犬ぞりと走り始めた車、あるいはサンタ肯定論

11月の学会が終わったら多少は楽になるはずだったのに、結局12月はいつものとおり、鰤走(ぶりわす)になってしまった。

というのも、4年生の卒論の提出期限が今日までで、それにかなりてこずっていたからだ。やはり類は友を呼ぶのか、僕のゼミの学生は僕同様にマイ・ペースな人間が多く、ぎりぎりまで卒論を書いていた。

それを、ざっと見ればいいのだけれど、やはりどうしても細かいところが気になってしまい、つい一生懸命指導してしまう。ワードの「変更履歴の記録」機能など使って、微にいり細をうがって指導してしまうのだ。

そこにはやはり、教員同士の競争意識というか、それほどのものではなくて「うちのゼミ生だけ卒論の出来が悪かったら…」という不安があり、ついつい一生懸命になってしまう。

しかし一方で当の学生たちはというと、当世気質の若者たちというか、こっちの気持ちなどいざ知らず、のんきに構えている。

これはけっこうやきもきするものだ。いや、やきもきを超えて、やんきーもんきーベイビーですらある。

「あのさ…君たちは自分のことだし、自分のポテンシャルに応じた時間配分をしているのかもしれないけれど、こっちは君たちの本当の意味でのポテンシャルなんてわかんないんだ。だから心配させないでおくれよ。それから連絡をまめにくれ。よしんば君たちが自宅で一生懸命論文を書いているとしても、こっちは大学にいてわからないし、『何してるのかなあ…寝てるのかなあ…諦めて泣いているのかなあ…』とか悪い想像をしてしまうものなんだ。一言『やってます』でいいからメールをくれよ…」

といいたい気持ちをぐっとこらえて、この半月ばかり心労に耐えた。

詳しいことは本人たちの名誉のために伏せるが、比喩を使うと、数日前まで僕のメンタル・イメージはまさに「犬ぞり」だった。

わんちゃんたち(決して見下しているわけではなく、ゼミの原動力という意味です)が、あるものは力いっぱい走ったり、あるものは引きずられていたり、あらぬ方向に走っていたり、という感じで、結局犬ぞりはどこにも進まないのだ。

しかも悪いことに、その「犬ぞり」のイメージが、昨日あたりから「戦地から撤退する幌付トラック」のイメージに変わった。理由は、卒論を提出する学生が出始めたからだ。

幌付のトラックは一人ずつ兵士(学生)を乗せ始める。もう今まさに出発しようとしているのだ。

ところが、期限ぎりぎりになっても現れない兵卒がいる。もうトラックはエンジンがかかっている。

それでも兵士は現れない。ついにトラックは走り始めてしまった。

その段になってようやく「あれ?撤退ですか?」という感じで彼は現れた。僕の脳内イメージではなぜか水筒を手に持ち、首からタオルを提げている。水場にでも行っていたのだろう。それを見て、すでに乗り込んだ兵士たちは愕然とする。

事態の深刻さに気がついた兵士は、あわてて、血相を変えて走り出した。トラックの兵士たちも立ち上がり、彼に向かって手を差し伸べる。

「早く!早く乗るんだ!」

…と、数時間前まで僕の心境はこんな感じだったわけです。

それがなんとか、水筒もタオルも落っことしたけど、おまけになぜか銃火器も、あまつさえヘルメットもブーツも身に着けていないけど、トラックに飛び乗りました。

セーフ。

…ああ、もういやだ。もうこんな思いは二度としたくない。郷ひろみ以上にもういやだよ。

Vfsh0499 と、異常なストレスを感じてた都並を、神様は見ていてくださったのか、先日帰宅すると思わぬプレゼントが。

もう何ヶ月も前にふと思いついてはがきを出した雑誌の懸賞に当選していました。思えば懸賞なんていうものに応募したのは優に10年以上前だ。

あたったのは、マッキントッシュのエディターズ・バッグ(コンピューターじゃなくてコートのほうです)。雑誌は「Begin」という一癖ある雑誌で、そのタグがついている限定品です(「Begin」についての僕の屈折した愛情は、また別の機会に)。

いや、サンタはいるな。マジでいる。

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気になるストッキング

福助というもともと足袋を作っていた会社から押切もえさん、蛯原友里さんとのコラボで発売されている「f*ing」というストッキング…。

あのう…f-ingとかeffingって、"f***ing"のことなんですけど…。

これって天然なんだろうか。それとも意図的なものなのだろうか。

HPを見るかぎりだとFukusukeとかFashionableの意味だと書いてあるだけなので、天然なのかなあ、と思う反面、モノがモノだけに、そういうほのめかしは故意のものなのかしら、とも思ったりする。

もし作為的なものだとしたら、蛯原さんもずいぶん思い切った味付けをしたものだ。

30代英語教師の戯言でした。

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わたしはウーロンハイになりたい

やれやれ。

今日で僕の持っているクラスの夏休み前の授業が全部終わった。

とりあえず、まだテスト作りやら採点やらレポート評価やらもあるし、自分の原稿もあるのでぜんぜん解放はされないのだけれど、それでもなんとなく一息ついた感じである。

いやあ、今年は忙しかった。去年のことを思い出すと「あれは何だったの」と思うくらい、忙しさが倍増した。講義の数が純増したり、原稿の依頼が来たり、学会の事務が入ったり、自分の研究発表が決まったり、という具体的な仕事と、学内のよしなしごとが交じり合って、ブログも満足に更新できないありさまだった。

そのせいで体力も精神力もかなり逼迫したけれど、ともかく、どうにか、一区切りである。

今日はこの後散髪に行って、明日もちょっと人前に立つ仕事があるのでぱりっとして…そしてビールを飲もう。

いやはや、ビールを飲むしかあるまい。

などといいつつ、最近、年をとって色々好みが変わってきたのか、実はウーロンハイなるものに目覚めている。

あの、ウーロン茶そのものの喉越しの爽快感は、ビールとは違う潤いを与えてくれる、ということに最近気がついたのである。

何せこの地は連日暑い。もとより汗かきの都並は、着替えを持ってきてTシャツで学校に通勤し、授業前に研究室で着替えて出動するのだけれど、それでも授業が終わるとまた着替えたいくらいの汗をかく。

この暑さの中では、ビールもいいけれど、あのウーロンハイのクールさが欲しくなる。

昔、高校のときの部活動の友人が、夏の真っ盛りの練習の合間に、「今俺、アクエリアスのプールに飛び込みたい」と言ったのをしっかり覚えているけれど、僕は今ウーロンハイに飛び込みたい。アクエリアスはなんかべたべたしそうでいやだ。

ウーロンハイは生き方としてもあこがれる。

居酒屋のメニューにあって当然だけれども、でもあまり気づかれず、疎まれもせず、という「雨ニモ負ケズ」的なポジションを獲得している。

それに、お茶のようにさわやかに飲めて、ビールみたいに「よし飲むぞ」という気合を必要としない控えめさと、それでいてちょっと酔わせてくれるという実力を兼ね備えている。

さらに言うと、「お酒だかお茶だかわかんない」(実際、同じ飲み会の席でウーロン茶を頼む人とウーロンハイを頼む人がいると混乱する)という正体不明さもひとくせあってよい。

ワーク・ライフ・バランスという意味でも、「ウーロン茶:焼酎」の比率で「遊び:仕事」をするというのにあこがれる。「遊んでんだか仕事してんだかわからない」人になりたいのである。

…という話を奥方様にしたら、「最後のだけかなり達成してるんじゃない」と言われた。

そういえば昔大学の後輩に「大竹まことみたいになりたい」と言ったら、それも「ほとんどなってるんじゃないですか」と言われたなあ。

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黒澤シンポジウム(プロジェクトTNT)

Vfsh0387 土曜日は立教大学新座キャンパスにて、黒澤明のシンポジウムに参加してきた。

これが、最新のキャンパスの最先端の設備を駆使した、テンポよく歯切れのいい催しだったので感服しました。

内容は、僕のような洋モノ専門の初学の人間に云々する資格はないのかもしれないけれども、黒澤監督のスクリプターだった野上照代さんと黒澤監督のご長女でいらっしゃる衣装デザイナーの黒澤和子さんをお招きした「当事者」のトークはインティメートで楽しいものだったし、明治学院大の四方田犬彦先生、早稲田の長谷正人先生、NYUの吉本光宏先生の御三方の発表もとっても勉強になるものだった。

ミソジニー、ホモソーシャリティ、表象不可能性といったキーワードで黒澤明を読み解く御三方の手捌きは見事というほかないもので、個人的な研究にも大変刺激を受けた。

特に、『天国と地獄』の身代金受け渡しの場面の、徹底的にPOVショットを回避したカメラワークは、例えばPOVを多用するヒッチコックの手法と比較したときに、かなりの独自性をもって立ち現れてくるんじゃないか、と思った。

さらに言えば、もしアメリカ映画のPOVショットが、ローラ・マルヴィが言うように、男性が女性を見る「男性の視線」と評価することができるなら、そのPOVを回避した黒澤の「肩越しのショット」は、男と男が共に見る「ホモソーシャリティの視線」とみなすこともできるのかな、などと考えた(すいませんココ何言ってるのか分からないと思いますので無視してください)。

いや、これは何も黒澤全作品を計量的に観たわけではないので何ともいえないけれども。

Vfsh0386話は代わって、シンポジウムもすごかったけれども、もうひとつすごかったのは立教のキャンパスだ。『未来世紀ブラジル』ロケハンのときのテリー・ギリアムが、あるいは『惑星ソラリス』のときのタルコフスキイがこの風景に出会ったら、きっとロケ地にしただろうな、というくらいの未来都市ぶりである…この喩え、ミッドタウンに行ったときも使ったな。

ともかく、この図書館の機能の充実している印象を見ると、「とほほ、同じ大学でもこんなに違うのか」と思わず恨めしくなる。さらに、このハイテク図書館から生み出される学生のレポートがどれくらい、うちの学生と違うだろうか、と考えると空しくさえなる。

いやはや、参りました。個人的に今後「新座ミッドタウン」と呼ばせてください。

などとうなだれつつ、シンポ終了後は懇親会まで参加してきた。同年代の知り合いの先生が何名かいらっしゃったので、親睦を深め、今後の研究活動について情報を得る。

(と、和気藹々と飲んでいたら、お店に名刺入れを忘れるというハプニングがあり、主催校の先生に送っていただくというご迷惑をかけてしまいました。申し訳ありませんでした)

そんなこんなで帰宅は23時。奥さんをほっぽらかして申し訳ない休日だった。といいつつ、次の土曜日もオープン・キャンパスで出ずっぱりなんだけど。

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いたいシンポジウム/うまいドイツ・ビール

Vfsh0381 日曜日には築地まで出かけ、朝日新聞社主催のシンポジウム「大学教育を考える ―初年時教育を学士力にいかにつなげるか」に聴衆として参加してきた。たまには都並も教員としての職業倫理に目覚めるのである。

シンポジウムの内容はというと、昨今の大学生のスタディ・スキル&ステューデント・スキルの低下(と一概に評していいものかどうかわからないが)を前提に、いかに高校を卒業したばかりの若者に大学での学びの有り方を習得させ、卒業後に期待される学士力、社会人基礎力を四年間で身につけさせるか、ということについて、各大学の先進的なケース・プレゼンテーションをもとに、ディスカッションをするというもの。

これはたいへんな経験だった。「うちの大学/学生はこのままだと絶対良くない」という危機感を共有する大学関係者が300人から集まって、ふだんの学会でもありえないくらいの集中力でもって議論を戦わしていた。その緊張感がびしびし伝わって、基本的に学生に対して放任主義(「君たちもういい大人なんだからね」)を決め込んでいる(おそらくは古いタイプの研究者である)都並も、「どげんかせんといかん」と、お尻に火がついた気持ちになった。

考えすぎて知恵熱を出しそうになったので、終了後はドイツ・ビールでクール・ダウンすることにした。

大学の時から仲良くしているいっこ下の後輩で、いっしょにバンドもしていたI君が、長いことイタリアに留学していたのだけれども、このたび結婚を機に帰ってきて、東京に住むことになったというので、久々に会ってお酒でも飲みましょう、ということになっていたのである。

しかし、ふつうに飲んでも面白くない、ということはないけれどももうひとつイヴェント性にかけるので、かねてより憧れだった「ガード下」へ(非サラリーマンであることを自覚しすぎているせいか、常々サラリーマン文化に妙な憧れがあるのだ)。

で、せっかくガード下に出かけるなら、本来なら「まんぷく食堂」とか「新日の基」とか、そういうハードコア・テイストの居酒屋に行くのが正しい「道」だったのかもしれないが、そしてそういう本格的なお父さんスタイルに後ろ髪引かれるものがあったのも事実だが、それよりもましてこの日はなんだかおいしいビールが飲みたかったので、日比谷の「ドイツ居酒屋 JS・レネップ」に突入。

結論からいうと正解であった。ソーセージとザウアークラウトとジャーマンポテト、アイスバインなどをつまみに、I君と、I君にもったいないくらいのきれいな奥様と、がんがんビールを飲み倒す。なかでも、店側が一押しの「イエバー」(画像はまた別のビールです)は、ホップが利きつつ、シャープな苦味のきいた確かにおいしいビールだった。

四方山話に花が咲き、おたがい何倍飲んだかわからないうちに、気がつけば終電間際。慌てて電車に乗ったが、帰宅は午前様だった。

いやあ、おいしいビールでした。また飲みましょう。今度はストロング・スタイルの親父居酒屋で。>I夫妻

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学会シーズン(プロジェクトTNT)

6月は学会のシーズンで、都並も、今年はさまざまな不可抗力的な都合で研究発表はできないのだけれど、それでも都合三回くらいは出かける予定である。

学会というやつはそれぞれ大学の教員が参加しているので、授業の関係で週末に開催される。そうすると一月に三回週末がつぶれるわけで、それはさすがに、たとえ研究発表をしないといっても、仕事のスケジュール的にも肉体的にもけっこうきついのだけれど(当然研究発表をするともっときつい)、それでも得られるものがあるのでいかないわけにはいかない。

その学会の第一弾がこの週末京都であって、参加してきた。京都はかつてのホームタウンだし、隣県の滋賀は実家なので、里帰りという気分もある。

というわけで金曜日は奥さんのほうのお父さんお母さんと合流し、京都で行きつけのおいしい焼肉屋さんへ。久しぶりに親子で楽しくコンロを囲んできた。僕以外にもお父さんお母さんも6月の生まれなので、そのお祝いをかねた宴席である。

その後、定宿と化しつつある日航ホテルにて宿泊。空けて土曜日、奥さんは京都で買い物、僕は学会。他人の発表をひたすら聴くのだけれど、今年はレヴェルが高かった。自分もうかうかしていられない、と刺激を受けた。

土曜日の夕食は奥さんとまた京都で外食。お気に入りのスパゲッティ屋さん「セカンドハウス」で名物の「セカンドトマトカルボナーラ」に舌鼓を打つ。

日曜日は学会の懇親会。懇親会(=立食パーティー)というやつは、もとより内気な傾向のある人文系の研究者にはなかなか不向きなところである。僕も若い時分は、もとより出身ゼミの人間がほぼ皆無の学会だったこともあって、完全に壁の花と化していた時期もあった。

しかしこのごろは、常勤職も得て、同世代の研究者、あるいは一世代上の先生などの知己も得て、社交が楽しくもなってきたし、また重要にもなってきた。

今回も、最終的に8月末の原稿が一本、9月末の研究会が一本、来年5月の国際学会がうまくいけば一本、といくつか仕事をいただいてきたので、まずは収穫があった。

このほか、11月には自分の大学で研究会の主催もすることになっており、なかなか勉強させてもらえる一年間になりそうだ。

空けて月曜日。

奥さんと再び四条烏丸にいた。お互いのお父さんの父の日のプレゼントを探すためだ。四条烏丸~河原町界隈をうろうろして、ナイキで何か買うか、ビルケンシュトックのサンダルにするか、といろいろ迷った結果、GAPのショートパンツを贈ることにする。うちのオヤジはMサイズ、向こうのお父さんはXL。なんだか人間の器の違いを反映しているようでおもしろい。

Vfsh0340 ついでに、「ダファー」で自分用のポロシャツ、「トゥモローランド」で春夏用のグレイのシャンブレーのジャケット(表地の光沢ある感じと、裏地のマドラスチェックがかわいかった)を買ってしまったというのは内緒です。

このプレゼントを探しつつ、またもや「おめん」にて昼食。あいかわらずおいしい。しかも、単においしいだけじゃなくて、やっぱりこれが僕の食文化的ルーツの味だからだろうか、心のすごく深いところで落ち着くというか、癒される気がする。胃袋の底のほうから幸福感が上ってくる感じである。

とここまで書いてみて、ふと「これまで何度も同じようなことを書いてきたのではないか」という気がしたけれど、それでもやはり、改めてこう書いてしまいたくなる何かを感じたのも確かであった。畳敷きの席のこじんまりとした空間も居心地良くて、ついついデザートにわらび餅まで食べてしまう。またこれが絶妙な冷え加減でうまい。

Vfsh0332 それからこの日のお茶は(昼食から立て続けに行ったんじゃなくて時間を空けて行ったんですよ)、おば様御用達の純喫茶「フランソア」。僕は大学時代の悪友女史連に連れられて行ったことがあったのだけれど、奥さんは初めて。

ここではチーズケーキをいただく。しっかりとしたハード系のチーズケーキで、レーズンなんかも入っていてクラシックな感じ。これはなかなかおいしかった。しかしそれにしても平日昼過ぎの「フランソア」はおばさまばっかりだった。

このほか、「フランソア」を出るとすぐの「村上重」でお漬物を買ったりして、なんだか全体におのぼりさんみたいだった。

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有朋自遠方来

Vfsh0332 月火の二日間はいろいろと人を出迎えるのに明け暮れた。

まず月曜日は大学の公開講座。30~40名くらいの県民の皆様を前に、映画の歴史について話す。

しかし、まあ、これは(自分の親くらいの年の人生の先輩方が中心だったので、ちょっと緊張してたいへんだったけど)勉強になりました。ありがとうございました。特に、帰り際にお褒めのお言葉をかけてくださった数名の受講生の方、大変励みになりました。感謝いたしております。

なかでもその中の一名の方は、市の男女共同参画課の方だそうで、内容が多少そういう話だったこともあり、「うちの方でも講演していただければ」とまでおっしゃってくださった。それはさらにたいへんなプレッシャーですが、もしお話が来れば引き受けようと思います。よろしくお願いします。

夜は夜で、そのたいへんな仕事が終わって解放感にずぶずぶに浸ってどうにもならなくなったところへ、高校以来の悪友グループの一人で、今は仕事で全国を飛び回っているえびてつ氏が来訪。地方の仕事と東京の仕事が立て続けにあり、その移動経路上に我が家がちょうどあったのだった。

昼の仕事はたいへんだったけれども、別にこれはたいへんでもなんでもない。むしろ解放の祝杯をあげたいところだったので歓待する。奥さんに頼んで、巣穴の食べかけの餌とか古い藁とか落ち葉をきれいにしてもらい、とれたてのはちみつとどんぐりで来客をもてなす。

というのは嘘で(当たり前だ)、「せっかくだからご当地のおいしいものを」というえびてつ氏のご要望で、埼玉県の地鶏「タマシャモ」を出す居酒屋へ。「タマシャモ」は僕ら夫婦もはじめてだったのだけれど、これが脂分控えめで、でも肉の味は濃く、なかなか美味だった。美食家の奥さんも合格点を出していた。我々男どももおかげで酒が進んだ。

しかしこの日は仕入れの関係か刺身がなかったので、それだけが残念。次回奥さんと二人でリベンジを誓う。

それはともかく、めったにこない友人とともに酒を酌み交わせたので、久々にリラックスできた。まさにタイトルにもあるとおり、「朋遠方より来たる有り、亦た楽しからずや」であった。(上の写真はえびてつ氏のおみやげの宇奈月ビール。おいしそうです。ありがとうございます)。

翌朝、えびてつ兄さんを送り出した後、今度は大学にて客人を迎える。

大学の企画した連続講義で、大ヒットしたホラー映画のハリウッド版リメイクも手がけた某監督を招いたのであった。

この監督が、映画監督というといろんなタイプの方がいらっしゃるので、多少緊張して尾で迎えじゃないお出迎えしたのだけれど、とっても優しくてまじめな方でいらっしゃったので、とても嬉しかった。

授業の内容もまじめに取り組んでくださり、学生も熱心に聴いていた。

ただ、講義の途中で流したヴィデオ・クリップでは学生の叫び声に近い悲鳴が上がったのだけれど、学生が叫ぶ授業なんてあまりないから、これはこれでよかったのだろう。と都並は勝手に評価した。でも、教室の出口で何人かの学生に訊いたところ、学生たちも「おもしろかった」と言っていたから、あながち見当違いな解釈でもないのだろう。

ともかく、個人的には成功と思える授業が終わり、その監督を送り出し、その後後片付けをして帰宅したのは9時過ぎ。ホストとしての二日間がようやく終わった。と思ったらなんだか気が抜けて、ソファーで転寝してしまった。深夜に目が覚め、お風呂に入って寝直す。

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侮れない廉価盤

先日、書店をうろうろしていたら、すごいものを見つけてしまった。

その名も『ナチス侵攻!』という、とてもキワモノふうのタイトルの、廉価版DVDである。

廉価盤については我々研究者の世界では賛否両論あって、廉価盤になる=著作権が切れている=古典的映画、ということで、かつてはVHSでなかなか入手しにくかったソフトが、きわめて安価で手に入るということ自体は歓迎すべき事態である。

しかしながら一方で、ものによっては字幕の間違い(廉価盤でなくたって間違いは多々あるのだが)などもあって、諸手を挙げて称賛するというわけにもいかない。

が、今回の場合は、間違いなく応援したいケースである。

なぜかというと、このタイトルが、実はフランク・キャプラによる有名な戦時ドキュメンタリー『我々はなぜ戦うか』Why We Fightのうちの一本だからだ。

全部で7本存在する新兵教育用のこのドキュメンタリー、かのフランク・キャプラが撮ったものであり、しかも『意志の勝利』や『オリンピア』といった、レニ・リーフェンシュタールがナチ政権下で撮ったドキュメンタリーのフッテージや、ディズニーが作ったアニメ地図部分などを含んでいるという点で、映画史研究において非常に重要な作品になっている。

専門ではない人には、とにかく重要だ、ということである。どれくらい重要かというと、ロック史におけるドアーズの未発表音源ライブのオンライン通販盤くらいは重要である。

これを、しれっと500円で、しかもかなり正確な字幕つきで出している会社があるとはびっくりした。

しかも同梱のチラシを見ると、オンライン通販もしているという。早速調べたところ、『我々はなぜ戦うか』からは日本の中国侵攻を扱ったThe Battle of China(販売タイトルは『中国侵攻作戦』)と、そのほか同じ戦時ドキュメンタリーとしては、ジョン・フォードが撮ったDecember 7th(『真珠湾攻撃』)が発売されている。さっそく注文し、入手する。

いやはや、このタイトルの日本語字幕つきが買えるとは思わなかった。ちょうど映画史の授業をやっているので、そこでさっそく上映しよう。

それにしても面白いのは、このタイトル、発売元は決してそんな大上段に構えた方針があるようではなく、パッケージングとかその他のタイトルなどから見て、マニア向けの戦争ドキュメンタリーとして(要はキワモノとして)売っているということだ。

俗な言葉で言えば、「天然」なのである。

しかし、この会社は研究者としては実に応援したい。できれば今後『我々はなぜ戦うか』のシリーズを全部刊行してほしいからだ。そういうメールをしたためようかと思うくらいだ。

ところで、このタイトルを手に入れた契機が結構面白かった。サイトを見てもらえばおわかりのとおり、この会社からは同じく今月リーフェンシュタールの『オリンピア』二部作、すなわち『美の祭典』と『民族の祭典』が発売されていて、都並は最初書店でそちらに目が留まった。

そこでまず一度、このタイトルが500円で出ていることにびっくりして、隣にいた奥さんに「これが500円ってすごいことなんだよ。即買いしよう」と言ったら、奥さんは「ふーん」と興味なさげに相槌を打ちながら、それよりもはるかにキワモノ感漂う隣のタイトルを指差し、「こっちのが面白そう。ナチス侵攻だって」とのたまった。

僕はそれを一瞥し「これだから素人はいやだな」と切り捨て、「こっちはリーフェンシュタールなんだよ。このレニ・リーフェンシュタールって人は…」と例によって薀蓄をたれようとしたのだった。

しかしそのときそれをさえぎって奥様が、今となれば神のお告げとも思える一言をのたまったのである。

「監督フランク・キャプラだって」

「え」

都並はそこで思わずフリーズした。実は今ちょうど、『我々はなぜ戦うか』についての文献を読んでいるところであり、即座に「もしかしたら」という思いが脳裏に閃いた。

そこでDVDを手にとって見ると、案の定、『我々は…』の一本に間違いない。

「えええ…これがソフト化されているなんて…しかもこんなご無体な売り方で…」

予想外の出来事が二段階仕込みで起こったことに都並はいささか腰砕けになり、よろよろと、しかしわき目もふらずにレジに向かったのだった。

㈱コスミック・インターナショナルさん、ぜひ『我々は…』の全作、500円で出してください。ついでに『意志の勝利』もよろしくお願いします。

追記:キャプラといえば、今木村拓哉さん主演でやっているドラマ『CHANGE』って、『スミス都へ行く』じゃないのか。

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ストレンジャーin六本木

せっかくの三月だが毎日仕事で忙殺されている。

こういうとき、なぜだか学者の間では

「だいたい世間の人は、授業のない時期は大学の教員というのは暇だと思ってるんだよな…とんでもない誤解だよいろいろ忙しいんだっつうの」

というのが定番の愚痴になっている。

自分もそう書こうと思ってふと筆を止めた。

というのは、過去にもそう書いたような記憶がひしひしとするし、まだこの年で(そういや同い年の松井秀喜さんご結婚おめでとうございます)同じ話を何度も繰り返すおじさんにはなりたくないからである。

事実、先日も「アンシェヌマン・ユニ」という洋服屋さんのインテリアの話を書いたときに、「あ、これは過去に書いたのではないか」という恐怖にとらわれて、思わず過去の日記を読み返したくらいである。このときは結果的にはセーフだったが、それぐらい記憶能力が衰退していっているのだ。

さらに言うと、あるマイノリティの(と自分たちが認識している)社会集団の構成員が「世間の人は…」というときの「世間の人」というのはひょっとすると自分たちの被害妄想の産物以外の何者でもないのではないか、という危惧の念が頭をもたげたからだ。

などと小理屈はどうでもよくて。

この日は来年度(というと遠い未来のようだがもう数日後である)から始まるゲスト・スピーカーの連続講義の打ち合わせで、六本木へ。

こういうものは相手のあることなのでどこまで書いていいかわからないが、六本木にある某社のプロデューサーさんに講義をお願いしていて、その講義がもう二週間ほど先に迫っているのである。

が、これがなかなか緊張した。

というのは、世間からずれてずれまくって生きてきた研究者の一人として、都並には民間企業の「打ち合わせ」というのがまったく未経験である。「プレゼン」とか「コンペ」とかいう言葉と同じくらい「TVの中の世界」の用語でしかない。もっと端的に言うと、「打ち合わせ」という言葉から都並が率直に思い描くのは、「ダウンタウンDX」の「打ち合わせでこんなもの撮れちゃいました」の風景でしかない。

しかも、そもそも都並は都会っ子ではない。これは我が記憶能力の衰退にもかかわらず過去に何度も書いていると自信を持って言えるが、また人前でも何度も話しているが、『となりのトトロ』が公開されたときに「これのどこが面白いの?うちの近所じゃん」と思ったくらいの山村育ちである。実際にトトロも中学校に上がるくらいまでは何匹も群れで跳梁跋扈していた。

それをなんとか、大学~非常勤講師時代まで大阪の都心部で過ごし、去年一年間を京都の中心地で愛を叫びながら暮らし(本日は全面的に筆がすべっております)、なんとか都会の絵の具に染まって生きてきたのだが、この北関東暮らしで一気に退行してしまった感がある。

それをいきなり六本木である。六本木ヒルズと東京ミッドタウンのど真ん中へ乗り込んでいくのである。緊張しないわけがない。

緊張のあまり30分も早く着いてしまったので、ウェンディーズでコーヒーを飲みつつ時間をつぶした。そのコーヒーを飲む手も震えていた。というのはうそだ。30過ぎてそこまで緊張することはまずない。

ともかく、さまざまな憶測(と名づけてデイドリーム)をもって、びびりながら人生初の「打ち合わせ」に臨んだわけだが、いざお相手のプロデューサーさんにお会いしたところ、そんな都並の「びびり」はまったく無用であったことがわかった。

受付まで出迎えに来てくださった時点から、とっても物腰の柔らかそうな方で、それで都並の緊張は一気にほぐれた。やはり物事にあまり先入観を持ちすぎるものではない。

さらに、今回の「やっかいごと」(大学の授業なんていうものは、一般企業の方にはそういうものではないかと思うのだが)についても真摯に受け止めてくださり、エクセルやパワーポイントの資料もたくさん用意していてくださったことがわかった。

訊けば、過去にもそういう授業の経験はあるのだということ。さもありなん。

授業の内容についての話も大変感覚がシャープで、最初から単刀直入に「僕の立場からだと落としどころはどこへ持っていけばいいのかな」と核心を突いた質問が出てくる。

というわけで最初の杞憂はどこへやら、非常にリラックスして「打ち合わせ」をすることができた。打ち合わせの終わりごろには、ここで働いている僕の大学時代の同級生、R女史も合流。共通の知人(?)を交えてよもやま話に花が咲いた。

その後某社を出てきた都並の後姿は、トヨタ・ヴィッツのCMのリラックマくらいリラックスしていただろうと思う。

追記:その後時間があったので日比谷に移動し、シャンテシネで『ノーカントリー』を観た。これはほんっとにすごい。早くも今年マイベスト3入りしそうな傑作である。オスカーも納得の作品であった(レビューは別記事で)。

追記その②:ところで、実際に経験した「打ち合わせ」は「ダウンタウンDX」の「打ち合わせでこんなもの撮れちゃいました」とどれくらい似ていたか?思い返せばかなり似ていたような気がするのであった。

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名古屋ひとりぼっち

空けて名古屋二日目。慣れない深酒で頭が痛い。ふと気がつくと、以前大学の保健室でもらったバファリンがペンケースに入っている。それをとりあえず飲む。

深酒をしてしまったのは、昨夜コースの料理をろくに食べずに飲んだからだと思い当たり(DB先生の前で舞い上がり、食欲がどこかへ飛んでいってしまったのだろうか)、とりあえずがっつり炭水化物を採りに行く。

そこで吉野家へ。最悪の選択肢ではある。しかし体が如実に炭水化物(糖分)を求めているのが分かったのでこれは仕方ないことである。

と言い聞かせ、豚丼を完食。その後栄近辺をぶらぶらし、最近お気に入りのカメラHOLGA135で名古屋の風景を撮る。

Fl000009_2 名古屋は別に初めてではないし、学会等々で述べ10日くらいは来ているのだが、久しぶりに来てみると、なかなか面白い街である。特に、ラシック(名古屋でいちばんおしゃれなことになっている集合店舗ビル)とかオアシス21のような最先端の建物よりも、中日ビルとか、その前のバスロータリーにある丸い大時計とか、70sの生き残りみたいな雰囲気がそこここに残っているのがよい。

午前中の光もよかったのでここでパシャパシャ撮る。ちゃんと撮れているといいが(3月10日付記:なんとか撮れていました)。

Fl000015 オアシス21にもいちおう上がって、写真を撮る。面白いことに、屋上の池(?)の水面を見ているうちに、猛烈に喉が渇いてきた。恐水病とは逆の症状である。これも二日酔いの顕著な表れだろう。吉野家でもお茶をたくさん飲んだのだが、まだ足りないらしい。

仕方ないので下のスタバで朝一のアイスコーヒーをゲット。こういうとき、ごくごくコーヒーを飲めるスタバっていいな、と思う。

080309_1234 オアシス21ではトミカ・ショップで足が止まる。先日始めたばかりの趣味「企業ロゴ入りの(ノベルティ)ミニカーを集める」を思い出したからである。

中に入るとすごい品揃えである。くるっと見て回るうち、「トミカくじ」でコカコーラのペイント・カーが当たる、というのを発見。全11種である。この中のミゼットがかわいかったので(この方のブログに画像があります)、あたるといいな、と思ってやってみる。一台525円。

結果は上の画像である。ふつうのトラックだったが、先に購入したFedExのトラック(後)と好相性だと思ったのでそれ以上追いかけるのを止める。

だいたい、こういうもんは深追いしちゃいけません。「ミニカー集め」は楽にやれる趣味として続けたいので、ここで終了です。でも誰かミゼット持ってたら連絡ください。

遊んでいるうちにいい時間になったのでオアシス21内のパン屋さんでサンドウィッチを買って、慌てて名大へ移動。図書館でうちのこじんまりとした図書館が持っていない文献を複写させてもらい、ついでに本を読んでくる予定である。

名大の図書館もまた、70sの香りと古い本の匂いが立ちこめる、いい感じの建物である。母校の図書館を思い出しながら渉猟する。学習用のブースも充実していて、ここも70s風で感じがいい。窓のそばに陣取って、文献を読んでくる。

Fl000018 2時ごろ、遅い昼食を採りに中庭へ。先ほどのサンドウィッチを食べる。春のぽかぽか陽気がびっくりするくらい気持ちいい。

ベンチに腰掛けてサンドウィッチを頬張っていたら、どこからともなく、かわいいピンクの服を着たシーズー犬が。「だんな、そのおいしそうなものおいらにもわけてくだせえ」という風情で寄ってくる。

そのつぶらな瞳がかわいいので写真を撮ろうかと思っていたら、後から飼い主のおばさんがやってきて、「すいません、大丈夫ですか?」と気遣ってくださる。「あ、大丈夫ですよ」なんて言っているうちにお犬様はむこうに行ってしまわれた。

おそらく近所のおばさんなんだろう。そりゃあ、そうだ。こんだけ広かったら散歩にうってつけだもんな。もうだだっ広いを通り越して「だだだだだっ広い」って言ってもいいくらいだもんな。

同じ中庭では、男子学生がこのだだだだだっ広さを利用して缶蹴りに興じていた。息を切らして、はあはあ言いながら、でも皆が笑っている。幼いなとは思うものの、心和む光景でもある。

また別の場所には女子学生2人が座っている。彼女らはまるで秘密の物々交換でもしているような静けさで何かを話しているが、その声はこちらには聞こえない。

また自動車の通る道路を隔てた向こう側からは、応援団の団員たちの「ばんざーい」が間欠的に響いてくる。今日は合格発表の日だったのだろう。

全体として、いつまでもここにいたい、というような日溜まりであった。春の好き日、というのはこういうことを言うのであろう。これも間違いなく「小確幸(小さいけれど確かな幸せ)」のひとつである。

そうはいってもいつまでものんびりはしていられないので、もう少し図書館に籠って仕事する。

夕方、名大を出て栄に戻ってくる。新幹線に乗る前に、早めの夕食を採りたかったのと、やっぱり結婚記念日に奥さんに何か買ってあげたかったからである。そういってこの前もエイミー・ワインハウスのCDを買ったんだけど。

ラシックをぶらぶらした結果、「おばけのラーバン」のミニバッグがあったのでそれを買ってみる。果たして結婚記念日のお祝いがそんなものでいいのかは分からない。おまけに「おばけのラーバン」なのに肝心のラーバンが絵柄に入っていない。でも、結婚記念日のちょうど一ヵ月後が奥さんの誕生日なので、本格的なものを買う予算もない。ということでこれに決定。

早めの夕食は、昨日家を出てくる前までは「よし、味噌煮込みうどん」(好物なのである)と思っていたのだが、名古屋に着いてみるとあまりの暖かさにちょっと季節外れな気がした。

Vfsh0173 そこでラシック内の「矢場とん」に方針変更。恥ずかしながら、いや別に何にも恥ずかしくないが、味噌カツなるものを食したことがなかったので、ここで食べてみようと思ったのである。栄養バランス的にも野菜がとれていいかもしれないし。

で、基本のロースかつを頼んでみたのだが、なかなかおつなものであった。確かに、お店の注意書きにあるとおり、味噌は関西人の感覚では甘すぎるので、和辛子をつけて食べたのだが、そうするとすっきりと食べられた。その他すりごま、一味、トッピングのねぎ(これは別に注文)をつけて味の変化も楽しめる。そもそも、豚肉がおいしい。

でも、別に味噌じゃなくてもいいような気がするよ。これは慣れというか馴染みの問題なんだろうな。

Vfsh0176 食後、地下のスタバで豆を購入。ここの店には「ブラックエプロン エクスクルーシヴ」が置いてあったので記念にそれを買う。通りすがりの男子が「2000円だって。誰がこれを買うんだよな。セレブ用か」などと言っていたので「じゃあ、買ってやろうじゃん」と思ってしまったのもある。

でもそれよりも、この「コロンビア ナリニョ エル タンボ」という豆がデザイン的にかっこよかったのである。黒とライトグリーンの組み合わせが、ナイキのスニーカーみたいで。

買い物終了後、名駅へ。名駅では不思議な現象が2回見られた。

ひとつは赤福である。売店の前に何十人というお客さんが並んで赤福を待っている。その前では売店のおばさんたちが段ボールから赤福を出して山ほど積み上げている。

要は、また大ブレイクしているのである。こういうのを見ると個人的にはなんだかな、と思う。もう少し会社に反省してもらうために、買い控えしたほうがいいのではないか。

もうひとつは、新幹線の有人チケット売り場で僕の前に並んでいたお兄さんが、黒人で、ビギー・スモールばりの巨漢で、真っ白に黒いピンストライプのスーツ、ボルサリーノふうの帽子、真っ白な毛皮のコートを着ていたことである。

要は、どっから見ても本家のギャングスタなのである。しかもこのビギー・スモール、目の前で流暢な日本語で「広島まで」と言っていた。

一体何者だったのだろうか。本家ギャングスタと広島のその筋の方たちとの何か楽しいイベントがあったのだろうか。

そんなことを言いながら新幹線に乗ったのが18時半。なのに家に着いたのは10時過ぎだった。とほほ。

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アントキの猪木がアントニオ猪木に会うようなもの

Fl000005 毎週末家を空けるこの3月。今週末は名古屋に行ってきた。

実は、都並の研究上のヒーローであるアメリカの某映画研究者(以下、分かる人には分かるのでDB先生と記す)が現在日本に来ていて、名古屋大学でスペシャル・トーク・イベントを行うというので、それに参加するためである。

DB先生といえば、今や北米の映画研究では押しも押されぬ大御所であって、彼の研究書を参照していない文献はないくらいのスーパースターだから、これは都並にとっては衝撃のサプライズであった。

おまけに都並自身、個人的な研究の出発点もDB先生の本だったし、結果、ことの自然な成り行きとして、その後の研究の方向性も彼と同じcognitivismの方向に行ったので、思い入れはひときわ大きい。言ってみればこれは都並にとって、タイトルにも書いたとおり、「アントキの猪木がアントニオ猪木に会う」くらいのビッグ・イベントになるわけである。

これは何を差し置いても行かずばなるまい。行って闘魂注入してもらわなければなるまい。

ということで、上述のDB先生の本を京都で買った新しいバッグに放り込んで、朝10時から電車に飛び乗った。

が、名古屋大学駅についたのは14時半。このへんが北関東生活の悲しいところである。

Fl000019 名大は実は初めてだったのだが、その広さに愕然とした。都並の出身大学も同じくらいの規模はあるはずなのだが、現在の勤務地がこじんまりとしているので、そこからの認知的なギャップがあったせいなのだろう。

くわえて、名古屋的な建築の感覚というか、建物と建物の感覚や中庭の広さなどが、他の地域よりも堂々と広々としているような気がする。

でも、これが本来の「大学」なんだよな。と思いつつ、トーク・イベントの会場へ。早めについたので席について待っていると、教室の背後にDB先生が。機材操作用のブースでPCをいじって、トークの準備をしているのがガラス越しに見えた。

「あのDB先生がここに!」と都並の胸は高まる、じゃない、高鳴る。DB先生は、リチャード・アッテンボローをベースに、ジョン・マルコヴィッチをしこたま加えて、最後にオーソン・ウェルズで味付けしたようなルックスである。

時間が来て、ブースからフラットに出てきたDB先生を、名大のF先生が御紹介されて、トークが始まる。内容は日本映画の「視覚の遊び」について。小津安二郎と溝口健二を中心に、近年の著書の内容を前提に話された。PCでスティール・ショットをふんだんに用いていたので非常に説得力があるものだった。おまけにDB先生の英語は分かりやすい。逐次通訳がついていたのだが、大体聞き取れた。もちろん、先生の本を読んでいるので内容が分かる、というのもあるが。

楽しい時間は瞬く間に過ぎ、質疑応答の時間に。皆が手を挙げていたので「じゃあ僕も」とダチョウ倶楽部の上島さんみたいに手を挙げたところ、当ててもらい、小津とジャームッシュの類似性について質問できた。質問はうまくできなかったが、非常に懇切丁寧に答えてもらえて、ここでも感激である。

会が解散になった後、名大のF先生のもとにご挨拶に。F先生が学会誌に載せる僕の英語論文を校正してくださり、その縁で今回のイベントも教えていただいたので、まずはご挨拶をかねて一言お礼を言いに行く。

その後、「DB先生にサインもらってもいいですか?」とF先生に聞くと「もちろん、もちろん」と。喜び勇んで後片付け中のDB先生のもとに行き、「あなたは僕のヒーローです。この本は僕の出発点です。サインを下さい」と告白。DB先生は僕の発言に目を見開いてみせ、それから気前よくサインをしてくれ、名刺交換もしてくれた。「今日は研究者として最良の日です」と伝えると、またもおおげさに驚いてみせた。

それを見ていたF先生がDB先生に僕を紹介してくれる。すると、DB先生が主催するcognitivismの学会が来年度にウィスコンシンであるのでどうぞ、と教えてもらう。「詳しくは私のHPを見てください」とのこと。「行きたいです」と答えたが、もろに学期中だし、自分が担当するゲスト・スピーカーの連続講義の真っ只中である。来年はコペンハーゲンだというから、そっちにいけたらいいな。とりあえず学会員になろう。

その後の流れで、名大の皆さんとDB先生と近所の飲み屋さんへ。いわゆる飲み会である。DB先生と差し向かいの席に座らせてもらい、またもや感激ひとしおである。

飲み会でのDB先生は気さくでとても愉快な人だった。まず、日本や香港には何度も来ているのでためらいなく日本食を食べる。生のエビだって器用にお箸で食べていた。

それから「私はめったにお酒を飲まないんだ」というので「なぜですか?」と訊くと「だって、自分がバカになった気がするからさ」と答える。さらに聞くと、タバコも吸わないしコーヒーも飲まないらしい(!)。

「じゃあどうやってリラックスするんですか」と隣の席のYくんが聞くと「うーん…散歩したり…奥さんを殴ったり…」などとジョークを飛ばす(奥さんも有名な研究者である)。僕が「あなたはいつもリラックスしているのではないですか」と聞くと「そうかもしれないね」とのこと。

その後久しぶりのお酒で酔ったのか、DB先生はデジカメを手にあちこち参加者を撮り始めた。写真を撮っては「これは小津の左右対称のショット」「これは溝口のフレーム内フレームを使ったショット」などとはしゃいでいる。本当に還暦を迎えるとは思えない童心ぶりである。

やがて宴もお開きに。映画監督志望のY青年はDB先生と2ショットを撮りたがっていたので撮って差し上げる。このとき、フラッシュの加減でどうしても顔が白く飛んでしまうので困っていたら、DB先生が「カメラは分かるんだ、貸してごらん」とマニュアルで露出を調整してくれた。どこまでも博学で、かつ気取らない先生である。

僕も2ショットをお願いしようかと思ったが、「いや。今度は海外で会おう。そしてそのときに撮ってもらうんだ」と決意して辞退する。

皆さんと別れて当夜のホテルにチェックインしたのが23時。こっちもふだん飲まないお酒で酔っ払い、シャワーもそこそこに倒れるように就寝。

朝目が覚めて、二日酔いの頭痛にびっくり。でも二日目も名古屋で仕事だ。そのためにはまずはコーヒーだ(僕もDB先生同様タバコは吸わないが、DB先生と違うのは、僕が極度のコーヒー中毒者であるということ、それから、妻を殴ったりしないということだ<嘘だ。前に寝ぼけて二発殴ったことがあります)。

朝10時にチェックアウト。朝食を採れる場所を探して出発。

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シンポ只管

土曜日は、都並の研究者人生初のシンポジウム・パネリスト体験であった。

大学の講堂のステージに並べられた椅子に座り、三桁の観客(学生&市民の皆様)の前で話すという、それはそれは大変な、ぽっと出の新人研究者がやっていいのか、というような仕事である。

たしかに都並自身学生だった時分は、この仕事は憧れのひとつではあった。学会等でこの手のパネル・ディスカッションを見る度、「あーいつか自分もあそこに座るのかなあ…ちくしょうそのときはやってやるぞ(何がちくしょうだかわからないが)」などと思っていたものだが、こんなに早くその日が来るとは思っていなかったので大変どぎまぎした。

しかも、同席のパネリストお三方が、海外の映画祭でいくつも賞を撮っている地元出身の映画監督、地元新聞社のエグゼクティヴ、さらに地元映画祭の発起人でありミニシアターの総支配人、と、これまでに大変な努力をされ、経験を積まれてきた方ばかりなのだ。

そんな人たちを前に、青二才のひよっこが話をするというのはたいへんなことである。ただもう恐縮と畏怖の念にかられて、そのせいかさほど緊張しなかった。

しかし「話す」というのは難しい作業である。持ち時間も決まっているし、その中で的確に、いいたいことを筋道を立てて話すのはかなりのスキルが要る。

それに、言葉というのはやはり武器である。というか凶器である。自分の意図しなかった方向に解釈されて、聞き手の皆様それぞれの個人史によって意味を与えられ、結果人を傷つけることが多々ある。

都並の発言でもそれがなかったか、それだけが心配だ。同席のパネリストの皆様に対しても無礼はなかったか、ということが気になる。お三方に関しては、今後お付き合いさせていただければ、徐々に気持ちを伝えていけるのでは、と思うのだが。

ともかく、そんな不安な気持ちを抱えたままのディスカッションだったのだが、終わってみれば、地元紙の取材(こちらはエグゼクティヴの方がパネリストだったので当然だが)や自主制作サークルからの挨拶などもあり、人的ネットワークが広がって収穫があった。

研究というのは一人でもできるが、それを地域に還元していくのには人とのつながりが欠かせない。そういう意味では、シンポジウムに出てよかったのだろう。

大学の先生方、学科長等にも一応お褒めの言葉をいただいたし、及第点だったのだろう。

いやはや、今年度は

①初の英語論文(今まで日本語でしか書いたことがなかった)

②初の講演

③初のパネル・ディスカッション

といろいろ体験させていただき、勉強になった。大変充実した一年であった。

今後は、こういう体験の成果を他者に還元する、そういうことを考えることが始まるのであろう。「人生のつとめ」などという言葉が脳裏をよぎる、そんな昨今なのである。

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空っ風と共に去りぬ

昨日は卒業生の「卒業論文提出おつかれさまパーティー」であった。

空っ風の吹きすさぶ中、近所の飲み屋さんに行って学生たちとささやかな宴を囲む。うちは田舎の学校なので、学生たちはみんな素直で無邪気で気持ちがいい。

初めての卒業生を送り出す気分というのはしかし、ほかのどんな種類の別離にも喩え難い不思議な気分だ。少なくとも、自分が学生だった時分に経験した、友達と別れて別の道を歩んでいく、という感覚とは決定的に違う。というのも、自分の学生に対する気持ちには、やはり保護者的な気分が混じっているからだろう。

こういうときに「センセイ」という職業の不思議さと哀歓をしみじみと感じることであるよ。「教え子」とはよく言ったもので、将来自分の子どもが巣立っていく段になって感じる感情というのは、どこかこの感覚に似ていて、きっとこの感覚を何倍にも倍増した感覚なんだろうな、と思う。

そんなわけですこしおセンチな気分になって、「卒業しても年賀状くらいはくれよ」などと教え子に言ってみる。

それはさておき、昨日の空っ風はすごかった。かかあ天下と空っ風はこの地方の名物だそうだが、風速20Mなんていうのは、関西人の感覚からしたらちょっとした嵐である。

しかしながらこの空っ風、学生たちにはなじみのもののようで、昨日四年生のうちの一人は「やっと風が出てきた。これがないと冬って感じがしないね」などとのたまっていた。すると冬になるとこの地では、毎年こんな風が吹き荒れるってことか。おいおいやめてくれよ、といいたくもなる。

奥さんもこの風には感銘を受けたようで、自分の日記にこう書いている。

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あまりの風に部屋から外を眺めていたら、
鳥たちが一生懸命風に向かって進もうとしていました。
ところがまったく進まず、飛び姿のまま空で止まっているんです。
そして、「無理だ~」ってあきらめたとたん、
反対方向へすごい勢いで飛ばされていきました。
鳥たちはこんなことを何度も繰り返しているみたいです。

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いやはや、冗談抜きでこんな風なのである。

あまりに風が強いものだから、この地ではあまり雪が積もらないらしい。水曜日に今年初めての雪が降ったが、それもキャンパスにはほとんど積もらなかった。ただ、降りしきる雪の中、ネイティヴの女性の先生のクラスが中庭に出てはしゃいでいたのを、二階の僕の研究室からほほえましいなと見つめていただけだった。

何がほほえましかったかというと、はしゃいでいたのはミドルエイジのその女性の先生だけで(口を大きく開けて空を見上げて、雪を食べようとしていた)、ほかの学生たちは一歩引き気味で、「困ったなあ」という感じでその先生を見ているだけだったのだ。

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入試、卒論、不眠症

この土日はいうまでもなく大学入試センター試験であった。センター試験なんてものは、大多数の三十路男性にとってはまったく関係のないイヴェントだが、大学教員にとっては仕事である。しかも、かなりの緊張と疲労を伴う仕事である。

都並もこの二日間、試験監督として動員され、朝から晩までフルに働いた。おかげでどっと疲れてしまった。

センター試験に関してはほかにもいろいろ書きたいことがあるのだが、あんまり詳しく書くといろいろと弊害が出てきそうなので、職業的倫理の内なる要請に応えて、ここで筆をおくことにする。

月曜日は打って変わって、全身疲労と倦怠にまみれた体を引きずって、卒論の学生の口頭試問。

それにしても、あんなに朝ベッドから出たくないと思ったのは久しぶりだった。頭の先から尻尾の先まで「疲労」という名のペンキにどっぷりと漬け込まれて、現在極東に営業に来ている(それにしても長いことやっていることよ)ブルーマン・グループさんみたいに全身ブルーになっていた。

それでも、試問の対象者には生まれて初めてゼミ生として持った学生も含まれているので(副査を勤めるほかのゼミの子もいる)、そこは純粋に教育者としての親心というか、慣れないなりに一生懸命指導した四年生を最後まで面倒みてやりたい、という殊勝な思いでがんばった。

実際やってみると、学生として勘がよく、まじめで、論文を書くという作業を楽しんだ学生とははつらつとしたフレッシュなやり取りができて、なんだかこちらも心が洗われる、ということがわかった。一方、そうでない学生はそれなりに大変なのだが…。

ともかくも、年度末のさまざまな義務に追われてくたくたになって家に帰ると、奥さんがおいしい手料理を作って待っていてくれることのありがたさよ。

昨日はちなみに、鰤彦のソウルフードである鰤の照り焼き(テレビでやっていたプロのレシピだそうで、味がびしっと決まっていた)とおぼろ豆腐の冷奴、ほうれん草のおひたしと舞茸の味噌汁。デザートにハーゲンダッツの黒糖黒みつを奥さんと半分こする。いやそれにしてもこの黒糖黒みつ、ビターキャラメルと並んで、今後定番化して欲しいおいしさである。

それはともかく、そんな感じでおなかいっぱい食べて、後はぐっすり寝て、疲れた体を癒そうと思ったら、どこでどうスイッチが入ったのか、夕べはぜんぜん寝付けなかった。ぐっすり深い寝息を立てている奥さんを横目で見つつ、4時、5時まで布団の中で何度も寝返りを打って煩悶した。

これはこのところ時々ある奇妙な症状である。眠れないのである。

これは、大学生の時分には平気で毎日10時間以上睡眠をとっていた人間としては、驚愕の現象といわざるをえない。ずっと長眠者を自認してきたのだが、どこかで体質が変わってしまったのだろうか。

それとも単純に、帰り道の途中、あまりの寒さにJRの駅で飲む缶コーヒーのカフェインのせいなのだろうか。

原因はわからないが、それでも仕事は続く。今日も試問の続きである。自宅近くの駅に向かいながら、「こんなワーカホリックだっただろうか」と自問自答してしまう今日この頃である。

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悦楽のショッピング

土曜日は所属している学会の研究会(下部組織)で千葉県柏市にいた。我が家からJRを一回乗り継いで2時間。遠からず近からず、といった距離だが、来年度同学会の大会が開かれる大学でもあるので、その予行演習という意味もあった。

道中電車の中ではずっとジョン・フィスクの『抵抗の快楽』を(遅まきながら)読んでいく。カルスタは専門外なのだけれど、こういうと怒られるかもしれないが、批評理論の基礎的な概念と用語を抑えておくと平易に読めるところがあって、読み物として面白い。

研究会は13時スタートで18時近くまでぶっ通し。内容も濃く、自分の研究上の関心事とも重なっていて、ディスカッションも(研究者としては珍しく)噛み合い、充実した時間だった。

学会・研究会と言うところは、例えば「やっぱりコンメディア・デッラルテの系譜、特にザンニの系譜だと思うんですよね」とか、知らない人が聞いたら「なんじゃそりゃ」と思うような専門用語を「君、知ってるよね。うんうん、僕も知ってる」と確認しあってにんまりする、といういけ好かない側面もあるわけだが、この内集団に属しているものにとってはこれは得もいわれぬセラピー効果がある。エリート主義と言われればそれまでだが。

会を終了後、東京・丸の内に移動。先週買ったパンツの裾上げ(悲しいくらい詰められた)が終了していたので引き取りに行った。

Vfsh0033_2 乗り換えの駅で、以前TVで取り上げられていたテープ文字「修悦体」の実物をはじめて見る。嬉しくなって奥さんに写メールした。

丸の内でパンツを引き取り、そのまま夕食。一人で気ままにワインを飲みつつ食事したかったのだが、お目当ての「焼き鳥+ワイン」な店は週末ともあって予約でいっぱい。もう一軒、雑誌で見て目をつけていたところは定休日だった。

Vfsh0034 しかたないので、「バルバラ・マーケットプレイス」なるお店で夕食。ワインを二杯くらいと、ロースト・チキンとタコのガルシア風、それとシンプルなサラダ。

なぜだか分からないが、いや多分ボジョレー・ヌーボー商戦のせいだが、この時期都並はむしょうにワインが飲みたくなるのである。ワインを飲みつつ、独りでかっこがつかないので、フィスクの続きを読む。

「記号論的ないいかたをすれば、ビーチはひとつのテクストであり、そのようなものとして読むことができる」(p.72)

いきなりこんなフレーズが飛び込んでくる。これはもはや村上春樹だ。そういう読み物として読むと、フィスクは面白い。

ワイン二杯では物足りないけれど、この後まだ買い物があるので店を引き上げる。家で食べるパンとコーヒー豆、それから奥さんへのおみやげを買わなければいけないのだ。

といいつつ、ぶらりと成城石井に立寄って、さらに「何とか賞」をとったというフランスの安いワインを買ってしまう。それからスターバックスでクリスマス・ブレンドという豆を買い、グランスタのブルディガラではクロワッサンなど見繕い、最後に「フェアリーケーキ・フェア」でカップケーキを購入。

Vfsh0036 一個がこぶりなのに450円もするのはどうかと思ったが、四個くらいは買わないとかっこうがつかないので四個買う。これを帰宅後奥さんと食す。

思わず唸ってしまう、とか、鮮烈な印象を残す、というものではなかったけれど、確かにおいしかった。香りがとってもいいし(お風呂上りにまだ部屋に香りが立ち込めていた)、それぞれの味のバランスが「うん、これだな」という位置にちゃんと決まっている。また買ってもいいなと思う。甘さについていえば、NYのチェルシー・マーケットのエレニーズで買ったものの1/20くらいだった。これくらいが日本人のスイーツとして適正だと思う。

こんなふうに、突然にかっこつけてミーハーな食事と買い物に明け暮れた一日だった。ジョン・フィスクの教訓は何にも生きていない、まさに悦楽のショッピングであった。

今日はこれから『ディスタービア』を観に行ってきます。

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忙中ハロウィーン

なんだかまた急に忙しくなってしまった。というのは、11月の最初の週末までの短い期間に、締め切りが立て続けに4つくらい重なってしまったからである。

ひとつは、所属している学会が出している、英語の機関誌への投稿論文。査読というものがあって、委員の先生方の審査を通れば掲載される。いちおう僕の知る限りでは、アカデミックな世界では、この査読のある冊子に掲載された論文だけがまっとうな業績として評価されるということになっており、そういう意味では大事な論文である。

これが、通るかどうか不安も抱きつつ投稿したのだが、通ってしまった。そんなわけで、査読委員のコメントつきで返却されてきた。投稿者はこの場合、次の締め切りまでの短い時間に、コメントをもとにして、さらに完成度を高めることが要求される。

これが一点目。

つぎに、別の機関誌に書評を投稿したのが返ってきた。これも、対象の本が学会誌の性格から言って多少はずれているところがあるので、掲載は難しいかな、と思っていたら、こちらも通ってしまった。これの校正の締め切りが10月中。これが二点目。

これらのふたつの原稿はちなみに、前回投稿したときには、同日が提出期限だった。しかしそれがその後の校正・推敲の段取りまで同時期に来るとは思っていなかった。というのは、冊子の刊行時期が異なるので、それに応じて編集作業の進行度合いも変わってくるだろうと思っていたからである。それが一気にきてしまった。これには少しテンパった。

三点目はちょっとした申請書類。研究計画なんかを添えないといけないので意外と手間がかかる。出さなくてもいいものなのだが…。

四点目は学内の学会での発表原稿・資料作り。これはオブリゲーション。60分話せといわれたので、ざっと論文一本分、2万字くらいは用意しないといけない。現在進行中の研究をまとめるだけなのだが、これもけっこう大変そうだ。

そんなわけで大変に忙しいのですが…先日また…TDLに行ってしまいました。しかも朝から晩まで。

ハロウィーンのTDLはしかしすごい人混みで、最近めっきり体力の落ちた奥さんと僕は、アトラクションもそこそこに、すぐに座り込んではお茶したり食事したりパレードを観る、というへたれコースを邁進。

しかも間の悪いことに、この時期はパレードが一日に5回も6回もあるのだった。昼のハロウィーンの限定パレードが3回、夜のハロウィーンのパレードが2回、夜の基本のパレードが1回、といった具合である。これらのすべてを(全部の回じゃないけど全種類)観てしまいました。

昼のパレードはまあしかし、おだやかな感じでよかったのだけれど、夜のパレード(ロック調でじっさいにキャラクターたちがドラムを叩いたりギターを演奏したりする)はちょっと、いかにTDR好きの都並としても、ひいてしまうものがあった。

というのはこれが新趣向で、ゲストの皆さんも抽選でパレード(行進&ダンス)に参加できるようになっていたのである。これがもう、熱狂的な熱さで、もちろん僕ら夫婦は遠巻きで観ているだけだったのだが、かけ声にあわせて絶叫しながら踊り狂うゲストの皆さんの姿といったら、ちょっと「宗教的な恍惚」とでも呼ぶのがふさわしいようなありさまだった。

そういう狂乱のハロウィーンに参加して、日付の代わるころに帰宅している人間に「忙しい」という資格はないかもしれない。いや、へたれモードのせいで変に体力があまり、そのせいで閉園後にテンションのピークを迎え、グッズのショップ内を高速で移動しつつ、主に自分へのおみやげを物色し、あまつさえ「天気良くてよかったね」などと口走り、終始にこにこしていた人間には、そんな資格は決して与えられないだろう。

追記:そういえば、TDLとのダブル・ネームのラジオ・フライヤーが売っていたので、こぶりだったけれど思わず買ってしまいました。3800円でした。こういうとき、ダブル・ネームに弱いデータベース的動物である自分がつくづくいやになります。

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オープン・キャンパス

今日は所属する大学のオープン・キャンパスでした。

高校生と、ご両親の方々が大勢いらっしゃって、ちょっとしたお祭りみたいでした。

そういやあ、隣町で今日お祭りがあるな…昨日は天気予報で雨だっていってたから行かないつもりだったんだけど、雨降りそうでもないし、行ってもいいかな…。

それはさておき、都並はこのオープン・キャンパスで模擬授業を担当しました。高校生に大学の講義の雰囲気を体験してもらうべく、ちょっとしたデモンストレーションをやるというものです。

これがまた大変でした。

というのも、まず時間配分が普段と違います。

通常の授業は皆さんご存知のとおり90分なのですが、それをここでまじめにやるとスケジュールも大変だし、聴講者の集中力ももたないので、模擬授業は約半分の40分という時間設定になっています。だから、普段の授業と同じペース、同じ内容の密度ではできません。

まあ、ふだんから90分中40分くらいの内容しか話してないだろう、と言われれば全面的に否定するのは難しいのですが、それに学会での研究発表が大体30分なので、そういう点でも勘がないわけでもないんだけど、それでも調子が狂います。

というのも、内容のほうも、高校生にも分かるように専門用語を使わず、期待できる知識のレヴェルも下げて下げて、それこそ自分が何も知らない野放図な高校生だったときを思い出して話さないといけないからです。そこがもひとつ大変でした。

それでも何とかレジュメの内容を消化して、わざわざ編集して作ったDVDも見せて、何とか5分オーバーに収めました。大体内容はみんなに把握してもらえたんじゃないかな…。それから、これは関西人として自分の授業での目標のひとつに掲げているんですが、少し笑いも取れました。総じて、僕は自分をほめるのが大好きですが、まあまあ、60点くらいじゃないかと。でも緊張して緊張して、大汗かきました。だって保護者の皆様もいらっしゃるんだもん。

面白かったのは、最後に聴講された皆さんから拍手をいただいたことです。

驚いて「普段の授業では拍手はないので拍手はけっこうです」と言ったんだけど、でも良く考えれば、逆に、毎週学生が拍手してくれるといいよな…それはいくらなんでもおかしいか。

授業が終わって大汗かいて、無性に泡の出る飲み物が飲みたくなったけれど、悲しいことにわがキャンパスはアルコール類持込禁止です。

仕方ないので購買のペプシNEXを飲みました。とてもおいしかったです。

とにもかくにも前期の講義はコレで終わり。我々教員はこれからテストを作って、テスト監督をして、採点をして成績を出して…というフェーズに突入です。

追記:でも明日は神戸で、大学時代の友人のボヘミアンな女子の結婚パーティー。飲むぞー。今日の分まで飲むぞー。

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坊やだからさ(Because he was a spoiled brat)。

こんな本を見つけてしまいました。

『ガンダムで英語を身につける本 ―あの名セリフは英語だとこうなる!』

というか、正確には奥さんが見つけてくれたのです。昨日久しぶりに奥さんと書店で待ち合わせしたら、会うなり開口一番「ねえねえ、面白いもの見つけたよ」と嬉々として手をひっぱっていってくれたので、いったいなんだとおもったらこれだったのでした。

すげえ、すげえよ、この本。

そう、皆さんのお察しの通り、『機動戦士ガンダム』(いわゆるファースト・ガンダム)の各話エピソードや名セリフで英語を学ぶというものです。

ガンダム世代でもあり英語のセンセイでもある僕は即購入。これが買わずにいられましょうか。

帰りの電車でさっそくページを開いてみると、「若さゆえの過ち」とか「カスであると」とか「僕はあなたのすべてが好きなわけではありません」とか、出るわ出るわ、まさに名セリフのオン・パレード(という言い方はかなり手垢がついている気がするが)。ガンダム世代には本当にたまりません。

ついつい電車の中で「これはミハル・ラトキエっていって、スパイで…」とか「そうそう、リュウ・ホセイ。コアファイターで特攻をかけて戦死して、二階級特進するんだよね…」とか、奥さんにレクチャーをしてしまいました。

冷静に英語のセンセイとして少し小うるさいことを言うと、多少意訳しすぎの感もあるんだけど、それでもこれは面白い本です。みなさん、ぜひ一冊いかがでしょう。

しかし冷静に考えると、「今、英語を学びたい」という購買層と、ガンダム世代の重なりってかなり少ない気がする。そういう意味で、ガンダム世代がネタで買う以外では売れていかない気が。

追記:表題のセリフは、意訳がうまい例ですね。坊やを単に「boy」とか「baby」とせずに、「甘やかされたガキ」と訳している。リズムもいいです。

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一回戦:X-MEN VS バットマン/二回戦:長男 VS 三男

明けて月曜日。

僕は一日オフ。本当なら奥さんと京都でもぶらぶらしたいところだが、奥さんは午前中だけ仕事があったので、午後から合流することに。しかたないので僕だけで京都をぶらぶらする。

全くノープランだったのだが、行きの地下鉄の吊り広告で「舞台芸術の世界」展なる展覧会が京都国立近代美術館でやっているのを発見。九時半からやっているというのでバスに乗っていそいそと出かける。

そもそもバレエ・リュスの世界には縁があって、以前勤めていた職場で、現在兵庫県立芸術文化センターに所蔵されているバレエ関係資料の世界的コレクション「薄井コレクション」の展覧会に関わる仕事をしたことがあった。その関係で、舞踊研究家のHNさん(すごい美人で、それは関係ないけどつい昨日ニジンスキーの本を出版されました)ともお知り合いになり、バレエ・リュスの世界について薫陶を受けたのである。だから、『青い神』とか『パラード』とかカルサーヴィナとかバクストとか一応は知っている。

さらによくよく吊り広告を見れば、この「薄井コレクション」からも数点出展されているようではないか。これは行かない手はない。何せ全国的に見たら、僕はむしろ「内部」の人間なのである。

…と思ってはりきって行ったら休館日だった。心の中で「あんたバカね、おほほ」というアホの坂田こと坂田利夫氏の名文句がこだまする。

仕方ないので、三条に戻り、MOVIX京都にて『プレステージ』を観る。『バットマン』のクリスチャン・ベールと、『X-MEN』のヒュー・ジャックマンが対決する、という趣向も面白いし、何せ監督はクリストファー・ノーランだし、ミクシィのレビューであの『ゾディアック』よりも褒めている人がいたりしたし、興味津々であった。

しかし映画は10時50分からで、少し間があったので、1Fの紀伊国屋書店にてDVDの渉猟。今度学内の予算で大量に買えるので、めぼしいタイトルをピックアップしては大学のアドレスに携帯からメールする。フランク・キャプラのボックスセットなんかはぜひほしいところだ。

夢中になっている間に時間が来たので映画へ。

結果から言うと、しごく残念な映画であった。個人的には、バットマン対X-MENは暑苦しいだけだったし、拾うところのない映画であった。詳しくは別記事のレビューにて。

その残念な気分を払拭すべく、奥さんと合流してお気に入りのレストラン「オステリア・バスティーユ」へ。ここはイタリアン×フレンチのおいしいランチがリーズナブルに味わえるし、店の雰囲気も構えがないので居心地がいい。

ふたりともチキンの香草パン粉焼きのランチを頼んだのだが、時間が遅かったのでチキンが売り切れ、僕のぶんは豚バラ肉のローストにしてもらった。メニューにない料理が食べられてむしろラッキーな感じである。おかげで『プレステージ』の残念な印象から立ち直る。それぞれのランチのお肉の下にはラタトウィユふうのソースがかかったクスクスが敷いてあってこれがまたおいしい。実際僕はこの店で初めてクスクスっておいしいんだと思ったくらいである。

これを満喫した後、デザートにアールグレイのブランマンジェをいただく。だって、お店のお姉さんが「できたてでぷるぷるとろとろですよ」っていうんだもん。これがまた、なんともまあ、ぷるぷるとろとろであったことよ。

食事を終えた後、奥さんに付き合って小さな手芸系雑貨店「ボビンロビン」へ。奥さんはここでポーチのキットを買っていた。それから新風館へ移動。奥さんの部屋着を見繕いにビームス・ボーイへ入ったら、LEGO×ポール・フランクのTシャツ(柄は違うけどノリ的にはこんなんです)を発見。かわいかったのだが色が奥さんのキャラに合わないというので買い控える。メンズがあったら買っていたのだが幸いメンズはなかった。

その後東山三条へ。京都にいるうちに、と思いつつ一度も行かなかった「信三郎帆布」へ。一澤家のリア王的な跡目争いはかねがね色々聞いていて、実際のところどちらに正義があるのかはわからないのだが、個人的には「ずっとお店をやっていた」という三男さん、信三郎さんに肩入れをしている。純粋にモノだけを見ると、信三郎さんのものはかつての「一澤帆布」の垢抜けない感じ(防空壕とかが似合う感じ)とは程遠く、モダナイズされたぶんオーラが抜けている。どうやらロゴとかデザイン(型番)の使用権は長男さんにあるのだろう。だから、昔の「昭和」の香りが好きなファンには「信三郎帆布」はなかなか受け容れがたいのかもしれないが、「第二の遺言書」の真贋の微妙さとかを考えると、長男さんのお店のものを買う気にはなれない。

とかなんとかいいつつ、長男さんのお店は前を素通りして、信三郎さんのところでお弁当用のトートを買ってきた。ひとつ4000円。ものは頑丈だろうから、まあ、いい買い物だろう。

しかしまあ、この関西行では一種箍が外れたように買い物をしてしまった。それだけ日ごろ身近に買い物をするところがない、ということなのだろうが、それにしても、自己イメージを維持する方法を買い物に求める我が「消費アフロエンザ」については、いかに、イーグルトンが言うように、資本主義のグローバリゼーションが今日の「大きな物語」だとしても、少し反省が必要かもしれない。

その後夜はお父さんお母さんと合流。行きつけのお寿司屋さんでご飯を食べたあと、日航プリンセスホテルにて就寝。学会の疲れが出て、『シュレック2』の途中で夢の世界に旅立ってしまった。

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ネギ星人大阪に帰る(プロジェクトTNT)

土日は先日とは別の学会で帰阪していた。

この学会は基本関西勢の研究者が元気なのだが、そればかりでなく、僕のゼミの師匠のお二人が会長と事務局長をされている。そんなわけで当然出身ゼミの人間も多いし、里帰りみたいなもので、ほっと一安心できる(学会によっては出かけていっても孤立無援、懇親会でも知り合い作りに一苦労、ってことがなくもない)。

この学会に二日間参加、他人の発表を聞いているといい刺激になり、来年度の講義のアイデアなどぷわぷわ浮いてくる。自分の専門分野と微妙にずれているのがかえっていいヒントをくれる。

今回の帰阪は、二日間の宿にしたホテルが「ここは独房か」というくらいの狭い部屋で(ユニットバスが狭すぎて、洗面台とトイレを置いたらもうバスタブが置けないサイズなので、仕方なしにバスタブが台形になっている、というすごい部屋である)びっくりしたが、それ以外はいい旅であった。

初日の夜は懇親会の後、大阪のブロンクス十三にて、キャッシュ・オン・デリバリーと自ら謳っている大衆的居酒屋を満喫。要はこちらが何かを注文するごとに、テーブルの上に置いたお金から店の人が代金ぶんを持っていく、というワイルド・スタイルのお店である。

こういうお店は、自家用車‐国道‐大型駐車場つき路面店で成り立っている北関東にはまずないものなので、久しぶりで実に楽しかった。僕自身10代の終わりに大阪に出てきたときには、この十三という町のワイルドさに正直びびったものだが、今となっては落ち着ける場所とさえいえる。

二日目の夜は、友人を再訪したかったが都合が合わず、ひとり「やまもと」のねぎ焼きを食べに出かける。

Vfsh0248 ネギ星人、孤独だが至福のひとときである。正直、大阪・梅田でお好み焼きを食べるなら、ここ「やまもと」かスカイビル地下の「きじ」を猛烈に、それこそあなたが息苦しくなるくらいにオススメする。

「大阪来たし、いっぺんねぎ焼きちゅうもん食ってみよかー」と思ったら「やまもと」、「ええー、ふつうのお好み焼きがええわー」というなら「きじ」で絶対に外れなしである。正直どっちのお店も行列必至だが、並ぶ価値はある。これを食べて「おいしくない」という人がいたら、それは…味覚の違いかな。いえ、いいんです。わたしは差異を否定しません。ポスト・モダニズム以降(変な日本語)、差異は豊穣なるものですから。

ついでにこの日はHEPのクラークスにて仕事に使う靴を購入。結婚式以来ずっとポール・スミスさんの靴を履いてきたのだが、最近ちょっと底が磨り減りすぎたので、買い替えと相成った。クラークスは実は初めてだったのだが、知り合いのカメラマンさんが「僕は靴はクラークス・オンリー」と言っていたので、それじゃあちょっと買ってみようか、と思ったのである。

しかも、これまで都並は「革靴っていうのは、底まで革じゃなきゃ、革靴じゃないぜ」をスローガンに、融通の利かないこだわりを靴選びにも適用してきたのだが、このたびついにゴム底の靴に変えた。というのも、北関東のワイルドな舗装道路が、雨降りのたびに水溜りの水を底から浸食させてくれるからである。

買い物に弾みがついて、ついついタワーレコードにも立ち寄る。北関東にもタワーレコードはあるが、品揃えが違うので、うれしくなって試聴しまくる。いろいろ聞いた中で、ニコデマスジョン・バトラー・トリオとどれにするか迷ったのだが、今はやりのサーフ・ロックのコーナーで「ALO」なるバンドのCDを購入。ジャック・ジョンソンをもう少し筋骨隆々とさせた感じで、しっかりしたバンドサウンドとレイドバックした雰囲気のバランスがよい。この夏のドライブに、自宅でうだうだするときに、といろいろ活躍しそうなのでこれに決めた。

これらの戦利品を手に、日曜日は奥さんの実家@滋賀に帰宅。

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梅雨の空 旅の空

都並はこれより火曜日まで学会&有休で大阪に出かけます。

その間更新できたらしますができなかったらあしからず。

関西でお会いする方はお会いしましょう。

それではまた後日。

追記:JRは今架線トラブルで止まっていますが。何かと旅行運のないわたし。

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サンデー、ブラディ・サンデー

そういえば先週、学生に見せた2本の映画で、アメリカ英語だとF***ingとかを使う場面で、「ブラディ」というのをめったやたらに使っていた。恥ずかしながらその手のスラングを知らなかったので調べると、主にイギリスのスラングで、"Bloody"なんですね。ごめんなさい、先生よく知らなかった。育ちがいいもんだから。

その映画というのは、ひとつはイギリス映画で、『リトル・ダンサー』Billy Elliot。イギリスの炭鉱町が舞台だから、やたらとなまっている。"Come on"は「コモーン」、"F**k up"は「フォカッ(プ)」と聞こえる。そういうガラが悪いところの言葉だから、"Bloody"を連発するのも無理はない。

もうひとつは『アバウト・ア・ボーイ』About A Boy。こちらはアメリカ映画だけど、主演はヒュー・グラントだから、やっぱりF***よりBloody。彼のキャラにはこれがあっている。映画としては、ニック・ホーンビィの小説は面白いし、そのノリがよく出てて楽しめた。でもホーンビィ小説の主人公(冴えない30代独身男性)におヒューはちょっとかっこよすぎる気がする。その点『ハイ・フィデリティ』の方が合っているかな。

とりあえず、Bloodyのことを来週授業で学生に教えてあげようと思って、そのためのメモ書き。

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噂の彼女/餃子/成城へ行く

一週間にたった三回の更新がなかなか難しい。ともあれここ数日の動向。

職場と家を往復するJR線の中で、いっときニュースで有名になった(元)高崎市在住のイラン人一家の長女、マリアムさんを見た。彼女はたった一人で東京方面の電車に揺られていた。例の彫りの深いまなざしは何を見るでもなく虚空に向けられていた。一瞬でわかるくらいものすごく孤独そうだった。個人の中にニュースが凝縮されているのを目の当たりにした感じがした。

19日は「アメトーーク」の「ドラえもん芸人」を見つつ、ひみつ道具イントロクイズで一位のよゐこ有野くんを超える4点をたたき出してしまい、奥さんに驚かれる。いや、「ほんやくコンニャク」の回で古代人がしゃべる「キリカモ!キリ、カモネム!」というせりふまでまるまる覚えていたのには自分でも驚いた。

20日は初任給の振込みがあった。額は頼りないが長いこと素浪人生活をしていた身にとっては宮仕えの感慨ひとしおである。

だから、というわけではないが、この日は奥さんが手作りの餃子を焼いてくれることになっていた。しかしながら懸念もあった。というのは、奥さんの実家は「餃子なんてほとんど食べたことない」というとってもノーブルな一家なのである。そういう家庭の出身の彼女が餃子を焼く、というのだから正直さほど期待してなかったのだが、これがなかなかどうして、とってもおいしいのであった。というか、初月給の日の餃子を僕は決して忘れないだろう、というくらいの傑作であった。おいしかったので画像をはっつけておく。

Vfsh0152 土曜日は同じ大学の同僚の先生からお誘いを受けたので成城大学まで研究会に出かけてきた。北関東の地からは電車を乗り継いで2時間。近いような遠いような。

研究会は2時間総会があって、2時間、古稀を迎えられた先生の講演。内容はとっても濃かったのだが、皆さん思い思いに白河夜船を漕いでいらっしゃった。

その後懇親会があり、成城石井(本家)で購入されたハムやチーズ、サンドイッチをつまみつつ、ワインを飲む。浅間山荘事件の時現場で48時間カメラを構えていたというTV局出身のセンセイと知り合いになり、話が弾む。ご自身のバブル時代の散財の話とか、某劇団の某演出家がいかにえげつないお金の稼ぎ方をしているかとか、とっても話が面白いのであった。

8時ごろ散会し、そこからえっちらおっちらまた2時間かけて帰ってくる。電車は座れるので楽なのだが、やっぱり2時間は長いよ。お酒は醒めるし、いったん居眠りして目が覚めてもまだ道のり半ば。カップルだったらけんかして仲直りするくらいの時間はたっぷりあるよ。

帰ってきて、奥さんが夜食に納豆と煮びたしを出してくれる。それを食べて、今ブログを書いている。これからお風呂に入ってきます。

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うなぎおいし中ノ島(ディレクターズ・カット)

(思うところあって少し文章に手を入れました。それと画像を追加しました)

昨晩は大阪にて、大学院時代世話になったゼミの皆さんと先生方に、生まれて初めて関西を出る都並の送別会を開いていただいた。

この会、実は発起人は恥ずかしながら都並自身であった。といっても「みんなにぜひ祝って欲しいー」とかそういうのではなく、最初は純粋に、付き合いの長いジョシュ君と「ゼミで交流のあった後輩の皆さんに集まってもらって、ささやかな飲み会でもしたいね」という話をしていたのだった。それが気がつけば恩師の両先生(うちのゼミは教授が二人います)にも参加していただけるということになって、結果本格的な送別会になってしまったのである。そうなるとお店もちょっと気の効いたお店でなくては、ということになり、大阪・西天満の鰻料理店「志津可」での会食と相成った。

このお店は中ノ島の公会堂を眺められる淀川河畔の絶妙なロケーションにあり、大正元年の創業というから、結構な老舗である。お店の中も骨董を随所に配した雰囲気のあるしつらえで、うなぎもとてもおいしかった。お店のチョイスはジョシュくんだそうだが、僕の母方のルーツが浜松なので、うなぎは都並のソウルフードだろう、と選んでくれたそう。なんと感動的な心配りか。

会の席上では、都並の恩師、マスターを超えてスーパーエゴと化している感もある両先生に何を言われるか多少緊張していた部分もあったのだが、お二人とも心から祝ってくださり、これまた感激であった。久々に会った後輩たちとも思い出話に花が咲き、笑いが絶えない楽しい時間を過ごした。やっぱり、同じ訓練を受けているもの同士なので、ボキャブラリイとか会話の「ノリ」みたいなものが自然と共有され、くつろいだ気分になれる。とはいえ、珍しく主賓の立場だった都並はどこかで面映くもあったのだが。

何にしても、気の合う人間同士で和気あいあいと、心に残る時間が過ごせてよかったと思う。おまけに、ほんとに何も予期していなかったのに、花束や餞別の品までもらってしまった。感激もひとしおである(花束は今日、奥さんが分解して家のあちこちに飾ってくれました。写真を撮ったのではっつけておきます)。大学院時代はいるだけで何もしない先輩だったのに、過分のお祝いをもらってしまい、こういうときは、人のつながりのありがたさが身に沁みる。

Vfsh0110Vfsh0108_2Vfsh0109会を終えて川辺の小道に出てきてみると、ダウン・ジャケットが大げさなくらいの暖かさで、まさに春の宵、という空気だった。昨日は日中から暖冬を通り越して春めいた陽気だったが、夜までその温かさが続いていた。おかげで、暦の上では少し早い「門出の春」の気分を久々に味わうことができた。こういう、嬉しいような寂しいような、期待と不安がないまぜになった気分はしばらく忘れていたなあ、と思う。やっぱ り、ひとつところに留まると気づけないことが、旅立ちを控えて初めて思い出すことがあるのだなあ。よし、新天地でも一からがんばろうと改めて思う春の宵であった(と、今日の日記はいやにリリカルに終わる)。

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さらば男惑星

今日は、ここ数年英語を教えていた、大阪の某大学への最後の登校日だった。期末の試験があって、その試験官で出かけたのである。

試験官は別に担当教員でなくても、事務方の職員さんにお願いすることもできるのだが、もし事務の職員さんが試験官だと、当日に学生が試験問題のミスタイプなど申し出てくれても訂正のしようがない。それでは困る、というわけで自ら買って出ているのだ。僕の場合性格的に相当難があるので、テストには毎度のようにミスタイプが存在する。毎年毎年、年に二回、複数クラス分の期末のテストを作っているのだから、そろそろミスが減ってもよさそうなものだが、いっこうに減る気配がない。案の定、今回も各クラスに三つずつミスタイプが発見された。ここまでくると多少げんなりする。

ともかくも試験の終了後、講師控え室(自分の研究室を持たない非常勤講師が待機・授業準備などをするところ)に戻って、長い間使っていたロッカーの整理をする。何年も前のプリント類をそのままに貯め込んでおいたので、それを一気に廃棄する、という作業である。

事務のお姉さんにも最後まで迷惑をかけつつ(手伝ってもらってしまった)、ロッカーをすっかり空にしたら、ネーム・プレートをはずす。メール・ボックスも空にして、お姉さんに挨拶をして大学を後にする。

最後の登校日とはいえ、特別にすることはそれだけである。A4サイズのメール・ボックスと、駅のコインロッカーほどのロッカーがひとつずつ。そこに入れておいた個人の荷物を片付けて、名前をはずせば、もうそこに僕のいた痕跡はない。この大学の広いキャンパスで僕の占めていた空間とはそのくらいのものだ。

こんなふうに書くとなんだか一縷の感慨があって然るべきだが、実際はそんなこともなく、あっさりしたものである。最後に学食のお気に入りメニュー、「コロッケ丼」を食べて帰ろうかとも思ったが、試験中で学生で混んでいるのでやめた。それくらいのあっさりさ加減である。

しかし思えば、この大学に数年前に教えに来たときは、非常勤講師としてのキャリアの最初期で、僕の授業スキルはそれはそれはひどかったなあ(今だってひどいものだが、当時は最悪だった。いや、最悪よりもっと悪い「チルバス」だった)。一年目の学生は、そういう意味ではかわいそうだったな、申し訳なかったな、としみじみ思う。

そもそも、この大学で僕が持ったクラスは理系ばっかりでとっても男子が多く、最初のうち僕はその迫力ある光景にも多少萎縮していた。それが授業の不味さに拍車をかけていたのである。それがそのことに次第に馴れてきて、今年はその方がむしろ落ち着くくらいの感じだった。これが、四月からは男女構成ががらっとひっくり返る文学部への勤務だから、今度は却ってそっちのほうが落ち着かないんじゃないか、と今から不安である。

いずれにせよ、この大学で僕はとっても鍛えられた。それは間違いないことで、感謝感謝の気持ちを胸に校門を出る。

午後からは移動して僕自身の出身大学に行く。気になる論文が図書館にあったのでコピーをさせてもらう。僕自身はもう学籍がないのでカードがなく、したがって図書館には入れない。そのために後輩に協力してもらった。

あわせて再度後輩の助手君(今後ジョシュと呼ぶ)に「関西離れる前にゼミで送別会してよう」と念押しをしておく。今月中旬で決まりそうな感じ。さらに師匠に面接して、進行中の論文について指導をもらう。

ちなみに、数年間教えていた大学を離れるよりも、出身大学のすぐそばの、一年前まで自分の住んでいた町を訪れる方がはるかに気持ちを落ち着かせなくするものがあった。

でもまあ、この町に僕は都合7年住んでいたのだから、それは当たり前と言えば当たり前ではある。午前中いた大学に出勤していた年数の倍近い年数、毎日毎日、朝な夕なにこの町を見ていた計算になるわけで、随所の光景が今でも目に焼きついている。

そこへひさしぶりに行ったわけだが、ひさしぶり、といっても秋にも一度行っているので、数ヶ月ぶりでしかない。そのせいでかつてのホームタウンの記憶は風化など全くしておらず、ここを去ったのがつい昨日であるかのようなリアリティで眼前に迫ってくる。そうして一年近く京都に住んだという記憶を打ち消そうと脅かしにかかるのである。このほうが、何倍もスリリングな体験であった。いやほんとに。

そんなこんながありつつ夜は奥さんとお父さんお母さんと会食。三日連続で魚を食べ、全身をDHAがぐるぐると駆け巡っている気がする。

明日はえびてつ氏の結婚式二次会の打ち合わせ(という名の飲み会)。幹事を引き受けたので、打ち合わせ事項を日中に書類化してもっていこう。

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足の弱いサル

昨日ふと思い立って、ミクシィ(&グーグル)で大学時代の先輩の名前を検索してみたところ、マスダさんという先輩を見つけた。嬉しくなりメッセージを送ったところ、マイミクに追加させてもらえたようで、これでマイミクさんがようやく10人になった(マイミクさんの多さって、人それぞれでいいと思うんだけど、少ないと友達少ないのかな、俺これでいいのかなと不安になりますね)。

マスダさんは現代音楽の専門家で、彼が院生(&僕が学生)の時お世話になったのだが、現在大阪府内の某大学で講師をされていることがわかった。プロフィールを見ると「音楽周辺のことを書いたりしゃべったり酒を呑んだりすることを生業とする男であります 」と書いてあって、昔と変わっていないようで嬉しい。僕がこっちにいるうちに飲もうというメッセージなど交わす。

本当に彼は「酒を飲んだりすることを生業とする」人であった。その頃僕はサイードやらイーグルトンやらが日常会話にぽんぽんと出てくる、いわゆる「文芸サークル」に属していたのだが、これが本来の活動よりもお酒を飲む方が盛んであったようなサークルであり、マスダさんはそこの中心的ムードメーカーだった。ここで僕は先輩の薫陶を受け、国立大文学部の学生らしく、いわゆる「現代思想」的なものにも目覚め、かつ居酒屋にも目覚めたのであった。

サークルで行きつけの店(学生に優しい、大衆的価格の居酒屋)に行くといつも、マスダさんは九州男児らしく早々にビールを切り上げ、おばちゃんに「日本酒熱燗で二合」と頼んでいたのを思い出す。すると一合のとっくりが二本出てきて、そうなるとそこからはもう、なんだか無限ループ状態の開始の合図で、その「日本酒熱燗で二合」というのが、10名程度の飲み会で、いつまで続くかもわからないくらい続くのだった。大衆的で大味で雑なつまみを好き勝手に頼みつつだらだらと酒を酌み交わし、大体解散するのはいつも午前様だった。

思えばあの頃がいちばん大学生らしい飲み会をくりかえしていた時期だったなあ。みんながたむろする部屋があって、そこで誰かが声をかけて、するとすぐに10人くらいが集まって、6時を合図にいつもの店に移動して、それからみんなで大きな机を囲んで笑いながら飲み食いしていた。その大所帯に参加していることは、今となれば心安らぐことであったなあ。

聞けばあの頃の先輩諸氏が皆それぞれにいまや大学のポストにつかれているとかで、十年一日の感あり。いちばん下の僕が講師になるのだからそれもまあ、当然か。

話は変わるのだけど、そのマスダさんの日記に、原稿仕事(僕らの仕事にはつきものでございます)に追い立てられると、逃避行動の一環として、ウィキペディアの記事を読みまくってしまう、というのが書いてあった。そこにマスダさんのマイミクの皆さんからも賛同の返事があって、皆さんそれぞれに追い詰められると、戦国武将関連の記事とかAV女優関連の記事とか落語家とかプロ野球選手とか、大阪市内の道路計画とか、リンクを辿って延々読みまくってしまうらしい。

僕は全然そんな経験がないので(追い詰められると大体外出して町をぶらぶらします)、「へえーそんなものか」と思って読んでいたのだが、ものは試しと思ってウィキペディアの「007シリーズ」の記事を読み始めたら面白くて止まらず、やっぱり読んでしまった。日本を舞台にした快作(怪作?)、シリーズ第四作目『007は二度死ぬ』で姫路城ロケをしたんだけど、忍者の訓練シーンを撮影する際に手裏剣で外壁にボコボコ穴を開けてしまって、それ以来姫路城が映画撮影禁止になったとか、面白いエピソードが満載なのだ。

何でそんなことをしたかというと、今日の滋賀県にある某大学での講義で、欧米の映画における間違った日本人表象について講義をする予定で、昨日からDVD編集(よせばいいのにチャプター切ってメニュー画面までつけてしまった)をしていたのだ。他にもセシル・B・デミルの『チート』(ヒロインに焼き鏝を押す残酷な日本人として早川雪州が「ハカ・アラカウ」という役名で出演)、『ティファニーで朝食を』(ミッキー・ルーニーが出っ歯で眼鏡の日本人大家「ユニオシさん」として出演。なぜか字幕は関西弁)、『八十日間世界一周』(鎌倉の大仏の隣が平安神宮で、その隣が歌舞伎座。この歌舞伎座は花道が二つあり、中では大道芸をやっている)などもあわせてDVDを作成。

こういう映画を観ると何だか頭の地球儀がグネグネと地殻変動を起こすような気分になる。しかしこれらの作品も『007は二度死ぬ』に比べればまだましである。何せ、先にも書いたように、姫路城は忍者の訓練場だし、銀座には人力車が走っているし、結婚式の場面では仏前と神前がごっちゃになっているし、なんだかもうむちゃくちゃである。

といいながら、僕らも『007』のシリーズはアメリカ映画だと思っているのだから、人のことは悪くいえない。あれは、配給はUA、MGMなどアメリカの会社が担当しているが、製作はイギリスのプロダクションなのである。

タイトルだが、『007』のタイトルをもじって何かつけようと思ったところ、こんなのしか思いつかなかった。後は『007は二度寝る』とか『寝るのはまくらだ』とかそんなくだらないのしか…。

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ジョン・トレーシーの孤独

今日は午前中から、現在パリ在住だが何年かぶりに帰国中の、奥さんの大学時代の御学友が来訪。

偶然こちらに住んでいる大学時代の友達何人かの予定が合ったので、ひさしぶり、ということで(奥さんと僕は9月にパリで会ってもいるんだけど)平日だけどランチに集まるということになったのだそう。それならばついでに、全員集合の前に「どんなとこ住んでるのかみたいわ」という彼女の要望で、朝我が家にいらっしゃることに。

しかし僕は実は朝から風邪気味。昨日奥さんが持っていた風邪のウイルスを見事にもらったらしい。いっしょに暮らしているんだからうつるのは当然といえば当然。僕の方が奥さんより性格は大雑把だけど、身体は繊細なので、奥さんが風邪の菌をもらってくると100%もらってしまう。

寒気に耐え、鼻水かみかみ午後の講義の準備をしているところに、御学友さんはしずしずと御来訪。僕は挨拶だけして別室で作業を続行。その間隣のリヴィングは奇妙に静かだった。奥さんと物静かに歓談をしていたのだろうか。と思ったら、お昼前にまたしずしずと出て行かれた。

Sさん、色々パリらしいおみやげもいただき、ほんと、ありがとうございました(イタリアンっぽいペーストと、メロンのジャムと、小麦粉をもらいました。小麦粉星人の奥さんは大喜び。きっとまたケーキやら焼いてくれることでしょう)。パートナーのJにもよろしく(会ったことないけど)。また機会が合ったらお会いしましょう。

お昼過ぎ、京都の市バスに乗って某大学へ。バスの中は修学旅行生で混んでいる。大人気ないけど反射的にちょっとむかつく。だってやつら、みんなはじめてなんだもん、京都。みんな道に迷ってるんだもん。当たり前だけど。みんな「バス停あと何個?」って行ってるんだもん。当たり前だけど。「下京区総合庁舎前」の次はもう「京都駅」ですよ。そこで不安にならないで下さい。「北野白梅町」は「きたのしらうめちょう」じゃないですよ。「烏丸丸太町」は「からすまるまるふとるまち」じゃないですよ。

常に初めての子供達が入れ替わり立ち替わりやってきて順番に道に迷っているのをネイティヴとしてみるのは、うんざりするものですよ。こうして、京都の人って他人に冷たくなっていくんじゃなかろうか。

京都駅でヴィ・ド・フランスにより、お昼のパンを買っていく。JRの中ではブラッド・メルドーの『LARGO』(いいアルバムですよね)をiPodで聴きながら、専門の洋書を読んでいく。沿線の景色は、もう15年も前、高校生だった頃に眺めていた景色とさほど変わらない。耳慣れた名前の駅を通過していくうちにふと、自分だけがすごく変わってしまったような気がする。気づいてみれば、iPodの音楽をB&OのA8で聴きながら、ペンケースはイル・ビゾンテだし、鞄はフェリージだし、ベージュのパンツは別に大したことないけど一応ポール・スミスだし、ジャケットもデザインワークスだし、靴はカンペールのブーツだし、と、なんだか田舎もの丸出しのデータ至上主義的ブランド(っていうほどでもないけど)信奉者になり倒しているのだ。誰だお前は。よく知っているようでまるで他人のようなお前は誰だ。

15年前の自分から見れば、全身ユニクロで、靴はその辺のスーパーに売っている名もなきスニーカーで、っていう自分もありえたはずなのに、何だかとっても不思議な気分だ(そういえばこの前奥さんに「そうゆう(なりふりかまわない)生き方も楽でいいかもね」と言ったら「いやよ私は」と即答されたなあ)。

いやこの際、服装というのは僕がこれまでに取捨選択し、築き上げてきた価値観のひとつの象徴的側面に過ぎない。あれから15年、僕はいろんなものをためつすがめつし、お城の石垣を作るみたいにして壁を築いてきたけれど、別にこんなかたちの僕じゃなくたって全然よかったんじゃないか。

…と、またもや中年期初期におそらく特有のアイデンティティ・クライシスを軽く感じながら大学に向かう。最近ほんとに来し方行く末モードになっていて、メランコリックでよくない。

講義は、まあまあうまく進めているつもりが、気づいたら5分延長してしまった。大変申し訳ない。

帰りは大学からいつもと違うバスに乗る。最寄の駅に行くバスは学生で長蛇の列なので、彦根・米原方面に一駅だけ遠ざかる駅に向かうバスをチョイス。これだと、時間もかかるし若干お金もかかるが、空いている。帰りのバスではまたブラッド・メルドーの、今度は違うアルバム『エニシング・ゴーズ』を聴きながら、秋らしいセンチメンタルな気分に浸る。

子供の頃から知っている郷里の秋の夕暮れの中を、バスはゆっくりと走っていく。そこには田舎特有の現状肯定の空気が漂っている。がんばらなくってもいいじゃないか。もうこれでいいじゃないか。今晩のごはん、王将でいいじゃないか。明日のワイシャツ、ユニクロでいいじゃないか。来週のコンパ、和民でいいじゃないか。秋の風景がそう言っている。

思えば、来年の秋はここにいないんだなあ。来年の秋は、奥さんとふたりで、現時点では誰も知っている人のいない北関東にいるのだ。そう思うと、自分が房から切り離されたぶどうのような気がする。これまで32年生きてきたけど、思えば僕のアイデンティティは、僕の身体に限定されているわけではなかったのだなと思う。たとえて言うなら僕は、僕という体が通過する町や、もっというと僕の友人や、彼らの住処や、僕から繋がるさまざまなものにまで浸透する存在だったのだ。友達を知り、町を知っていることが、僕を知っているということだったのだ。僕は僕が根を生やす地面であり、その根っこの先の先までが僕だったのだ。

それが来年からスタンドアローン。32にしてスタンドアローン。

もちろん、東京には友達はいるんだけど。埼玉に住んで、東京に友達がいるというのも、京都に住んで、兵庫と大阪に兄弟がいて、滋賀に友人がいるというのもあんまり変わらないといえば変わらないんだけど。それでも、奇妙に不安な気持ちになり、さらに奥さんは大丈夫だろうかと思うと二重に不安になる。

もっと早くに東京に出て行った友人の皆さんは、勇気があったんだなあ。

そんなことを思いつつ京都駅に帰ってくる。ほんとにメランコリックで良くない。

奥さんはまた別の会食に出かけているので、京都駅で羽を伸ばして一人ごはん、といいたいところだけど、風邪気味で食欲がない。本当なら「桂花」に行って、京都拉麺小路の全軒制覇を、と思っていたんだけど、脂っこいものに食指が動かないので、地下街の「自然食レストラン はーべすと」に行く。駅ビルの中の柿安のビュッフェがお気に入りで、そうゆうところなら身体に優しいものが採れると思ったのだけど、いつも混んでいるので、1000円安いこともあり、こちらに。

結論から言うと、1000円ぶんの違いは、それぞれの料理に出ている。でもコスト・パフォーマンスという意味では同レヴェルなので納得。野菜を中心に食べているうちに食欲が出てきて、ご飯はお代わりすることにした。

芋粥があったので、それを漬物でさらさらと、というよりずるずるといただく。なにかこの音は聞き覚えがあるなあ、と思ったら、先日試写で見た『武士の一分』であった。映画中で木村拓哉が「湯くれ」といってごはんに湯をかけて、漬物とか煮物でさらさらと食べる場面が何回かあった。それの音だった。これはいいな、と思い、今度は発芽玄米に烏龍茶をかけてお茶漬けでいただく。さらさら。ずるずる。うん、この音だ、と一人悦にいる。調子にのってあほうの三杯飯になってしまった(最近、ヘミングウェイではないけれど、何を見ても映画を思い出す。この前はお風呂場の洗い場に流れる水を見て、T-1000を思い出してしまった)。

隣の席のお客さんは、余談だが、京都にある某仏教系大学の韓国人留学生と、指導教官であった。仏教の研究について熱い口論を繰り広げていた。さすが。日本人の学生もこれくらいの熱さを持って欲しいものだ。

90分時間制限のところを、本など読みつつ1時間くらいかけて食事。デザートはがまんして帰ってくる。

帰って来て、乾燥機の中の洗濯物をたたんで、今これを書いています。

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ラーメン構造主義

今日は午後から滋賀県の某大学で講義。例によって時間がいっぱいいっぱい。以前2年かけてやっていたことのエッセンスを、視点を変えて半期で、と思うのだがいかんせんこれが難しい。学生は理解しているのだろうか。

昼間はそうでもなかったけれど、講義を終えて、教務課に出さないといけない書類を出して、図書館によってから帰ろうとしたら、山の上はもうとっぷりと暮れていて寒いくらいだった。

大学からバスに乗り、JRに乗り、京都に帰ってくる。今日は奥さんは主婦仲間と「オー・プティ・ピエ」というビストロ(フランス料理なんだけど、かなり本気で大衆的かつロウブロウな料理を出してくるディープなお店です)で会食。僕は僕で適当に済ませていいと言われたので、京都拉麺小路(ラーメンこうじ)へ。

どれにしようか迷ったけれど、尾道ラーメンの「柿岡や」へ。入り口のバイトの女の子が「今なら大盛りサービスかライス無料」と言ったので、少し考えて「大盛りで」と回答。スープは少し背脂も浮いているが、懐かしい醤油系、麺はつるっとまっすぐな麺。全体的に「よく知っているラーメン」のスタンダードと言う感じ。えびてつ兄さんとしまなみ海道を自転車で渡るという企画に挑んだ時、本州側で食べたラーメンの味に良く似ていた。1.5玉分の麺をぺろっと食べてしまった。これではやせるわけがない。

でも、ラーメンが好きだ。

というよりも、ラーメンを取り巻く文化が好きなのだ。ラーメン自体は、美味しいと思うけれど、ミクシィのプロフィールに書くほどの好物ではない。何ヶ月も食べなくても平気だ。

でも、ラーメン文化は好きなのだ。京都のみならず、最近あちこちにラーメン・テーマパークができているけど、実は札幌駅のも2軒はしごで行ったし(前の日は市内で「すみれ」の味噌ラーメンをチェックしておいた。ちなみに次の日は「ベンベラ・ネットワーク」でスープカレーの何たるかを教わった)、新横浜ではミニ・ラーメンをチョイスして4軒も回った。「ガチンコ・ラーメン道」の佐野さんのお店も「ふーん、こんなのか」と思いながら食べた。

京都拉麺小路も、越してきた当時、奥さんになんとなく「住んでいるうちに全軒制覇する」と言ったんだけど、そのときは半分冗談のつもりだった。なのに、気がついたら「桂花」以外全部行ってしまった(「宝屋」さんと「一幸舎」がお気に入り)。

うちの奥さんは僕とは対照的に、結婚後まもなく「生まれてこの方ラーメンをちゃんと食べたことがない」とのたまったので大変びっくりした。三代目魚武濱田成夫(HP見ると最近すごいことになってる)の詩に「吉野家の牛丼食べたことない」という女の子をうたった詩があるが、うちの奥さんもそれに近いものがあることがわかった。驚いたので慌てて件の「宝屋」に連れて行き、ミニ・ラーメンを食べさせたのだった。

思うに、ラーメンの何が好きかというと、構造主義的なところだろう。

ラーメンの歴史をまとめたサイトやあれこれやとあるけれど、ラーメン文化と言うのは、基本的に脱・歴史的というか非・歴史的なのだ。常に豚骨醤油だ、背脂ちゃっちゃ系だ、鶏白湯だ、とスープの新味が出るけれど(昔は基本的に関西のラーメンってものは、醤油、塩、味噌しかなかった。「うまかっちゃん」が出てきてとんこつが認知されるまでは)、ラーメンの世界はそんな歴史の変化なんてなかったかのように、いつも気がつけば

スープ(=だし+調味料)+麺+具=ラーメン

という公式を基本に回っている。構造主義的に言うと、このシンタグム(統辞論)に対して、「とんこつ」「鰹節」「昆布」「トリガラ」や「塩」「醤油」「味噌」といったパラディグム(範列)が存在し、その組み合わせが「ラーメン」という構造に結実するのだ。これを図式化するとこうなる。

スープ(とんこつ+ 醤油)+ 細麺  + ねぎ      

      昆布だし    塩    太麺     チャーシュー

      鰹節     味噌    縮れ麺   煮卵

そこには歴史性の介在する余地はない。あたかもレヴィ=ストロースが神話の共時性を溶いたように、ラーメンは常に共時的な料理なのだ。宮台真司の表現を借りれば「終わりなき日常を生きる」料理、それがラーメンなのだ。

そして男は時に、この果てしなき範列のどこかに、ラーメンの真理を見ることができると信じている。それがラーメンのロマンなのだ。

…というようなことを考えながらラーメンを食べていました。小理屈こねているうちに、奥さんが帰ってくると思ったんだけど、帰ってこないな…。洗濯物でも畳むか。

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Taumatawhakatangihangakoauauotamateapokaiwhenuakitanatahuの丘を越えて

昼間、仕事をしながら隣の部屋でTVをつけていたら(電気代の無駄ですね)、エクストリーム・アイロニングの紹介をしていた。ご覧になった方、ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、

エクストリーム・アイロニングとは(以下、ウィキペディアより引用)

人里離れた場所でアイロン台を広げて服にアイロンを掛けるエクストリームスポーツ(究極の、極限のスポーツ)である。

エクストリーム・アイロン掛けを行う場所としては、難易度の高いクライミングを伴う山の斜面や、森、カヌーの上、スキースノーボードの最中、大きな銅像の頂上、大通りの真ん中などがあり、アイロン掛けの目的をほとんど無視して、スキューバ・ダイビングをしながら行うこともある。

エクストリーム・アイロン掛けは、エクストリームスポーツを行う刺激と、アイロンをすっきりと掛けたときに得られる満足感を組み合わせたものであると言われる。このスポーツは一見パロディやいたずらのように見えるが、アイロニストたちの多くは極めて真剣である。

(引用終わり)というものです。

僕はこのスポーツを今日はじめて知ったわけではなく、実は以前から知っていた。以前教えていたクラスで、英語の教材として、ジャパン・タイムズから「英語の新語」(面白いHPです)なるものを訳させたときに、この中にこの競技名が入っていたので、それで知ったのだった。クラスで紹介した時には、何人かの学生が関心を示したのを思い出す。

このスポーツにはどこか僕の認識の枠組みを揺らがせるところがあって、そんなわけで、できる範囲なら協力を惜しまない気持ちをかねがね持っている。なんなら、アウトドアも好きなので、実践してもいいと思う。エクストリーム・アイロニストとしてデビューするわけだ。

認識の枠組みを揺らがせる、というのは、うまく説明できないんだけれど(うまく説明できないからこそ、好意を持っているわけなんだけど)、要するにこういうことだ。

①「アイロンがけはスポーツだ」というのと「エクストリーム・アイロニングはスポーツだ」というのは大きく違う。

「アイロンがけはスポーツだ」というのは、例えば「将棋はスポーツだ」というのと同じくらい、意味のないジョークにすぎない。「パロディやいたずら」の類だ。しかし、「エクストリーム・アイロニングはスポーツだ」という主張には、「え、そうかな」と思わされるものがある。

②けれども、「エクストリーム・アイロニングはスポーツだ」というのは、「エクストリーム・スポーツ」が付加されているからだ、というのはまた違う。

それならば「エクストリーム・シューティング(写真撮影)」でも別のスポーツになりそうなものだが、この場合は、単にエクストリーマーが写真を撮っているだけだ。

要は、そこには、1+1=2以上の何らかの質的な変化が起こっていて、エクストリーム・スポーツとアイロンがけの二者の融合する地点に、今までなかった新しい経験が生まれているのだと思う。そうでなければ、このスポーツについて聞いたときに、こんなに心がむずがゆい気持ちになるはずがない。そしてそれはおそらく、エクストリーム・スポーツとアイロンがけの競技者に経験される精神性がどこかで共鳴しているか、両者の持つ価値観や文化的なイメージが相互作用しているためではないかと思うが、その精神性を名状するのはとても難しい。

僕個人は、まだアイロニストとしてのデビューはしていないが、この競技を行っている最中に、どんな精神状態を経験するのか、とても興味がある。

…どこまで言ってもうまく説明できない、そんな落ち着かなさが、このスポーツにはある。そんなわけで大いに応援したいわけです。ぜひともがんばってください。

タイトルですが、ニュー・ジーランドにある世界最長の地名を持つ丘だそうです。英語教師をしていると、英語に興味を持ってもらうべく色々と小ネタを仕入れなくてはならないので、だんだんこういう無意味な知識が増えてきます。ちなみに、その他の「最長の英単語」についてはこちらをどうぞ。

追記:涼しくなってきたので今日からエディフィスのミリタリー・ブルゾンをおろした。画像では分かりにくいけれど、胸と両脇にポケットがついていて、左腕にはMA-1ふうのペンシル・ポケットもある。メインのジッパーはダブル・ジッパーで、下から開けることもできる優れものです。ただ、身頃やアームホールが若干タイトなので、自転車に乗る時は気持ち窮屈かも。肩の後ろにアクション・プリーツがあるとよかったかな。なんにしても、デザインが微妙に東欧・中欧ふうなのが気に入っています。厚手の上着のぬくもりが頼もしい季節になってきたなあ。061101_1708

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