【先ほどまでの公開版は晩御飯前の時間で慌てて書いたので、ちょっと推敲しました】
木曜の午後から日曜にかけて、三泊四日のスケジュールで北関東に家を探しに行ってきた。三泊四日というとたいそうに思われるかもしれないが、これが実に必要充分な日数であった。最初は金曜日出発を考えていたのだが、木曜にしようと言い出したのは奥さんである。ときどき不思議ないい間違いもする奥さんだが、こういうときは改めて先見の明に感心する。
それほど三泊四日は強行軍のスケジュールであったのだ。木曜の午後から土曜の夜までに内覧した物件は都合12件。あらかじめネットで調べて、自力で外観を観に行ったものも含めると15件になる。その中で、いちばん難点の少ない物件に決めて、何とか帰ってきた。
そんなわけで大変な旅だったが、今思い返すとなかなか勉強にもなり、面白かった。「仕事場の最寄り駅があるJR某線沿線で、東京よりに数駅行ったところ」という条件で探していたのだが、その近辺は一駅一駅移動するごとに町の雰囲気ががらっと変わることがわかり、四月からのホームタウンへの理解が深まった。
まず最初に物件探しの中心地と考え、四日間の逗留先にも決めたのは、新幹線の停車駅でもある某駅。交通の便がいいだろうし、それなりに開けてもいるだろうから、ということでの選択だった。その予測は間違ってはいなくて、着いてみるとスターバックスなんかもあるわりとにぎやかな町だった。夜の繁華街みたいなものもあって、日が暮れてからもにぎやかそうだった。
ところがその北隣にひとつ移動すると、そこから急に様子が変わって、田園地帯が広がり始める。駅舎からして、滋賀県の郷里を思い出させるような地方ローカル線の小さな駅になる。広々とした駅前のロータリーには、まさに「ベッドタウン」という朴訥で牧歌的な雰囲気が漂っている。南隣の駅とは明らかに異なり、夜は静かなのに違いない。
しかしながら、それでは先の新幹線駅から離れれば離れるほどどんどん田園化するかというとさにあらず。さらに北側にもうひとつ移動すると、今度は、伝統的な関東の下町を感じさせる、少し山の手の雰囲気の、落ち着いた町が現われるのである。駅の観光案内書でパンフレットをもらってきて読んでみると、明治期に養蚕業で栄えたことや、古くから街道の宿場町でもあったことが、文化資本の蓄積を促したようだ。
われわれ夫婦の家探しのスケジュールとしては、概ねこの三つの駅をひとつずつ南から北に移動するかたちをとった。しかしなかなか作業は難航した。
まずひとつめの新幹線駅。にぎやかで買い物なんかには便利でよいのだが、繁華街にごくありがちなこととして、栄えているだけに家賃の相場が高いのだ。したがって、家賃も手ごろで気に入った物件となると、駅から徒歩20分とか離れてしまう。そんなわけでここの物件は検討から外れた。駅の南には広大な河川敷もあって散歩にはよさそうだったので、これは当初残念だった。
次に、気を取り直して北隣の田園地帯。ここにもいくつか気になる物件はあったのだが、間取りがどうもしっくりこなかった。あるいは、間取りがよくても窓の外がすぐ隣のマンションで丸見え、とか、気になる部分があった。
ここまでの物件を見終わった時点で金曜日が終了。この時点でまだ次の駅を見ていなかったので、不透明な先行きにたいへん不安な気分のまま(ほしいおもちゃが売ってなかった子供のようにすねながら)眠りにつく。
そして三日目、消耗と焦燥にまみれたまま(大げさなようだが、今後の数年間をどう過ごすかということを左右する問題だと思うと、決しておざなりにはできないのだ)最後の駅までたどり着いたとき、その駅舎のたたずまい(東京駅と同じレンガ造りの瀟洒な駅舎)や、駅前を流れる小さな川の堤、それに沿って植えられた桜並木がわれわれ夫婦の心を捉えた。
この町の醸し出す落ち着きがとても気に入ったわれわれには、「今までのことはとりあえずちょっとおいといて、この駅で探そうか」という元気がふたたび出てきた。そしていくつか不動産屋さんをめぐるうち、ついに、どうにかこうにか納得できる物件を見つけたのである。
僕の数回の引越し経験から言って、家探しというものは必ずこの「はじめ意気揚々>途中がっくりだだ凹み>最後にようやく納得」という心理的カーブを経験するものだが、今回もその例に漏れなかったわけである。ここで土曜日終了。ここにいたってようやく僕らふたりは、安心して眠ることができた。前の晩との心理状態の差異に自分でも驚きながら、疲れがどっと出て、日も変わらないうちに眠りにつく。
残った日曜日は予め、「時間があったら東京観光」と決めていた。そんなわけで、なんとか勝負をつけてほっとしたわれわれ夫婦は、おのぼりさんらしく、今まで一度も行ったことのない「ヒルズ」に詣でてきた。確かに生粋の田舎ものではあるが、メガロポリス東京に全然行ったことがないわけではなく、六本木や赤坂や永田町のあたりは研究会やらで何度も行っているのだが(マイミクさんは江東区と世田谷区にもいらっしゃるし)、実は「ヒルズ」はまだなのである。
といっても、向かったのは六本木ではなくて、表参道の方。ぐるっとスロープを一周し「ふうん、こんな感じなんだ。僕らにちょうどいいものは売ってないなあ」「でも安藤忠雄にしてはいいじゃない、このぐるっと歩くっていう設計コンセプトがいいよ」などと偉そうなことをいいつつ帰ってくる。中ではウィンドウズ・ヴィスタの展示もやっていたのだがそれにはほとんど目もくれず、一方でジャン・ポール・エヴァンでわざわざ並んでまで(しかも奥さんにいたっては「日本だと高いのよね。パリで買えばこの半額くらいなんだから」といけすかないことを言いつつ)チョコとマカロンを買う。これは奥さんの友達へのおみやげ(マカロンは自宅用。さっき食べました。ねっとり濃厚です。フレーバーが独特の味なんで何かはぱっとわからない感じなんだけど、でもとてもおいしいです。ラデュレより僕はこっちの方が好みかな)。
そこからさらにおのぼりさん夫婦は目につくものに次から次へと「へええー」「へええー」といいつつ山手線で移動し、目白へ。「TITLE」というよく買う雑誌に載っていたパティスリー、エーグル・ドゥースが目的である。見開き2ページのショウ・ウインドウにずらっと並んだケーキの写真がとてもおいしそうだったし、駅からのアクセスもわかりやすそうだったのでここにした。実際に駅から歩いてみたが、全く迷わず着ける。着いてみると、下落合の垢抜けない町並みの中にぽつんとパリ風のパティスリーがあるという奇妙なたたずまいである。が、評判の店らしくてひっきりなしに客が訪れる。小さな店はいつも満員状態である。
イートインの席が空いていたので、僕はティラミス・オー・フィグ(いちじくのティラミス)、奥さんはカスレット(シュー生地の中にラム酒を効かせたカスタード・クリームとキャラメル風味のバナナ)というケーキを食す。どちらも洋酒が効いていて、大人のケーキという感じ。ケーキが苦手な僕もあっさり一個ぺろっと食べられる。そのせいか隣のカップルなんか二個ずつ食べていた。すごいなと思ったが、後で奥さんに聞くと「あの人たちも『TITLE』見てたね」とのことであったから、うちの奥さん並みのスイーツ好きなんだろう。おいしかったので焼き菓子なんかも買って帰る(ガレットとかマドレーヌ。こちらもとてもおいしかった)。
そんなこんなで、家探し自体はタフな作業だったが、なんとかけりをつけて最終日はのんきに東京観光ができた。奥さんは「東京のパティスリーにこれからいつでも来れるのね」と終始うれしそうだった。
たしかに、北関東のはずれとはいえ、各駅停車の普通でも一時間半、快速などをうまく使えば一時間ちょいで東京に出られるのだから、リアリティのない話ではない。今回たまたま山手線の車内で向かいに立ってたギャルたちは
「○○駅(泊まってたホテルのある駅)、行ったことあるけど、なんもねーよ。牛とかいるんだよ。隣の隣で牛飼ってて。『これ何?』って聞いたら『牛』だって。牛はわかってんだよ」(ほぼ原文)
などと抜かしていたが、実際、不動産屋さんの話だと、近辺の駅だと東京に通勤している人もふつうにいらっしゃる通勤圏のようなのである。たしかに、7時の電車に乗って8時半につくなら、全然ありだよね、と奥さんと話す。
思えば京都を離れるのは寂しいが(だって、京都には何でもあるから。これは何度くりかえして言ってもいいと思う。京都には何でもあるのだ)、これから夫婦ふたりで、東京遊びができると思うとなかなか楽しみだ。
そんなわけで、負けだったのか勝利だったのかわからない家探しは、平和のうちにおわったのだった。帰りの新幹線の車中で、奥さんが含蓄のあることを言ったので最後に記しておく。
僕「今回家探し難航したけど、僕達夫婦は決して人より”上”をめざしているわけじゃないよね」
奥さん「じゃなくて”斜め45度上”を目指しているのよ、いつも」
僕「そっか、だから、人並みに上に行こうとすると、1.414倍の距離を行かないといけないんだね」
奥さん「それは最短距離を行った場合でしょ。蛇行してるからもっとかかるわよ」
こういうときは、奥さんがとても賢く見えるのである。
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