犬ぞりと走り始めた車、あるいはサンタ肯定論
11月の学会が終わったら多少は楽になるはずだったのに、結局12月はいつものとおり、鰤走(ぶりわす)になってしまった。
というのも、4年生の卒論の提出期限が今日までで、それにかなりてこずっていたからだ。やはり類は友を呼ぶのか、僕のゼミの学生は僕同様にマイ・ペースな人間が多く、ぎりぎりまで卒論を書いていた。
それを、ざっと見ればいいのだけれど、やはりどうしても細かいところが気になってしまい、つい一生懸命指導してしまう。ワードの「変更履歴の記録」機能など使って、微にいり細をうがって指導してしまうのだ。
そこにはやはり、教員同士の競争意識というか、それほどのものではなくて「うちのゼミ生だけ卒論の出来が悪かったら…」という不安があり、ついつい一生懸命になってしまう。
しかし一方で当の学生たちはというと、当世気質の若者たちというか、こっちの気持ちなどいざ知らず、のんきに構えている。
これはけっこうやきもきするものだ。いや、やきもきを超えて、やんきーもんきーベイビーですらある。
「あのさ…君たちは自分のことだし、自分のポテンシャルに応じた時間配分をしているのかもしれないけれど、こっちは君たちの本当の意味でのポテンシャルなんてわかんないんだ。だから心配させないでおくれよ。それから連絡をまめにくれ。よしんば君たちが自宅で一生懸命論文を書いているとしても、こっちは大学にいてわからないし、『何してるのかなあ…寝てるのかなあ…諦めて泣いているのかなあ…』とか悪い想像をしてしまうものなんだ。一言『やってます』でいいからメールをくれよ…」
といいたい気持ちをぐっとこらえて、この半月ばかり心労に耐えた。
詳しいことは本人たちの名誉のために伏せるが、比喩を使うと、数日前まで僕のメンタル・イメージはまさに「犬ぞり」だった。
わんちゃんたち(決して見下しているわけではなく、ゼミの原動力という意味です)が、あるものは力いっぱい走ったり、あるものは引きずられていたり、あらぬ方向に走っていたり、という感じで、結局犬ぞりはどこにも進まないのだ。
しかも悪いことに、その「犬ぞり」のイメージが、昨日あたりから「戦地から撤退する幌付トラック」のイメージに変わった。理由は、卒論を提出する学生が出始めたからだ。
幌付のトラックは一人ずつ兵士(学生)を乗せ始める。もう今まさに出発しようとしているのだ。
ところが、期限ぎりぎりになっても現れない兵卒がいる。もうトラックはエンジンがかかっている。
それでも兵士は現れない。ついにトラックは走り始めてしまった。
その段になってようやく「あれ?撤退ですか?」という感じで彼は現れた。僕の脳内イメージではなぜか水筒を手に持ち、首からタオルを提げている。水場にでも行っていたのだろう。それを見て、すでに乗り込んだ兵士たちは愕然とする。
事態の深刻さに気がついた兵士は、あわてて、血相を変えて走り出した。トラックの兵士たちも立ち上がり、彼に向かって手を差し伸べる。
「早く!早く乗るんだ!」
…と、数時間前まで僕の心境はこんな感じだったわけです。
それがなんとか、水筒もタオルも落っことしたけど、おまけになぜか銃火器も、あまつさえヘルメットもブーツも身に着けていないけど、トラックに飛び乗りました。
セーフ。
…ああ、もういやだ。もうこんな思いは二度としたくない。郷ひろみ以上にもういやだよ。
と、異常なストレスを感じてた都並を、神様は見ていてくださったのか、先日帰宅すると思わぬプレゼントが。
もう何ヶ月も前にふと思いついてはがきを出した雑誌の懸賞に当選していました。思えば懸賞なんていうものに応募したのは優に10年以上前だ。
あたったのは、マッキントッシュのエディターズ・バッグ(コンピューターじゃなくてコートのほうです)。雑誌は「Begin」という一癖ある雑誌で、そのタグがついている限定品です(「Begin」についての僕の屈折した愛情は、また別の機会に)。
いや、サンタはいるな。マジでいる。






















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