レビュー:『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(1)(ネタバレ注意)
初めに全体的な感想を述べておくと、これは素敵な映画だった。事前に「バラエティ」のトッド・マッカーシーのレビューを読んでいて、感情的に冷たいところのある映画だというので、あまり期待せずに、それでも一歩引いた視点から論理的に話の筋を追う作業が楽しめればよいか、と思って観に行ったのだけれど、ところがどうして感情的にも密度と厚みのある優れた映画だった。
ただ、その感情表現がきわめて抑制が効いているために、観る人によっては少しよそよそしい感じを与えるのだろう。例えば僕は、主演の二人、ブラット・ピットとケイト・ブランシェット(ほんとに上手な女優さんだと思う。『アイム・ノット・ゼア』と『インディ・ジョーンズ』はどうかと思ったけど)が泣いている演技を見た記憶がない。深い愛情や悲哀といった感情を泣かずに伝える、そういう演技をしているのだ(泣いている場面があったらごめんなさい)。
しかし僕個人の好みとしては、絶叫し号泣するアンジェリーナとともに感情的に力強く揺さぶられる『チェンジリング』よりも、こちらの方が断然好きだ。DVDが出たら購入して、人生の折々に見返したいとさえ思った。とかくこの業界はオープニングの週末の興行成績ばかりが取り沙汰されがちだけれど、DVDが定着し個人が書籍のように「映画を所有する」ことがふつうになった現代、そういう鑑賞に耐える息の長い作品を、作る方も観る方も重視した方がよいのではないか、とそんなことまで思った。
そう思った理由のひとつは、やはり主題の違いだろう。『チェンジリング』のアンジェリーナは社会に闘いを挑み、自ら運命を切り開き希望を手に入れるが、この映画のブラット・ピットは初めから、生まれた時から運命を受け入れている。彼の前に立ちはだかるのは、同じ人間の集合体である社会ではなく、人知を超えた力であり、闘いを挑みようのないものだからだ。
それゆえに彼は、周囲の世界に対して距離を置いて生きている。英語でいうところのdetachedという状態である。このことは、上に述べたような抑制された演技と呼応関係にある。
こういった主題が僕の性に合っているのだろう、なんだか春の宵のような、幸福感と切なさを同時に味わった。上映時間はやや長いが、良質のアメリカ文学を読むような充実した時間を過ごした。
(2)では脚本家エリック・ロスの功績を、彼の出世作にしてこの映画と双生児的な類似を見せる『フォレスト・ガンプ/一期一会』との対比で論じようと思います。
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