版されました)ともお知り合いになり、バレエ・リュスの世界について薫陶を受けたのである。だから、『青い神』とか『パラード』とかカルサーヴィナとかバクストとか一応は知っている。

さらによくよく吊り広告を見れば、この「薄井コレクション」からも数点出展されているようではないか。これは行かない手はない。何せ全国的に見たら、僕はむしろ「内部」の人間なのである。

…と思ってはりきって行ったら休館日だった。心の中で「あんたバカね、おほほ」というアホの坂田こと坂田利夫氏の名文句がこだまする。

仕方ないので、三条に戻り、MOVIX京都にて『プレステージ』を観る。『バットマン』のクリスチャン・ベールと、『X-MEN』のヒュー・ジャックマンが対決する、という趣向も面白いし、何せ監督はクリストファー・ノーランだし、ミクシィのレビューであの『ゾディアック』よりも褒めている人がいたりしたし、興味津々であった。

しかし映画は10時50分からで、少し間があったので、1Fの紀伊国屋書店にてDVDの渉猟。今度学内の予算で大量に買えるので、めぼしいタイトルをピックアップしては大学のアドレスに携帯からメールする。フランク・キャプラのボックスセットなんかはぜひほしいところだ。

夢中になっている間に時間が来たので映画へ。

結果から言うと、しごく残念な映画であった。個人的には、バットマン対X-MENは暑苦しいだけだったし、拾うところのない映画であった。詳しくは別記事のレビューにて。

その残念な気分を払拭すべく、奥さんと合流してお気に入りのレストラン「オステリア・バスティーユ」へ。ここはイタリアン×フレンチのおいしいランチがリーズナブルに味わえるし、店の雰囲気も構えがないので居心地がいい。

ふたりともチキンの香草パン粉焼きのランチを頼んだのだが、時間が遅かったのでチキンが売り切れ、僕のぶんは豚バラ肉のローストにしてもらった。メニューにない料理が食べられてむしろラッキーな感じである。おかげで『プレステージ』の残念な印象から立ち直る。それぞれのランチのお肉の下にはラタトウィユふうのソースがかかったクスクスが敷いてあってこれがまたおいしい。実際僕はこの店で初めてクスクスっておいしいんだと思ったくらいである。

これを満喫した後、デザートにアールグレイのブランマンジェをいただく。だって、お店のお姉さんが「できたてでぷるぷるとろとろですよ」っていうんだもん。これがまた、なんともまあ、ぷるぷるとろとろであったことよ。

食事を終えた後、奥さんに付き合って小さな手芸系雑貨店「ボビンロビン」へ。奥さんはここでポーチのキットを買っていた。それから新風館へ移動。奥さんの部屋着を見繕いにビームス・ボーイへ入ったら、LEGO×ポール・フランクのTシャツ(柄は違うけどノリ的にはこんなんです)を発見。かわいかったのだが色が奥さんのキャラに合わないというので買い控える。メンズがあったら買っていたのだが幸いメンズはなかった。

その後東山三条へ。京都にいるうちに、と思いつつ一度も行かなかった「信三郎帆布」へ。一澤家のリア王的な跡目争いはかねがね色々聞いていて、実際のところどちらに正義があるのかはわからないのだが、個人的には「ずっとお店をやっていた」という三男さん、信三郎さんに肩入れをしている。純粋にモノだけを見ると、信三郎さんのものはかつての「一澤帆布」の垢抜けない感じ(防空壕とかが似合う感じ)とは程遠く、モダナイズされたぶんオーラが抜けている。どうやらロゴとかデザイン(型番)の使用権は長男さんにあるのだろう。だから、昔の「昭和」の香りが好きなファンには「信三郎帆布」はなかなか受け容れがたいのかもしれないが、「第二の遺言書」の真贋の微妙さとかを考えると、長男さんのお店のものを買う気にはなれない。

とかなんとかいいつつ、長男さんのお店は前を素通りして、信三郎さんのところでお弁当用のトートを買ってきた。ひとつ4000円。ものは頑丈だろうから、まあ、いい買い物だろう。

しかしまあ、この関西行では一種箍が外れたように買い物をしてしまった。それだけ日ごろ身近に買い物をするところがない、ということなのだろうが、それにしても、自己イメージを維持する方法を買い物に求める我が「消費アフロエンザ」については、いかに、イーグルトンが言うように、資本主義のグローバリゼーションが今日の「大きな物語」だとしても、少し反省が必要かもしれない。

その後夜はお父さんお母さんと合流。行きつけのお寿司屋さんでご飯を食べたあと、日航プリンセスホテルにて就寝。学会の疲れが出て、『シュレック2』の途中で夢の世界に旅立ってしまった。

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ネギ星人大阪に帰る(プロジェクトTNT)

土日は先日とは別の学会で帰阪していた。

この学会は基本関西勢の研究者が元気なのだが、そればかりでなく、僕のゼミの師匠のお二人が会長と事務局長をされている。そんなわけで当然出身ゼミの人間も多いし、里帰りみたいなもので、ほっと一安心できる(学会によっては出かけていっても孤立無援、懇親会でも知り合い作りに一苦労、ってことがなくもない)。

この学会に二日間参加、他人の発表を聞いているといい刺激になり、来年度の講義のアイデアなどぷわぷわ浮いてくる。自分の専門分野と微妙にずれているのがかえっていいヒントをくれる。

今回の帰阪は、二日間の宿にしたホテルが「ここは独房か」というくらいの狭い部屋で(ユニットバスが狭すぎて、洗面台とトイレを置いたらもうバスタブが置けないサイズなので、仕方なしにバスタブが台形になっている、というすごい部屋である)びっくりしたが、それ以外はいい旅であった。

初日の夜は懇親会の後、大阪のブロンクス十三にて、キャッシュ・オン・デリバリーと自ら謳っている大衆的居酒屋を満喫。要はこちらが何かを注文するごとに、テーブルの上に置いたお金から店の人が代金ぶんを持っていく、というワイルド・スタイルのお店である。

こういうお店は、自家用車‐国道‐大型駐車場つき路面店で成り立っている北関東にはまずないものなので、久しぶりで実に楽しかった。僕自身10代の終わりに大阪に出てきたときには、この十三という町のワイルドさに正直びびったものだが、今となっては落ち着ける場所とさえいえる。

二日目の夜は、友人を再訪したかったが都合が合わず、ひとり「やまもと」のねぎ焼きを食べに出かける。

Vfsh0248 ネギ星人、孤独だが至福のひとときである。正直、大阪・梅田でお好み焼きを食べるなら、ここ「やまもと」かスカイビル地下の「きじ」を猛烈に、それこそあなたが息苦しくなるくらいにオススメする。

「大阪来たし、いっぺんねぎ焼きちゅうもん食ってみよかー」と思ったら「やまもと」、「ええー、ふつうのお好み焼きがええわー」というなら「きじ」で絶対に外れなしである。正直どっちのお店も行列必至だが、並ぶ価値はある。これを食べて「おいしくない」という人がいたら、それは…味覚の違いかな。いえ、いいんです。わたしは差異を否定しません。ポスト・モダニズム以降(変な日本語)、差異は豊穣なるものですから。

ついでにこの日はHEPのクラークスにて仕事に使う靴を購入。結婚式以来ずっとポール・スミスさんの靴を履いてきたのだが、最近ちょっと底が磨り減りすぎたので、買い替えと相成った。クラークスは実は初めてだったのだが、知り合いのカメラマンさんが「僕は靴はクラークス・オンリー」と言っていたので、それじゃあちょっと買ってみようか、と思ったのである。

しかも、これまで都並は「革靴っていうのは、底まで革じゃなきゃ、革靴じゃないぜ」をスローガンに、融通の利かないこだわりを靴選びにも適用してきたのだが、このたびついにゴム底の靴に変えた。というのも、北関東のワイルドな舗装道路が、雨降りのたびに水溜りの水を底から浸食させてくれるからである。

買い物に弾みがついて、ついついタワーレコードにも立ち寄る。北関東にもタワーレコードはあるが、品揃えが違うので、うれしくなって試聴しまくる。いろいろ聞いた中で、ニコデマスジョン・バトラー・トリオとどれにするか迷ったのだが、今はやりのサーフ・ロックのコーナーで「ALO」なるバンドのCDを購入。ジャック・ジョンソンをもう少し筋骨隆々とさせた感じで、しっかりしたバンドサウンドとレイドバックした雰囲気のバランスがよい。この夏のドライブに、自宅でうだうだするときに、といろいろ活躍しそうなのでこれに決めた。

これらの戦利品を手に、日曜日は奥さんの実家@滋賀に帰宅。

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梅雨の空 旅の空

都並はこれより火曜日まで学会&有休で大阪に出かけます。

その間更新できたらしますができなかったらあしからず。

関西でお会いする方はお会いしましょう。

それではまた後日。

追記:JRは今架線トラブルで止まっていますが。何かと旅行運のないわたし。

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オーソン・ウェルズはニジンスキーの夢を見るか

毎日非常識に暑いですが皆さんはこの夏、どこかに国外逃亡の予定はありますでしょうか。いやはや、毎日毎日この国の根幹の制度に対するモラルの低下を報道で見せ付けられると、どこかに国外逃亡したくもなるってもんですよね。

都並は、そんなこと言いつつも、わが国よりもいい国とはぜんぜん思えないんだけれど、この9月に同時多発テロの"Ground Zero"を詣でてくる計画を進行中です。

そのための宿を今奥さんと協働して探している最中なのですが、先日その作業中に気になるホテルを発見。

このホテル、City Club Hotelがそれです。もちろん、ちょっと値の張るホテルなので、ここに泊まらないほうがよいのだけれど、写真(リダイレクトされてしまうので、画面左上のヴォーグ誌フランス版の記事を見てください)の中に気になるメッセージを見つけてしまったのです。

「オーソン・ウェルズによるマーキュリー劇団公演」

この、一見部屋の姿見に書かれているとおぼしきメッセージはいったいなんだ。

オーソン・ウェルズといえば、皆さんおなじみの、アメリカ映画史に残る普及の名作『市民ケーン』(1941)を撮った有名な俳優・監督ですが、なんでこの人の「公演」と銘打った鏡がこの部屋にあるんだろう。

ウェルズについては僕自身、若書きではありますが論文を書いたことがあるので、ゆかりのあるところなら詣でてみたい気も。でもいまのところこの言葉の意味の調べがつかないんだよねえ。

ちなみに新婚旅行では奮発してパリ・オペラ座の近くの「スクリーブ」に泊まったのだけれど、ここは廊下の壁紙がニジンスキーの『春の祭典』だったり『牧神』だったり、と、とってもバレエづいていたのでした。

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丘のハーレムのインを砂糖で甘くしなさい

この二日間の動向。

土曜日は、観測史上日本一の暑さを誇る(のは正確には隣町だが)わが町の夏に備えて、書斎と寝室のエアコンを買いに量販店へ。グレードの高いものだと10万円くらいするので、まずは寝室のものだけ、と思ったのだが、意外にもダイキンさんのものが約5万円であったので、二台購入。併せて、奥さんが以前から欲しがっていたナショナルのホームベーカリーを買う。

このホームベーカリーは、『暮しの手帖』の比較記事で一番評判がよかったもの。

①音が静か

②イースト自動投入式でふくらみが違う

③デニッシュ、フランスパンのほか、パスタ生地、うどんも作れる

という優秀なやつなので、小麦人間の奥さんによって素晴らしいパンが作られることを願う。

そのほか、近所のスポーツ・オーソリティで、両父親のために「父の日」プレゼントを買う。山登りが趣味のうちの親父には、アディダスのアイス・ライヴTシャツ、奥さんのお父さんも、野球が趣味なので「全員野球」とかロゴの入ったナイキのアンダーシャツを購入。

その後サティに移動して、サティの中のわりにはまあまあのイタリア料理店でパスタとピザを食べたあと、レイトショーで『大日本人』を観る(レビューは別記事にて)。

大満足して帰宅、就寝。

明けて今日、日曜日は大宮くらいまでウインドウ・ショッピングに行くつもりだったが、関東一円どこも大雨洪水警報が出ていたので夕方まで自粛。

かわりに、奥さんと夏休みの旅行の計画を練る。NYくんだりまで行こうと思うのだが、飛行機と宿と、ネットで別々に取ってできるだけ安く浮かそうという計画。NYはマンハッタンになかなかこじゃれたB&Bがたくさんあるので、しばし検索して楽しむ。しかし始動が遅かったのか、よさげなところはすでに予約で埋まっている。なかなか難しい。

そのうち僕はくたびれて、横で転寝をしてしまったのだが、その隙に奥さんが冗談でサイトを次々自動翻訳し始めたらしく、画面を見て独りでくすくすと笑い始めた。

「ん?どれどれ」と眠い眼をこすりこすり見た時に、画面上にあったのがタイトルの宿。Sugar Hill Harlem Inn というところであった。

悪乗りし始めた奥さんを嗜めつつ、再び午睡に落ちる。その間に奥さんが2、3よさげなホテルをブックマークしておいてくれた。

5時半ごろ、奥さんが「お腹すいた」というので、以前からネットで名前を見て気になっていた「市内でいちばんの中華料理店」というのに行くことにする。

実は我が家はこのところ餃子に呼ばれていたのである。TV東京でたまたまやっていた「所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!」という番組で浜松の餃子特集をやっていたかと思うと、その後見た「帰ってきた時効警察」の最終回でも三日月くんが餃子を大量に焼いていた。同じ日にはSMAPの香取慎吾くんもCMで餃子を焼いていた。

そんなわけで「これは餃子を食わずばなるまい」と思っていたのである。そこで市内一の中華料理店に足を運んだのであるが、これが正解だった。餃子はあくまでジューシィ、噛むと口の中にスープがとろけ出る。油もたっぷりなのだがしつこくなく、ニラやにんにくもほどよく、思わず手を打つような味であった。

このほか、にんにくたっぷりのブラックタイガーの唐揚げ、甘辛の回鍋肉、チャーシュー入り炒飯など本気の中華を久々に堪能し、生ビールも3杯満喫。至福のひとときであった。

奥さんもデザートに手作り杏仁豆腐をオーダー。こちらもおいしかった。帰ってきて、一休みして、今ブログを書いている。

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東北の玄関口で愛をけばぶ

土日は多摩方面で学会であった。

日曜日の発表は、特に土台からひっくり返されるような質問もなく、といって皆さん目が点、という感じでもなく、まずまずのできであった。以前からお世話になっている先生方は皆さんほめてくださり、誕生日としては僥倖であった。

特に、某K先生が「学部生向けの概説書作ろうと思っているんだけど君の得意分野のあれ、書かない?」と言ってくださったのはうれしかった。まあ、酒の席のことだったし「あれ、俺この店勘定払った?」とか(出てきた料理を見て)「あれ?これ頼んだ?」とかいう状態での発言だったので全面的には信じがたいのだが、なんとか実現の方向にこぎつけたら、と思う。そろそろ履歴書に「著書」を書き込みたい、という年齢なのだ。

日曜日はそんなこんなで、ある程度の達成感を胸に、大量のアルコールを血中にホテルに帰り、そのまま沈没する。気がつけば朝だった。

翌日は奥さんと浅草&かっぱ橋へ。あのフィリップ・スタルク翁設計の「金色のうんこ」ことアサヒスーパードライホールが見える隅田川沿いのカフェで誕生日を祝ってもらう。

Vfsh0230

その後、一応(ご本尊が何かももうひとつわからぬまま)浅草寺に詣で、仲見世通なんかをぶらぶらした後、合羽橋へ。

合羽橋はテレビなんかでも頻繁に取り上げられるし(昨日もNHKのロケ車が何台も我が物顔で路上を占拠していた)、ホーム・インプルーブメント大好きの我々夫婦にとってはぜったいずっぱまりの場所だろうとは思っていたが、行ってみるとやっぱりそうだった。

筒井康隆の短編にものすっごく長い商店街を旅するという「十二市場オデッセイ」(『家族場面』に収録)というのがあるが、まさにそのノリで、店から店へと足がはまって旅が進まない。食器や鍋釜だけでなく、食品見本とか、ポップとか、見るものすべてがクリエイティヴィティをくすぐる。しかも安い。

しかしそうはいっても出張帰りで荷物も多く、いくら安くても重たい食器や鍋なんかは買えない。ということで持って帰れる紙製品を買うことにする。某店で大量にロー引き封筒(こんなの)を売っていたので夫婦して色めきたち、初めて火を見た原始人のように興奮しつつ大量に買い込む。

なんでロー引きにそんなに興奮するかは、わからない人にはぜんっぜんわかってもらえないんだろうなあ。でもこれが「かわいい」のである。ちょっとした贈り物とか、ランチの包み紙にしたらしゃれているではないか。

Vfsh0231_1 同じ店にはホットドッグやハンバーガーの包み紙も売っていた(画像参照)。次回ハンバーガー祭りするときはこれありきですね>関係者諸氏。

旅をどんどん南に進めていくうちに、京都で言ったら町家を改造したふうの店舗で、小民具や食器なんかを扱っているお店を発見。非常に京都的なセンスで気になったので入ってみる。一階には食器や一部の家具、それから大量の引き戸(!)が置いてあり、どれも良心的値段。それから古いマージャンの牌や点棒を使ったストラップ、南京錠、手ぬぐいなんかもあって、どれもセンスの良さを感じさせた。

Vfsh0232 二階もさらに家具。合羽橋じゃなくて烏丸仏光寺ですよ、といわれたら信じてしまいそうなセンスである。

ここで奥さんは水屋にひとめぼれ。我が家にあふれかえっているCDを入れるのに収納が必要だったので、即購入。こちらも京都の感覚でいったら半値くらいの買い物であった。

ちなみにスタッフさんも、手をペイントで真っ黒にした修理担当(お店の奥が工房のようだった)の女の子とレジの女の子が二人、かいがいしく&いそがしく動き回っており、そういう意味でも感じのいい店であった。水屋の棚板がCDを入れるのに強度的にどうかな、という話をしたら、ただみたいな値段で補強を入れてくれるというのにも感動。

「それじゃあ土曜日に配送お願いします」と言いながら店を出るときに、入れ替わりで女の子が四人くらい入ってきた。その女の子のうちの一人が手から提げていた買い物が、僕らと同じロー引きの袋であった。なんだか妙に納得させられるものがあった。

このお店、とっても気に入ったのだが「ブログに載せてお客さんが増えて、値段が上がったり品数が減ったり掘り出し物を取られたりしたらいやだから名前を載せないで」と奥さんがのたまったので特に名を伏せる。

早めの夕食は、知らなかったのだが最近山手線北東部で盛り上がっているらしいドネルケバブ。秋葉原では「スターケバブ」さんが気を吐いているし、上野にも「モーゼスさんのケバブ」が複数店舗あるらしい。

しかしこれらの店は今調べて初めて知ったのであって、実際に行ったのは国際通り沿いにあって目立っていた「サライケバブ」というお店。お肉が串に刺さってくるくる焙られている光景に再び原始人化し、思わず入ってみた。

これがなんとまあ、なかなかどうしてうまい。ビーフ&チキンにトマトソースのサンドイッチだから外さないといえば外さないのだが、ほどよくあっさりしていて、ボリュームもちょうどいい。

同じピタパン系といえば、パリのサンジェルマンだかマレ地区だかで食べたファラフェルもおいしい(豆のだんごを口いっぱいに頬張る幸せ)と思ったが、奥さんなんかは「私はこっちのほうが好き」という。

店員さんも感じのいい人で、これからかっぱ橋に行くときはケバブだな、と思う。ということで、遅まきながら僕もケバブ・ブームに参加します。

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デッドストック&トゥー・カーボネイテッド・ハリソンくん

月曜日にTDSへ行ってきた。

が、例えば初めて乗ったタワー・オブ・テラーやレイジング・スピリッツが思いのほか怖かったとか、かぶりもの系グッズが充実していて驚いたとか、ポップコーンの味も増えたのでびっくりしたとか、ギョウザドッグとうきわまんならうきわまんの方がおいしかったとか、そういう感想はもっとレヴェルの高いファンさんの専門性の高いブログないしサイトにあるはずなのでここでは控えておく。

ただ、月曜日は奥さんと付き合い始めて7周年の記念日で、しかも超がつくほど五月晴れの良き日にテーマパークでのんびりするのはとても気持ちよかった。奥さんには記念に「D'24」(思いのほかかわいかった)でTシャツをプレゼントしたのだが、これも喜んでもらえたようでよかった(恩着せがましげ)。

しかし、今回の日記のトピックは別のところにある。別のところ=イクスピアリである。

夕方にいったん時間があったのでイクスピアリをのぞいてみたら、「カルタ・スコピオ」というトレーディング・カード専門店でスター・ウォーズのデッドストックのトレカに出会ってしまった(もともとガムとカードのセットだったのだがガムだけはさすがに取り除いてあるそう)。

Vfsh0222 デッドストック=映画公開当時のもの、ということである。研究者としても気になるアイテムだし、このパッケージがまた、日本語歌詞を勝手につけて子門真人が歌っていたスター・ウォーズのテーマくらい「パッチもん」くさいデザインだったので、そのいなたさに一目ぼれして購入してしまった。決して大人買いという個数ではないが、それでも4デザイン中3デザイン買ってきた。

さらに、当時のカードの復刻版も出ているということで、そちらも購入。

Vfsh0224 こちらもそれなりにモダナイズされてはいるが、当時の絵柄を生かしたC-3POの味わいがよい。

帰ってきて、さっそく全部開封、というのは勇気がないので、こちらの復刻版だけ開けてみた。デッドストックの方は取り除いてあったガムが、こちらには入っている。しかしこちらも店員さん曰く「賞味期限切れ」ということなのでそっこう捨てる。

Vfsh0227 中からはこんな感じの、特に集めたくもならないようなデザインのカードが出てくる。この救いのないダサさもかえっていい感じ。

カードの裏側のデザインも凝っていて、名台詞とか、あらすじとか、クイズとかが書いてある。こういうのを見ると、アメリカのトレカ文化は根深いなと感慨ひとしおである。

Vfsh0226 しかし一袋に二枚も、カーボネイトされたハン・ソロのカードが入っていたのはいかがなものか。

追記:しっぽうさぎさんのところにはこの復刻版が、たけをさんのところには同系列のスタートレックのカードが後日届きますのでよろしく。

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見事に丘陵あくまで森林

Vfsh0205 この画像の真ん中にいる小さい人が都並です。

今日は、日曜日。昨日は休日出勤して仕事したけど、今日は一日オフ。朝のうちから宅急便さんが来て、トランスフォーマーを届けてくれたら、もう特に何の予定もなくなってしまった。

家にいる用事がなくなってしまったので、メガトロンの黒光りするスニーカー形態に目を細めつつ、ふと窓の外を見やると満点の快晴であった。

そこで奥さんを誘って公園へと出かけた。

Vfsh0198 都並は根っからの公園好きで、大学生の時は大阪の緑地公園のすぐとなりに住んでいたほどである。

さらに言えば奥さんとの初デートは7年前の明日、それも緑地公園だった。付き合い始めてからも、季節がいいとしょっちゅう公園に足を運んだものだった。おかげで京都は北山の植物園とか、大阪だと万博公園、緑地公園と、関西の大御所の公園はほとんど行きつくしてしまった(ちなみにプロフィール画像はパリのテュイルリー公園でのショットです。パリでは奥さんの勧めでリュクサンブール公園にも行きました)。

それでもふたりとも飽きることなく、春や秋が巡るたび、快晴の休日が訪れるたび、あちこちの公園を訪問してきた。どこか近くのおいしそうなベーカリー(京都・北山の植物園なら進々堂、御所ならプチメック、大阪・豊中の緑地公園なら神戸屋キッチン)でサンドイッチを買い込んでは、木陰の芝生の上にレジャーシートを敷いてそれをもぐもぐと食べる、という儀式的な行為に勤しんできた。そしてそのたびに、サンドイッチとともに、人生の好日を得た喜びをかみしめてきたのである。

そんなときはふたりとも、どちらからともなくこう言ったものだった。

Vfsh0206「もし転勤で引っ越しても、おいしいパン屋さんと大きな公園のある街に住みたいねえ」

そんなことを言っていたら、本当に引っ越してしまった。それも、未踏の地である北関東に。

そんなわけで、この北関東の地にあって、奥さんと僕がいかに「おいしいパン屋さん」を探してきたかはすでにこのブログに書いたとおりである。

ところが、「大きな公園」の方はまだ探索に手をつけていなかった。とは言っても、あることはあるのは分かっていたのである。引っ越してきた直後に買った「るるぶ」の付録のドライブマップを見たら、家から車で30分ほどのところにどでかい公園があるのを発見した。

Vfsh0199 その名も「国営武蔵丘陵森林公園」。とにかく、地図の上からも広さが分かるくらいどでかい公園である。東京ドーム何個ぶんかは分からないが、地図上ですぐ東隣にある川越カントリークラブと東松山カントリークラブというふたつのゴルフ場の面積を足してもまだ足りないくらいの規模である。小さめのゴルフ場3つぶん、と理解してもらえばいいだろう。駐車場スペースは2000台。園内には往復バス(片道20分)が走っているというから圧倒的な広さである。

で、今日みたいな好天に恵まれた日に行かない手はない、ということで行って撮ってきたのがこれらの画像である。

いやもう、とにかく広い。はんぱない。

しかも、メインの散策路以外は舗装してなかったりして、地図がなければ不安になるくらいの本気の森林の中を延々歩くこともできる(二番目の画像参照)。

しかしこれは、もともと山育ちで野山をかけずり回って大きくなった都並にとっては最高の環境である。木漏れ日の差す林の中に入った瞬間、全身の細胞が感動に打ち震えるのがわかった。耳を澄ませば、遠くで啄木鳥の音やうぐいすの声も聞こえる。すっかり童心に帰ってしまった都並は、思わず地面に落ちている木の枝を拾い、それを振り回しながら鼻歌を歌って歩いた。おかげで奥さんにはすっかり白眼視されてしまった。

Vfsh0203 このとことん本気の森林には吊り橋もある。

別に高いところを渡しているわけでもなければ、距離があるわけでもないけど、いちおう本格的な吊り橋もあるのである。これは、画像にも写っているが、子供達はみんな大喜びして渡っていた。

都並も、100エーカーの森を思い出して懐かしかった。

Vfsh0201 それから、こっちはもっとシリアスなものだと思うのだが、あちこちに沼があって、人命救助用の浮き輪があちこちにかけてある。

こればかりはさすがに、横溝正史風味というか、スティーヴン・キング風味だ。

ちなみにある沼には大量の鵜が棲みついていて、これもどことなくキング風味あるいはエドガー・アラン・ポー風味であった。夕暮れなどに見たら恐ろしかろう。

もちろん、いちばん上の画像のように開けたところもあって、そこには巨大トランポリンの丘みたいなのもあって、その上ではテンションが高まりすぎて歯止めの利かなくなった子供達が、何十人という規模でポップコーンのようにひたすら太陽に炒られていた(三つ目の画像の奥に見える白っぽいものがそのポップコーン機です)。

Vfsh0209 それから花畑もあって(とにかくもう、自然公園にありがちなものは一通りあるのだ)、そこではほどよく煮詰まった感じの写真同好会らしきお兄さんたちが、トウが立ちすぎたモデルのお姉さんを相手に撮影会をしていた。お姉さんの顔は終始、「いくらなんでももうナシだろう」という自覚と、「いやこんだけ喜んでもらえてんならまだいけんじゃないか」という勘違いの間で揺れ動いていた。その微妙な笑顔がほろ苦かった。

そんなこんなで、この広大な公園の1/3くらいを2時間くらいかけてゆっくり歩き、途中の売店で焼き鳥と浅漬けきゅうりと焼きとうもろこしを買って食べ、5時の閉園の一時間前に駐車場を出て帰って来た。

いや、もう大満足であった。まだまだ回りきれていない部分があるから、今後紅葉の時期、桜の時期と折に触れて訪問したい所存である。

帰りにサティにより、イオン・グループ系列店でしか売っていないアサヒの「醍醐味」を購入。夕食のざるそばと天ぷらをお供に飲む。味は、サントリーがコンビニで展開しているくまさんのビール(モルトセレクション)の赤ともども、ホップちゃんエビスによく似たバランスの取れた味だ。でも、ファーストノートから後味までの香りの爽やかさ、という点ではやっぱりホップちゃんがハナ差で勝っているかと思う。他二社のものもおいしいのだが、華やかさにかける感じだ。この2本のうちではしかし、苦味に重さがあるサントリーよりも、こちらの「醍醐味」の方が味に高級感を感じるかな。

どうでもいいけど、「醍醐」って中世のヨーグルトだかチーズのことだから、ビールの名前にはおかしいんじゃ。

そんなこといったら、「後醍醐天皇」なんて「チーズ皇帝」みたいな意味になっちゃうけど。それはそれで「トマトケチャップ皇帝」みたいでかっこういいか。

明日はディズニーシーに行ってきます(遊びすぎ)。

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(オモチャが三十路のオジサンの)ハートをわしづかみ②

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明けて今日、日曜日は「母の日」である。

独身時代は「母の日」なんて無視して省みなかったが、結婚して以来我が家でも贈り物をする風習ができた。

そこで先日ゴールデンウィークに帰省した折に、それとなく、というか真っ正面から、「もうすぐ母の日だけどほしいものあるか」と訊いてみた。すると即答で、会社の同僚が持っていた、とある洋書の野鳥の本が欲しいという。しかしそれを手に入れようにも、実家周辺のド田舎には、そんなしゃれたものを売っている書店はない。かといってネット注文するにも、母親はPC自体を持っていないし、土台持っていたところで、インターネットでの本の注文なんて複雑な作業はできないだろうと思われる。ということで僕に注文を依頼しようと思っていたところだったそう。

インターネットで本を買うなんて、僕の仕事の一環といってもいいくらいだから「そんなんでよければ」と快諾。すでに先週、アマゾンから直接配送してもらった。しかしその本が、プレゼントとしては価格的に大したことなかったので、もう一品、と思っていた。

そこで帰郷の際、「ひこにゃんのぬいぐるみがほしいの。小さいのはかわいくないから大きいやつがいいな」と言っていたのを思い出し、それじゃあ、ということでそちらも贈ることにした。

しかし聞くところによると、このひこにゃん、地方まちおこしゆるキャラの枠を超えてただいま全国的に大人気ということで、地元彦根でも品薄状態が続いているとか。

そこで一計を案じて、というほどでもないが、自分たちの結婚式でひこにゃんをリング・ピローに使った滋賀県在住の友人(敢えて名を伏す)に購入方法を聞いてみた。そしたらさすが蛇の道は蛇、その友人がネットで買えるところを見つけてくれ、メールをくれた(ありがとうございました)。

ところが、メールをもらったときにそのまますぐに注文すればよかったのだが、情報を得て安心してしまい、今日の母の日までうっちゃっていた。そのことを昼頃になって急に思い出したので、慌ててサイトにアクセス、購入・発送の手続きをとった。

PCを立ち上げたついでに、昨日「トイザらス」で見た「MARVEL 3Age」を検索。ゴーストライダーくらいはあってもいい。研究室の机の上に飾ったら、学生との話のネタにはなるだろう。

そう思って色々見るうち、ヒットしたサイトの左欄に「TRANSFORMERS」の文字があるのを発見。慌ててクリックしたところ、ついに例のブツにめぐり会ってしまったわけである。その名も

TRANSFORMER SPORTS LABEL feat. NIKE FREE 7.0

見た瞬間、やられた、と思った。トランスフォーマー×ナイキのスニーカー。ナイキ・フリーがトランスフォームしてコンボイに。パッケージもナイキの靴箱ふう。めちゃくちゃかっこいいではないか。あらゆる方面からハートをつかまれた。アメコミ・フィギュアとか10年以上前に「もういいや」と思って買わなくなっていたのに、どうしようもないくらい抗いがたい魅力を感じている自分を発見した。

即、購入手続きに入る。が、4月26日発売というのにどこも品切れ状態。アマゾンでさえ業者が新品に倍近い価格を堂々とつけている。

あちこち探し回った挙句、ようやく定価でコンボイを売っているところを発見。こちらだけを購入。メガトロンは次の機会にすることに。オモチャ購入にこれだけ必死になったのはひさびさであった。

来月33になるのにこれでいいのだろうか…また映画も見て、グッズも買っちゃうんだろうな…。

追記:先ほど確認したところ、映画版コンボイ(オプティマス・プライム)は日本版は6月2日の発売だそうですね。5000円超の値段はさすがにどうかと思うけれど、こっちもかっこいいなあ。ヴァイナルテックの頃から、昨今のトランスフォーマーの造形技術には感嘆していたけれど、また新たなレヴェルに到達した感じですね。

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(オモチャが三十路のオジサンの)ハートをわしづかみ①

来月33歳になる男として、しかも学生の範たるべき教員としてあるまじきことだとは分かっているが、ひさしぶりにオモチャを即買いしてしまった。しかもネットで探しまくって。しかもなぜかやけに焦りながら。

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以下はその顛末である。

土曜日は車の運転練習を兼ねて近所の「トイザらス」に出かけてきた。というか、「トイザらス」の入っている郊外型大型ショッピング・モールに「スポーツ・オーソリティ」も入っていることが分かったので、本来はそっちがメインで行ったのだった。

というのも、数年前タイの空港で購入して以来愛用していた、Nike Prestoのウォッチ(僕の持っているものは黒)が、そろそろ寿命が来そうだったからである。

このウォッチ、ほんとうは女性用なのだが、バングルタイプなのが着け易く、映画館の闇でもバックライトで時間が分かるので気に入っていた。それがつかっているうちに、両端のラバー部分がしだいに傷んできて、亀裂ができてきた。機械部分はだいじょうぶなのだが、このままいくと早晩断裂しそうである。

しかしこの商品は絶版なので、代替品を見つけにいったのだ。

けれどもあいにく気に入ったものは見つからず、結局、研究室内で履くサンダル(いちおうロットのものではあるけど1500円くらいの安物)を買って退却してきた。

その後そのとなりが「トイザらス」だったので、物見遊山でのぞいてみた。奥さんはブライス人形の小さいのに興味があったし、僕もパダワン少年の好きなLEGO STARWARSの製品をチェックして、場合によってはしっぽうさぎさんに連絡しておこうと思ったからである。それに加えて、もうすぐ実写映画版が公開される『トランスフォーマー』の関連商品があれば見ておきたい、と思ったからでもある。

というわけで、全国どこの店舗に行ってもだいたい同じ様子の「トイザらス」のなかを、夫婦してぶらぶら歩いてきた。Vfsh0177

Vfsh0178 結果から言うと、ブライスちゃんはあんまり品数がなかったが、LEGOは「765・」で始まるシリーズ(あんまり詳しくないのだけれど新作だろうか)は一通りあった。このうち「7655 クローン・トルーパー・バトルパック」(画像ふたつめ)とか「7654 ドロイド・バトルパック」を購入すれば、しっぽうさぎさんところでの次回ルードゥー大会の自軍コマとしてクローン・トルーパーかドロイドを使えるな、と思ったのだが、その思い付きのために2000円も使うのはもったいなくてやめてきた。何を言っているかわからないですね、はい、すいません。

Vfsh0176 さらに売り場を見て回るうち、「MARVEL 3Age」なる気になるフィギュアを発見。スパイダーマンやらウルヴァリンのディフォルメされた感じがかわいらしい。ゴーストライダーが個人的にはツボ。が、売り場にはアイアンマン(でこっぱちが香田晋みたいでこれはこれでかわいいが)とザ・シングしかなかったのでこちらも買い控える。

それはさておき、お目当てのトランスフォーマーはというと、こちらも商品がほとんどなく、見るべきものはなかった。

そんなわけで結局、Nintendo DS Liteが全色売っているのを確認しつつ(さすが北関東)、何も買わずに出てきた。

その後、近所の輸入食材も扱うスーパーに初めて行ってみて、ヒューガルテンがあったり、サンクゼールのジャムがあったり、コスモのカレー粉が何種類もあるのを確認し、「おまえたちにここで会えるとは」と少し感激しつつお買い物。この日の探索行はこれで終了であった。

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風姿家電

Vfsh0174 いよいよ本格的な暑さが到来の今日この頃(北関東だけか)、皆様いかがお過ごしでしょうか。

こちらは、あまりの気温の上昇っぷりに居ても立ってもいられず、暦の上ではかなり時期尚早だなとも思いつつ、早くもいくつか対策を講じました。

まずは、自宅での部屋着を早くも短パンにしました(ユニクロ西陣店で去年購入した軍パン)。

次に、朝飲むコーヒーをアイスコーヒーにしました。

そして最後に、研究室に扇風機を入れました。

早すぎるでしょうか。

いや、おっしゃることもわかります。さすがに人一倍汗っかきの僕も、最後の扇風機に関しては今日の今日までどうしようか迷っていて、まだ5月だしなあ、とは思っていました。

それが今日、教務補助のHさんと話していて、話がたまたまそっちの話になった折に、「それじゃあ、LL準備室に余っているのがあるか見てきましょうか」といってもらったので、ついつい踏み切ってしまいました。

これで本格的な夏の準備が早くも整ってしまいました。時期尚早とは思いつつも、これらの装備によって心底安心したのも事実です。

しかし、それはそれとしてこの扇風機がすごかった。昭和57年度購入のものでありました(画像参照)。木目調のいわゆる「家具調」デザイン。時代を感じさせます。それでいて、すべてのボタンが生きていて、どこも悪くなっていないのがさすがです。昔の家電はシンプルかつ頑丈だったんだなあ(ちなみにT芝製です)。

余談ですが僕の研究室には他にも、出身大学で処分されそうになったのを拾ってきたH立製のデスクスタンドがあり(こちらも画像参照)、これで昭和の匂いがぷんぷんのイカす研究室になりました。Vfsh0175

こんなところにスターウォーズのポスターとか貼っていいのかしらん(デスクスタンドの背景の壁に貼る予定です)。

皆さんはどうお思いか存じませんが、大学というところは、ある面ではとっても贅沢なお金の使い方をするところですが、また別のある面ではとっても物持ちのいいところなのです。

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コエド日和

プロジェクトTNT(溜まった・日記・付け直し)が思いのほか進まないので普通の日記を書く。

このゴールデンウィークには実家をはしごし、ただで出てくる食事と酒に遠慮なく食らい付きしっかり肥えてしまった。ゴールデンウィーク空けからデトックス&ローカロリー・メニューと思うが、奥さんの手料理がまた美味く、先に進まない日々。

しかも、昨晩と今晩と立て続けに、近所の道の駅にて購入した、埼玉県は川越市の地ビール「COEDO(コエド)」を試飲してしまった。今回購入したのは、数種展開しているうちの「伽羅」(もっともベーシックなタイプ)と「瑠璃」(ピルスナータイプ)である。モンドセレクションも受賞しているビール、と謳っていたので、ビール好きとしては、飲まねばならん。

感想から言うと、「瑠璃」は、淡い黄金色の外見と裏腹に、旧のエビス〈黒〉に似た甘く香ばしい味わいを持つ不思議なビール。「伽羅」も一見ふつうのビールだが、ハーフ&ハーフのような甘みを持つマイルドなビール。

どちらも仕上げが相当丸い味になっていて、お料理を選ぶ感じであった(ちなみに、昨日のメニューは蛸のラタトゥイユと、ブロッコリとベーコンのペンネ。今日はマグロ尽くしでマグロのヅケ丼とステーキ、蕪とアラの煮物、ナスと葱の味噌汁)。マイルドでコクのある味が好きな御仁には受けるだろう。

もっとも、シャープさとか優雅さという点では、「よなよなエール」やわが愛しのホップちゃんエビスに軍配が上がるだろう。マイルドなテイストはいいのだが、口に含んでいる間の味の変化とか、余韻という意味での深さでは、もう少しがんばってほしいところだ。

などといいつつ、この「COEDO(コエド)」、垢抜けないのかおしゃれなのかよく分からないラベルデザインも気になるし、他の銘柄も飲んでみたいところである。

何せ、うちの近所ではひょっとすると早くも真夏日か、という噂も聞く今日この頃。毎日の晩酌が恋しい季節はもうまもなく到来である。

しかし、現実には糖質0パーセントの発泡酒とかで日々を過ごしたほうが身体にいいんだよな…いやそれよか炭酸のミネラルウォーターのがもっといいんだよな…。

アイスコーヒー用の魔法瓶も買わないといけないし、夏に向けての懸案事項は山積みである。

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ロスト・イン・丸の内(プロジェクトTNT)

移動し続けるマイセルフ。

プロジェクトTNTも、現実の日付になかなか追いつかないまま日ばかりが経ち、実際これを書いているのはもう6日だったりして、ままならないのが人生よ。おおげさか。なんにせよ、いったん日を空けたことで明らかにモチベーションが下がっているのだが、もはや休日中の自分の行状を事細かに書きつけることでいったい何を得ようとしているのか、それを他人に詳らかにすることでどこへたどり着こうとしているのか、まったくわからなくなっているのだが、それでも続きを書く。ゴールデンウィークの日記をすべてつけ終わったところで何らかの達成感ないし解放感といった精神的収穫が得られることを願いつつ。

【DAY5:新丸ビル、チョコレートアイスクリーム、佐賀牛】

2日は昼前に浜松の実家を出でて、13時半頃、東京駅で奥さんと待ち合わせ。奥さんが実家から持たせてもらった佐賀牛の上等なステーキ(冷凍)をコインロッカーに預けて、丸の内見学旅行に出かける。

まずは4月27日にオープンしたばかりの、新丸ビル。とりたてて行きたい店があるわけでもなく、買いたいものがあるわけでもないのだが、とりあえず「おのぼりさん」を自認しつつ参加する。

その新丸ビルなのだが、丸の内北口から地下道を通って突入すると、これは、ハービスエントだ。なんというか、エスカレーターあたりのたたずまいがそっくりなのである。設計者が同じなんだろうか。と思って今ネットで軽く調べたが分からない。ご存知の方は御教示ください。

ともかく、その奇妙な既視感の中を各フロアを見て回る。お客さんは我々同様、物見遊山で来たおのぼりさんばっかり。二回目は来なさそうなおばさまとかがかなりの比率で混じっている。その中を奥さんとふたりで「ほー」「へー」といいつつ見学はするのだが、特にほしいものはない。しかしまあ、京都でポロシャツを買ったダファーとか、イタルスタイルとかアーバン・リサーチとか、タブロイドニュースとか、目的意識を持ってきたら何か買えそうではある。その点、「おめえこんなもの買えねえよ」とついいいたくなる表参道なんちゃらよりは好感が持てる。

とかなんとか偉そうなことをいいつつ、何も買わないで帰るのもあれなので、奥さんに「レ・トワール・デュ・ソレイユ」でポーチを購入。奥さんはそのほかバナリパで麻の6ポケショーパンを購入。

全体的な印象としては、予想に反して、ふつうに構えずに買い物に来れる感じであった。てっきり「トーキョー!メガポ!(メガロポリスの略)」的な圧倒するモノを持っているのかと思っていたのだが、そんなことはなかった。もともと、もとの丸ビルもよく知らないので、その期待自体が見当はずれだったのかもしれないけど。

新丸ビル見学の後は、そのまま仲通を西進。「これがよく雑誌に載っている『トゥモローランド丸の内店』かあ」などといいつつ路面店を見て回る。知人の鎌倉在住の舞踊研究家HN女史のオススメの店なんかもあったのでそこも見学。意外にかわいらしい感じであった。

途中某カフェで徒に高いペリエを飲み、メゾン・ド・ショコラのアイスを食べ(奥さん曰く「パリだと半額で買えるんだもん、ぐすんぐすん」ということだったので、チョコレートは断念した)、それから八重洲口の大丸で奥さんの母の日プレゼントのカットソーを買い、地下の食品店でステーキの付け合せを買い、ロッカーの荷物(とステーキ本体)をピックアップして帰宅。

帰りはまた一時間強かかるのは避けられない運命なので、ゴールデンウィークだし、ということで、特急料金をはらって特急に乗る。1000円プラスで、昔懐かしい「これぞ特急」という感じの鄙びた車両に揺られて帰る。しっかり座れたのでよかった。

帰宅して、奥さんがさっそく佐賀牛を焼いてくれる。これがまた、33年の人生で経験したことのないくらい(つましい人生だったんだよ)サシの入った、「ステーキの叶姉妹やー」と叫びたくなるくらいの高級肉であった。一口め、あまりの肉汁に白目を剥く。そのまま白目剥きっぱなしで戻らないままにステーキを堪能。奥さんはあまりのこってり具合に途中でリタイア、結局300g近く佐賀牛を堪能してしまった。ふたりとも「もうしばらくお肉はいいね」という結論に達する。

明日は一日北関東でオフ。その後また浜松に戻って法事。移動し続けるマイセルフ。エヴィバディ、レツゲドン。

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タイムトラベルはつづく(プロジェクトTNT)

【DAY4:髪を切る、佐世保バーガー、祖父母の家、バースデイ・ストーリーズ】

この日は午前中から、昨年京都で行きつけだったお店で髪を切ってもらう。北関東の地ではまだ安心して任せられるお店を見つけられていないのである。結果、顧客カードを見てわかったのだが、京都に住んでいたときより早い頻度で通っていることになる。おかげでで20%オフであった。これで昼食代が奮発できる。

ここのお店は、僕も良く聴くベン・ハーパーとかジャック・ジョンソンがいつも流れていて、中古のカメラが飾ってあったりして、何かとセンスに共鳴できるところが多く、落ち着いて通える。お店のスタッフさんもみんな楽しくていい人で、リラックスできるのもいいところだ。いつも髪を切ってもらうSさんは、バルサのゲームシャツの上にタキシード・ジャケットを着たりする伊達男である。

髪を切ってさっぱりしたら、京都駅に移動。今晩、浜松の祖父母の家で留守番の必要が発生したので、いちばんフリーなポジションにいる僕が買って出ることにしたのだ。

京都駅では昼食を「京都拉麺小路」で採る予定だった。住んでいた時分、後一軒を残すのみで残りのお店は制覇したのだが、引越し直前に新しいお店が入ってしまったので、リベンジを果たすつもりだった。

ところが着いてみると、ゴールデンウィークとあってどの店も長蛇の列である。新幹線の時間があるから、悠長に待ってもいられない。どうしようかと思っていたところ、佐世保バーガーの店「LOGKIT」が目に入った。少し前に同じフロアにオープンしたのだった。

迷うことなくプランを変更し、佐世保バーガーR(レギュラー)を注文。15分ほど待つと焼きあがったのが出てくる。うわさに聞いたとおり大きい。しかし全然完食できる。味は、でも「クアアイナ」の方がおいしいな、と思う。佐世保バーガーはケチャップやらマヨネーズやらがたっぷりで、そっちの味が強いし、ハムも入っているのでパテの純然たる風味が消されている。クアアイナの方がどちらかというと炭火で焼いた肉の味が強調されているように思う。

ともあれ、バーガー好きとしてはいちおう食べておかないといけないな、と思っていたので満足だ。

2時半ごろ、新幹線に乗って浜松へ。ちょうどいい時間にひかりがあった。浜松に4時ごろ着く。

浜松に着いたら、何をするかというと何をするでもない。年老いた祖母が独りきりになってしまうので付き添いをする、というだけのことだ。いつもは、隣に二世帯住宅的に住んでいる叔父の奥さん、つまり叔母が世話をしてくれているのだが、先日実家で御不幸があってそちらに帰省しているので、その間だけの留守番をするのだ。

祖父母は年を取ってきて身体も弱り、物忘れもひどくなったが、まあまあ元気だ。彼女の相手をしつつ、たわいもない話をする。

夜は、早くに祖母が寝てしまうので二階のゲスト用寝室に上がり、村上春樹の『バースデイ・ストーリーズ』を読む。誕生日の日を描いた現代アメリカの短編小説のアンソロジーで、とても面白い。翌日の午前中もこれを読む。

それにしても、祖父母の実家とは不思議な空間だ。いつも帰ってくると懐かしい感覚に襲われる。ある特定の精神状態にいつでも引き戻される空間である。といっても、時間が止まっている、というのではもちろんない。この家を作った主はいなくなってしまった。帰ってくるとお線香を上げるのが挨拶だ。現在は祖母が独りきりなので、あちこち、手が行き届かず老朽化している。バリアフリーに改装して、すっかり様子が変わった部分もある。一家団欒に使っていたリヴィングは、今では祖母の寝室だ。あちこち、年老いた祖母では(もとより面倒くさがりなのだが)掃除仕切れない部分に埃もたまっている。

それでも、ここに住んでいると、昔の自分に出会えるのだ。どこに目をやっても、まだここの住人が全員健康で、にぎやかだった時分の記憶が、家中のあちこちにしみのようにこびりついているような気がする。子供の頃の自分たちが遊んでいる声が、耳には聞こえない周波数でこだましている。その証拠に、古いすりガラスから差し込む五月の陽気は昔と全く変わらない。

そうはいっても、この異空間の中に自分が留まれるわけではないことは分かっている。そんなことは重々承知である。しかし、そのことは承知でありながら、感傷的になるわけではないが、一瞬だけ過去と現在とを融合させることができる。ここに人生の慈悲があるな、と思う。

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サバービアの春を愛す(プロジェクトTNT)

すでに二日分の日記で疲労困憊してしまった。一日一日がやたらと饒舌な駄文になっている。読む人のことを考えるとこれでいいのかとも思うが、ここまでくると後には引けないのでまだ書く。書くことによってどこに辿り着こうとしているのかという村上春樹的な疑問が頭をもたげるがそれでも書く。

【DAY3:お気に入りのスパゲッティ、子ぐまの手のひら、すき焼き】

この日はもっとものんびりした一日であった。奥さんの実家だというのに堂々と昼前まで惰眠をむさぼる。昼ごろ起きて着替え、歩いていける近所のスパゲッティ屋さんにブランチ代わりの昼食を採りに行く。

ここは京都の東洞院通や銀閣寺道にも店を出している、テレビにも出たりするけっこう有名なスパゲッティ屋さんの支店である。この滋賀の支店はその中でも最大規模で、サバービアの広大な土地を利用してベーカリーやガーデニングの店舗も展開、ひとつのコミューンというか、総合的なライフスタイルを提案するショップになっている。

ここのスパゲッティは店名を冠したトマト入りのカルボナーラが絶品で、都並の好物のひとつでもある。奥さんと付き合っていた時分から、京都でデートというと良く通ったものだし、昨年京都に住んでいたときにも何度となく足を運んだ。そのカルボナーラが、奥さんの実家から歩いていけるところで食べられるのだから、食べない手はない。

お店に入ってみると、ゴールデンウィーク特有の家族連れでいっぱいである。しかし待ち時間はない。建材の表面なんかをそのまま天井に生かした手作り感あるログハウスふうの店内でカルボナーラに舌鼓を打つ。東洞院店と比べるといくぶんあっさりしているが、懐かしい味に満足する。

その後隣のガーデニング店へ。奥さんは「今住んでいる北関東の家のベランダを、半分くらいガーデニングで埋めつくしたい」というひそかな欲望があるらしく、店内を何周もぐるぐると歩き回っては、鉢植えやら什器やらを仔細に検討している。ここのガーデニング店も、なかなか北関東の地では期待できないセンスの店(画像参照)なので、めぐっていて楽しい。

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が、もとよりグリーンフィンガーでもなければ緑にありがたみを感じるほどの都市生活者でもない都並は多少飽きてくる。それでも奥さんは眉間に皺を寄せてぶつぶつ言いながら店内散策に余念がない。

結局、小一時間かけて奥さんは三つほど多肉植物の鉢植えを選んだ。その中には「子ぐまの手に似ていることから」名づけられたという「熊童子」なるものがあって、これはなるほど言い得て妙で見ていてかわいらしい(こちらも画像参照)。この手の植物は手入れも楽だということだから(一月に三回くらい水やりすればいいらしい)、ガーデニングの初心者としてはいいだろう。

Vfsh0162 その後店を移動して、最近開けつつあるサバービアの、イタリア人の名前がついたカフェ・レストラン(なかなか小洒落ている)でお茶をする。ついでにラッテ・ブリュレなるプディングのようなものを食べる(三度の画像参照)。そばにはクロックスなんかも売っている雑貨店もできていて、これもしゃれた感じであった。

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それからまた実家方面に歩いていって、実家の裏山の遊歩道なんかも散歩して(ウグイスやヒバリを目視できるくらいのいい感じの山だった)、夕方帰ってきて、夕食はお父さんお母さん、それから弟くんとすき焼き。食後は家族でのんびりテレビを観る。家族気分を十二分に味わえて楽しかった。

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京都買い付け食いだめツアー(プロジェクトTNT)

【DAY2:スローライフ・アクティヴィティ、奥さんとの合流、夏への支度】

この日は朝から野良仕事。母親が用意してくれたつなぎと長靴に着替え、スコップを担いで我が家の所有する山へ。タケノコを掘りに行くのだ。

我が家の山といっても優に数百メートル離れている。そこへふたりでえっちらおっちら歩いていく。この日も雲ひとつない快晴。朝から少し汗ばむ。

山間の田んぼの脇、あぜ道の半ばから山へ入り込む。木々の青々とした枝っぷりと下生えの密集する中に、ようやく人一人腰をかがめれば入れる入り口があって、そこが竹林への通路だ。

森の中に入ってしまうと、日光が遮られるおかげで少しひんやりとしている。腐葉土の湿った甘いが鼻をつく。眼前には獣道すらない斜面が広がっていて、そこを無神経にがしがしと登っていく。100mほど登ると我が家の竹林である。

さあ、と思って身構えたのだが、あにはからんや、心ない盗人が入った後であった。地面にぼこんぼこんとかつてタケノコさんがいた穴が開いていて、その数たるや10や20ではない。「やられちゃったね」と母親がいう。

それでも多少は残っているだろうと竹林をぐるぐると何周もする。といってもこの竹林自体けっこうな斜面である。そこを『ロード・オブ・ザ・リング』の旅の仲間のようにがしがしと歩き回る。これはなかなかの労働である。

小一時間歩き回って、結局収穫は4個。あまりにもといえばあまりにもな数であったが、奥さんの実家に送る分はあったのでよしとする。

実家に戻って、しばし田植えの手伝い。隣の家のYくん(小学校のときの親友で、中学までの同級生)が奥さんと娘さんを連れて帰省している、とのことだったが何だか気恥ずかしくて会えない。会わなくなってもう20年近くになるのだ。お互いおじさんになっているのを見せるのも格好悪いだろう、などと思う。かわりに、ではないがYくんのお父さんがYくんの二歳の娘を連れて遊びにくる。お父さんに似た娘で、シャイなのか一言もしゃべらず終始目を点にして僕を見ていた。

朝掘りタケノコ二個と、ゼンマイとウドという山の幸を抱え、奥さんと合流すべく最寄のJRの駅へ。家を出るところで、田んぼを一枚隔てた先にある幹線道路を、Yくんの車が出て行くのが見える。顔までは分からないが車は確かにそうだ。母親が「手をふったげ」というので手を振ってみる。すると向こうでも大きく振り返してくれる。少年時代との親友との久々の接近遭遇はそんなふうに終わった。

11時半ごろの電車に揺られ、草津へ。草津で奥さんとお母さんと合流。お母さんに着替えの入ったトランクと山菜を託し、奥さんと僕は京都へ。一年間お世話になった京都に里帰りし、食べなれた京の味を再体験し、都市文化を全身に浴びつつ買い物をしようというのだ。

京都には昼過ぎに着く。まずは昼食。やはりここは「おめん」である。ゴールデンウィークとあって、昼過ぎに着くと店の前に待ちの列ができている(ふだんは待っても店内のウェイティング・スペースで1、2組)。しかしもう口がおめんの口になっているのでここは譲れない。先に三組ほど待っていたが店員さんに名前を告げて待つ。

待っている間に、次々と後からお客さんが来る。その中には僕らの後に待つ人たちもいれば、諦めて他所へ行っちゃう人もいる。他所へ行っちゃう人を見て僕は心中密かに「ばかだなあ」と思う。ここで食べる「おめん」は最高なのに。

さいわい、さほど待たずに客が入れ替わり、席につけた。汗ばむ陽気だったので(ロンT一枚で充分だった)つめたいおめんと鯖寿司で昼食。いつもながらうまい。めったに食べられないと思うと余計にうまい。「今まで近所にあったからありがたみがわからなかったね」と奥さん。

調子が出てきたのでデザートのわらびもちも追加オーダー。これも絶品。つるつるとろとろで、口の中で溶ける。おめんに行かれた人はこちらもぜひ。と言いたい味である。

おめんを出て藤井大丸(略して藤大)へ。鮪彦ことえびてつ氏&鮎彦嬢の結婚祝いの品を探しに行く。先に引っ越し祝いで大変有能なナショナルのドライヤーをいただいているので気は抜けない。奥様が「お風呂マット」を御所望とのことだったので、マリメッコへ。マリメッコ特有のはっきりしたブルーとグレーと赤と黒のものがあったので、はっきりしたブルーのものにしようと思ったが、「やっぱり白がいいんじゃない」という奥さんの意見で直前で変更。フランフランに移動して白いバスマットと、なんだかよく分からない卵型のお風呂器具(イルミネーションを楽しむものらしい)と、入浴剤をセットにして送る。

後から(5月2日付けで)分かったのだが、この卵型の機械、他にもバブルバスの泡を作るものと浴室の照明を明滅させるものがあって、実はその両者ともえびてつ氏は持っているとのことであった。こちらは半ばいやがらせのつもりで送ったのだが、不思議なシンクロニシティに驚く。これによりえびてつ氏の浴室は「エイリアンの卵産み場」になったとのことであった。

藤大ではもうひとつ、「ダファー・オブ・セントジョージ」のお店ができていたのでポロシャツを買う。襟ぐりとか裾とかステッチに遊びがあって楽しい。ジャケットやスーツなんかもよさそうであった。伊藤忠がやっているんですね。

そこから御幸町を通って、「モニカ」でシュークリームを食べる。三条通方面に北上する途中、奥さんの誕生日と同じ日にオープンしたというナチュラル系の服屋さんに偶然入る。奥さんはそこでタンクトップなどを買い足す。

さらに北上し、三条通をぶらぶら。ポール・スミスで僕の二着めのポロシャツを購入。こちらも襟とか裾にポイントがある。夫婦そろってこういうのに弱いのだ。ともあれ、これで夏の支度は万全である。

三条通を西進し、新風館へ。「ジョージ」で奥さんのお料理教室の友人の結婚祝いを買う。そこから少しもどって、夕食はもちろん、京都時代の行きつけの店「さらさ」へ。坪庭に面した窓際の席に案内され、初夏の夜風を堪能しながらの夕食を満喫。台湾風やきそばと豆腐ハンバーグ、それからサラダ。

夜は奥さんの実家に逗留。京都を遊びつくした一日であった。欲を言えば、「まるき製パン所」に寄れなかったのが唯一の心残りである。

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勝手知ったるフォーリナー/または私は如何にして研究するのを止めて旅の空を愛するようになったか(プロジェクトTNT)

(タイトルがやたら長いこの日記はプロジェクトTNTとして5月3日に書いています)

今日からゴールデンウィーク。おかげさまで人様並みに(下手するとそれ以上に)充分に休日がある都並だが、実はなんだかんだと予定が入っててけっこう忙しく、今日からさっそく長い移動の旅が始まる予定である。

【DAY1:出身大学にて恩師との面談、ド田舎の実家への帰還】

朝5時に目を覚ます。奥さんはもう一足先に帰っているので自宅には誰もいない。テレビをつけて連休中の天気予報を確認し、朝ごはんのベーグルを食べ食べ、ゴミを捨てたり、カーテンを閉めたり、ガスを切ったりして出かける準備をする。

6時20分ごろの電車で東京方面へ。東京までは一時間以上あるので寝て行きたい所だが、へんに目が覚めてしまったので、自分のD論を読み直す。あちこち直したいところが出てきて髪の毛が逆立つ。

8時前に東京駅に着いている。することがないのでおみやげ(草加せんべい)を買い、コーヒーを飲み、雑誌を買う(AERAイングリッシュとTITLE)。

8時20分発ののぞみに乗る。乗り込むやいなや熟睡。ほとんど記憶もないまま、気がつけば新大阪。

新大阪に11時頃着。わずか一ヶ月しか離れていなかったのだが、新幹線の改札を出たとたん、目に入る人々の服装に面食らう。行きかう誰もが、はっきりとした色使いで、とてもおしゃれに見えるのだ。これはつまり、北関東の人たちの服装が、かなり地味でかまわないかっこうであるということの裏返しである。ここに住んでいた時には気づかなかったことだが、大阪の人たちはめかしているんだな、と思い知らされる。

しかしこれは、やや身内びいきの評価であって、見方を変えれば、大阪の人は「気合が入りすぎ」なのかもしれない。

と、ここからは社会学者でも文化人類学者でもないのに勝手な自説を、しかもその場の思いつきで言うのだが、大阪の人たちがやたらとめかしこんでいるのは、ひょっとしたら心のどこかでメディアの中の「トーキョー」を意識していて、その実体のない虚像(ボードリヤールのことばを借りればシミュラークル)を模倣し追従し超越しようとしているのではないかしら。それであんなに気合が入っているのではないかしら(その解釈の過程でずいぶん間違った方向に行っているのではないか、といわれれば認めざるを得ませんが)。

これは言ってみれば、ニューハーフさんに似ている。これは僕の友人がかつて言ったことなのだが、「ニューハーフさんはみんなとってもきれいなの!わたしたちよりきれい!でも何で?って訊いたら、あの人たちは努力しないと『女であること』を奪われてしまう(=男に戻ってしまう)からなんだって。それに比べてわたしたち(生物学的)女は、何もしないでも女であることを奪われたりしないでしょ?だからそれにあぐらをかいて、堕落しているのよね」ということである。

大阪のがんばりは、もちろん愛情から言うのだが、ひょっとしたらこの構図に似ているのかもしれない。大阪はがんばって「トーキョー」になろうとしているのだ。その努力を怠ると大阪に戻ってしまうのを恐れて、気合を入れてがんばっているのだ。「トーキョー」の人たちは、何もしなくたって自らが「トーキョー」であることを奪われたりしないから、そこに危機感を抱いたりしていないのかもしれない。

…というような思い付きが新大阪のホームにて我が脳裏に飛来する。しかしこの説はとってもありきたりで、すでに誰かが言っていることのような気もする。いずれにせよ、この「大阪=ニューハーフ」説の文責を僕に負わせないで下さい。都並は、大阪も北関東も、どちらも批判するつもりはありません。質実剛健な北関東、派手で明るい大阪、どちらもそれぞれに良さがあり、自らのホームタウンとして愛しております。

と、変な予防線を心の中で張り巡らしているうちに、電車は大阪駅へ。いない間に構内の改装工事がだいぶ進んでいた。テナントの中身もあちこちで入れ替わっており、長く親しんできた大阪駅から、僕の知らない大阪駅に変わってしまったようである。まるで、高校のときのクラスメートが、大学に入って一ヶ月後に会ったら茶髪にピアスで「大学デビュー」していたのを見たかのような疎外感を味わう。

12時頃(この日記進まねえな)、出身大学の研究室にて恩師N先生と面談。現在執筆中の博士論文についての指導を受ける。全体の構成など大幅な見直しの課題が出てきて、新たなる決意とやる気が湧いてくる。美学棟もまた、イントレと養生シートで覆われ、外装の補修工事の真っ最中であった。ここでも知らない間にふるさとが変わっていく。

面談終了後、トトロが今でもばっさばっさと跳梁跋扈する野性味あふれる実家へ。かつて高校の時分、朝な夕なに利用していた電車に揺られて、我が家に向かう。高校生の頃の条件付けがまだ生きていて、ここでも乗り込んだとたんに眠気に襲われる。朝7時台の電車で二度寝をむさぼっていたときの、ワイルドかつリズミカルな車両のゆれを体がまだ覚えているのだ。

夕方、7歳から19歳まで住んだ実家にたどり着く。ここには、都並を疎外する残酷な時の流れの明確な爪痕は何もない。いつもどおりの変化のない田舎だ。

ただ、この時期の郷里は素晴らしい。空は雲ひとつなく晴れていて、住民は総出で村中の田植えをしている。その耕運機のエンジンの遠い唸りが、ひとつ、またひとつとあちこちから漂ってきて、春の活気の通奏低音になっている。空にはヒバリとウグイスが鳴き、野辺にはモンシロチョウとモンキチョウが舞い、水辺ではカエルが合唱し、足元にはアリが行列を作っている。まさに動植物の幕の内弁当状態である。田舎は過疎といわれるが、実は生命で過密状態なのだ、と思い知る。

夕食まで少し時間があったので田植えを手伝う。それから、近所の温泉施設に出かけ、一日の汗を落とす。ホップちゃんエビスを片手に夕食に舌鼓を打ち、12時ごろ就寝。実家は散らかっているが、なんとか寝るスペースはあった。

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焼き鳥の癒し ザ・ファイナル

満を持して焼き鳥屋に向かうと、はたして席は空いていた。カウンター席のいちばん端っこに座っていたサラリーマンふたり組みが抜けていたのである。

そこに座ると、隣はブラジル人三人組。その隣は車オタクの若造。その隣にギャル男ふうのあまり賢くない若者と、その「友達の妹」。L字のカウンターの僕からは見えない部分には、近くの工業大学の学生が座っている。

メニューを見てちょっとびっくりした。一本どれも大体100円。牛とか鴨だけ200円。ビールは、スーパードライしかなかったのだが生中で350円。とりあえず生中を頼んで、ねぎ間やら若鶏やらささみやらつくねやらを適当に頼む。気立てのいいお母さんが一本ずつ「たれ?塩?」と訊いてくれる。

最初は様子見でたれと塩を半々頼んだのだが、たれはちょっと甘辛過ぎたので塩にする。塩はうまい。ここいらの名物のねぎを豚バラで巻いた「ねぶた」というのがあって、それの塩が絶品。これを追加注文したりしつつ、生を三杯飲む。

その間、隣からはにぎやかな話し声が聞こえてくる。隣にいたブラジル人トリオは、はじめぺろぺろと現地の言葉で盛り上がっていたが、まもなく車に乗って(!)帰った。

隣の車オタクの会話はいちいち絶妙である。

「直線は誰だって早い!直線は誰だって早いって!」

「20そこそこの若造に、マフラー代えて『全体のバランスが』って言わないといけないのって…」

「だから何が最強かって結局GTRってことでしょ」

いいなあ、楽しそうだね。

その隣ではギャル男が。

「おばちゃん、ムシキングある?ムシキング?」

「日本語しゃべってちょうだい。おばちゃん日本語しか分からないから」

「ムシキングムシキング」

「やめてよ恥ずかしいから」

いいなあ、楽しそうだね。

工業大学の学生は。

「だから、どうやってホワイトベースが基地になっていくかって過程の話でしょ」

楽しそうだね。

そんなやりとりを、「Hの湯」の壮絶体験の後で超然とした気分で眺めつつ(帰還兵の気分とでもいおうか)、ラジオが阪神の三連勝を告げるのにも耳を澄ましていたら、お母さんが「この兄ちゃんは独りで寂しそうだわ」と思ったのか単に暇だったのか、カウンターの向こうから話しかけて来てくれた。

「お兄ちゃん、はじめて?」

「ええ、最近越してきたんです」

「そう。どこから?」

「京都です」

「京都。三月までうちに来てた子で、京都からこっちの大学に来た子がいたわあ。あの子が帰っちゃったら、お兄ちゃんが来たのね」

「ええ、どうも。僕は教えてるほうですが」

「ええー、そうなのね。そんな歳には見えないわ」

「無理して若作りしているんです」

とか、そんなたわいもない話である。それから、いつもにぎわってますね、というと、このお店は常連さんがいっぱいなんだという。そう話しているうちにも、ブラジル人トリオが抜けた穴に常連のおじさんが座って、いつもの、という感じで串を6本食べ、日本酒の熱燗をコップで三倍のみ、ちょうどの料金を置いて出て行った。

さらにお母さんがいうには、このお店の常連は、通い始めがとっても早くて、小学生からなのだという。つまり、一本100円というリーズナブルな値段のせいで、塾帰りの小学生がおやつに100円握りしめてやってくるのだ。それが中学生になると、部活帰りに焼き鳥弁当(串三本をごはんに乗せて300円)を買いに来る。事実この日もそれらしき若者がふたつ弁当を買ってテイクアウトしていった。それから、高校生が予備校の帰りに寄る。彼ら・彼女らが大学生になって、20歳になったら初めて、店内でカウンターに座って、「おばちゃん、わたしお酒飲めるようになったのよ」と言って飲み屋デビューするのだという。

なんともまあ、心温まる話ではないか。コミュニティに根ざした焼き鳥屋なのである。お父さんは子供達のために4時から店を開けているという。そしてなんと、ムシキングも実はその長期育成コースの人なのだという。

このアットホームな店にはちょっと、都並も常連になりたいと思った。帰りがけに「ねぶたおいしいですよね」というと、二月くらいがこの地方のねぎのベストシーズンで、今は味が落ちかけている時期なのだという。それならば、二月にはまた是非こなくてはなるまい。それからまた夏は夏で、アルミのサッシをはずして、簡易テーブルを外に出して営業しているという。それは素通りできるだろうか。いやできまい。

話が弾んで、それからさらにチューハイ一杯とおしんこ(山盛りで100円)とごはんを頼んで、串も追加して、総計2000円ちょっとであった。ベストプライス。

すっかり気分がよくなって家路についた都並であったが、帰ってから酔いが醒めるのを待って風呂に入りなおしたのであった。

我が家に遊びに来る奇特な人は、このツアーに参加することをオススメします。あなたの人生の中でも(主に風呂のせいで)忘れられない夜になること請け合いです。

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焼き鳥の癒し

いよいよゴールデンウィーク突入ですね。

ということで、奥さんは一足早く、昨日から実家の方に帰省している。こちらで今日まで授業があった僕は明日合流の予定。

そのため一昨日の晩は、「冷蔵庫の中の野菜を使っちゃわなきゃ」という彼女の切なる思いを反映して、盛大なデトックス・ディナーとなった。

メニューはというと、五穀ごはんに豚の生姜焼き、ほうれん草のおひたし(先日ぱっ吉に乗って直売所に買いに行ったもの)、ナスとたまねぎとアスパラの「山芋グラタン」(ホワイトソースの代わりにだしで伸ばした山芋を使う)、あわび茸(しめじの一種)の味噌汁。

これを完食したら腹がはちきれんばかりでしばらく前かがみにしか歩けなかった。

明けて翌日、つまり昨日は、そんなわけで奥さんがいないので、独りで外食。

実はこの日のために前々から行こうと思っていた店があった。それは駅からの帰り道にある、何てことない小さな焼き鳥屋なのだが、とっても風情がいいのである。

外観は「銭形金太郎」に出てきそうな(失礼)手作り感溢れるウッディな掘っ立て小屋ふうで、壁二面はアルミのサッシがはまっている。その奥にはカウンターがあって、いつも立川談志ふうのいかついお父さんが寡黙に焼き鳥を焼いている。カウンター席のほかに小さなテーブル席もあるが、10人も入ればいっぱいだろう。

この店が、いつも仕事帰りに前を通りかかると、ほぼ満員状態でにぎわっているのである。おまけに焼き鳥屋だから、路面に面した換気扇の排気口から香ばしい煙が風にたなびいている。それは100mくらい先まで鶏の脂の焦げるにおいを漂わせて、行きかう住民(特に都並)の鼻孔と胃腸を刺激する。

僕はこの店が気になって仕方なかった。でも焼き鳥屋なんていうワイルドなものはノーブルな奥さんと行くのには向いていない。おまけに彼女はお酒が全く飲めない体質でもあるので、ビールのあてとしての焼き鳥のユーティリティを全く体感していない。さらに言えば、いつもサラリーマンのおじさんがぷうぷかとタバコをくゆらし、お父さんがカウンターの奥からぱたぱたと煙を焚きつけてくる店内の、その強烈なにおいにも耐えられそうにない。

そんなわけで(このブログ、この接続詞多いな。どうでもいいけど)、奥さんがいないときに行こう、と心に決めていたのである。そして昨日がX-DAYだったのである。

しかし物事はうまくいかないもので、19時過ぎに店に足を運ぶと(家から徒歩五分)、店はすでに満席だった。昨日はカウンターの中にお母さんもいて、「ごめんねえ」と謝ってくれる。「いやいやいいですよ、出直してきます」と言っていったんはその場を去った。

さて、どうしようか。であるが、実はこのような事態も想定してあった。もし待たされるようなら、近所の銭湯に行こう、と考えていたのである(「銭湯の踏み絵」に続く)

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新メンバー加入

この二日間の備忘録(その②)。

昨日2TAYAで『カーズ』を借りてきたわけだが、なぜ借りてきたかというと、本日我が家に新メンバーが加入するからであった。

この新メンバー、特に名は伏すが、我が家では「ぱっ吉(きち)」と命名。ごく最近世界一になった企業の(正確には子会社の、しかもおそらく僕の出身大学のすぐ近くの工場の)製品で、クラス最小の偉いやつである。もちろん、本体色はイメージ・カラーの赤色。昔から真っ赤な車に乗りたかった都並としては本願成就である。

ほんとは、夫婦して全然違う車種を考えていくつかのメーカーの販売店をめぐったのだが、それらのお目当ての車がどれも試乗してみるとしっくり来ず、諦めかけていたときにたまたまこいつが目についたのであった。そこで試乗してみたところ、ふたりとも一目惚れしたのである。

ともかく、こっちに越してきた当時から、同じ大学の先生に「こっちでは『車を持っていない』というと人間じゃないみたいな目で見られますよ」といわれ、また日々の生活でも車のない不便さを痛感していたので(まっこと、北関東は車社会ぜよ)、これで一安心。

その待望の「ぱっ吉」は朝の10時ごろ納車されたのだが、外はあいにくの雨。それでもうれしくてしかたなくて、夫婦で近所のスーパーやらを巡り、国道をうろうろと走り回ってきた。

まずは近所のショッピングセンターで、お気に入りのベーグル屋さんのベーグルを購入(かなりおいしくて、雑誌なんかにも載る評判の店なのだそうだが、ここのスーパーに毎週水曜だけワゴンを出しているらしい。お店の名前を書くと都並の住所がばれてしまうので、まあばれたっていいのだが、一応ひみつにしておきます。あしからず)。そのほか奥さんはホームベーカリー(パン焼き機)で焼けるパンの本を買っていた(今リビングで熱心に読んでいます)。

その後近くのカフェにて昼食。ここも敢えて名は伏すが、垢抜けない店が多い北関東にあってなかなかこじゃれており、けれどもそれがあざとくなく素朴で控えめで、いわゆる「ふだん使い」によさそうであった。奥さんが買い物のついでに寄れる店が見つかったので「よかったね」と話し合う。パスタランチを食べたのだが、にんにくを躊躇せずに入れたぺペロンチーノがおいしかった。

さらにその後も国道中心にうろうろ走り回り、わが町探検をする。京都ではまず見かけないがこっちにはよくある「産地直売所」にも行って、すなおできれいで激安の野菜も購入。ナビの使い方も覚えて、ふたりして初体験のセルフ給油も体験し、勉強になる一日であった。

ちなみに嬉しがって(「このスピーカーは素直な出音でいいね、ちょっと低音が弱いけど」とか言いながら)BGMにかけていたCDはジャック・ジョンソンノラ・ジョーンズジョス・ストーン。ジャック・ジョンソンは、先日BSで見た所ジョージ氏の「世田谷ベース」という番組のBGMだったのでかけてみたのだが、ゆるさがドライブに良いですね。ぜんぜん飛ばそうという気持ちにならないし、故郷の湖国にも似ただだっぴろい空の下を、国道のバイパスをのんびり走っていると、ほんとにリラックスします。

追記:みなさんが働いている平日の昼日中にこんなマイペースで申しわけありません。

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まくらを買い、まくらを食べる

日曜日はまたもや夫婦して大宮に出かけた。しょうがないじゃあないか。大宮しか買い物ができるところがないんだから。

買い物の目的はまず、都並のまくらを買うことであった。実は一年ほど前から使っていたまくらが最近どうも首に合わず、ときどき朝起きたときに肩に軽いこわばりというか違和感を感じていた。

そんな折、先日IKEAにいったときに、3000円を切る値段の、いちおう低反発というふれこみのまくらを見つけたので購入。試しに使ってみたのだがこれがあろうことかそれまで以上に首に合わず、朝起きると首から肩の周りがごりごりになっていた。このままでは生命にかかわる、と思い、買い代えたばかりだったが奥さんとも相談して再度モノを変更することに。

で、買ったのはテンピュールのもっとも低いやつ。僕は低いまくらがすきなので(だからホテルとかだとときどき往生する)、東急ハンズ大宮店のコーナーで試用もしてみたのだが、高さが首のところで8cmというものがいちばんしっくりきた。

これを購入した後、マルイの中にある「お気軽健康cafe あげは。」という、ちょっと前から流行のマクロビオティックとか有機野菜とかの路線のカフェにて遅い昼食。なかなかカフェらしいカフェで、こういう雰囲気のお店にひさしぶりに入ったので長居してしまう。料理もそれぞれ凝っていてちゃんとした(手をかけた)味でおいしかった。ただ、男子の僕には物足りない量でもあったので、食後にデザートで「いちごのまくら」というロールケーキを食べる。これは美味であった。生地は卵の味がぎゅっと濃くってしっとりもちっとしていて、バターの香りもふわんと口の中に広がる。ちょっと人に勧めたい一品であった。3月にできたばかりのお店というから、今後このロールケーキは流行るだろう。アイスコーヒーも有機栽培のものをちゃんと使っていて、うなるくらいおいしかった。

その後、仕事で使うジャケットを探しに、マルイやらルミネやらの中をうろうろする。目当ては、今まで持っていないベージュ(か、それに準ずる淡い色)のカジュアルなジャケット。が、ポール・スミスやジャーナル・スタンダードなんかで試着してみたのだが、どれも僕にはサイズが合わない。身体がどっちかというとがっちりもっちりしているおじさん体型の都並には、今の若い子向けのジャケットはみんな細身すぎるカッティングである。そんなわけで、Mサイズだと肩が出てしまう。しょうがないので肩で合わせてLサイズを切ると今度は袖がだんぜん長い。もとより人よりも腕が短いので、モノによっては指先が出るか出ないかくらいになってしまう。「オバケのQ太郎」に出てくるハカセじゃあるまいし。

そんなわけでさんざん迷った結果、「靴下の替えを買い足そう」とたまたま入ったユニクロで、奥さんがジャケットを発見。「着てみなよ」というのでネタのつもりで着てみたら、ビックリするくらいぴったりであった。自分の体型の「安さ」に愕然とする。あまりにピッタリなので「一着買ってみようかな。どうせ仕事着は消耗品だし。こっちのシアサッカーっぽいストライプと、麻のベージュとどっちがいいかな」などとぶつくさ言っていたら「二着買っても一着分しないんだし、二着買いなよ」と奥さんが言う。確かに、言われてみればそのとおりだ。なんて安いのだろうか。ユニクロ恐るべし。

しかし、そうはいってもさすがにユニクロのジャケットで仕事に行くのは気分がのらないので「いちおうGAPなんかも見てみようよ」と奥さんを促しその場を離脱。続いてGAPで試着してみたところ、こちらもXSがぴったりであった。どこまでも「安い」己の身体。結局、己の宿命を受け入れて、ユニクロの後で見ると高く思えてしまうが実際はぜんぜんそんなことないGAPのジャケットを購入したのであった(ユニクロとGAPの間にどんな差があるのか、と思う人は思うであろうが、そこにはささやかな違いがあるのだ)。

それから奥さんの買い物にもお付き合い。ジャケット探しに付き合ってもらったので、お返しに、奥さんの普段着の麻のパンツを選ぶ。こちらはジャーナル・スタンダードでいいものが見つかった。しかしそれにしてもこのお店には、麻のイージーパンツだけでも何点もバリエーションがあって、奥さんはそれをとっかえひっかえ試着して大変そうであった。女子の服の複雑さよ。

その後奥さんの希望で駅前の花屋に寄る。ちょうど「静岡県のガーベラ農家と契約したのでいろんなガーベラをよりどりみどり」というイベント、その名も「ガーベラ祭り」を開催していて、昨日はその最終日だというので参加してみたのである(画像)。

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さらに帰りに駅ナカのPAULでパンを買って帰る。がっちり買出しの一日であった。

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噂の彼女/餃子/成城へ行く

一週間にたった三回の更新がなかなか難しい。ともあれここ数日の動向。

職場と家を往復するJR線の中で、いっときニュースで有名になった(元)高崎市在住のイラン人一家の長女、マリアムさんを見た。彼女はたった一人で東京方面の電車に揺られていた。例の彫りの深いまなざしは何を見るでもなく虚空に向けられていた。一瞬でわかるくらいものすごく孤独そうだった。個人の中にニュースが凝縮されているのを目の当たりにした感じがした。

19日は「アメトーーク」の「ドラえもん芸人」を見つつ、ひみつ道具イントロクイズで一位のよゐこ有野くんを超える4点をたたき出してしまい、奥さんに驚かれる。いや、「ほんやくコンニャク」の回で古代人がしゃべる「キリカモ!キリ、カモネム!」というせりふまでまるまる覚えていたのには自分でも驚いた。

20日は初任給の振込みがあった。額は頼りないが長いこと素浪人生活をしていた身にとっては宮仕えの感慨ひとしおである。

だから、というわけではないが、この日は奥さんが手作りの餃子を焼いてくれることになっていた。しかしながら懸念もあった。というのは、奥さんの実家は「餃子なんてほとんど食べたことない」というとってもノーブルな一家なのである。そういう家庭の出身の彼女が餃子を焼く、というのだから正直さほど期待してなかったのだが、これがなかなかどうして、とってもおいしいのであった。というか、初月給の日の餃子を僕は決して忘れないだろう、というくらいの傑作であった。おいしかったので画像をはっつけておく。

Vfsh0152 土曜日は同じ大学の同僚の先生からお誘いを受けたので成城大学まで研究会に出かけてきた。北関東の地からは電車を乗り継いで2時間。近いような遠いような。

研究会は2時間総会があって、2時間、古稀を迎えられた先生の講演。内容はとっても濃かったのだが、皆さん思い思いに白河夜船を漕いでいらっしゃった。

その後懇親会があり、成城石井(本家)で購入されたハムやチーズ、サンドイッチをつまみつつ、ワインを飲む。浅間山荘事件の時現場で48時間カメラを構えていたというTV局出身のセンセイと知り合いになり、話が弾む。ご自身のバブル時代の散財の話とか、某劇団の某演出家がいかにえげつないお金の稼ぎ方をしているかとか、とっても話が面白いのであった。

8時ごろ散会し、そこからえっちらおっちらまた2時間かけて帰ってくる。電車は座れるので楽なのだが、やっぱり2時間は長いよ。お酒は醒めるし、いったん居眠りして目が覚めてもまだ道のり半ば。カップルだったらけんかして仲直りするくらいの時間はたっぷりあるよ。

帰ってきて、奥さんが夜食に納豆と煮びたしを出してくれる。それを食べて、今ブログを書いている。これからお風呂に入ってきます。

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ローマ字の休日

いざ学期が始まってみると取り立てて変化のない毎日。

普通の勤め人だとぶっとばされるような時間に職場に行き、同じくぶっとばされるような時間に帰ってくる日々。

それでも週三日は日記をつける、というのを目標にしているのでとりあえず書く。気がつけば辞令交付から早二週間と少し。今日は学科での歓迎会であった。大学の近くの学科行きつけの欧風料理店でコース料理とワインという優雅な歓迎会。その後近くの居酒屋で二次会。久々にしっかりとお酒を飲んだ。

昨日は大学の近所のTSUTAYAに行ってみた。意外とちゃんとした品揃えなので安心。ロジェ・ヴァディム『獲物の分け前』なんかもあった。併設の本屋で、鮎彦嬢の群馬在住のお友達に教えていただいた「raifu」なる雑誌を発見。「群馬のおいしいパン」特集だったので、小麦人間の奥さんのために買って帰ったところ、しげしげと眺めて行きたいパン屋さんをチェックしていた。現在、非常に割り切った買い物だが車を買ったので、納車されたら買いに行こうね、なんて話をする。

それはさておき「raifu」とは、なぜにローマ字なのか不思議に思っていたが、よく考えればLIFEだとそのまま米国の有名写真雑誌の名前になってしまうのですね。そうか、なるほど、と後で気づいた。

こんな感じの日々です。週末にはまた大宮に出かけていってジャケットでも買おう。GWには関西にちょこっと帰ります。

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パンを探しに

都並という人間の基本は田舎者である。

18歳のときまで信じられないくらいの田舎に住んでいた、筋金入りの田舎者である。

どれくらいの田舎に住んでいたかというと、かつて『となりのトトロ』が公開されたときに、本気で「これ、どこが面白いの?うちの近所じゃん」と思ったくらいの田舎である(今もその状況はあまり変わっていない)。

小学生の時に路線バスが赤字のために廃止され、住民の唯一の交通手段であるJRは昼間は一時間に一本しか便がなく、その最寄り駅まで徒歩で1時間10分かかり(中高生の時分はそこを自転車で15分で走っていた)、最寄のコンビニもほぼ同じくらいの距離にある田舎である。

であるから、前置きが長くなったが、これから書くことは田舎者の戯言と思って読み流してほしい。

日曜日は大宮に出かけてみた。

というのは、ほどよい田舎町に越してきて早2週間、京都の都市生活に慣れ親しんだ我々夫婦は、そろそろ都市文化の香りが嗅ぎたくなったからであり、となると、うちの方から最も近い都市というと大宮だったからである。

また、まだ引っ越したばかりの我が家には足りないものがたくさんあり、それを買い足しに行かないといけないということもあった。例えば書斎のカーテンがないし、フランスで買ってきたフランス語版のスター・ウォーズのポスター(こんなの。これはEPⅣだが、僕のはEPⅤ)の額も欲しかった。

それにくわえて、パン好きの奥さんが「京都にあったくらいのおいしいパンが食べたい」とオーダーしてきたこともあった。奥さんは、お箸の国の人である都並からしたらびっくりするくらいパン好きで、京都にたまに帰省するとプチメックのパンを買いだめしてきてくれるくらいの勢いである。はたで見ていると「パンがなければごはんを食べればいいじゃないの」とマリー・アントワネットみたいなことをついつい言いたくなるくらいである。

だが残念なことに、最近分かってきたことには、その彼女にとって満足できるくらいのクオリティの(ついでに言えばフランス寄りの)パン屋さん、もといベーカリー、ブーランジェリー、パティスリー、といったものがうちの近辺には全くないのである。そこでいよいよ遠出の時期が来たわけである。

ということで前もって調べたところによると、大宮にはロフトもあり、東急ハンズもあり、ルミネtheよしもとでしか知らなかったルミネもあり、そごうもあって、その中にはルノートルもあるというではないか。

これなら用が足りるだろう、ということで夫婦で勇んで出かけた。

駅に降り立ったときからはっきりわかるくらい、大宮は「都会」であった。手始めにルミネに入ったところ、BEAMSやらTomorrowlandやらSHIPSやらのいわゆる「セレクトショップ」がちゃんと(といっていいのかわからないが)ある。これらの存在を確認し、「ほほう、さすがは大宮だ」と夫婦で感心する。

感心ついでに奥さんはスウェット地のプルオーバーだかワンピースだかわからないものを購入。僕は10年以上ぶりに定期券生活に入ったのでイル・ビゾンテのパスケースを購入。こちらは値段も手ごろでオレンジの発色がよく、ひとめぼれであった。イル・ビゾンテはペンケースも愛用しているのだが、こちらも革が柔らかく、使っているうちに味が出てくる感じもよいので気に入っている。

つづいてロフトに行き、プリントサービスで新しい職場の名刺を注文。職場では作ってくれないので自分で版下から依頼する。ついでに、手帳も引っ越しのばたばたで買えてなかったので、「ほぼ日」の手帳を買ってみる。なかなか使いやすそうだ。奥さんも手帳売り場で家計簿と兼用のものをひとつ購入。ポスターの額もここで購入。そこから階下に無印があったので移動。書斎のカーテンを買う。ロフトのカーテン売り場にないサイズが無印にはちゃんとあったのでまたもや「ほほう」と感心する。

さらにその後そごうに移動。デパ地下に入るのも気が付けば2週間ぶりだ。「わー、デパ地下だよー」ととても三十路のおじさんとは思えないほどはしゃぎつつルノートルに到着。時刻は17時過ぎだったが、まだ品数も多く残っている。ここに着くまで「北関東でわたしはパンが食べられるのかしら」「早く行かないとパンが売り切れちゃう」ととかく不安だった奥さんもいちおう安心、「ここで生きていけるわ」とのたまう。

ルノートルでしばらく食べられるだけのパンを買いだめして、安心して駅構内へ。関西ではまだ定着していない(というか存在していない)「エキナカ」を堪能すべくecuteに行ってみる。

行ってみて驚いた。パン屋さんでいっぱいなのである。まず、定番としてはPAULがある。ここのパン・ショコラは奥さんのお気に入りのひとつだ。しかし我々はもうすでにルノートルで山ほどパンを買いだめしたところである。悔し涙を流しながらカヌレだけを買う。

その裏側にもパン屋があって、こちらもおいしそうだ。二軒のパン屋さんの間にはベーグルKもある。神戸屋もある。

ショックで思わず叫びだしそうになっている奥さんをなだめつつ、「はがくれ」が出店しているという「花桐」へ。小腹が減っていたのでうどんを食す。こちらは…はっきりいって「もう少しがんばりましょう」である。うどんのコシも足りないし、すだちの代わりにレモンを使っている。大手チェーン店と代わらないレヴェルといわざるをえない。しかしまあ、久々にさぬきうどんを食べたので納得はする。

そうこうしているうちに、帰り道の路線で人身事故という。復旧まで時間がかかったので、エキナカの文房具屋さんでいろいろ買い物。デスクトップ・オーガナイザー(セロテープ台つきの色々入れられるペン立てみたいなもの)が安かったので購入。カフェでグレープフルーツジュースを飲んで時間をつぶし、一時間以上遅れて家路に着く。いやはや。

それにしても、大宮でもっとも印象に残ったのはパン屋であった。奥さんは「エキナカだけ来ようかな」と早くも目をらんらんと光らせている。

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いざ舞いやがれ

Vfsh0146 俄仕込みの知識でいうと、どうも僕の住んでいる北関東の某県(ここまでぼかして書くことはないんだけどね)は、大規模な桜の名所が多いようである。

それも利根川とか荒川の堤防沿いにだーっと桜が植わっていて、kmの単位で桜並木が続いているのを遥かに見晴るかす、というところが一箇所じゃなく何箇所もある。今日の報道ステーションでも市川さんが権現堂堤とかいうところを歩いていたが、そこも気が遠くなるくらい延々と桜が植わっている。

これは京都や大阪に比べると「えろ大きおすなあ」という印象である。もちろん京都や大阪にも哲学の道や造幣局の通り抜けなどの川沿いの名所はあるけれど、こっちの規模に比べるとこじんまりしてるとすら思ってしまう。経路も蛇行しているので、荒川や利根川のように視界が開けているというわけでもない。

ま、京都の人はそのこじんまりした様子を謙虚な美だと思っていて、「えろ大きおすなあ」という時は「大きいばかりで情緒がない」と思っていたりするんだけど、それは別の話か。

ともかく、そんなわけであちこちに桜並木がある県に住んでいるのだが、実は自宅最寄駅すぐ近くにもひとつある。喩えは良くないが、太宰治が入水したような用水路がひとつあって、その土手に桜並木があるのである。画像は今日そこで撮ってきたものである。Vfsh0147

今日は職場の入学式で、午後から時間が空いたので奥さんとここを散歩してきた。折からの寒の戻りで、桜の花も散りかねており、ちょうど今日が満開の見ごろであった。とはいってもここは、規模から行くと哲学の道レヴェルかも知れない。それでも、自然のままに伸びきった枝が、川面のすぐ近くまで枝垂れかかっている様子など、なかなかに見ごたえがある。見上げると桜の花がまるで綿花のようにまんまるに開いている。そのたっぷりとぼってりとした様子はなまめかしくもある。見ているとなんだか胸がいっぱいになる。

何より素晴らしいのは、他のメジャーな名所に客が流れているのか、花見の客がほとんどいないことであった。たまに写真を撮っている人も、近所の住人といった風情で、誰も気にかけない日常の風景の中で、桜ものびのびと咲いているようだった。

この桜並木を夫婦で散歩しながら、奥さんが昼間に散歩していて見つけたスーパーの話や、入学式の様子など情報交換をする。

帰ってきて、プライマル・スクリームの「スター」が聴きたくなったのでCDを引っ張り出して聴く。オーガスタス・パブロのメロディカがなんともいえないレイドバックした雰囲気を醸し出してくれるこのシングルは、僕の中ではブラッド・メルドーの『ラーゴ』と並んで、「春」を連想させる一枚である。

このCDを聴きながら奥さんは、キッチンで僕の大好物の鰤大根を作ってくれていた。ぶり大根と蛍烏賊の酢味噌和え、豆腐の味噌汁に日野菜の漬物、というのが今日の夕食である。大根に味がしみていておいしかった。

デザートはいただきもののロイズのチョコレート。おいしゅうございました。

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デート・ウィズ・IKEA

2日に辞令をもらって以来、あれよあれよという間に様々な事務的手続きやら教授会やらが立て続き、気がつけばもう4日になってしまった。新年度の常として、様々な作業がすべて五月雨式に訪れ、大学にいる間はとにかくせわしない。

そんな中、3日に時間を見つけて奥さんとIKEAに行ってきた。

行ってきたのはもうじき一周年を迎える船橋店。関東の地理に少しでも明るい人にはお分かりのとおり、北関東の我が家から千葉の船橋までは決して近くもなんともないのだが、故あって夫婦揃って東京にいたので、「ここからなら近いし行ってみるか」ということになったのだ。

寡聞にして、IKEAが日本にもう一年も前からあるということは知らなかった。それが先月、奥さんと僕の買った雑誌がたまたまどちらも北欧のインテリア特集を組んでいて、それでようやく知ったのである。

ちょうど、引越しで色々古びたものなどを廃棄したところで物入りでもある。というわけで、基本がおのぼりさん体質の僕と奥さんは、喜び勇んで京葉線に乗り込んだ。

途中、舞浜の駅でTDRを通過するときには後ろ髪引かれる思いであったが、お互いがまんして南船橋までたどり着く。

Vfsh0134 店内については多くの方が画像つきの記事をブログに掲載されているので詳細を書くのは控えるが、とにかく広い。あまりの広さに、2階のショールーム(画像参照。こんな感じです)を回っているうちに「我々はずっと同じところをぐるぐる堂々巡りしているのではないか」という疑念すら(本気で)湧いてくる。

しかしそれはやはりいくらなんでも錯覚で、いいかげん歩き回った頃に1階への階段が現われる。

ちょうどそこにカフェ&レストランが用意されているというのは、人間心理を巧みに計算した憎い設計だ。ここまでくると足も疲れ、小腹も減っている。そこで時計を見るとほぼ2時間、フロアを歩いていたことになる。ためらいなくレストランに入る(ここもだだっ広い)。

ミートボールが名物だというので、ミートボール10個と、サーモンのマリネ、サーミ族のパン(スカンジナビア半島の北の方にアイスホテルがありますよね。そこに併設されている氷の劇場でやっている演劇のひとつが、このサーミ族の言語で演じられるシェイクスピアだそうです)やらを食す。後で1階に下りたら、すべて冷凍食品で売っているものだったが、以外にうまい。

Vfsh0136 ブラウンのソースは、生クリームを溶いたビーフシチューのような味がして、少しスパイシー。隣のリンゴンベリー(コケモモ)のジャムみたいなのは何につけるのかわからなかったのでミートボールのソースにしたが、これも合う。

画面右手奥にあるのは二種類のパンで、チャパティみたいなのがサーミ族のパン。もうひとつ平たいのは忘れた。平たい方はアニスの香りがして、「スモークサーモンを巻いて食え」とのことだったが、こちらもなかなかエキゾチックでおいしい。

画像はないのだが、奥さんが「これは食べたら止まらない」と言っていたのが「アルマンディーダイム」というケーキ。アーモンドとチョコのケーキだが、容赦なく半端なくスイート。甘い物好きの踏み絵だと思う。僕にはピエール・マルコリーニのパフェと同じくらい無理なものだった。脳内で「マルコリーニ」というフォルダに入れる。

それらを食したら1階の買い物コーナーへ。2階がだだっ広かったので物事の道理として1階もだだっ広い。しかも天井が高く、圧倒される。映画『レイダース』のエンディングで出てきた倉庫を思い出す(右側の画像に写っているのが都並です)。Vfsh0142_1 Vfsh0140_1

こういうところをぐるぐる回って、ベランダのラグ、寝室のランプ、都並の低反発ウレタンまくら、マトリョーシカ、食器水切りなどを次々にカートにほうりこむと、レジで出てきた合計金額は約20000円。

一個一個が安いのでついつい買ってしまい、結果、けっこうな合計額に「うまいことできてんな」と驚くわけだが、よく考えてみればそれでも安い。

目当てのCD収納は電車ではとても持って帰れない大きさだったので、リビング、ダイニングの敷物等も含めて「車でもう一回」とリベンジを誓う。

というか今後、大阪(広い土地が要るし南港辺りかな)、神戸(六甲アイランドかな)、と続いて埼玉にも出店計画があるらしいので、早めにできてほしいなあ。

…ううーん、今日の日記は何の情報的価値もないですね。一周年だもんなあ…。

追記:ちなみにタイトルは、90年代に人気のあったアメリカのロウファイ(というジャンルがあったのです)バンド、ペイヴメントの『ブライトゥン・ザ・コーナーズ』というアルバムに収録されていた曲のタイトルですが、歌詞を見る限りこのイケアとは特に何の関係もなさそうです。

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こんにちは北関東

記念すべき(?)北関東某市からの初の更新です。

本日ようやくPC周りの環境が整い、ブログの更新が可能となりました。いやはや、長かった。他のところでも書いたけど、当初の予定では27日に京都の家を引き払い、28日にこっちに荷物を入れて、28日中に環境を復旧する予定でした。

ところがどっこい(古臭い言い回しだなあ。みんなこんな言葉もう使わないだろうなあ)、28日中は他の荷物の荷解きで疲労困憊してとてもダメ。何せ段ボールで50箱超(研究室に送る書籍11箱を除く)の荷物があったのです。29日になってようやくPC周りの荷解きをし、各種ケーブルを接続するところまでいきました。

しかしなかなかうまくいかないもので、「さ、ブログを更新しよ」と思って使ってみたら、モデムの不具合だか電話線の不調だかで繋がらない状態が発生。しかたがないので今日30日にNTTさんにきてもらったところ、授業参観の日だけ大人しくしている問題児のようにモデム君が復活。せっかくきてもらったNTTさんにはお帰りいただいて、こうしてめでたく更新している次第です。

住まいも勤務地も一新したので、あわせてブログのテンプレートも更新してみました。前の勉強している男の子の絵も気に入っていたんだけど、なんだか春先には薄暗い気もしたので、すこし明るめにしてみました。ともあれ、まだこの新しい外見に慣れていないので、また戻すかもしれません。

慣れていない、といえば、まだまだ新居も新しいホームタウンも慣れていないんだよなあ。なんだか自分が別の次元の世界に迷い込んでしまったような気分です。

国道一号線に面した高層マンションから、地方ローカル線駅近の低層マンションへ。前のマンションでは、国道一号線が騒音で窓を開けて寝られないくらいの交通量を常時維持していましたが、今度の家では夜は静か過ぎて不安です。

近所にはチェーン系ファミレスとファーストフードは充実しています。しかし京都にあったような個人経営のいかした店舗はぜんぜんありません。コンビニは、目につくところではいっこっきりあります。夜でもバイトくん&バイトさんが3名常駐している人手余り気味のコンビニです。スーパーは聞いたことのない名前のものが一軒あるきりです。

さあ、ここでやっていけるのか。まだまだ不案内な北関東での武者修行がはじまりました。

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さらば京都

ただいま引越し作業中。とてもゆっくり書いている時間はありません。

というわけできちんとした日記は後日(プロジェクトTNT)に回すことにして、取り急ぎ都並は、短くても明日の午前中から明後日の午後までインターネットに接続できない環境におります。御了承ください。

次回からは新居にて、装いも新たに「北関東疾風怒濤篇(仮)」として再開する予定ですのでしばしお待ち下さい。

それにしても、わずか一年間の京都暮らし、最高でした。きっとまた帰ってくるぞ。

引越しに際して、我がパダワンくんからメッセージをいただきましたので、同じ言葉で恐縮ですが、お返ししておきます。

「フォースとともにあらんことを」

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美しきサヨナラの時間(略してUSJ)

日曜日は天変地異的な春の良き日だったので、奥さんとUSJに行ってきた。しばらく行こうと思っても行けなくなるんだし、関西を離れる前にひとつ行っておこう、行楽日和だし、ということになったのである。

USJには縁あってというか故あって、かれこれ5、6回は行っていると思う。それだけでなくかつては友人が働いていたこともあり、なんだかんだと愛着のある場所である。プレオープンの時から行っているから、現在までの5年間の様々な移り変わり(ユニバーサル・シティ・ウォークにクア・アイナがなくなっちゃったりとか、ババ・ガンプのバイトさんの威勢のよさがどっかに行っちゃったりとか)を見てきており、そのことについてはそれなりに思うところもなくもないが、阪神タイガースやガンバ大阪のように嫌いになれない、どんな時も密かに応援したいと思う存在である。

そのUSJに到着したのは昼過ぎ。まずはジョーズの前で見知らぬカップルに「ユニバーサル・エクスプレスパス・ブックレット4」の余りの券をもらったので、「それじゃあ」ということでジョーズに乗る。座った席が「あたり」の席でおしりまで浸水する。日中は上着が要らないほどの暖かさだったのでよかったけど。

その後、観たことがなかったので「ウィケッド」(英語のセンセイとしては発音は”ウィキッド”の方が近いと思うけど)を観る。ダイジェスト版なので話の展開は無理があるし演出もこぶりだけど、主演キャストの達者さと音楽のよさには感心する。

「ウィケッド」が終わったのは4時過ぎ。家を出てくるときにブランチを採ったせいか変な時間にお腹が減ったので、いつの間にかオムライス専門店になっていたフィネガンズでかなり早めの夕食を採る。もともとビールが色々あるお店なので、バスペールエールをついでに頼む。ところがバイトの男の子が間違えて、ハーフ&ハーフを持ってきた。気づかず飲んでいたら、少し飲んだところで他のスタッフさんがやってきて、「こちらのミスでした。そのハーフ&ハーフはお値段は結構ですので、こちらのバスペールエールをお飲みください」という。注いでしまったものは仕方ないので、両方飲む。少し様子が怪しくなる。

ほろ酔い気分のままスパイダーマンに突入。原作コミックスの敵キャラのへんてこさ(ドック・オックの髪型とエレクトロの仮面)に脱力しつつ、反重力装置の責め苦を味わう。

スパイダーマンを出るともうすぐピーター・パンのショーの時間だったが、あえてセサミ・ストリートの面々に会いに行く。オスカーと誕生日が二日違いだと知る。

セサミ・ストリートを出てくると、強風のために飛ばなかったピーター・パンのショーがクライマックスを迎えつつあった。それを遠目に観た後、メイン・ストリートで閉園時間間際にキャラメル・ポップコーンを購入。急ぎ足で帰り路に着く人たちを横目に見ながら、ベンチに座って夫婦二人でゆうゆうとそれを食べる。

思えば、テーマパークの一日の中で、この時間帯がいちばん好きだ。まだ遊んでいたい、まだ空想の世界にいたい、現実の日常には帰りたくない、という思いとは裏腹に、現実に急かされて足を速める人たち。残された数十分の間に、あるものは慌ててショップにかけこみ、知り合いや自分自身へのお土産を見繕っている。また他のものは、わかりやすいモニュメントの前で、最後の記念写真を撮っている。

ああ、この美しき(Utukushiki)サヨナラ(Sayonara)の時間(Jikan)よ。嘘(Uso)と現実の間で、少し(Sukoshi)だけ自由(Jiyu)を味わった一日の終わりよ。

…あんまりうまくないか。ともかくこの閉園間際の時間に、ポップコーンをつまみつつ、少しだけ感傷的になりながら奥さんと話す。「しばらくここには来れないんだなあ」「次来るときは三人かもね」「子供が理解できる年になるまで、がんばっていてほしいね」。

しかし感傷的になったのはこの十分ほどだけだった。その直後に我々夫婦は、混雑を避けるために寄ったたこ焼きミュージアムで、ソースの要らないたこ焼きに舌鼓を打っていたのだった。テーマパークに行ったときにありがちな、しっちゃかめっちゃかな食生活パターンにみごとにはまり込んでいたのである。

しかしながらやはり、これではあまりに情緒のない別れだなあ、という思いもどこかにあり、最後にたこ焼き関係のグッズばっかり売っている同店内のショップで、思い出のよすがに、ご当地スパイダーマンのファスナー・マスコットを買ってきた。帰ってきて自転車の鍵に取り付けたのだが、あっという間にこのちびっこスパイディーがストリングを出してどこかに飛んでっちゃいそうで心配である。

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うなぎおいし中ノ島(ディレクターズ・カット)

(思うところあって少し文章に手を入れました。それと画像を追加しました)

昨晩は大阪にて、大学院時代世話になったゼミの皆さんと先生方に、生まれて初めて関西を出る都並の送別会を開いていただいた。

この会、実は発起人は恥ずかしながら都並自身であった。といっても「みんなにぜひ祝って欲しいー」とかそういうのではなく、最初は純粋に、付き合いの長いジョシュ君と「ゼミで交流のあった後輩の皆さんに集まってもらって、ささやかな飲み会でもしたいね」という話をしていたのだった。それが気がつけば恩師の両先生(うちのゼミは教授が二人います)にも参加していただけるということになって、結果本格的な送別会になってしまったのである。そうなるとお店もちょっと気の効いたお店でなくては、ということになり、大阪・西天満の鰻料理店「志津可」での会食と相成った。

このお店は中ノ島の公会堂を眺められる淀川河畔の絶妙なロケーションにあり、大正元年の創業というから、結構な老舗である。お店の中も骨董を随所に配した雰囲気のあるしつらえで、うなぎもとてもおいしかった。お店のチョイスはジョシュくんだそうだが、僕の母方のルーツが浜松なので、うなぎは都並のソウルフードだろう、と選んでくれたそう。なんと感動的な心配りか。

会の席上では、都並の恩師、マスターを超えてスーパーエゴと化している感もある両先生に何を言われるか多少緊張していた部分もあったのだが、お二人とも心から祝ってくださり、これまた感激であった。久々に会った後輩たちとも思い出話に花が咲き、笑いが絶えない楽しい時間を過ごした。やっぱり、同じ訓練を受けているもの同士なので、ボキャブラリイとか会話の「ノリ」みたいなものが自然と共有され、くつろいだ気分になれる。とはいえ、珍しく主賓の立場だった都並はどこかで面映くもあったのだが。

何にしても、気の合う人間同士で和気あいあいと、心に残る時間が過ごせてよかったと思う。おまけに、ほんとに何も予期していなかったのに、花束や餞別の品までもらってしまった。感激もひとしおである(花束は今日、奥さんが分解して家のあちこちに飾ってくれました。写真を撮ったのではっつけておきます)。大学院時代はいるだけで何もしない先輩だったのに、過分のお祝いをもらってしまい、こういうときは、人のつながりのありがたさが身に沁みる。

Vfsh0110Vfsh0108_2Vfsh0109会を終えて川辺の小道に出てきてみると、ダウン・ジャケットが大げさなくらいの暖かさで、まさに春の宵、という空気だった。昨日は日中から暖冬を通り越して春めいた陽気だったが、夜までその温かさが続いていた。おかげで、暦の上では少し早い「門出の春」の気分を久々に味わうことができた。こういう、嬉しいような寂しいような、期待と不安がないまぜになった気分はしばらく忘れていたなあ、と思う。やっぱ り、ひとつところに留まると気づけないことが、旅立ちを控えて初めて思い出すことがあるのだなあ。よし、新天地でも一からがんばろうと改めて思う春の宵であった(と、今日の日記はいやにリリカルに終わる)。

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NISHIKI FOOD MARKETとその他のガイジン

仮にも英語のセンセイなので、日々語学力の研鑽に努めなければならない、という思いから、時々自分に課していることがある。

それは、道で迷っている外国人がいたら積極的に声をかけ、道案内をしてあげるというものである。住まいが京都なので、外国人観光客は年中引きも切らないし、その中にはけっこう本格的に迷っている人もいる。

昨日も、家の前(五条)で地図を見ている体格のいい男性二人組がいたので、おせっかいにも声をかけてみた。

どこへ行くのかと尋ねると、「NISHIKI FOOD MARKET」に行きたいのだと言う。錦市場のことである(HPはココ。今はじめて存在を知った公式キャラクターのゆるい雰囲気が最高です)。「ほんなら、次の角で左に曲がって、まっすぐお行きやす」と教えて差し上げる。

そういえば、夏頃四条烏丸のあたりでも「NISHIKI FOOD MARKET」に行きたいという人を案内したことがあった。錦市場、人気である。しかし立場を逆にしてよく考えてみれば、僕らも海外旅行に行って、近くで市が立つというといそいそと出かける口だから、どうやら、外国人観光客の心理はどこも同じということなのであろう。

それにしても、外国人観光客の偉大なところは、僕らネイティヴが億劫がって地下鉄やら公共交通機関を利用してしまう距離でも、ほいほいと歩いている人の多いことである。僕の家の前から錦市場、というと優に歩いて15分、下手すれば20分はかかる。しかもたぶんあの二人は、あんなところ(僕が発見したところ)までバスで行く理由はないから、京都駅から歩いてきたのだろう。となると、ざっと計算すると40分くらいは歩くことになるのではないか。

以前、これは大阪駅でのことなのだが、駅のすぐ近く、500mくらい行ったところで「大阪城に行きたいんだが」と言っているドイツ訛りの外国人に会ったことがある。僕はびっくりして「そんなとこまで歩いていく人はいないから駅に戻って電車に乗りなよ」と忠告して差し上げた。雨の降る土曜日のことだった。初めての土地で地図を見ると距離感がわからないことがあるが、それにしても遠すぎる。

道案内といえば、昨年の九月、夫婦で新婚旅行に出かけたとき、ニースのそばのカーニュ・シュール・メールというところで、「ルノワールの家」(晩年のルノワールの住んでいた家)に行こうとして道に迷ったことがあった。

そこでしかたなくネイティヴのマダムに道を尋ねたのだが、もちろん、フランス語はぜんぜんダメである。出かける前の数ヶ月、トイレに「旅のフランス語会話」みたいな本をおいてせっせと勉強しただけなので、「すいません、マダム。ルノワールの家はどこですか?」くらいは言えるのだが、リスニングができようはずもない。だから、ダメモトでの挑戦である。

「すいません、マダム。ルノワールの家はどこですか?」

しかしそのとき不思議なことが起こったのだ。おそらくはそのとき、フランス語がてんでわからないのに果敢にチャレンジした僕を不憫に思ってか、フランス語の天使が空からちらちらと舞い降りてきて、僕の前頭葉のあたりをそのかわいらしい手でばかーん、と開いたのであろう。おかげで僕の前頭葉からはSF映画みたいな光がびかーっ、と吹き出し、そのとたん、マダムの言っていることがすらすらと日本語のようにわかるようになったのである。

「ああ、それなら、ここをまっすぐ行くと、雑貨屋さんがあって、花屋さんがあるから、次の角を右に曲がったらすぐよ」

おかげで僕らは道に迷わずにルノワールの家(美術館としてはたいしたことはないけど、史実の重みを持った建物として、訪ねる価値は充分あります。何より、広い庭を含めて、家としてとてもすてきな建物です)にたどり着けたのだった。

とまあ、ちょっとした自慢話であるが、外国語での会話ではしばしばこういうことが起こる。いくつか単語を知っていれば、文法は不完全でも文脈で意味がわかることがあるし、身振りとか表情などのノン・バーバルなパラ言語的コミュニケーションが役に立つこともある。だから、外国語会話はためらわずにどんどんやるべきなのだ。

話が逸れてきたのでこのへんにしておく。本当は二条駅で「美輪明宏のおしゃれ大図鑑」とお金(一万円)の入った紙袋を拾った話を書こうと思ったのだが、それはまたの機会に。

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さらば男惑星

今日は、ここ数年英語を教えていた、大阪の某大学への最後の登校日だった。期末の試験があって、その試験官で出かけたのである。

試験官は別に担当教員でなくても、事務方の職員さんにお願いすることもできるのだが、もし事務の職員さんが試験官だと、当日に学生が試験問題のミスタイプなど申し出てくれても訂正のしようがない。それでは困る、というわけで自ら買って出ているのだ。僕の場合性格的に相当難があるので、テストには毎度のようにミスタイプが存在する。毎年毎年、年に二回、複数クラス分の期末のテストを作っているのだから、そろそろミスが減ってもよさそうなものだが、いっこうに減る気配がない。案の定、今回も各クラスに三つずつミスタイプが発見された。ここまでくると多少げんなりする。

ともかくも試験の終了後、講師控え室(自分の研究室を持たない非常勤講師が待機・授業準備などをするところ)に戻って、長い間使っていたロッカーの整理をする。何年も前のプリント類をそのままに貯め込んでおいたので、それを一気に廃棄する、という作業である。

事務のお姉さんにも最後まで迷惑をかけつつ(手伝ってもらってしまった)、ロッカーをすっかり空にしたら、ネーム・プレートをはずす。メール・ボックスも空にして、お姉さんに挨拶をして大学を後にする。

最後の登校日とはいえ、特別にすることはそれだけである。A4サイズのメール・ボックスと、駅のコインロッカーほどのロッカーがひとつずつ。そこに入れておいた個人の荷物を片付けて、名前をはずせば、もうそこに僕のいた痕跡はない。この大学の広いキャンパスで僕の占めていた空間とはそのくらいのものだ。

こんなふうに書くとなんだか一縷の感慨があって然るべきだが、実際はそんなこともなく、あっさりしたものである。最後に学食のお気に入りメニュー、「コロッケ丼」を食べて帰ろうかとも思ったが、試験中で学生で混んでいるのでやめた。それくらいのあっさりさ加減である。

しかし思えば、この大学に数年前に教えに来たときは、非常勤講師としてのキャリアの最初期で、僕の授業スキルはそれはそれはひどかったなあ(今だってひどいものだが、当時は最悪だった。いや、最悪よりもっと悪い「チルバス」だった)。一年目の学生は、そういう意味ではかわいそうだったな、申し訳なかったな、としみじみ思う。

そもそも、この大学で僕が持ったクラスは理系ばっかりでとっても男子が多く、最初のうち僕はその迫力ある光景にも多少萎縮していた。それが授業の不味さに拍車をかけていたのである。それがそのことに次第に馴れてきて、今年はその方がむしろ落ち着くくらいの感じだった。これが、四月からは男女構成ががらっとひっくり返る文学部への勤務だから、今度は却ってそっちのほうが落ち着かないんじゃないか、と今から不安である。

いずれにせよ、この大学で僕はとっても鍛えられた。それは間違いないことで、感謝感謝の気持ちを胸に校門を出る。

午後からは移動して僕自身の出身大学に行く。気になる論文が図書館にあったのでコピーをさせてもらう。僕自身はもう学籍がないのでカードがなく、したがって図書館には入れない。そのために後輩に協力してもらった。

あわせて再度後輩の助手君(今後ジョシュと呼ぶ)に「関西離れる前にゼミで送別会してよう」と念押しをしておく。今月中旬で決まりそうな感じ。さらに師匠に面接して、進行中の論文について指導をもらう。

ちなみに、数年間教えていた大学を離れるよりも、出身大学のすぐそばの、一年前まで自分の住んでいた町を訪れる方がはるかに気持ちを落ち着かせなくするものがあった。

でもまあ、この町に僕は都合7年住んでいたのだから、それは当たり前と言えば当たり前ではある。午前中いた大学に出勤していた年数の倍近い年数、毎日毎日、朝な夕なにこの町を見ていた計算になるわけで、随所の光景が今でも目に焼きついている。

そこへひさしぶりに行ったわけだが、ひさしぶり、といっても秋にも一度行っているので、数ヶ月ぶりでしかない。そのせいでかつてのホームタウンの記憶は風化など全くしておらず、ここを去ったのがつい昨日であるかのようなリアリティで眼前に迫ってくる。そうして一年近く京都に住んだという記憶を打ち消そうと脅かしにかかるのである。このほうが、何倍もスリリングな体験であった。いやほんとに。

そんなこんながありつつ夜は奥さんとお父さんお母さんと会食。三日連続で魚を食べ、全身をDHAがぐるぐると駆け巡っている気がする。

明日はえびてつ氏の結婚式二次会の打ち合わせ(という名の飲み会)。幹事を引き受けたので、打ち合わせ事項を日中に書類化してもっていこう。

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オーメン’07 上州からの呼び声

今日の食事。

つくづくこのブログは「奥さんと(あるいは奥さんの作った)これ食ったという報告」ばっかりだという気がするのだが、それでいいのだろうか。そういえば、「笑っていいとも」の明日のテレフォン・ショッキングのゲストが安斎肇さんだそうだが、それでいいのだろうか。

ともかく、今日は奥さんと「京都を離れる前に」という口実で、四条御幸町を上がったところにある「おめん」さんに行き、またも京都の味に舌鼓を打ってきた。

「おめん」とは、簡単にいえば、うどんの一種である。さぬきうどんの洗礼を受けた(マイミクえびてつさんらと麺通団の書をガイドにさぬきうどん巡りをしたことあり)人間にはもはや「やわい」と思えるくらいの細めのめんを、熱い/冷たい(お好みで選べる)つゆにつけて食べるという、その点では他のつけめんと変わりない食べ物である。

が、「おめん」が変わっているのは、その薬味である。「おめんひとつ」というと一人前、「ふたつ」というと二人前の薬味が一皿に盛られて出てくるのだが、その薬味が何せもう半端ねえくらいてんこ盛りなのである(画像参照)。その内容も、われわれが普通「薬味」という語で想像する範囲をはるかに超えている。季節によって違うが、きんぴらごぼうと大根の細切り、ねぎ、しょうが、白菜は定番であるようで、ここに季節によって茗荷がついたりつかなかったりする。今回は茗荷はなく、ほうれんそうときぬさやと、春を先取りした菜の花がついていた。

これらのてんこ盛りの薬味を、広口のつゆの容器にめんといっしょにわさーっと放り込み、それをずるずるといただくのが、「おめん」なのである。これはもう、生粋の「薬味星人」である僕にとってはまさに夢のような食べ物といわざるを得ない。

サイドメニューもほどよく充実している。ごはんものでは鯖寿司が定番であって、一切れが分厚く、鯖が酢飯にほどよく馴染んでいておいしく、おめんだけでもお腹いっぱいなのについつい頼んでしまう。それ以外にも一品ものが色々季節によって用意されており、例えば秋なら秋刀魚の塩焼きなんかが選べるのだが、今回は鰤彦のソウルフード、鰤大根(こちらも画像参照)がエントリーしていた。

このへんを己の胃袋の総容量をわきまえず一通り頼んで、奥さんとともに盛大な宴を催す。ひとくちひとくちが「薬味星人」でありおまけに「だしスト(だし愛好家)」でもある僕の舌に限りなく優しく、思わず目を閉じて膝を叩いてしまう。野菜もたっぷり、脂肪分控えめのヘルシーフードでもあるし、まさに至福のメニューであるといえよう。

が、この至福のメニューを前にけんかをしているものあり。

それは僕らの席から机をひとつ隔てて座っている親子連れ(母親推定42歳、娘18歳。二人とも金髪に近い茶髪)であった。

けんかの内容は、いかにもありがちなことであり、同時にもはやどうしようもないことであった。「娘のしたいことを親が許さない」という古今東西限りなく繰り返されてきたシナリオである。そしてこれもこのシナリオに非常によくあることなのだが、「どう見ても親が正しい」のであった。

より具体的には、娘は「ゲーノージン」になりたいのであった。と同時に「親の監視を離れて独り暮らししたい」のであった。口論の内容を聞くともなく聞いていると(いや、がっちり聞いていたのだが)、娘は18歳で、現在受験生。しかし志望校(後でわかったのだが、僕が教えていた大学であった。いやはや)に受かるかは微妙なところ。それでも、もし受からなくても独り暮らしはしたいのだという。そのための説明がふるっている。

「アヤカは今までママには迷惑かけてきたから、もう迷惑かけたくないねん。だから独り暮らししたいねん」

しかしママにしてみれば、浪人して独り暮らしなんかしようものなら、堕落していくのは目に見えている。それをしきりに説得する。

「浪人して独り暮らしなんかできるわけないやろ」

けれどもアヤカは聞く耳を持たない。なぜなら、大学受験は、ママに言われて仕方なくしているだけのことで、彼女の人生設計には何の意味も持たないからだ。なぜなら、彼女は「ゲーノージン」になるからだ。

「ママがアヤカに来年望むことは何?知名度をあげることちゃうの?大学あかんかって、とりあえず独り暮らしして、でも浪人するかどうかは、そのときにならんとわからんやん。でも知名度をあげていったらな…」

とアヤカはいう。どうやらアヤカの魔法の世界では彼女が「ゲーノージン」になることはハリー・ポッター並みに運命付けられているのであった。そしてどうやらそのためには、どこでそういう論理になったのか多少読めないのだが、アヤカは、大学に受からなくても、京都で独り暮らしをする必要があるのだ。おそらくこの京都でどうにかして「知名度」を上げていけば、もともと才能と容姿に恵まれたアヤカを然るべき人が気づいてくれて、雪の中からふきのとうが顔を出すように(我ながら詩的な喩え)、物事の摂理として彼女は「ゲーノージン」になれるのだ、と考えているのだろう。

ここまでの口論を背中で聞きながら、そこまでの自信を持って「ゲーノージン」を夢見るアヤカがどれくらいの美人なのか知りたくなった僕は、ちらっと振り返って彼女を見たのだが、これがもう、「ああー」と思わず手を打ちたくなるくらいの、絶妙なルックスであった。十人並み、とけなすほどのこともないが、絶世の美人、とほめるほどでもない。

しかし彼女の中ではもう意志は決まってしまっていて、どうしてもママのいうことは聞くつもりはないようであった。18歳、というのはそういう年齢である。自分ではもう何でもわかっていて、何でもできると思っている。世界は美しく、空気の中には黄金の塵が舞っていて、神様は優しく、時間は無限にある。

しかし実際はまるでその逆なのである。周囲の大人はそれを賢明に教えようとするが、不幸なことに、18歳という年齢はそれにはもう遅い。18歳になってしまったら、半ば人間は出来上がってしまっているからだ。それを変えることは容易ではない。

こんな高尚なことを書きつつ、実際はこの親子の口論をネタにおいしくごはんをいただいた私達夫婦は、相当いけすかない人間です。

いや、それにしても、大人たちやメディアは子供達に「夢を持ちなさい」「個性を大事に」というけれど、その「夢」のヴィジョンを形成するためのデータの提供源が、あまりに画一的な情報しか与えていない気がするよ。そもそもそこに問題がある気がするよ。

野球をやるなら「僕はピッチャー!ゆくゆくはメジャー・リーガー!」「まあ、すばらしいわ」とか、バンドをやるなら「当方ヴォーカル/ギター。ドラム、ベース募集。いっしょにオアシスみたいなでっかいバンドになりましょう」(某音楽雑誌に実際よくあるメンバー募集欄の投稿内容)とか、クラシックなら「ヴァイオリンでコンマスになるの」「がんばってね」とか。

そうじゃなくて、輪島塗の職人がかっこいいんだとかさ、本四連絡橋の点検整備がすばらしいんだとかさ、保健婦の使命は尊いんだとかさ、もっと多様な夢のかたちを提供してあげないと、みんながアイドルやサッカー選手に向いているわけじゃないんだから、つりあわない夢を抱いて難儀する不幸な若者が増えるだけのような気がするよ。

僕はこれを「ピッチャー・ヴォーカル・ヴァイオリン現象(PVVP)」と呼んでおります。

追記:それはさておき、「おめん」は、銀閣寺店、四条御幸町店のほか、ニューヨーク店があります。もはや国際的な地歩を築きつつあるといっていいでしょう。御幸町のお店にも、外国人観光客が多いのか、表紙に「OMEN」と書かれたメニューがおいてあります。「OMEN」はいくらなんでも不吉なのでは。ダメやん(ダジャレです)。…というジョークを帰り際に奥さんに言ったら、「それ、前来た時も言ってたよ」と冷ややかな目で言われました。自分の言ったジョークを忘れるようになったら、もう年を取った証拠です。

追記②:このブログでリンクをはるために「おめん」のHPを検索したら、「おめんとは」という説明のページに、な、なんとおめんは「上州」「群馬県」がふるさとだと書いてありました。それは僕の四月からの勤め先ではないか。知らなかった…。

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家探し終了(ディレクターズ・カット)

【先ほどまでの公開版は晩御飯前の時間で慌てて書いたので、ちょっと推敲しました】

木曜の午後から日曜にかけて、三泊四日のスケジュールで北関東に家を探しに行ってきた。三泊四日というとたいそうに思われるかもしれないが、これが実に必要充分な日数であった。最初は金曜日出発を考えていたのだが、木曜にしようと言い出したのは奥さんである。ときどき不思議ないい間違いもする奥さんだが、こういうときは改めて先見の明に感心する。

それほど三泊四日は強行軍のスケジュールであったのだ。木曜の午後から土曜の夜までに内覧した物件は都合12件。あらかじめネットで調べて、自力で外観を観に行ったものも含めると15件になる。その中で、いちばん難点の少ない物件に決めて、何とか帰ってきた。

そんなわけで大変な旅だったが、今思い返すとなかなか勉強にもなり、面白かった。「仕事場の最寄り駅があるJR某線沿線で、東京よりに数駅行ったところ」という条件で探していたのだが、その近辺は一駅一駅移動するごとに町の雰囲気ががらっと変わることがわかり、四月からのホームタウンへの理解が深まった。

まず最初に物件探しの中心地と考え、四日間の逗留先にも決めたのは、新幹線の停車駅でもある某駅。交通の便がいいだろうし、それなりに開けてもいるだろうから、ということでの選択だった。その予測は間違ってはいなくて、着いてみるとスターバックスなんかもあるわりとにぎやかな町だった。夜の繁華街みたいなものもあって、日が暮れてからもにぎやかそうだった。

ところがその北隣にひとつ移動すると、そこから急に様子が変わって、田園地帯が広がり始める。駅舎からして、滋賀県の郷里を思い出させるような地方ローカル線の小さな駅になる。広々とした駅前のロータリーには、まさに「ベッドタウン」という朴訥で牧歌的な雰囲気が漂っている。南隣の駅とは明らかに異なり、夜は静かなのに違いない。

しかしながら、それでは先の新幹線駅から離れれば離れるほどどんどん田園化するかというとさにあらず。さらに北側にもうひとつ移動すると、今度は、伝統的な関東の下町を感じさせる、少し山の手の雰囲気の、落ち着いた町が現われるのである。駅の観光案内書でパンフレットをもらってきて読んでみると、明治期に養蚕業で栄えたことや、古くから街道の宿場町でもあったことが、文化資本の蓄積を促したようだ。

われわれ夫婦の家探しのスケジュールとしては、概ねこの三つの駅をひとつずつ南から北に移動するかたちをとった。しかしなかなか作業は難航した。

まずひとつめの新幹線駅。にぎやかで買い物なんかには便利でよいのだが、繁華街にごくありがちなこととして、栄えているだけに家賃の相場が高いのだ。したがって、家賃も手ごろで気に入った物件となると、駅から徒歩20分とか離れてしまう。そんなわけでここの物件は検討から外れた。駅の南には広大な河川敷もあって散歩にはよさそうだったので、これは当初残念だった。

次に、気を取り直して北隣の田園地帯。ここにもいくつか気になる物件はあったのだが、間取りがどうもしっくりこなかった。あるいは、間取りがよくても窓の外がすぐ隣のマンションで丸見え、とか、気になる部分があった。

ここまでの物件を見終わった時点で金曜日が終了。この時点でまだ次の駅を見ていなかったので、不透明な先行きにたいへん不安な気分のまま(ほしいおもちゃが売ってなかった子供のようにすねながら)眠りにつく。

そして三日目、消耗と焦燥にまみれたまま(大げさなようだが、今後の数年間をどう過ごすかということを左右する問題だと思うと、決しておざなりにはできないのだ)最後の駅までたどり着いたとき、その駅舎のたたずまい(東京駅と同じレンガ造りの瀟洒な駅舎)や、駅前を流れる小さな川の堤、それに沿って植えられた桜並木がわれわれ夫婦の心を捉えた。

この町の醸し出す落ち着きがとても気に入ったわれわれには、「今までのことはとりあえずちょっとおいといて、この駅で探そうか」という元気がふたたび出てきた。そしていくつか不動産屋さんをめぐるうち、ついに、どうにかこうにか納得できる物件を見つけたのである。

僕の数回の引越し経験から言って、家探しというものは必ずこの「はじめ意気揚々>途中がっくりだだ凹み>最後にようやく納得」という心理的カーブを経験するものだが、今回もその例に漏れなかったわけである。ここで土曜日終了。ここにいたってようやく僕らふたりは、安心して眠ることができた。前の晩との心理状態の差異に自分でも驚きながら、疲れがどっと出て、日も変わらないうちに眠りにつく。

残った日曜日は予め、「時間があったら東京観光」と決めていた。そんなわけで、なんとか勝負をつけてほっとしたわれわれ夫婦は、おのぼりさんらしく、今まで一度も行ったことのない「ヒルズ」に詣でてきた。確かに生粋の田舎ものではあるが、メガロポリス東京に全然行ったことがないわけではなく、六本木や赤坂や永田町のあたりは研究会やらで何度も行っているのだが(マイミクさんは江東区と世田谷区にもいらっしゃるし)、実は「ヒルズ」はまだなのである。

といっても、向かったのは六本木ではなくて、表参道の方。ぐるっとスロープを一周し「ふうん、こんな感じなんだ。僕らにちょうどいいものは売ってないなあ」「でも安藤忠雄にしてはいいじゃない、このぐるっと歩くっていう設計コンセプトがいいよ」などと偉そうなことをいいつつ帰ってくる。中ではウィンドウズ・ヴィスタの展示もやっていたのだがそれにはほとんど目もくれず、一方でジャン・ポール・エヴァンでわざわざ並んでまで(しかも奥さんにいたっては「日本だと高いのよね。パリで買えばこの半額くらいなんだから」といけすかないことを言いつつ)チョコとマカロンを買う。これは奥さんの友達へのおみやげ(マカロンは自宅用。さっき食べました。ねっとり濃厚です。フレーバーが独特の味なんで何かはぱっとわからない感じなんだけど、でもとてもおいしいです。ラデュレより僕はこっちの方が好みかな)。

そこからさらにおのぼりさん夫婦は目につくものに次から次へと「へええー」「へええー」といいつつ山手線で移動し、目白へ。「TITLE」というよく買う雑誌に載っていたパティスリー、エーグル・ドゥースが目的である。見開き2ページのショウ・ウインドウにずらっと並んだケーキの写真がとてもおいしそうだったし、駅からのアクセスもわかりやすそうだったのでここにした。実際に駅から歩いてみたが、全く迷わず着ける。着いてみると、下落合の垢抜けない町並みの中にぽつんとパリ風のパティスリーがあるという奇妙なたたずまいである。が、評判の店らしくてひっきりなしに客が訪れる。小さな店はいつも満員状態である。

イートインの席が空いていたので、僕はティラミス・オー・フィグ(いちじくのティラミス)、奥さんはカスレット(シュー生地の中にラム酒を効かせたカスタード・クリームとキャラメル風味のバナナ)というケーキを食す。どちらも洋酒が効いていて、大人のケーキという感じ。ケーキが苦手な僕もあっさり一個ぺろっと食べられる。そのせいか隣のカップルなんか二個ずつ食べていた。すごいなと思ったが、後で奥さんに聞くと「あの人たちも『TITLE』見てたね」とのことであったから、うちの奥さん並みのスイーツ好きなんだろう。おいしかったので焼き菓子なんかも買って帰る(ガレットとかマドレーヌ。こちらもとてもおいしかった)。

そんなこんなで、家探し自体はタフな作業だったが、なんとかけりをつけて最終日はのんきに東京観光ができた。奥さんは「東京のパティスリーにこれからいつでも来れるのね」と終始うれしそうだった。

たしかに、北関東のはずれとはいえ、各駅停車の普通でも一時間半、快速などをうまく使えば一時間ちょいで東京に出られるのだから、リアリティのない話ではない。今回たまたま山手線の車内で向かいに立ってたギャルたちは

「○○駅(泊まってたホテルのある駅)、行ったことあるけど、なんもねーよ。牛とかいるんだよ。隣の隣で牛飼ってて。『これ何?』って聞いたら『牛』だって。牛はわかってんだよ」(ほぼ原文)

などと抜かしていたが、実際、不動産屋さんの話だと、近辺の駅だと東京に通勤している人もふつうにいらっしゃる通勤圏のようなのである。たしかに、7時の電車に乗って8時半につくなら、全然ありだよね、と奥さんと話す。

思えば京都を離れるのは寂しいが(だって、京都には何でもあるから。これは何度くりかえして言ってもいいと思う。京都には何でもあるのだ)、これから夫婦ふたりで、東京遊びができると思うとなかなか楽しみだ。

そんなわけで、負けだったのか勝利だったのかわからない家探しは、平和のうちにおわったのだった。帰りの新幹線の車中で、奥さんが含蓄のあることを言ったので最後に記しておく。

僕「今回家探し難航したけど、僕達夫婦は決して人より”上”をめざしているわけじゃないよね」

奥さん「じゃなくて”斜め45度上”を目指しているのよ、いつも」

僕「そっか、だから、人並みに上に行こうとすると、1.414倍の距離を行かないといけないんだね」

奥さん「それは最短距離を行った場合でしょ。蛇行してるからもっとかかるわよ」

こういうときは、奥さんがとても賢く見えるのである。

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フロイディアン・トリップ

ジークムント・フロイトと言う人はかつて、「言い間違い」には個人の抑圧された意図や願望が表れる、と言った。これを英語で"freudian slip"(フロイト的失言)という。

例えば、最もわかりやすい例を挙げると、自分の伴侶のことを、浮気相手の名で呼んでしまう、というのがこれにあたる。あるいは、「家(独:Hause)」と言おうとして「下着(独:Hose)」と言ってしまうのもこの類だ。もっと身近な例で言うと、幼稚園や小学校にあがりたての子供が、「先生」と言おうとして「お母さん」と言ってしまうのもこの線で解釈できるだろう(他の認知心理学的な説明ももちろん可能だし、そちらの方が妥当性があるのだが)。

いきなりこんなことを書いたのは、実は僕には、いつも口に出すと間違えてしまう単語がいくつかあるのだ。はたしてそれはいったいなぜであるのか。そこにはフロイト的な抑圧が関係しているのか。

例えば、奥田瑛二さんという俳優がいるが、彼のことを口にするといつも「森末慎二」と言ってしまう。どちらも顔はいささかもったりした感じがあるけれど(失礼)、どちらも名前は「○二」であるけれど、正直赤の他人ではないか。ここにはいったいどんな理由があるのか。奥田瑛二的な重厚さを森末慎二的な軽妙さに置き換えることにどんな意味があるのか。

もうひとつ、僕がよく間違えてしまうのがワープロとフロッピーである。僕はしょっちゅう「ワープロ」と言おうとして「フロッピー」と言ってしまう。いまどきフロッピーなんて使わないではないか。売ってるのを探すのすら難しいではないか。ディズニーランドを「デズニーランド」、イベントを「エベント」と言ってしまうおっさんか。己の脳はいったいどうなっているのか。

それからもうひとつ、「家探し(いえさがし)」と言おうとする時、僕はいつも決まって「家捜し(やさがし)」と言ってしまう。…うーん、これはフロイト的失言として解釈できなくもなさそうではあるな。僕は実は他人の家を家捜ししたいというアブノーマルな願望を持っているのかもしれない。

ということで(長い枕)、明日から週末にかけて、北関東方面へ「家探し」に行ってまいります。今後数年間は住む家だけに、念を入れて探さなければ。最近ブログの更新が滞りがちだが、これでまた四日ほど滞ってしまいそうですね。

今日の動向:

平積みにしてあったレポートの山を採点し終わる。なんと151部。

今回由々しき事態だと受け止めたのは、インターネットの個人サイトやwikipediaからの盗用、というつもりはないが(逆言法)引用がおびただしい数で見られるということである。どこかの文章のまるまるコピペも少なくない。

誰も僕の学生は読んでないだろうけど、ここではっきり言っておく。そういうレポートは、ほとんど不可にした。

新任地でもこの点は徹底して指導するつもりである。wikipedia禁止、個人サイトからの引用禁止。引用するなら、権威&定評あるものからでなければ、レポートとはいえない。安逸な方法で単位さえもらえればよい、という態度は好ましくない(偉そう)。

とは言いながらも、よく書けているものも少なくなかったし、平常点(出席)もみんなよかったので、大半は単位が出た。

採点の途中で、夕食に出かける。明日から始まる旅に向けて精をつけるために、奥さんとネパール料理専門店「ヤク&イエティ」に行ってきた。バターナン(これは逸品です)やシシカバブ、カレーに舌鼓を打ちつつ、腹いっぱい食べる。

帰りにジュンク堂により、雑誌など買って帰ってくる。

追記:奥さんの友人は「それは今回の目玉ですね!」と言おうとして「今回のお目玉ですね!」と言い間違えたことがあります。それは、ちょっとの違いだけど、全然別のことですね。

うちの奥さんにもすてきないい間違いがあるのだけれど、口止めされているのでいえません。

追記②(1月29日追記):もうひとつ思い出した。「マドレーヌ」と言おうとするとき、いつも「マーマレード」といってしまう。なぜなのだろうか。

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安芸宮島②(プロジェクトTNT)

安芸宮島行のまとめの第二弾。

②日本酒&焼酎

宮島の商店街と言うのは多分ひとつしかなくて、フェリーの船着場から厳島神社に向かう東西の道のみであるが、ここにはさつま揚げみたいな天ぷらを売っているお店とか、紅葉饅頭(だれも商標登録しなかったおかげで諸店乱立、百花繚乱となっている)のお店、しゃもじのお店などがずらっと並んでいて、なかなか見ごたえがある。

この商店街の入り口にあるのが「参匠」さん。日本酒や焼酎のほか、醤油や御菓子なんかも売っているお店である。

ここのいいところは、酒好きの店主があちこちの蔵を巡って気に入ったものをプロデュースした、というオリジナルの商品が、いくつも試飲できるところ。焼酎なり日本酒なり、気に入ったものを1杯飲んでみて、気に入ったものを買えるのだ。以前からなんばパークスの焼酎オーソリティなんかではやっているが、地方に行くとこういう店はなかなかない。そのせいで僕みたいな酒に疎い人間は、「せっかく旅行にきたから地酒を買って帰りたいなあ」と思っても「でも味がわかんねえしなあ」と諦めることが多かった。それがここでは「うん、うまい」と思ったものを買えるのである。

しかも、このオリジナルの商品、詳しくはHPを見てもらえればわかると思うが、なかなかラベル等がしゃれているのである。最近若い人向けの居酒屋に、あちこちに筆による文字をフィーチャーしつつも、内装・インテリアはどことなくモダンなテイストを取り込んだヌーヴェル・ジャポネ(いいかげんなフランス語)ふうとでもいうべきお店が増えているが、それを彷彿とさせるような、手書き文字の生かされたデザインである。変に田舎臭さがなくて、おみやげにちょうどいいと思う。ポーションも、小口のびんが多くて、このへんもおみやげ向きである。

僕はここで、正月用の日本酒(親戚には不評だった)と焼酎を一本ずつ買って帰ったのだが、できることなら試飲の杯を持ったまま外にふらふらとさ迷い出て、沖野水産さんの焼きがきをあてに飲みたかったことであるよ。

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安芸宮島①(プロジェクトTNT)

もうこれを書いているのは一月の末なのだが、年末の休暇を利用して、安芸は宮島に行ってきた。9月にはフランスにて世界遺産の町プロヴァンに詣でたりもしたから、今年は内外で世界遺産に縁があったといえよう。

ともかく、宮島に行って何をしてきたかと言うと、とりあえずひととおりの観光以上のことは何もしてこなかったのであった。でも年末の休暇だからそれでいいのである。一年それなりに働いた我が身と頭を休めてのんびりするために向かったのだ。今回は二泊三日の旅だったが、したことは、と言えば、厳島神社を見て、弥山という500m級の山に登り、実際は857畳相当とかいう百畳敷という巨大建造物を見たほかは、おいしいものを食べて旅館の湯につかり、のんびりしていただけだった。

それでも、ふだん特に生産性も高くないくせに変にプレッシャーだけをかけて空回りさせている己の頭の回転を根底から緩慢化させ、そのぶん和気藹々と家族の親睦を促進し、適度に運動や観光もしつつ、心身の疲れを癒す旅はとても楽しかった。

かんたんにいうと、のんびりしたのである。

で、すでに個人のブログでこのような旅行記は数あれど、one of themとしてこれから行かれる方の情報源になれば、という思いから、オススメの店など記しておく。

①焼きがき

昔、学生だった自分に、ゼミの仲間と居酒屋でくだをまいていた折、後輩の留学生(韓国人)に「都並くんって、キモイ系好きやんな」と流暢な関西弁で断言され、己の嗜好の共通項にはたと思い当たったことがある。

そうなのだ。そういわれてみて初めて、世間の人が「どちらかというとグロテスクではないか」と考える食べ物(特に内臓系)が、実はことごとく好物であることに気づいたのである。あんきも、フォアグラ、白子、さざえ、生レバー、なまこ、そして牡蠣。これらの「キモイ系」の人たち、おいしさともれなくセットで臭みやえぐみをプレゼントしてくださる方々が、いつかしことごとく好きになっていたのだ。

その中でも、牡蠣はとりわけ好きである。鰤彦と名乗りつつも、牡蠣が大好きである。生牡蠣、焼き牡蠣、牡蠣フライ、調理法にかかわらず大好きである。牡蠣のぬるっとした肉をふとんに、貝殻をベッドにして寝てもいいくらい好きである。

そして宮島と言えば焼き牡蠣。特に、「はやし」というお店が有名である。ここは「るるぶ」なんかにも広告を掲載しているので、事前の計画段階から僕の無邪気な心を打ち抜いていた。そんなわけで、何日も前から奥さんに「ここは絶対行く。絶対」とTDRに初めて連れてってもらうお子様がトゥーンタウンのミッキーの家を頑なに指差すような無垢な眼で訴えていたのだった。

しかしながら、当日店の前で予定を急に変更。

確かにたまらんいいにおいが鼻孔を刺激するのだが、「はやし」は4個セットで、しかも結構いい値段がする。その横に「沖野水産」というお店があって、ここは一個いくら、で売ってくれる(200円、だったかな)。4個セットにしても、「はやし」より安いのである。

しかも通りかかった時にそんなに空腹でもなかったから、4個はちょっと多いな、という気もしていた。そこで「沖野水産」にお世話になる。少し並んで、2個頼む。火の上でいい感じにくつくつと煮えているのを、おじさんが身をささっとクギヌキのようなものではがしてくれて、レモンのスライスを添えて渡してくれる。あつあつのできたてである。

これが激うま。身のサイズもあくまで大きく(これまで食べた牡蠣に比べると、チェ・ホンマンくらいの大きさとでも言おうか)、けれども味はえぐくなく、あくまでふくよか。肝の部分の苦味よりも、身の貝としての味が際立っていて、誠に「海のミルク」とはこのことか、というこっくり味なのである。

同日中にもう一度出かけていってさらに2個食べました。「はやし」さんのを食べたことがないのでなんとも比較はできないけれど、「沖野水産」さんを選んでも間違いないです。しかも個数が調整可能なのも評価高し。迷われた方はぜひ。

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ドイツクリスマスマーケット

写真を上げてみます。

Cimg3742s順番に、

(1)ツリー全景

結構高さが有ります。

毎年同じものが出ているのかな。

Cimg3732s(2)売店で売っていた「ハイチュウみたいな感じ」(売り子さん談)のキャンディ。

毒々しい色がいい感じだが買わず。

Cimg3737s_1 (3)イルミネーションのクマさん。

先日の買い物といい、クマさんが好きなのは屈折した自己愛なのだろうかと思うことしばしば。

Cimg3738s

(4)売店のウインナー

「きじ」さんのお好み焼き(「豚じゃが」と「ぐだくさんそば」)でお腹いっぱいなのにまた買ってしまいました。寒いので温かいものが嬉しいです。

Cimg3739s(5)回転木馬です。

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びわこホテル

この週末は郷里の滋賀県へ行ってきた。が、実の家族には会わなかった(我が家は滋賀県でも端の端、ラーメンのどんぶりで言うと渦巻きの書いてあるあたりなので、よっぽど本気にならないと行けない)。では何をしてきたかというと「よかったらいかが」とお誘いをいただいたので、琵琶湖ホテルに逗留してきたのであった。

結論から言うと、これはいいホテルですね。

南側の道路沿いから見ると、琵琶湖の水の色に合わせたとかいう(同行者談)壁の色と、船の窓のような丸窓の続く壁面が多少とっぴな印象を与えなくもないのだが、中に入ってみるとなかなかどうしてクラス感のあるホテルだった。ロビーは広いし、部屋も広い。

普通のランクの部屋に泊まったのだが、ドアから入ってすぐ左手のバスルームまでのアプローチが赤いタイル張りの床になっていて、クローゼットの前からカーペットに切り替わっている。そのせいで、ただでさえ広いのに余計に広く感じる。ツインのベッドの奥にあるのはソファーや簡単な応接セットではなく、エクストラベッドを兼用したソファーベッド(座り心地は「ベッドだね」という感じだったが)。それもベッドに対して垂直方向においてあるのに、まだ部屋が広々と感じるという広さだ。枕が硬いのには閉口したが、他には何の不満もない。ロビーも含め、調度は決して垢抜けてはいないが、といって田舎臭くもない。

窓を開けると、言うまでもなく琵琶湖が一望でき、「ミシガン」、「ビアンカ」という二隻の琵琶湖周遊観覧船や、その隣には小学生のための研修船「うみのこ」が停泊しているのを望める。遮るものがないので、湖も空もとても広い。

高校生の時に毎日眺めていた景色だったけど、改めて見るとこんなに広かったかな、とびっくりする。子供の頃に住んでた町に大人になってから帰ってくると、逆に「こんなに狭かったんだ」とびっくりする、とよく言うけれど(事実僕は幼稚園の時に大津に住んでいて、高校で大津の高校に通うようになって、その